挑戦する研究開発者たち
ミッションは、高品質、高アジリティ、低コストな伝送ネットワークの実現
世界のデータ通信量は2010年から2025年で90倍になると推計され、通信容量の限界が訪れるといわれています。こうしたデータを日本全国、そして世界中に届ける伝送ネットワークを高度化するとともに、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)のAPN(All Photonics Network)に変革することで限界突破に挑む、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター テクノロジー部門の鈴木繁成担当課長に、APNの実現に向けたトランスポートSDNとWhitebox&Disaggregationの概要と研究開発に従事する喜びについて伺いました。
鈴木 繁成
イノベーションセンター テクノロジー部門
トランスポートSDNプロジェクト
担当課長
NTTコミュニケーションズ
トランスポートSDNとWhitebox&Disaggregationで高品質、アジリティ向上、コスト削減をめざす
現在、手掛けている研究開発の概要を教えていただけますでしょうか。
私が担当しているのは大きく2つ、トランスポートSDN(Software Designed Network)とWhitebox&Disaggregationです。私たちがインターネット等でさまざまな情報を定められた宛先に届けるために、ルータやスイッチ等のネットワークの装置があります。宛先ごとに振り分けられた情報は、同じ方面ごとに集約され光ファイバを通して対地に届けられ、分離されることで宛先に情報が届きます。このたくさんの情報を集約・長距離伝送・分離するのが伝送装置です。この伝送装置を使ってネットワークを構築・制御・保守するためのオペレーションをソフトウェアにより行う、また、現在使用している伝送装置がキャパシティ面で十分かをチェックしタイムリーに設備投資できるように予測することをソフトウェアにより行う等、関連の全業務プロセスをソフトウェアにより自動化、高速化することで伝送ネットワークのオペレーションをより良くしていくことをトランスポートSDNでは目標にしています(図1)。
一方、伝送装置そのものも、これまでハードウェア・ソフトウェア一体型、かつネットワーク内で対向する装置も同じメーカ製が必須であったものを、2018年にメーカを問わないマルチベンダ化が可能なOpen Line Systemを導入し(Disaggregation)、さらに現在では、伝送装置そのものも、構造、動作原理および仕様等が共通化・公開されたハードウェア(Whitebox)と、その上で動くNOS(Network Operating System)に分離し、それぞれ自由に組み合わせて使用する仕組みについて技術開発を行っています。これがWhitebox&Disaggregationであり(図2)、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)のAPN(All Photonics Network)を構成する技術の1つになると考えています。NTTコミュニケーションズ(NTT Com)では、テレコムインフラのオープン化コミュニティであるTIP(Telecom Infra Project)のOOPT(Open Optical & Packet Transport)プロジェクトグループに参画し、Whitebox&Disaggregationの技術開発を進めています。
この2つの研究開発の事業上のメリットをお聞かせいただけますでしょうか。
トランスポートSDNについては、伝送ネットワークのオペレーションの高品質化、開通時間の短縮、故障対応の迅速化等を図ることができ、社内のオペレーションになくてはならない必須のものとなっています。このオペレーションがあってこそ、お客さまに安心してネットワークを使っていただけているのではないかと考えています。
Whitebox&Disaggregationではマルチベンダ化により、機器等の調達に際しての選択肢が広がるとともに、競争が働くことでコスト削減を図ることができます。また、ソフトウェアも内製化することで機能追加やトラブル発生時に迅速な対応が可能となり、サービス性も向上します。ただ、一方で従来は1つの箱であったものが、複数のコンポーネントで構成・インテグレートすることに変わるため、現場のオペレーションについては、品質保証はどうするのか、メーカの数が増えることで切り分けが複雑になる等が懸念材料としてありますが、これは過去のシステム更改において繰り返されてきたことであり、その経験を基に検証と研修・訓練を入念に行うこと等で対応していけると考えています。それよりも、オペレーションの内製化が進み、コスト削減を含めて効率化、サービス性向上といったメリットのほうがはるかに大きいと考えています。
IOWN構想の実現に向け、一足早い課題解決に臨む
コスト削減以外に品質向上、サービス性向上、いずれもお客さまにとっては大切なことですね。
TIPは、技術のトレンドであるWhitebox&Disaggregationを適用してハードウェア・ソフトウェア、オペレーションの革新をめざすコミュニティであり、MetaやNokiaをはじめ世界各国の通信関連企業500社以上が在籍し、通信関連のインフラ技術と製品開発を推進しています。NTT Comはトップランナーの1社としてTIP OOPTをけん引するとともに、私たちの研究開発をアピールする場としても活用しています。毎年開催されるサミットにおいて、2018年には浦安と東京をWhiteboxによりつないだ実験に成功した事例、2019年にはストレージサービス、映像サービスといった低遅延要件のトラフィックをWhiteboxで伝送する実験に成功した事例を発表しました。現在は、事業に耐え得る機能・品質かを確認するため、ネットワークOSやデバイスを検証するフェーズに入っています。
加えて、2019年のサミットにおいては、トータルコスト、フレキシビリティ、安定性、機能性について、Whiteboxが、従来の一体型の装置であるBlackboxと同等以上になっていく必要があり、そのためにWhiteboxの開発を、多くの研究開発者とともに挑むことが大切ですし、検証や開発して得た知見をシェアすることが重要であると訴えました。今後もBlackboxは使われ続けると考えられる中、WhiteboxもBlackboxも、コストを含めてお互いに競い合う中で、お客さまに良いサービスを提供するためのツールとなっていくことを期待しています。
8年後の実現に向けたIOWN構想にも挑んでいるそうですね。
既存技術のままでは通信量や消費電力などの面で数年後には限界が訪れてしまうことがいわれています。IOWNのAPNはこうした課題を解決し、情報通信ネットワークの飛躍的な発展をもたらすもので、私たちはその実現に向け技術開発を進めています。
APNを実現するためには、その実験や検証をする場の確保が重要になります。そこで、NTT Comのオフィス、データセンタやNTT研究所など複数拠点を光ファイバで接続したフィールド検証環境を構築し、非圧縮8K映像伝送などのユースケース検証、APNを制御するためのソフトウェア(APNコントローラ)やWhiteboxデバイスであるWhitebox Transponderの検証などをNTT研究所と連携して行っています。これにより、ビジネス導入に向けた迅速な課題の抽出・解決を図っていきたいのですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあって予定よりも少し遅れています。現地に足を運んでデバイスを設置して構築するのがなかなか難しい状況にありますが、それでも、なるべくリモートで環境設定を行い検証できるようにする等、工夫をしながら挑んでいます。
誰かと喜びを分かち合える瞬間を楽しみに
課題やテーマを探すときの心掛け、仕事をする際に大事にしていることをお聞かせください。
会社や世の中にとって「役立つ」ことと、自分自身が「良い」と思うことを一生懸命にすることです。私は入社して25年あまりが経ちましたが、最初からこう思えたわけではありません。入社当時は上司に言われたことをするだけで精一杯でした。とにかくやらなければならないと、たくさんの仕事を抱えて、睡眠時間を削るほど頑張っていました。
ところが、入社して10年目あたりから、目的意識を強く持ち始めました。当時はピーク時に3000人がかかわる一大プロジェクトの基盤チームに従事しておりました。どんなプロジェクトにおいても、決断の1つひとつがチームのみならず社会にもインパクトを与えるものですが、この規模において私が下した決断は何百人、何千人というメンバに影響を及ぼすのだと自覚しました。インパクトが大きければ大きいほど、自らの目的意識を明確にし、手段も含めてより責任をもって考えるようにしなければならないと思いました。この辺りから「私の答えは最適か」と検証するようになり、今では物事の大小にかかわらず、プロジェクトメンバを含めたステークホルダが良い仕事ができるよう努めています。
それから、周辺の領域も学んで仕事を進めていくことも大切にしています。技術的なことでいえば、プログラムを書くだけではなく、プログラムが制御するデバイスの勉強もして、プログラムを書くことが大事だと思うのです。例えば、3ミリ秒以内で回線を切り替える機能をつくるという課題があるとします。これは、ソフトウェアのみでやろうとしたらできません。ソフトウェア、デバイスも含めて全体を見極める力を備えていれば、これはソフトウェアではなくデバイス側で対応するべきだ等と判断できるのです。私たちは事業部門から提示された要件に基づきソフトウェアを開発するシーンがありますが、広い視点でシステムアーキテクチャを考案でき、会社にとって本当に必要なものは何か、機能配備は適切か、といったことを検証でき、そのうえで必要な開発を進められるチームでありたいと思っています。
さらに、一般的には、研究によって基礎的な技術が確立され、事業に向けた実用化の研究開発を経て事業導入され、それが社会で利用されるといった流れの中で社会貢献が実現します。このうち、私は事業寄りの研究開発者として、基礎研究、実用化の研究開発、そして事業導入をつなぐ役割も担っていると自負しています。例えば、Whiteboxの開発を始めたのはNTTの研究所の方が声をかけてくれたからであり、逆に私から研究者にアプローチすることもあります。日頃から、NTT R&Dフォーラムや各種論文や技術ドキュメント等に対して、アンテナを高く張ったうえで、NTTの研究所の方との打ち合わせに臨み、課題感をお伝えし、該当する技術の有無を尋ねています。
仕事をしていてどんなときに喜びを感じますか。また、今後はどのように研究開発に臨まれるでしょうか。
事業向けの開発では多くの人とかかわっているため、誰かと喜びを分かち合える瞬間が楽しいですね。最近はマネージャですから、現場で直接開発業務にかかわる機会は減りましたが、なかなか分からなかったバグや不具合の原因をメンバが解いたとき、そして、部下でも上司でも同僚でも、他の部署でも、他の企業でも一緒に苦労してようやくサービスができたときは本当に楽しいものです。最近では、プロジェクトのメンバが3、4年かけて開発してきたソフトウェアが、オペレーション部門で社長表彰にエントリーされたというニュースを聞いて、皆の苦労の甲斐があったととても嬉しく思いました。
今後については、可能であれば、若いころからかかわってきた、伝送関連の装置やオペレーションシステム、ネットワーク・ソリューションの仕事を、研究開発という立場にこだわらず続けていきたいと思います。
さらに、長距離間で、大容量化を実現する伝送ネットワークはなくてはならない技術であり、今後もなくなることはないと思いますから、これらを担う若手がどんどん育っていってほしいと思います。後進には、自分が良いと思うことを信じて頑張ってほしいですね。それから、面白いことを思いついたらどんどんやろうとか、まず手を動かしてやってみようとチームで話しており、これは私たちの良いカルチャーですから、信じて引き続き実践していきたいと思います。