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特集

IOWN/6Gに向けた光・無線伝送技術

幅広い領域をカバーし新たな通信パラダイムを切り拓く研究開発

NTT未来ねっと研究所(未来研)では、新型コロナウイルス感染症の猛威によるリモートワークの浸透等、情報化社会の変革を支えるための「基幹光伝送ネットワークの高度化・大容量化」や「無線通信のカバレッジ拡張」など、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)/6G(第6世代移動通信システム)で想定される次世代通信ネットワークの実現に向けた要素技術の確立をめざし、研究開発を行っています。本稿では、未来研で取り組んでいる光・無線伝送技術、システム化技術について紹介します。

岩科 滋(いわしな しげる)/島野 勝弘(しまの かつひろ)
高杉 耕一(たかすぎ こういち)/赤羽 和徳(あかばね かずのり)
才田 隆志(さいだ たかし)
NTT未来ねっと研究所

はじめに

新型コロナウイルス感染症によって促進されたリモートワークの浸透など、遠隔を前提とした社会活動が行われるようになり、それを支えるための基幹光伝送ネットワークの高度化・大容量化や、無線通信のカバレッジ拡張といった、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)/6G(第6世代移動通信システム)で想定される次世代通信ネットワーク実現への期待がますます高まっています。NTT未来ねっと研究所(未来研)では、光・電波・音波等のさまざまな周波数帯の物理的な波動を駆使し、光ファイバ・水中・空中等の通信媒体を含む幅広い領域に対して長距離・高速大容量の情報伝送を可能とする通信技術の確立をめざして、研究開発に取り組んでいます。特に、これらの研究対象に対して電磁波伝搬や光伝搬、デジタル信号処理やメディア処理といった、物理学や数学等に基づく学術的な知見をもって新たな通信パラダイムを切り拓くことをミッションとしています。
未来研の研究領域は図1に示すとおり、広範にわたっています。従来は光ファイバや無線電波伝搬を扱っていましたが、現在は音波のような低い周波数帯まで研究領域を広げ、通信媒体としても光ファイバのような閉空間や空中のみならず、水中から宇宙まで、あらゆる空間・媒体を研究対象としています。例えば、水中を対象とする海中音響通信では、動画伝送が可能なMbit/s超級の情報伝送をめざして研究に取り組んでいます。また、6G時代に向けた超大容量無線伝送の実現をめざし(1)、OAM(Orbital Angular Momentum)多重伝送無線通信や、空中や宇宙空間を想定した自由空間光通信、究極の安全性を実現する量子暗号通信といった新たな領域の研究開発にも取り組んでいます。
未来研では、NTTが推進するIOWN構想における三本柱の1つであるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)(2)の実現に向けた具体的な研究開発についても推進しています。例えば、デジタルコヒーレント光伝送技術により400Gbit/s級の信号伝送を実現する低電力DSP (Digital Signal Processor)の開発や、広帯域パラメトリック光増幅中継による一括光増幅帯域拡張の実証、大容量光通信回線の自動設定技術の開発など、APNが想定する「さまざまなお客さまへ簡易に大容量の光通信回線を提供する」ための次世代光通信ネットワークの実現に向けた要素技術の研究開発に取り組んでいます。
以降では、未来研で取り組んでいるIOWN/6Gに向けた最先端技術に関する取り組みのいくつかを、フロンティアコミュニケーション技術、波動伝搬技術、トランスポートイノベーション技術に分けて紹介します。

フロンティアコミュニケーション技術

フロンティアコミュニケーション技術の概略を図2に示します。スマートシティなどサイバーフィジカルシステムの実現に向け、広域に分散したコンピューティングリソースをIOWN APN上で接続する光パス自動最適制御および大容量低遅延のデータ転送を実現する高速遠隔データ転送に取り組んでいます。これにより、超広域分散コンピューティング向け光ネットワーク基盤を確立します。また、映像をはじめとした超高臨場コミュニケーションの実現に向け、物理空間の構成情報をリアルタイムで低遅延に伝送するナチュラルメディア処理技術、センシング・AI(人工知能)等により、通信品質・環境を予測し、設定・制御・管理するマルチモーダル無線環境把握・予測技術に取り組んでいます。さらに量子コンピュータを想定したセキュリティ・伝送技術の確立に挑戦していきます。

■超広域分散コンピューティング向け光ネットワーク基盤

APN上に超広域分散配置されたアクセラレータ・メモリ等のコンピューティングリソースを、光学特性に基づいた伝送モードや光パスの最適設計・制御により動的に接続する技術に取り組んでいます。これにより、光伝送性能を最大限引き出す光パスを構築することができます。さらに、超長距離光パスの帯域を占有利用し、超低遅延で遠隔のメモリ間の同期を実現する高速遠隔データ転送技術により、スマートシティの実現に必要な超広域分散コンピューティング向け光ネットワーク基盤の確立をめざします。

■ナチュラルメディア処理技術

超高臨場コミュニケーションの実現に向け物理空間の構成情報を、時系列の高速デジタル信号としてAPNの光パスに収容し、超低遅延での長距離伝送を可能にする高速メディア転送極低遅延化と、軽量機械学習を活用することによる超低遅延での空間再構成の技術に取り組んでいます。将来的には、ヒト・モノ・環境の入出力をレイヤ横断で収集・推論し、状態監視や異常原因検知から運用等の自動最適化までを可能にするクロスレイヤAIモニタリング技術の確立をめざしています。

■マルチモーダル無線環境把握・予測技術

IOWNで実現されるネットワークサービスの多様な要求を満たすため、カメラやセンサ等の非通信デバイスを含むさまざまなフィジカル空間情報を利用し数秒先の未来の通信品質を予測し、最適な通信手段により高品質な通信を常に維持する技術に取り組んでいます。将来的には、フィジカル空間情報と無線通信システム情報の関係性を用い、無線通信システム情報から、位置情報などのフィジカル空間情報を抽出する環境把握技術の確立をめざします。

■量子暗号通信技術

IOWN構想における長期のイノベーションへの貢献に向け、光技術を基礎とした新たな技術領域への取り組みを行っています。具体的には光ファイバ伝送技術および通信プロトコル技術を活かして、従来の量子暗号通信(QKD)における、距離・通信速度の限界を突破する、量子暗号通信システムの実現をめざしています。さらに量子コンピュータ時代のセキュリティ技術および伝送技術の確立に取り組んでいきます。

波動伝搬技術

IOWN/6G時代の無線通信には、無線通信の新たな価値創造のために海や宇宙などの陸上以外も含めた超カバレッジ拡張、つながっていることを意識しない高速大容量伝送、狙ったエリアに電波を閉じ込める自在な無線空間形成が求められると予想されます。未来研では、IOWN/6G時代の社会基盤となる無線価値創造に向け、①海中音響通信技術、②超広域高速ネットワーク構成技術、③テラビット級無線伝送技術、④波動適応制御技術の4つの技術に取り組んでいます(図3)。

■海中音響通信技術

海中では高速・安定・長距離伝送を実現可能な無線通信技術が確立されておらず、海底資源開発や港湾工事に利用される無人探査船や海中重機などは海上の支援船と100m以上の通信ケーブルで接続し、遠隔操作を行っているため(3)、作業の効率性の面で大きな課題があります。本研究では、音波特有の劣悪な波形歪みを補償する時空間等化技術、広帯域伝送による高速化を実現する帯域分割送信技術などにより、海中機器の無線遠隔制御を可能にするMbit/s級の海中音響通信技術の確立をめざしています。

■超広域高速ネットワーク構成技術

田園地帯や山間部、外洋などの人の住んでいないエリアでは経済性の観点から陸上の無線通信インフラが整備されていないことがあります。本研究では、無線通信インフラが未整備なエリアでの超広域高速ネットワークの実現に向け、低軌道衛星を用いて地球規模のセンサデータ収集を可能にする衛星IoT(Internet of Things)プラットフォーム基盤技術(4)、外洋などでの100Gbit/s級高速通信を可能にする自由空間光通信(FSO: Free Space Optics)の基盤技術に取り組んでいます。

■テラビット級無線伝送技術

IOWN/6G時代のフロントホール・バックホールにはテラビット級の無線伝送技術が必要になると考えられます(5)。本研究では、テラビット級無線伝送の実現に不可欠な伝送帯域と空間多重数のさらなる拡大に向け、軌道角運動量(OAM: Orbital Angular Momentum)やLOS-MIMO(Line-of-Sight Multi-Input Multi-Out­put)方式等の空間多重を実現するデジタル信号処理技術、OAM多重伝送の広帯域化を実現する高周波数帯バトラ回路構成技術などに取り組んでいます。

■波動適応制御技術

無線通信では、一般に通信したいエリア以外にも電波が四方八方に広がるため、エリア外への漏洩電波による秘匿性低下、干渉増大、電力損失が普遍的な課題です。本研究では、波動制御に基づく電波の漏れない究極の無線通信の確立に向け、基地局だけでなく端末も連携して適応的に無線空間を形成する端末協調ユーザセントリックRAN技術、電波の軌道を自在に制御するマルチシェイプ波動制御技術などに取り組んでいます。

トランスポートイノベーション技術

IOWNの基盤となる超大容量光パスを実現するためのトランスポートイノベーション技術に取り組んでいます(図4)。デジタルコヒーレント伝送技術の研究開発を推進し、低電力な1Tbit/s級光通信用デジタル信号処理回路(DSP)の実現をめざすとともに、光と電気、アナログとデジタルを連携した光電融合技術に取り組んでいます。また、ユーザとオペレータに新たな価値をもたらす革新的レイヤ1ネットワーキング技術に取り組み、APNにおけるユーザエクスペリエンス(UX)改革に向けた要素技術の開拓なども行っています。さらに、将来の膨大なトラフィックを効率的に収容することを目的に、ノード当り10Pbit/s級スループットの革新的な超大容量伝送技術、およびこれを可能とする光信号処理技術を開拓するスケーラブル光トランスポート基盤技術に取り組んでいます。

■FLEXデジタルコヒーレント光伝送基盤技術

IOWNを経済的に実現するための要素技術として、APN構築に必須となる1Tbit/s/λ級の大容量光伝送の長延化と低電力化を実現するFLEXデジタルコヒーレント光伝送基盤技術を確立することをめざしています。従来のキャリア向け長距離伝送だけでなく、データセンタインターコネクト(DCI)等の近距離伝送にも適用され、急速に拡大する適用領域に対して、DSP機能を駆使して、高精度な伝送路モニタリングに加えて、伝送方式、補償処理等を柔軟に変更することで最適な光パスを実現することをめざしています。

■スケーラブル光トランスポート基盤技術

将来的なクラウドサービス拡大やスマートフォン普及などにより増加する将来の膨大な通信トラフィックを収容可能なペタビット級光ネットワークの実現に向けて、広帯域パラメトリック光増幅中継による一括光増幅帯域拡張の実証(6)や、コア多重やモード多重を駆使した大容量空間多重伝送技術(7)などに取り組んでいます。革新的な超大容量伝送技術、およびこれを可能とする光信号処理技術を開拓し、リンク当り1Pbit/s容量級のスケーラブル光ネットワーク基盤技術を確立することをめざしています。

■エクストリーム レイヤ1ネットワーク技術

レイヤ1ネットワーキングによりユーザとオペレータに価値をもたらすとともに、コラボレータとともに具体的なユースケースの実証を進めAPN具現化に貢献することをめざしています。要素技術として、あらゆる場所への一瞬のレイヤ1通信パスによりユーザエクスペリエンスに変革をもたらす技術、レイヤ1無瞬断切替で自由自在なネットワーク構成変更を可能としオペレーションに変革をもたらす技術などに取り組んでいます。これら技術開発を通して、レイヤ1通信パス遅延調整技術を用いることでプロレベルにおいても公平なeスポーツ遠隔対戦ができることを実証するなど(8)、さまざまなユースケース開拓にも取り組んでいます。

おわりに

本稿では、未来研で取り組んでいるIOWN/6Gに向けた最先端技術に関する取り組みの概要を紹介しました。今後も2030年に計画されているIOWN/6Gの実現に向け、さまざまな産業分野のパートナーの方々や専門家の方々とのコラボレーション等も活用し、各要素技術の早期確立をめざしていきます。

■参考文献
(1) 岸山・須山・永田:“5G evolution & 6Gへの動向とめざす世界,”NTT技術ジャーナル, Vol. 33, No. 9, pp. 10-15, 2021.
(2) https://www.rd.ntt/iown/0002.html
(3) 港湾技術センター:“海洋新技術と無人化施工の動向と展望,” SCOPE NET, Vol. 70, 2014.
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/05/29/200529a.html
(5) Z. Zhang:“6G wireless networks: vision, requirements, architecture, and key technolo­gies,”IEEE Veh. Technol. Mag., Vol. 14, No. 3, pp. 28–41, Sept. 2019.
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/01/28/210128b.html
(7) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/03/09/200309b.html
(8) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/02/211102b.html

(左から)岩科 滋/島野 勝弘/高杉 耕一/赤羽 和徳/才田 隆志

情報化社会の変革に向け、光・電波・音波等のさまざまな周波数帯の波動伝搬を駆使し、光・無線通信システムの高度化・大容量化や通信可能領域の拡張を可能とする要素技術/システム化技術の確立をめざして、研究開発に取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTT未来ねっと研究所
企画部
TEL 046-859-3008
FAX 046-859-3727
E-mail kensui-mirai-p@hco.ntt.co.jp

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