挑戦する研究開発者たち
「まず隗より始めよ」をモットーに。自らのスキルと社会が要求することをマッチさせる
高速・大容量、低遅延、多数端末同時接続を特長とする5G(第5世代移動通信システム)サービスの進展や6G時代の夜明け前を踏まえて、モバイルネットワークは社会インフラとしてますます重要となり、災害、環境、そしてエネルギー・電力問題への対応がこれまで以上に強く求められています。これを支えるべく、カーボンニュートラル時代のグリーン技術の研究開発に挑むNTTドコモ クロステック開発部 竹野和彦担当部長に研究開発の概要と研究開発に臨む姿勢について伺いました。
竹野和彦
クロステック開発部
担当部長
NTTドコモ
「2030年カーボンニュートラル宣言」を実現するグリーン技術
現在、手掛けている研究開発の概要をお聞かせください。
これまで約32年にわたって手掛けてきた研究開発の経験を活かして、電力をベースとしたモバイルネットワークの災害対策、カーボンニュートラル時代のグリーンエネルギー技術、電力ビジネスの研究開発に取り組んでいます。
NTTドコモは経営の中でSDGsを指向しています。その中でも気候変動問題への対応を企業の重要な課題として2021年に国際的な気候変動イニシアチブSBT(Science Based Targets)1.5℃目標の認定を取得し、さらに、事業活動での温室効果ガス排出量を2030年までに実質ゼロにする「2030年カーボンニュートラル宣言」を発表するなど、NTTドコモが排出する温室効果ガスの削減に取り組んでいます。
一方、2011年の東日本大震災やそれによって発生した原子力発電所の事故によって、商用電力の供給能力に対するリスクが高まり、災害発生時の無線基地局の電源確保が課題となり、それに対して環境保全にも貢献する太陽光発電などの有効活用等も検討・実施されてきました。こうした背景から、ソーラーパネルや燃料電池などのグリーン電力を含む多様なエネルギー源から電力を供給できる無線基地局エネルギーシステムの研究開発に注力しています。
現在、具体的にはどのような課題を抱えているのですか。
無線基地局はスマートフォン等のユーザ端末と無線によりつながるとともに、フロントホールという光ファイバ回線によりコアネットワークとつながっており、端末に一番近いところにあるネットワーク装置インフラです。全国にくまなく配置されていて、設置場所において電力会社の商用電力を受け、その電力を基地局内の無線通信機器に供給すると同時に、蓄電池の充電に使用しています。停電時のバックアップ用としてエンジン発電機を使用する場合もあります。NTTドコモのモバイルネットワーク全体に必要な電力は約30億kW/hですが、そのうちの約75%を全国約20万カ所の無線基地局が占めています。
現在、ほとんどの蓄電池には鉛蓄電池が使われ、停電時の電力をバックアップしているのですが、鉛蓄電池はエネルギー密度が低く、電池寿命が短く、さらに、重量や体積の大きさから設置上の制約が大きいために結果として長時間化が困難であるという課題があります。そこで、鉛蓄電池に代わる新たな蓄電池としてリチウムイオン電池が検討され、一部で使用が開始されていますが、コストと安全性に関する課題があります。
そして、こうした非常時の電源確保に加え、消費電力削減も大きな課題となっています。これらの課題に対して、再生可能エネルギーを利用することで、平常時の商用電力使用量を削減できるとともに環境保護にも効果がある、グリーン基地局を開発、導入推進しています(図1)。
グリーン基地局は、日中は太陽光発電により通信機器を駆動させつつ、余剰分を蓄電池に充電して、夜間等太陽電池の発電量不足時に蓄電池から通信機器等へ電力供給します。蓄電池にはリチウムイオン電池を使用しています。これらの動作を効率良く行うためには、発電量に応じた充放電量の制御、ピークカット制御等が必要で、全国に分布するグリーン基地局にEMS(Energy Management System)基盤をクラウド上に構築し、それにより一元制御しています(図2)。さらに、EMS基盤では天気予報と連動した制御も行っています。これらの成果として、電力コスト20%程度の節電になり、電力会社からの節電要請への対応が可能となるとともに、電力需要に応じて(余剰)電力を電力会社等へ供給するデマンドレスポンスへの対応も可能となり、2017年度から開始された政府主導の実証実験にも参加しています。また、それに比例したカーボンニュートラルへの貢献も促進することができました。現在、グリーン基地局は全国に230カ所程度ありますが、今後はさらにその数を増やすとともに、地域電力不足への貢献としてグリーン基地局電力インフラを活用したバーチャルパワープラント(VPP)や、デマンドレスポンス(DR)などの関与によりさらなる貢献を促進しています。
そして、グリーン電力技術の社外展開として、地域エネルギーマネジメントを実施しています。2019年には仙台市、国立大学法人東北大学とともに、市内小中学校(約200カ所)の指定避難所に設置された蓄電池の最適制御や使用電力、供給電力の可視化を実施し、平常時や災害時に電力を効果的に活用できる体制構築に向けて共同実験協定を締結しました。私は頻繁に仙台市の震災被災地域や避難所などを訪ねて対応して、地域の災害対応力向上と環境負荷の低減への実現に努めています。このほか、全国の避難所等においても設置された蓄電池のEMS基盤による管理運用を提案しています。
ただ、リチウムイオン電池を使用する以上、その安全性の確保も検討課題としてあります。
32年にわたる研究開発をベースに社会課題解決に挑む
12年前にグリーン基地局の研究開発をスタートさせたとは、世界に先駆けて社会課題の解決に挑んだのですね。
私は1990年にNTTに入社し、NTT電子応用研究所でONU(Optical Network Unit)用電源等の通信用エネルギー機器の研究、1998年にNTTドコモに移籍後は、携帯電話用電池の開発導入や電池安全性の研究および不具合の対応、2010年から災害時の電源確保、グリーンエネルギー技術、電力ビジネスの研究開発、といった電力関連の研究開発に30年以上にわたり取り組んできました。NTTドコモにおいては電力関連の研究開発者・エンジニアが極めて少なかったこともあり、特に2010年当初の研究開発は実質的に私1人でゼロから立ち上げました。当時、基地局などでは古い鉛蓄電池を用いていた中で、私はその分野を刷新するために太陽光発電を適用し、遠隔で制御するグリーン基地局構想を2010年10月に提唱しました。社内の理解を得るために東奔西走している最中に、東日本大震災が発生し、災害時の電源確保の必要性や環境への関心の高まり、これが後押しとなってグリーン基地局構想の実現に向けた研究開発が本格的に加速していきました。
震災以降、私は全国の基地局を調査し、大型リチウムイオン電池と太陽光発電の適用、長時間バックアップ用燃料電池の開発、EMS基盤開発など多岐にわたって開発を推進しました。実際の現場への展開にあたっては、新しい発想であるため、現場の理解を得ることに苦労しましたが、経営としてSDGsに取り組むことが示されると、一気に理解が進みました。グリーン基地局は2012年から導入が始まり、災害時の電力確保の手段としてリチウムイオン電池、燃料電池の基地局への設置とともに全国へ展開されていきました、2019年には日本各地で発生した台風や水害、および北海道地震時の全道ブラックアウトへの対応としてもグリーン基地局は活躍しました。
グリーン基地局にはこれまで手掛けてきた電力関連の研究開発の経験、成果が活かされているのですね。
入社当時の出来事で関西方面の電話局内で、局舎に備えられている鉛蓄電池の過渡特性(電源が電池に切り替わる瞬間に発生する過大電圧・電流等)による停電不具合が発生したのですが、その原因の解析のために、パラメータを工夫した鉛蓄電池の等価回路化などにより、その過渡特性の原因分析と防止する方法を提案し、その後の停電対策へ貢献することができました。その後、上司からの「何かとびぬけた研究を」というアドバイスの下、大学時代に追究した低温技術ノウハウを活かして超電導電池の研究を手掛け、手製のクライオスタット(-273℃を保持する装置)や超電導コイルを用いた超電導電池などの研究をしました。
そして、日本にFTTH(Fiber To The Home)が普及してくると、家庭向けのONUのバックアップ電池やその管理機構(劣化判定)の方式を研究し、マルチメディア総合実験のCATV映像伝送におけるFTTH実証の電源装置として導入に貢献しました。
NTTドコモにおいては携帯電話のバッテリ開発を担当する中で、多発していたリチウムイオン電池の膨れや爆発事故の原因解明および現場対応、安全基準の策定などの研究にも携わりました。さらに、同時期に新しい技術として燃料電池とワイヤレス充電の技術にいち早く着目し、2000年代前半には無茶だといわれた2つの技術の携帯電話への適用を検討し、超小型の燃料電池をメーカと試作し、燃料電池のブームの火付け役となりました。ワイヤレス充電に関しては、業界が話題になる前から実施しており、蚊取り線香型のコイルの提案やスイッチ制御方式を提案し、業界でいち早く携帯電話に適用を提案できたと考えます。現在のスマートフォンのワイヤレス充電の下地をつくったと自負しています。こうした経験やノウハウがグリーン基地局の展開に役に立っていることはいうまでもありません。
3つ4つは自分のカバンにネタを仕込んでおく
研究開発者として大切にしてこられたことを教えてください。
私は信条として、自らのスキルと社会が要求することをマッチさせることに努めてきました。日頃からアンテナを高くして、電力不足や環境対応等の社会課題を見つめ、自らの興味の範囲と照らし合わせて、テーマを見出しています。また、歴史書や地図なども参考にして、未踏の分野や諦められた課題も探しています。
一方で、このようにして探し当て、研究開発を始めたテーマであっても、時代にマッチしていない、時期尚早であると感じたら着手せずにストックとして温めておき、いわゆる技術のデスバレーを覚悟しつつ、乗り越えるべき技術かを見極めています。
私は「まず隗より始めよ」をモットーにして研究開発に臨んできました。やるからには自分から、そして基本から始めることはとても重要です。電子回路の技術者の私が入社後に、電気化学の社会人ドクターとして学位を取得し、電池の研究をしていることからも分かるように、自らの専門領域以外も突き詰めることで道は拓けると考えています。
事実、専門領域ではありませんでしたが、私は世界に先駆けて携帯にリチウムイオン電池を導入する部隊で陣頭指揮を執りました。これをきっかけに、ノーベル賞を受賞した吉野彰先生(旭化成株式会社名誉フェロー)や、リチウムイオン電池の安全性の研究の世界的な権威であり、社会人ドクターの恩師であり、かつNTT研究所のOBである山木準一先生(九州大学名誉教授)等からご教授いただいたことは今でもよい思い出です。
さらに、燃料電池の開発は20年を費やして実用化へこぎつけました。基地局用の燃料電池の実用化では、導入交渉等のためにメーカのカナダの本社や工場などに赴くなど、足で稼いで導入への道筋をつけました。グリーン技術の研究開発でもいろいろな成果が出た年の年末に、幹部から「グリーン企画、頑張ったね」と、一言触れてもらったことがありましたが、こういう一言が本当に嬉しく、次に向けて頑張れるのです。
今後はどのような研究開発に臨みたいですか。
現在は、これまでなかなか実現できなかった家庭向けの節電等、日本の電力問題への対応に注力しています。特に自然に節電する技術や家庭での低コストの蓄電技術と「ドコモでんき」を合わせて実現する方法を模索しています。これらは家庭での節電ビジネスとして検討しているのですが、家庭における節電制御は難しさもあって、電力の見える化やエアコンなどの遠隔オンオフなどの利用は低迷しています。この状況を打開するため、節電しやすい環境づくりやオートマチック操作を実施するなど、ユーザに寄り添った制御の検討を進めて、安心・安全な家庭向けの電力サービスを革新していきたいと考えています。
安心・安全にかかわる技術は先を見ることが難しい分野でもありますから、長い目で見ようと思っていても、すぐに挫けてしまう人もいます。それでも私は後進に「3年頑張ろう、3年頑張ればなんとかなる」と話しています。成果がでなくて挫けそうになることもあると思いますが、そんなときのために、3つ4つと自分のカバンにネタを持っておきたいですね。
幸いにして、NTTは社会人ドクターを推奨しています。私自身も仕事をしながら大学院で学位を取得し、新しい力と視点を養いました。たとえ、今がつらくても、諦めることなく頑張っていると3年ほどすれば利益が上がる等、事態が好転することはあります。もちろん、中には利益が上がらずデスバレーも越えられないこともありますが、粛々と社会に貢献するする姿勢で臨むことが大切ではないでしょうか。加えて、好きなことを貫くには、自らの目的や成果の最終形について、それを理解してくださる方の耳に届くようにすることも大切です。その際には開発している技術を解説するのではなく、それによって提供されるサービスとは何かを提案することが大切です。うまく成果や目的をアピールしながら3年、頑張っていきましょう。