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グループ企業探訪

第270回 株式会社NTTデータ オートモビリジェンス研究所

AIを活用した自動運転の研究、およびその開発環境ツール群の開発を行う会社

近年、100年に一度の大変革をもたらすといわれている、CASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electrification)と呼ばれる、自動車業界全体の未来像を語る概念が注目を集めています。NTTデータ オートモビリジェンス研究所は、CASEの一翼を担う自動運転について、研究およびその実現に向けた開発環境ツール群の開発を行う会社です。安全で快適な移動を実現し、人々の生活を豊かにすることをめざす、代表取締役社長 CEO 坂本忠行氏に、自動運転における課題を克服する事業と、ラストワンマイルの交通手段による課題解決を、取締役副社長 CTO 渡辺政彦 博士(工学)に注力しているテーマと実証実験について伺いました。

NTTデータ
オートモビリジェンス研究所
坂本忠行社長、渡辺政彦副社長

レベル4自動運転パーソナルモビリティにより、ラストワンマイルの交通手段として交通難民という社会課題解決をめざす

■設立の背景と会社の概要について教えてください。

NTTデータ オートモビリジェンス研究所(ARC)は、AI(人工知能)を活用した自動車の自動運転の研究、およびその実現に向けた開発環境ツール群の開発を行っています。
1973年11月にソフトウェア開発を行う会社として設立された「テスコ株式会社」を母体として、ツール販売やソフトウェア受託制作等へ業容を拡大しつつ、「キャッツ株式会社」へと社名変更、組込ソフトウェア研究所等を設立し、2010年4月にNTTデータMSEとの資本提携によりNTTデータグループの企業となりました。その後、2018年4月に豊田通商グループの株式会社ネクスティエレクトロニクスとの資本提携を行い、2020年12月に社名を自動車の自動運転を標榜する、現在の「NTTデータ オートモビリジェンス研究所」に変更しました。
2025年までに、自動運転領域のツールクリエーターとしてのリーダーポジションに就き、ユニークな完全自動運転プラットフォームを発明することをビジョンに掲げ、ヒトが持つ高度な知恵を駆使した自動化ソフトウェア技術を発明・提供することで、消費者にとって便利で豊かになる次世代モビリティ社会を支える研究機関となることをめざして事業展開しています。

■具体的にどのような事業展開をしているのでしょうか。

車載ソフトドメインでのモデリング力、組込ソフト開発・運用プロセスを変革するツール構築力、高度な物理数理人材・AI人材、NTTデータのコネクティッドシステム構築力とのシナジーを強みとして、「次世代モビリティに必要なソフトウェア技術の研究開発」「MBD(Model Based Development)・数理・AIソリューションおよびツールの開発、および販売・コンサルティング」「車載・組込ソフトの開発」「オフショア・ニアショアテスティング」の4つの領域で事業を展開しています。
さて、自動運転においてAIの活用が重要な要素となります。AI適用の基準として、交通法規の遵守性といった安全性についてのクライテリアの明確化、いわゆるAI Alignmentの問題が実用化に向けての最大の課題となっています。これに対して、自動運転での必須項目である「安心・安全を担保する品質」の実現については、当社が得意とする「状態遷移表メソッド」は広くその優位性を認められています。一方で、自動運転にまつわる時々刻々と変わる主要な競争ポイントに取り残されないように、常に最先端の技術やトレンドにアンテナを張り巡らし、次世代の「Aligned AI」や「eXplainable AI」の実現に向けて研究開発を続けています。
こうしたAI活用による自動運転システムの開発においては、開発ツールの拡充が必要となります。当社の自動運転システム向け開発環境である「GARDEN」は、国内外で検討されている自動運転システム安全性論証に基づき、自動運転システムが直面する外的要因を構造化したシナリオを生成し、自動運転システムの有効かつ効率的なシミュレーション検証を実現します。「GARDEN」の「シナリオベース開発プロセス」は、自動運転システムの実用化に向けた強力な手法として当社が研究開発した独自アルゴリズムおよびアーキテクチャであり、運転シーンに関するデータやナレッジを有効かつ効率的に分析することにより、自動運転システムのバーチャルシミュレーションにおいて実行すべき重要シナリオを網羅的に自動生成する、クラウド型検証基盤ソフトウェアを形成しています。さらに、機械学習による影響範囲分析コスト削減、属人的分析の排除、ソフト変更による影響範囲の見える化、さらには下流領域の評価の効率化、中流・上流領域のリスクのあるコードや設計の抑え込みを可能とするAIテスティングソリューション「ML TEST」もリリースし、多くのお客さまにご利用いただいています。

安全に「走る、曲がる、止まる」ために、自然言語処理だけではなく哲学や倫理学、社会学、心理学の側面においてもAIを活用

■研究開発は具体的にどのようなテーマに注力されていますか。

主として「自動運転向けaligned AI system (RLHF)研究」「自動運転向け世界モデル適用研究」「SDV(Software Defined Vehicle)におけるゾーンアーキテクチャと振る舞いモデルの研究」「CV1-Autoによる自動運転実証実験」の4テーマに取り組んでいます。
「自動運転向けaligned AI system (RLHF)研究」では、自動運転に大規模言語モデル(LLM)を適用するうえで重要な、安全目標や道路交通法に整合したAIシステム(aligned AI system)を研究しています。このAIシステムを人間の意図する目的や嗜好、または倫理原則に合致させることを目的とした、挑戦的な研究が強化学習(RLHF: Reinforcement Learning from Human Feedback)であり、自然言語処理だけではなく哲学や倫理学、社会学、心理学といった分野からも新たに注目を集めています。
「自動運転向け世界モデル適用研究」では、車載を前提とした、リアルタイムな推論を可能とする世界モデルの研究に取り組んでいます。外界の観測から外界の状態を推測し、現在の観測から将来や未知を予測する世界モデルを自動運転に適用することで、複雑な交通状況を推測し、交通参加者の行動を予測し、安全な行動を行うことができます。
「SDVにおけるゾーンアーキテクチャと振る舞いモデルの研究」に関して、SDVはソフトウェアアップデートにより新機能や性能向上を提供することが特徴の1つです。AIを用いるAD(自動運転)/ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)は常に学習を行い、進化を続けるため、アップデートを前提とするSDVのキラーアプリケーションとなり得ます。さらに、ゾーンアーキテクチャをSDVで採用することにより、ソフトウェア開発工数を削減、またECU(Electronic Control Unit)の数も削減することでコストダウンを実現することができます。こうしたSDVとゾーンアーキテクチャの課題は、「既存資産のソフトウェアの再利用」と再利用時の想定外の「振る舞いの漏れ」です。これらの課題について、30年以上の実績を持つ状態遷移表支援ツール「ZIPC」を用いて解決します。
「CV1-Auto(1人乗り自動運転電気自動車)による自動運転実証実験」は、高齢者や障がい者、運転免許を持たない方などの交通弱者に関する課題(特に、地方において顕著・深刻化)に対して、自動運転の技術を活用した解決を図っていきます。具体的な実証実験の取り組み例として、2022年8月に鹿児島県伊仙町、NTTデータならびに当社にて、「高齢者・障がい者向けの自動運転パーソナルモビリティ導入事業」の推進に向けた連携協定を締結し、実証実験を進めています。実証実験では、高齢者、障がい者でかつ運転免許を持たない方および交通弱者向けの安心・安全なL4(レベル4)自動運転パーソナルモビリティを提供し(写真1)、自宅から目的地までのドア・ツー・ドアの柔軟な移動サービスを提供することをめざして、テストコース上の走行テスト、車両が自動で障害物(自転車)を認識して停車、自動走行が難しくなった場合に遠隔操作へ切り替えることによる走行の持続、遠隔からの自動運転ソフトウェアの更新、車両が自動で障害物を回避した目的地までの走行、等の検証を実施しました。

常に技術トレンドの最先端に立ち、開発ツールの提供とAIの活用により自動運転の実現に貢献

■今後の展望についてお聞かせください。

現在、実車による実証実験〔特にラストワンマイルのコンパクトなMaaS(Mobility as a Service)〕を各地で進める中で、「走る、曲がる、止まる」ということに対する人としての喜びの最大化について、学び直しています。これらラストワンマイルの交通手段は、現在深刻化している日本の高齢化や地方における交通難民といった社会的問題の解決にも役立つものです。
この実車経験から、新たな強化学習とルールベースを組み合わせたHybrid AI*1を備え、自動運転を用いて効率的に収集されたデータをインプットして、自動運転自体の性能を継続的に向上させることが可能な「SEAS(Sustainable Engineering Autonomous System)」を開発し、順次提供していきます。
SDV時代の到来が叫ばれていますが、これは、要求定義の流れや製造工程での大きな変革も伴うものであり、既存のノウハウ体系・組織構造の変革をも要請するものと推察されています。このような100年に一度の大変革の波の中、さまざまなアイデアで自動運転業界が活性化しています。こうした環境において、常に技術トレンドの最先端に立ち、開発ツールの提供とAIの開発適用により自動運転の実現に貢献していきます。

* 1 Hybrid AI:ルールベースのAIである「MARINA(マリーナ)」と強化学習のAIである「REEF(リーフ)」を統合し、最終判断を下すAI。MARINAは「道路交通法に基づいた運転の判断」を、REEFは「不測の事態にも対応する運転の判断」を担当し、Hybrid AIとして、状況に応じた「適切な判断・制御」を下すことができます。

担当者に聞く

安心・安全な自動運転を実現するために、システムの安全性に関するシナリオ検証を網羅的に対応するプラットフォーム「GARDEN」

第1事業部 技術チーム
参事
眞喜屋 龍さん

■担当されている業務について教えてください。

第1事業部では、GARDENの開発・維持運用、GARDENの活用を含むエンジニアリングサービスを主な事業として行っています。その中で私は、GARDENの開発を担当しています。
GARDENは、安心・安全な自動運転を実現するために、現実世界で起こり得るさまざまな状況(シナリオ)を考慮しながらシステムの安全性を網羅的に実証する、シナリオ検証プラットフォームです。GARDENは、検証シナリオの作成を大幅に効率化するツール「GARDEN Automation」、「GARDEN Automation」で作成されたシナリオをリアリスティックなシミュレータ上での検証環境を提供する「GARDEN Simulator」、試験の網羅性の検証や、自動運転システムの苦手シナリオの抽出などを含むシミュレーションや実車試験の結果を集約・分析するツール「GARDEN Analyzer」の3つのツールで構成されています。
「GARDEN Automation」では、例えば、自動ブレーキシステムの検証におけるシナリオ作成のための、ユーザが指定した条件(車両の衝突など)を満たすパラメータを、ツールが自動で計算する機能が組み込まれています。また、実車試験の走行データの取り込みや、取り込んだデータを基に類似シナリオを作成する機能などが搭載されています。これらによりシナリオ作成工数を大幅に削減することができます。
今後も自動運転システムの網羅的かつ効率的な検証ツールの開発に取り組むことで、安心・安全な自動運転の実現に貢献していきます。

システムの不具合予測に基づく効果的なテスト実行順番決定支援ツール「ZIPC MLTEST Test Viewpoint」

第2事業部 技術チーム
主事
下地 美南子さん

■担当されている業務について教えてください。

第2事業部では、Machine Learningソリューション、Smart Testソリューション、ツール開発ソリューション、ZIPCプロダクト展開、テスティングビジネスを主な事業として行っています。技術チームの私が所属するセクションでは、現在、AI・機械学習モデルをシステム開発に役立てるための研究・開発を行っています。過去の開発における不具合情報やソースコードの変更ログ等の開発過程で蓄積されたさまざまな情報から、発生する不具合の予測や効果的なテスト実行順番、不具合が発生しそうなソースコード内容などを予測することを課題として取り組んでいます。そして、そもそも機械学習モデルで有効な予測ができるかという理論研究から始まり、お客さまと協力して、実際のデータを使ったPoC(Proof of Concept)としてモデルの精度を上げて、2024年6月に「ZIPC MLTEST Test Viewpoint」(ZIPC MLTEST)というツールをリリースしました。
ZIPC MLTESTでは不具合チケットの情報とソースコードの変更ログを組み合わせたモデルを使用し、ソースの実装完了段階で試験に先駆けて不具合が発生しそうな評価観点や機能を予測することができます。
今後に向けて、お客さまのシステム開発の効率化は開発工程全体で改善することがより効果的であるため、独立した機能の単体ツールではなく、開発工程全体を見通したサービスをZIPC MLTESTソリューションとして提供していくことをめざしています。

自動運転車両の実装と実証実験をとおして、モビリティサービスの実現に向けた課題解決に取り組む

先端研究部
チーフエンジニア
坂本 伸さん

■担当されている業務について教えてください。

先端研究部ではレベル4自動運転の社会実装実現に向けて、複雑な交通環境に対応する高度な自動運転ソフトウェアやその開発支援ツール、シミュレーションを活用した安全性評価の効率化などの研究を進めています。また、自動運転車両の実装と公道での実証実験をとおして、モビリティサービスの実現に向けた課題解決に取り組んでおり、私(坂本)はその取り組み全体をリードしています。

Level4自動運転システム判断
AI開発担当
謝 ウェイフェンさん

私(謝)は、Level4自動運転システム判断AI開発担当で自動運転を構成するソフトウェア*2の中で、経路周辺のクルマ・人の動きを考慮して、かつ交通ルールにのっとった制御を実行するための判断ソフトウェアの開発を担当しています。市街地での自動運転においても安心・安全な乗車体験、乗客に「危ない」と感じさせない運転をめざし、例えば事故が起きそうな状況において、コンピュータシミュレーション上でAIに自ら試行錯誤しながら事故状況にならないための運転操作を見つけ出させ、その状況を安全に対処する方法を学習させる、強化学習を活用した研究に取り組んでいます。基本的な運転操作である「ハンドルを切る」「減速する」などの操作と、周囲にその操作をしなければならない理由の存在を評価することで、狙った学習が可能なことを突き止め、評価の定式化と、この式を使って効率的に学習トレーニングが実行できる環境としてREEFをチームメンバとともに構築しました。
今後は、シミュレーション環境で行われている検証を、実験車両用に開発しているソフトウェアを搭載した、現実の環境において実証していきたいと考えています。

* 2 自動運転を構成するソフトウェア:カメラやLidarといったセンサから周囲の物体や環境の状況を把握するための「認識ソフトウェア」、指示された経路どおりに通行できない場合に、把握した周囲状況に応じてどのように経路変更をするかを決定する「判断ソフトウェア」、そして、決定した判断を実行するために車両をコントロールする「制御ソフトウェア」に大きく分類されます。

車両開発担当
参事
泉名 克郎さん

私(泉名)は、車両開発担当のレベル4自動運転開発のプロジェクトでは、ソフトウェアの開発、およびそれらを実際の車両に適用して、モビリティサービスを展開することを視野に入れた研究を進めています。シミュレーション環境での検証に加えて、使用予定のセンサ・コンピュータ類をスケールモデルに搭載した機能確認台車での検証、実際に人が搭乗できる車両での実証実験と段階を踏んだ実験の取り組みをとおして、ラストワンマイル向けにパーソナルモビリティを活用した自動運転サービスをめざしています。車両1台当りのシステム価格を抑えるために、簡便なセンサで高度な判断を行うための枠組みづくりと、運用環境を見据えた運用条件の洗い出しのため、鹿児島県伊仙町の公道での機能実証をはじめとした実証実験を推進しています。
今後は、さらなる低価格化と信頼性確保を狙った開発を推進し、早期に独自の自動運転モビリティサービスの展開ができるよう取り組んでいきたいと考えています。

ア・ラ・カルト

■人とくるまのテクノロジー展2024YOKOHAMA・NAGOYAに出展

2024年5月22〜24日にパシフィコ横浜、2024年7月17〜19日にAichi Sky Expoにて開催された、将来の車社会を展望する日本最大規模の自動車技術展「人とくるまのテクノロジー展2024」に出展したそうです(写真2)。
「Intelligence for Mobility」というコンセプトのもと、NTTデータ オートモビリジェンス研究所の主力プロダクトであるツール&エンジニアリングサービス「ZIPC」シリーズや、交通弱者・交通難民といった社会課題の解決に向けたモビリティ関連の取り組みについて紹介したとのことです。
コロナ禍の影響で、久しぶりのリアル出展だったそうですが、ブースに立ち寄っていただいたお客さまとの会話を通じて、今後の取り組みやソリューション提供について、より一層の拍車をかけるための貴重な場となったそうです。

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