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特集2

サステナブルでしなやかな社会を実現する環境エネルギー分野での取り組み

包摂的サステナビリティの実現に向けた環境社会循環予測技術

私たち環境社会循環予測技術グループでは、環境、経済、社会が相互に関連しより良く安定した状態「包摂的サステナビリティ」の実現に向け、複数の異分野モデルから構成された循環システムを計算機上に実現し、地球規模の包摂的な循環の変化を予測することに取り組んできました。本稿では、これらの取り組みから、「環境と経済の相互作用を考慮した地球規模の環境負荷予測」と「Beyond GDP時代における新しい豊かさの指標(Inclusive Wealth Index)とその将来予測技術」を紹介します。

河田 博昭(かわた ひろあき)/六藤 雄一(むとう ゆういち)
徳永 大典(とくなが だいすけ)
NTT宇宙環境エネルギー研究所

包摂的サステナビリティの実現に向けて

私たち環境社会循環予測技術グループでは、地球の環境が備える自律性とその一部としての経済・社会システムの自律性とが包摂的に調和することで可能となる持続性を「包摂的サステナビリティ」と定義し、研究に取り組んできました(1)
地球の環境はそれ自体が自律性を持っていますが、その自律性に対して人間の経済的・社会的活動が負の影響を与え、その結果として変化した環境が人間にとって好ましくない状況であるときに環境問題が発生します。この複雑な連鎖反応を起こすシステムは、地球規模でみれば環境と経済・社会を含む包摂的な循環システムとしてとらえることができます。
しかし、現実世界の観察や計測ですべての相互作用を理解するのは困難なことに加え、現実世界において自然環境や経済活動、社会活動への影響を評価するのは、実施コスト、影響発生の時間遅れ、不可逆性などから困難です。
そこで、私たちは計算機上に環境、経済、社会から構成される循環システムを再現し、地球規模の包摂的な循環の変化を計算可能とすることで、「包摂的サステナビリティ」の実現へ貢献するという目標を掲げました(2)。計算機上で、包摂的な循環の変化を予測できることにより、私たちは、社会システムのあるべき姿や、そこへたどり着くために必要な社会システムの変容について世界的議論を加速させることへ貢献できると考えています。この目標の実現に向け、私たちは気候変動下における水循環と食糧生産の間の関係性をリアリスティックに評価するPoC(Proof of Concept)の構築に取り組んできました。
本稿では、地球規模の水循環に関する「環境と経済の相互作用を考慮した地球規模の環境負荷予測」と、人間の社会的活動を重視した新しい市場評価モデルに関する「Beyond GDP時代における新しい豊かさの指標(Inclusive Wealth Index:IWI)とその将来予測技術」を紹介します。

環境と経済の相互作用を考慮した地球規模の環境負荷予測

■包摂的サステナビリティの実現に向けた連成シミュレーション技術

私たちが取り組んでいる、環境、経済、社会を計算機上に再現するというアプローチでは、環境や経済等の各々の専門家が開発したシミュレータを組み合わせることで、複雑系事象をより精緻に再現することを試みています。例えば、後に例示する自然環境下での水循環と経済活動の組合せなどです。
これを実現するためには、複数のシミュレータにおける変数間の因果関係に従ってデータを交換させる必要があり、各々のシミュレータが独自に持っている内部時刻を統一的に管理し、適切なタイミングでデータを交換しながら実行制御する技術が必要です。このような結合技術は連成(Co-simulation)と呼ばれています。私たちは、既存のシミュレータへの改修を最小限度に抑え、さまざまなユースケースに適用可能な連携技術「連成シミュレーション技術」(3)を開発しました。

■水循環に着目した環境と経済活動の相互作用を考慮した地球規模シミュレーション

私たちが開発した「連成シミュレーション技術」を用いて包摂的サステナビリティについてより精緻な検討が可能であるか、本技術を用いた場合との差異を観察し、その効果を確かめる実験を行いました。今回の実験では、環境および経済活動の双方に強い関連がある水に着目し、地球規模の水循環に着目した環境と経済活動の相互作用を考慮した地球規模シミュレーションを構築し、長期間にわたる環境負荷の観察を実現(4)しました。
地球規模における水循環については、東京大学 生産技術研究所 芳村圭教授の研究チームが開発した、地表面水循環過程を再現する統合陸域シミュレータ(ILS)(5)と、Joint Global Change Research Institute (JGCRI) により開発された経済活動に関する統合評価モデル(IAM)の1つであるGCAM(6)を用いています。
この実験では、経済活動に伴う土地利用形態の変化が水循環に影響を与え、水循環に生じた影響が経済活動に影響を与えるとの仮説を立てました。この仮説を確かめるため、統合陸域シミュレータ(ILS)と統合評価モデル(GCAM)を、連成シミュレーション技術にて経済活動の変化による年ごとの土地利用形態を考慮した連携処理を実現し、ILSが算出する土地からの水の流出量とGCAMが算出する水の消費量を比較して、長期間にわたる経済活動の変化による水に関する環境負荷(水ストレス*1)の変化を観察することで、従来では予測できなかった時期や場所にて大きな環境負荷が生じる可能性があることを示しました(図1)。
今回の実験では、5つの社会経済シナリオ*2の1つ(SSP126)を用い、異なる2つのシミュレータを相互に連携させて地球規模にて計算処理する仕組みを実装しました。一例として、2020〜2044年に草原から耕作地に変化していく地域が多いと予測されているニジェール河川流域について、気候変動によって水ストレスは大きくなっていく傾向があるものの、耕作地への土地利用変化を考慮することで水ストレスの増加が少なからず緩和される可能性があることが分かりました(7)。この実験から、異なるシミュレータを連携する効果を確かめることができました。

*1 水ストレス:水需要に関するひっ迫の程度を評価する指標。本実験では、月ごと・年ごとに「水消費量/流出量(水賦存量)」として算出し、20%を超過する場合を水ストレスが発生したと判定しました。
*2 SSP(Shared Socio-economic Path­ways):「共通社会経済経路」と呼ばれる、社会経済的な要素(人口、経済成長、教育、都市化、技術開発の速度等)が次の100年間にどのように変化するか、5通りにシナリオ化したもの。

■今後の展開

環境と経済活動の相互作用を再現しさまざまな政策を検討する際には、大きな課題が2つ存在します。1つは、環境分野のシミュレーション計算量が過多であるため、他のシミュレーションと連携するために計算量を削減(軽量化)する必要があることです。もう1つは、現在の科学技術計算では社会経済的な要素(人口、経済成長、技術開発の速度等)の変化(将来の社会経済シナリオ)についてさまざまな仮定に基づいた固定的なシナリオに沿ってつくられたデータを用いてシミュレーションするため、それ以外の柔軟性のある社会経済シナリオに基づいたシミュレーションが困難であることです。そのため、地球規模シミュレーションの精度向上や、計算量の削減による試行回数の増加実現などによる利便性の向上に努めていきます。また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)にて議論されている諸問題について、新たなモデルの組合せにより、より詳細な科学的分析を可能にし、社会が科学的な根拠を持って持続的な経済発展を継続できるよう貢献していきます。

Beyond GDP時代における新しい豊かさの指標

■研究の背景

炭素排出抑制に向けた環境対策の重要性が高まっており、国や地域、自治体といったさまざまな場でカーボンクレジットといった炭素排出取引施策の推進が取り組まれています。このような施策が継続的に運用され効果を上げるには、ただ環境目標達成に寄与するだけでなく、経済や生活とのバランスの観点まで含めて、世の中全体を豊かにしていく施策である必要があります。私たちは、環境対策によって世の中全体の豊かさがどのように変化するか動的に長期予測し、環境と社会経済の包摂的なサステナビリティを評価する技術にチャレンジしています。

■世の中全体の豊かさの動的な長期予測・評価に向けた課題

その実現には、世の中全体の豊かさの考え方、環境や社会の動きやつながりを全体的にとらえて表現し、その将来的な見通しや大まかな振る舞いを再現することが必要です。私たちがとらえようとしている豊かさは、物のような経済的な豊かさにとどまらず、自然環境や資源の豊かさや、人間の健康や教育の豊かさまで含めたものです。これら自然・人・物の豊かさを全体的に評価する指標が必要となります。
環境や社会は相互作用して全体として複雑系として振る舞うことが知られています。環境対策という社会変容によって発生する影響が連鎖して、森林保全は改善したが別の資源消費が加速した、経済成長が想定以上に鈍化したなど、思わぬ影響が発生するかもしれません。環境対策の方策検討には、環境や社会の精緻な動きを再現し時間をかけて予測するよりも、方策の実行バリエーションに対する全体的な動きをとらえ、大まかな見通しを予測することが優先されます。

■研究のアプローチ

私たちはこれらの課題に対し、IWIと System Dynamics(SD)の2つの技術に着目しました。
1つは、IWIによる包括的な豊かさの評価です。現在の豊かさ評価指標として経済的な豊かさを測る指標 GDPが知られていますが、国際的には自然や人の豊かさも含めた世の中の全体的な豊かさをとらえる重要性が語られています。GDPで豊かさを測ることが困難な時代であることから、Beyond GDP時代とも呼ばれています。このような動きの中で、国や地域の包括的な豊かさの現状分析指標として国際的にも注目されている、そこにある自然(環境や資源など)・人(教育や健康など)・人工物(生産物や設備など)といった富を測定し評価するIWIに着目し、この概念を引用してシミュレーションに組み込むことで将来予測指標として応用しました。GDPは資源枯渇や健康被害を評価できませんが、IWIは自然や人の価値を直接評価するため、このような影響評価にも対応できます。
もう1つは、複雑系に適したシステム思考のモデル化技術SDを用いた環境社会の予測モデル構築です。SDは、判明している要素間因果関係を図式で記述し数値モデルを生成する技術です。複雑系事象をシンプルに記述し傾向予測することに向いていることから、環境施策の傾向予測に向いています。
IWIとSDを組み合わせて環境社会循環と豊かさとの共通的な構造を検討し、環境対策による豊かさへの影響をモデル化しました(図2)。

■今後の展開

IWIを組み込んだ環境社会の予測モデルをつくり、環境目標と豊かさの将来予測の実現をめざします。現在は、炭素クレジット市場の排出権取引を題材にしてシミュレーションモデルをつくり、環境社会全体の豊かさ向上への寄与を評価することで、本研究による動的予測の有効性確認に取り組んでいます。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/11/13/201113c.html
(2) 丸吉・六藤・徳永:“環境と経済社会の循環を可視化する連成シミュレーション技術,” NTT技術ジャーナル,Vol. 34,No. 1, pp. 43-46, 2022.
(3) 福田・丸吉:“包摂的サステナビリティの実現に向けた連成技術の研究開発,”NTT技術ジャーナル,Vol.35, No .2, pp. 30-33, 2023.
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/05/25/230525a.html
(5) T. Nitta, T. Arakawa, M.Hatono, A.Takeshima, and K. Yoshimura:“Development of Integrated Land Simulator,”Prog. Earth Planet. Sci.,Vol. 7, No. 68, 2020.
https://doi.org/10.1186/s40645-020-00383-7
(6) K. Calvin, P. Patel, L. Clarke, G. Asrar, B. Bond-Lamberty, R. Y. Cui, A. Di Vittorio, K. Dorheim, J.Edmonds, C.Hartin, M. Hejazi, R. Horowitz, G. Iyer, P. Kyle, S. Kim, R. Link, H. McJeon, S. J. Smith, A. Snyder, S. Waldhoff, and M.Wise:“GCAM v5.1: representing the linkages between energy, water, land, climate, and economic systems,”Geosci. Model Dev., Vol. 12, No. 2, pp. 677-698, 2019.
https://doi.org/10.5194/gmd-12-677-2019
(7) 伏尾・六藤・福田・塚田・新田・吉兼・山崎・芳村・丸吉:“統合陸域シミュレータ(ILS)と統合評価モデル(IAM)の連成シミュレーションによる水ストレス評価,”生産研究,Vol. 75, No. 2, pp. 135-140, 2023.

(左から)六藤 雄一/河田 博昭/徳永 大典

地球環境と経済、社会の包摂的サステナビリティの実現に向けては、幅広い関係分野の専門家の方々との協力が重要と日々感じています。包摂的サステナビリティの実現に向けた取り組みに興味のある方はぜひご連絡ください。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@ntt.com

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