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特集2

デジタル社会をドライブするNTTのセキュリティ

リスクからクスリへ:オールNTTで守る遺伝情報が導く個別化医療と創薬の可能性

従来の医療は「平均的な患者」を念頭に治療をしてきましたが、私たち1人ひとりの体はまるで指紋のように唯一無二です。プレシジョンメディシンはこの個性を最大限に活かし、あなたの遺伝情報に合わせたオーダーメイドの医療を実現するパーソナライズド・ケアです。しかし、この革新的な医療を実現するためには、いくつかの課題があります。そのうちの大きな1つが遺伝情報の安全管理です。NTTプレシジョンメディシンでは、NTTグループのセキュリティ技術を駆使して遺伝情報を大切に守りつつ、プレシジョンメディシンの社会実装に取り組んでいます。

茂垣 武文(もがき たけふみ)
NTTプレシジョンメディシン 兼
NTT研究開発マーケティング本部

医療の現状と課題

現在の医療は「平均的な患者」を念頭に標準的な治療法から始めることが一般的ですが、すべての患者に標準治療が効果的とは限りません。例えば、抗うつ薬は人によって効果が大きく異なることが知られており、最初に選ばれる薬が効果を示すのは60〜70%程度に過ぎない、という報告もあります(1)
最初の薬を6〜8週間試しても効果がない場合、医師は異なるタイプの薬に切り替えますが、新しい薬が患者の体質に合わないと副作用で気持ち悪くなり治療を中断することもあります。このような試行錯誤によって治療期間が長引くというケースが生じています。

遺伝情報を活用したプレシジョンメディシン

この対応として、米国では「遺伝情報を基に個々の患者に適した薬を案内するサービス」が広がりつつあります。お酒を飲んだときの紅潮反応に個人差があるように、薬の効き方や副作用の出方にも遺伝に基づく個人差があるのです。
・あなたにはこの薬は効きにくいだろう
・あなたの場合この薬は副作用リスクが高いので、投与量を減らすか、別の薬を選ぶべき
といった予測情報が提供されるサービスで、すでに200万人以上が利用しています。これにより「年間の薬剤費が平均1000ドル節約できた」という報告も出ています(2)
このような遺伝情報を活用した「プレシジョンメディシン*1」の世界には大きな可能性があると考え、NTTプレシジョンメディシンでは、まず人間ドックのオプション検査として遺伝子検査サービス「Genovision Dock®」(ゲノビジョン ドック)(3)を2020年から提供してきました。遺伝情報に基づき、「あなたは将来、〇〇の病気にかかる可能性が平均的な日本人と比べて△△程度高い」という統計的確率を示し、予防に資する生活習慣を世界の研究成果に基づいて案内するサービスです。この1人ひとりに適した「健康行動の個別化案内」の充実度がこのサービスの特徴であり、2024年11月現在、全国60の医療機関経由で、約9万人にご利用いただいています。
さらに2023年には、NTT東日本伊豆病院等と、遺伝情報や健診結果を基に「あなたは〇〇の病気にかかる可能性が高いので、早期発見のため△△のオプション検査をお薦めします」というオーダーメイド型人間ドック「スマート検診」の共同実証事業も行いました(4)。その結果、85%の方に「継続して利用を検討したい」という評価をいただくことができました。
現在、先の米国の事例にならい、遺伝情報に基づいて日本人向けに「体質に合う薬を案内するサービス」の開発に取り組んでおり、より多くの人々が自分に合った薬の選択ができるようになることをめざしています(5)

*1 プレシジョンメディシン(精密医療):患者1人ひとりに最適な治療法を提供することを目的として、患者の遺伝情報(親から子へと受け継がれる遺伝子変異、がんのように個体の生涯において後天的に生じる遺伝子変異がある)、環境、ライフスタイルなどの個別のデータを活用して、病気の予防、診断、治療を行う医療アプローチです。本稿では、遺伝情報のうち「親から子へと受け継がれる遺伝子変異」にフォーカスして記載しています。

プレシジョンメディシンにおける遺伝情報の安全管理

プレシジョンメディシンのサービス提供にあたっては、何よりも「遺伝情報を安全にお預かりすること」が重要と考えます。そのためNTTプレシジョンメディシンでは、NTTグループの高度なセキュリティ技術を活用し、お客さまに安心して遺伝情報を預けていただけるよう安全なサービス運営に努めています。具体的な取り組みの一部を以下に紹介します。

■リスクアセスメント

「NTTグループ情報セキュリティ規程」や「3省2ガイドライン*2」をベースラインとして順守することはもちろん、「医療機関での検体採取→解析機関での遺伝情報のデータ化→弊社への納品」といったバリューチェーン全体の業務プロセスを洗い出し、リスクベースアプローチでアセスメントを行っています。

*2 3省2ガイドライン:医療情報の安全な取り扱いを目的として、3つの省庁が策定した「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」、「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」を指します。

■外部からのサイバー攻撃対策

(1) Genovision®サービスサイト(会員サイト)の保護
お客さまにGenovision Dock®を提供する会員サイトをサイバー攻撃から守るため、多層の防御策を講じています。UTM(Unified Threat Management)とWAF(Web Application Firewall)を使って外部からの不正アクセスを防ぐことはもちろん、EDR(Endpoint Detection and Response)を活用して標的型攻撃のような高度な攻撃にも対応しています。これらはNTTコミュニケーションズのWideAngleMSS(6)によって監視されています。
(2) 利用者認証の強化
会員サイトの利用者認証には、9000万人以上の登録者数を誇るNTTドコモのdアカウント・コネクト(7)を利用することで、投資負担なく二段階認証の安全性が得られ、かつ、パスワード忘れの対応も不要になるメリットがあります。
(3) システム管理者の認証
システム管理者の認証には、NTTテクノクロスのMagicConnect(8)というUSBトークンを用いた多要素認証を採用しています。導入実績が2万社を超え、リモートコントロール市場で4年連続シェアNo.1の製品だけあって安価かつ付加機能が充実しており、「RDP接続時に、サーバ上の秘密情報をローカルPCへダウンロードさせない制御機能」は情報漏洩リスクを減らすために役立っています。

■内部犯行の抑止

(1) 特権管理ソリューションの活用
内部犯行を防ぐため、10年連続でシェアNo.1を誇るNTTテクノクロスのiDoperation(9)という特権管理ソリューションを活用しています。システム管理者は、サーバへアクセスを行う前に目的と利用期間を事前申請して第三者の承認を得る必要があり、このような複数人合議制にすることで単独での内部犯行を抑止します。またアクセス中は操作の動画を記録し、適宜監査することで内部犯行リスクをさらに低減しています。
(2) 統合ログ管理と監査
内部犯行をツールだけで完全に防ぐことは難しいため、弊社では統合ログ管理システムを活用し、「いつ、誰が、どの会員の検査結果レポートを閲覧したか」、「不審な閲覧がないか」といった監査にも力を入れています。

ビッグデータ解析で進化するプレシジョンメディシン

ここまで遺伝情報を個人の健康管理に活用する「一次利用」について述べてきましたが、一次利用の検査結果をビッグデータ解析することで新たな価値を創造する「二次利用」にも近年注目が集まっています。
「究極のプライバシー」とも呼ばれる遺伝情報や医療の臨床データ、検査データ等(医療データ等)は情報漏洩した場合の影響が大きいため、日本では情報の流通・集約が進まず、十分な活用ができていない状況です。しかし、本人から同意を得た範囲で研究をするか、またはデータを統計値として利用するなど、個人を特定できないかたちで安全に解析ができれば、創薬の研究や個別化医療を促進できる可能性があるのです。
そこでNTTプレシジョンメディシンは、医療機関や研究所が保有する医療データ等を安全に流通・活用して製薬会社の創薬などに貢献するための次世代医療研究プラットフォーム:JPP(Japanプレシジョン・メディシンプラットフォーム)(10)の取り組みを始めました(図)。NTTプレシジョンメディシンの保有データにとどまらず、ステークホルダの医療データ等まで扱うことになるため、さらにセキュリティと信頼が大事になる事業ですが、「この遺伝情報のパターンを持つ方は特定の病気にかかるリスクが高い」といった研究を進め、発病メカニズムを解明することができれば、データ・ドリブンによる新たな創薬につながります。まさに、「リスク」の反対が「クスリ」というわけです。
私たちは人間の設計図である遺伝情報を活用した医療の進化をめざし、情報の安全管理を通じて、より多くの人々が安心してプレシジョンメディシンを享受できる環境づくりに取り組んでいます。今後もNTTグループのセキュリティ技術を武器に、「遺伝情報を預けるならNTTだよね」と信頼される存在をめざし、プレシジョンメディシンの社会実装に取り組んでいきます。

■参考文献
(1) https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/10/dl/s1017-5e_0002.pdf
(2) https://genesight.com/for-patients/
(3) https://service.ntt-lifescience.co.jp/
(4) https://www.ntt-precisionmedicine.co.jp/news/single/?id=air5s2khew2b
(5) https://www.jcpic.org/contents
(6) https://www.ntt.com/business/services/security/security-management/wideangle.html
(7) https://id.smt.docomo.ne.jp/src/index_business.html
(8) https://www.magicconnect.net/
(9) https://www.ntt-tx.co.jp/products/idoperation/
(10) https://www.ntt-precisionmedicine.co.jp/news/single/?id=2024041515

茂垣 武文

医療機関を受診したとき「あなたの遺伝情報を確認してから処方しますね」と、当たり前のように言われる日は、そう遠くないかもしれません。1日も早く、皆様にプレシジョンメディシンを体感していただけるよう、がんばります!

問い合わせ先

NTTプレシジョンメディシン
メディカルサービス事業部/データコンサルテーション事業部
E-mail ntt-precision-medicine-security@ntt.com

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