特集
ウェルビーイング × ITで実現する新しい未来
- ウェルビーイング
- 幸福度
- 人工知能
ウェルビーイングに関する取り組みは、国内外の経済界や政府系機関など、さまざまなステークホルダーが関心を持ち、ポストSDGs(持続可能な開発目標)として高い注目を集めています。本稿では、ITを用いたウェルビーイング支援に関する考え方やシステム開発方法論について軽く触れた後に、NTTデータが開発しているウェルビーイングテクノロジについて、その技術の中身から適用イメージまで紹介します。
野村 雄司(のむら ゆうじ)/片岡 紘平(かたおか こうへい)
NTTデータ
ウェルビーイングとは
WHO(世界保健機関)は、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」と、当該機関の憲章として掲げています。ウェルビーイングという言葉に明確な定義*1はありませんが、ここに出てくる「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも」良い状態(ウェルビーイング)が分かりやすい解釈かと思います。
ウェルビーイングは、各人によって大きく異なります。また、同一人物においても、日々、時々刻々と変化します。こういったウェルビーイングは、一見とらえどころがないように思えますが、心理学などの分野において尺度化され、人々のウェルビーイングを測定する取り組みがなされてきました。ウェルビーイングを測定することにより、ウェルビーイングが向上するための手立てが検討できるようになります。
*1 英語の原文にはWell-Beingという言葉が明記されています。
社会の動向と私たちの取り組み
2000年代後半にGDPなどの経済指標では測れない人々の生活の豊かさを可視化する取り組みが始まり、これに続くかたちで、OECD(経済協力開発機構)が加盟国の生活の状況を測定する、「Howʼs life?」という調査を始め、これらが各国の政策決定に大きく寄与し始めています。また、SDGs(持続可能な開発目標)の3番目のゴール、「Good Health and Well-being」としても、ウェルビーイングは注目を集めています。
日本においても、2021年には「政府の各種の基本計画等について、ウェルビーイングに関するKPIを設定する」ことが政策に上がり、2022年はウェルビーイング元年とまでいわれるほど、国内にも浸透してきています。社会が株主資本主義からステークホルダー資本主義に変わりつつある昨今、社会全体として、利益を追求するだけでなくあらゆるステークホルダーに向き合わなければいけない時代になってきています。そのため企業においても、株主や従業員だけでなく、企業活動に関係する生活者や地球環境等のあらゆるステークホルダーを豊かにする必要性が高まってきています。つまり、ウェルビーイングが経営の中心になってきているといっても過言ではないでしょう。
別の潮流として、内閣府は新たな社会“Society 5.0”、デジタル田園都市構想を掲げ、サイバー空間とフィジカル空間を融合させた社会づくりに取り組んでいます。ITが人々や社会に果たす役割は大きくなっています(図1)。このように高度なIT社会化の素地ができているため、ITはウェルビーイング領域にも染み出し、むしろITがウェルビーイング領域をリードしていくべきだと考えています。このような背景から、NTTデータはウェルビーイング×ITを社会やビジネスの成長の鍵ととらえ、ITを活用した人々のウェルビーイングの実現をめざしています。
ウェルビーイングテクノロジによる支援
これまでNTTデータは、自然言語処理などをはじめとするAI(人工知能)開発の実績を積んできました。加えて、近年より一層注目が高まっているAIガバナンスの観点も踏まえたシステムの開発にも注力しています。本稿で紹介するウェルビーイングテクノロジは、これらの実績や取り組みを高度に組み合わせた技術です。
■対象とするウェルビーイング
前述のとおり、ウェルビーイングはあいまいで一元的な定義はありませんが、個人が主観的に感じるものである“主観的ウェルビーイング”、これを下支えするように“生活満足度”がある*2と考えています。主観的ウェルビーイングは、ポジティブ感情や達成感など、心理的な状態や認知に関連します。一方、生活満足度は、文字どおり、賃金や職場、公共サービスなど自身の生活に直接的にかかわる満足度です。
この主観的ウェルビーイングは、時間変化に伴って日々移り行くもので、このような日々の生活に密接にかかわるものを持続的ウェルビーイングと呼んでいます*3。私たちは、このもっとも身近な、持続的ウェルビーイングを支援するテクノロジを開発しています。
*2 主観的ウェルビーイングと同階層に位置付ける考え方もあります。
*3 このほかに、快楽主義的ウェルビーイングと医学的ウェルビーイングがありますが、本稿では割愛します。
■ウェルビーイング支援のフレームワーク
日常生活におけるユーザの持続的ウェルビーイングの遷移イメージを図2に示します。日常の気持ちの浮き沈みに伴って、4つの状態を遷移します。この持続的ウェルビーイングの遷移に合わせて、ウェルビーイングの持続支援、発見支援、回復支援の3つの支援ができると考えています。この中でも、私たちは持続支援を中心に据えて、ウェルビーイングテクノロジの開発に取り組んでいます。図3に私たちが開発しているウェルビーイングテクノロジの支援フレームワークを示します。
「ユーザ理解技術」はユーザの性格・価値観、趣味趣向、行動習慣を、大規模言語モデルをはじめとするAIを用いて推定します。従前からNTTデータは自然言語処理をはじめとするAIのビジネス適用に注力していました。これに心理学的な知見を取り込み、「ユーザ理解技術」を開発しています(図4)。想定しているインプットデータは、ユーザのSNSや、コンテンツ閲覧履歴、ウェアラブル端末などのバイタルデータなどであり、多様なデータを用います。これらのデータには、ユーザの性格・価値観、趣味趣向、行動習慣が反映されていると考えられますので、これらのデータを使ってそれぞれの価値観を推定します。
「施策最適化技術」はユーザの価値観を理解したうえで、ウェルビーイング向上施策のレコメンドを行うものです。施策の内容のみに基づいたレコメンドを行うだけではなく、その提示方法や、抽象度、選択可能性を総合的に最適化していきます。提示方法の側面からの最適化は、施策を提示するタイミング、メッセージの送り方、その文面、行動のハードルの高さを調整します。残りの抽象度と選択可能性は、行動選択におけるユーザの自律性にかかわる重要な側面です。施策の抽象度と選択可能性を適切にコントロールすることで、システムが提案したものを脊髄反射的に選ぶ(または、選ばせる)のではなく、ユーザが自律的に選択・行動したという感覚を持てるようにします。
「効果測定技術」は、ウェルビーイング支援施策を実施した結果、ユーザの状態がどのように変化したかの効果を測定するための技術です。ここでは、主観的ウェルビーイング指標と、その下位指標となるウェルビーイングの構成要因に関する測定を行います。測定において、従来から行われているユーザのアンケート結果の分析だけでなく、実際にその行動を行ったのかを分析する行動履歴分析、さらには、ユーザの日記の分析やウェアラブル端末から収集される睡眠の分析などを多面的に実施します。主観的ウェルビーイング指標の測定内容は、大別して認知的満足度と、感情の2つがあり、これらの測定のためにアンケートも実施します。このとき、行動のプロセス自体に対する評価も併せて取得します。例えば、健康のために歩く内容の施策を提示した場合、その結果の満足度は10点満点で、プロセスとしては、「歩くこと自体楽しかった」など、総合点数と一緒に、どのようなプロセスが重要なファクターであったかを把握することが重要です。その他、自社サービス利用による効果に直結する指標などがあれば、それが評価できるようなアンケートを作成する、もしくは、データ(数値、画像、テキストなど)をモニタリングするような機能をユーザインタフェースに追加実装し、定量化します。
以上の3技術のループを回すことで、継続的にユーザの持続的ウェルビーイングを支援します。
■ウェルビーイング支援時に気を付けるべきこと
前述のとおり、ウェルビーイングテクノロジの技術的な側面を紹介してきましたが、技術と表裏一体になっているのが、倫理の問題です。NTTデータは法令遵守だけではなく、より広域な倫理的な観点も考慮したAIガバナンスに積極的に取り組んでいます。ウェルビーイングテクノロジが偏見(バイアス)や不平等を生むことがないよう、また、社会に受容されることを考慮しながら、専門チームと協力して開発に取り組んでいます。
ウェルビーイングの要因は、個人によって異なるということを常に念頭に置いておく必要があります。ウェルビーイングを押し付けられることは、他者から杓子定規な基準があてがわれてしまうことであり、逆にウェルビーイングが損なわれてしまいます。
併せて、ユーザの自律性を奪うような技術であってはいけません。テクノロジが何かを強制したり、制限したりすることは、人がウェルビーイングな状態であるための重要な要因である“自律性”が損なわれてしまいます。上記は一般的に気を付けるべきことを挙げましたが、これ以外にも個々のサービス特有の検討が必要になります。
ChatGPTをはじめとする生成系AIが、非AIエンジニアの層にまで急速に普及しており、今後、AI関連のウェルビーイング支援技術の開発がさらに加速することが予想されます。このような状況では、“安全で有効なサービスの提供のためには、プライバシとセキュリティ、ユーザエクスペリエンス、信頼性、エビデンスに基づいたアプローチ、倫理的配慮、そして継続的改善を心掛けることが必要でしょう”*4。
*4 “”の中の文は、「テクノロジを用いて人々のウェルビーイングを支援するときに何を気を付けなければならないか」をChatGPTに質問したときの回答を要約したものです。
今後の展開
政府のSociety 5.0の取り組みやスマートフォン・ウェアラブル端末の普及、AI技術の加速度的発展など、ITがさらに活用されていく社会へ移行していくことが想定されます。本稿の主題である、ウェルビーイング×ITを省みると、瞑想支援などのウェルビーイング要因を支援する個々のサービスはあるものの、人々のウェルビーイングを包括的に支援する技術というのは、いまだ世間に出回っていません。
昨今注目されている、生成系AI、対話エージェントは、ウェルビーイング支援を提供するにあたって最適なパートナーになる可能性を秘めています。このような最新の技術を積極的に取り入れながら、ユーザの日常の生活に寄り添い支援するウェルビーイングテクノロジの開発に取り組み、個々人がウェルビーイングでいられる社会の実現に向けて、NTTデータも貢献していきます。
(左から)野村 雄司/片岡 紘平
問い合わせ先
NTTデータ
技術革新統括本部 システム技術本部
データ&インテリジェンス技術部
TEL 050-5546-8097
E-mail dioffering-contact@kits.nttdata.co.jp
個人のウェルビーイングを制度や仕組み、人だけで支援し続けることは、現実的ではありません。そこで活躍するのがAIをはじめとするITであると著者らは考えています。AIによるウェルビーイング支援という世界は、もう目の前に来ています。