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from NTTデータ

医用画像診断支援技術MaestroAI®の実用化に向けた取り組み

医療現場では、CTやMRIなどの撮像機器の進化に伴い、がんや心疾患、脳血管疾患などの重大疾病の早期発見・診断ができるようになりました。しかし、画像を用いた診断の需要が増すとともに、診断を行う放射線科医の負担も増加しています。NTTデータでは、放射線科医が不足している課題に対し、患者の医用画像をAI(人工知能)技術で分析し、異常所見を示すことで読影業務をサポートするAI画像診断ソリューション(MaestroAI®)を開発しています。

AI画像診断ソリューション開発の背景

医療分野では、X線CT画像やMR画像などのさまざまな画像データが病気の診断や治療方針の決定、手術後フォローアップなどの場面で利用されています。
特に日本は、人口100万人に対するCT、MRI機器の設置台数(1)がOECD加盟国の中でももっとも多く、CTが107台、MRIが52台(2017年)となっています。また、これらの機器の性能向上に伴い、1回の検査で撮影できるスライス枚数も増加しています。
しかし、こうした医用画像データが増加する一方で、さまざまな診療科の医師から依頼を受けて画像を読影し、レポートを作成する放射線科医は不足しています(図1)。

画像診断AIとは

放射線科医は、各分野の医師が適切な診断や治療方針を決定するうえで大切な役割を担っていますが、近年は、前述したような放射線科医の不足による業務負荷の増加が問題視されています。
放射線診断では、放射線科医が頭部・胸部・腹部・四肢などの読影を行い、各診療科に診断レポートを返します。読影では、検査によって得られる膨大な画像データを見落としのないように1スライスずつ確認し、所見を抽出します。また、正確性や網羅性を担保するための二重読影をするケースや、迅速なフィードバックを要するケースがあることも負担が大きい要因となっています。
「画像診断AI」は、放射線科医の読影を補助的に支援し、作業負担の軽減や効率化することを目的としています。

NTTデータのMaestroAI®

NTT データの画像診断AI(MaestroAI®)は、主に深層学習のアルゴリズムを採用しており、画像認識技術(画像分類、物体検出、セグメンテーション)を医用画像の診断に応用しています。具体的には、CTやMR画像から診断対象である各臓器・部位の「セグメンテーション」「異常所見の抽出」「病変の識別」「疾患名候補の提示」等を行います。
MaestroAI®は、前述したような放射線科医の読影作業の効率化を目的としており、臓器・器官を複合的に診断支援します。例えば、腹部CT画像から異常所見を提示するために、診断対象の各臓器(腎臓や肝臓など)の特定を行い、さらに以下の3つのアルゴリズムを適用します。
・PhaseⅠ(トリアージ): 対象臓器・器官の異常所見の有無の判断
・PhaseⅡ(位置特定): 異常所見個所を検出
・PhaseⅢ(異常分類): どのような異常所見であるのかを分類
またこのほかにも、特定疾病や症例について読影業務を支援するAI(人工知能)を開発しており、例として「大動脈瘤検出AI」を紹介します(図2)。
大動脈のように形状が複雑で胸部(上行、弓部、下行)から腹部、腸骨部にまたがる臓器の読影は、比較的時間を要します。そのため、患者の前回検査情報との比較や経過観察の場面では、特にAIが効果を発揮しやすいと考えています。AIにより大動脈瘤を検出するケースでは、機械学習を使ったセグメンテーションや従来の診療ガイドラインの応用により、瘤の形状やサイズを過去の検査画像と比較しやすく提示することで放射線科医の読影業務を支援します。

AI画像診断ソリューション開発における難しさ

企業が、画像診断AIなどの医療AIを新規に開発し社会実装につなげる難しさは、いくつかありますが、特に次の2点が一般的な共通課題であるように感じています。
1点目は、医療現場における課題の特定から技術適用や検証を経て、最終的にビジネス化に至るまでに、「医療やAI開発に限定しない幅広い知識やスキルが必要になる」ことです。
当社においては、AI開発において高い技術力を保有していますが、一方で医療分野における課題認識や医学的な専門知識はまだまだ不足しています。さらに、社会実装に向けては、技術適用の観点だけではなく、構想するサービスやプロダクトをより広く役立たせる、ビジネスとして成り立たせることを検討し、ステークホルダと関係を構築し調整を重ねていく必要があります。このことから、「医療分野の知識×AI開発技術力×ビジネス推進力」を掛け合わせて開発を進めていくことが重要ですが、こういった高度なスキルを有する人材は希少であるのが実情です。
2点目は、「医用画像を収集するハードルがとても高い」という点です。
CTあるいはMR画像から臓器を検出する、または、がんや疾患、損傷などの異常の分類や識別が可能なAIモデルを開発するためには、少なくとも数千枚から数万枚の十分な枚数の画像を部位や症例ごとに収集する必要があります。また、学習データとして利用するためには、正解となるアノテーション情報を付与する必要がありますが、画像から正確に部位や病変位置などを読み取る際に医学的知識を要し、AI技術者単体では困難です。

技術開発における強み

前述したAI画像診断ソリューション開発の課題に対する当組織(技術開発本部 ヘルスケアAIセンタ)の強みを3つ紹介します(図3)。
① 医療機関や医師の協力体制と、高品質な医用画像データの確保
国内外の医療機関とアライアンスを結び、多国籍でさまざまな異常を含む大量かつ高品質な画像データを入手できる環境にあります。また、AIモデル構築および検証実施時においても放射線科医による根拠に基づいたフィードバックを得ることが可能です。
② デジタル技術やデータ活用に精通した高度スキル人材と内製AIエンジンの保有
機械学習や画像認識、統計解析等のスキルを持つAIエンジニアやセキュアな分析環境を構築するインフラエンジニア、プロジェクト推進人材など多様なスキルを持つメンバーが所属し、研究開発にとどまらず積極的な事業化推進を行っています。この強みは、①の協力体制のもと相乗効果を発揮します。
画像診断AIの開発においては、AIエンジニアとユーザである現場医師、両者の視点から、より具体的に課題やニーズを深掘りし、画像認識技術が効果的に利用できるケースを見極めることで、放射線科医の業務フローにAIが自然なかたちで介在することをめざしています。
③ 国内外でのPoC(Proof of Concept)実績と、AI画像診断開発ナレッジの体系化
当組織では、これまでにパートナーシップを通じて複数国の医療機関にて、開発したAIモデルの検証を実施しています。
例をあげると、グループ会社であるNTT DATA Servicesが収集した米国の医療機関の画像データを用いて腎臓の異常検出AIを開発し、このAIモデルを日本にフィールドを移して検証を行い、結果としてNTTデータの腎臓の診断支援AIモデルは、人種間の差異がほぼなくグローバルに適用が可能であることを示しました。
また、これらの一連のプロセス(課題設定、開発環境構築、データ収集・作成、前処理、学習手法の選定、AIモデルの構築、検証・評価・改善)から得た「画像診断AI開発・検証」にかかわるナレッジについても、集約し体系化を試みています。例えば、精度の高いAIを開発するうえで特に重要視している画像データへのアノテーション付与作業については、品質を担保するために医師の知見を得ながら作業を標準化し、方法論を整備しています。一方で、何千枚もの画像に人手でアノテーションを付与する作業には時間や費用がかかるという課題に対しては、Active Learning技術を用いることでアノテーションを付与すべき画像の絞り込み、作業負担の軽減を図っています(図4)。

画像診断AIの導入を阻む障壁

医療機関が画像診断AIを導入することでメリットを最大限に享受するための方策として、以下のことなどがあげられます。
① AIを用いた画像診断支援が診療報酬の対象となること
② AI販売後にもチューニングや性能アップデートが容易に行えること
これらについては、厚生労働省を中心とした保健医療分野AI開発加速コンソーシアム(2)等で現行制度についての議論や検討がなされている状況ですので引き続き動向を注視します。
また、AI活用への期待が寄せられている一方で、臨床現場での利用形態についても、倫理面に配慮し、「AI技術はあくまでも放射線科医を含む医療従事者を技術でサポートする役割である」ことを念頭に置いて利用方法を設計していく必要があると考えます(図5)。

今後の展開

当社は、2021年12月9日に第二種医療機器製造販売業許可の取得および医療機器製造業登録を行いました。引き続き、パートナーと連携しながら医師の業務を効率化するAI画像診断ソリューションの上市をめざしています。
また、遠隔医療や2018年に施行された次世代医療基盤法(3)により個人情報に配慮した患者の診療記録の整備、利活用が進むことで、AI画像診断ソリューションの活用の可能性はさらに広がります。
今後は、これらの仕組みを取り入れながら、特に医療過疎や高齢化の課題に対して、診断の場面のみならず、予防・健診から診断、治療、予後の健康維持に至る幅広いシーンでAI画像診断ソリューション・サービスを活かし、解決していけることをめざします。

■参考文献
(1) http://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=HEALTH_REAC
(2) https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kousei_408914_00001.html
(3) https://www8.cao.go.jp/iryou/gaiyou/pdf/seidonogaiyou.pdf

問い合わせ先

NTTデータ
技術革新統括本部 技術開発本部 ヘルスケアAIセンタ
TEL 050-5546-9741
FAX 03-3532-0487
E-mail Asaka.Fujisawa@nttdata.com