2025年6月号
特集
農業の新しいカタチを創り、食の安定供給に役割を果たす
- 食の安定供給
- 次世代施設園芸
- スマート農業
全世界で食のサプライチェーンが日々さまざまな環境変化にさらされています。日本国内では昨今の野菜や米の価格高騰に象徴されるように食の安定供給はすべての人にとって身近な課題となりました。担い手が急減少する中で食料自給率を維持するにはテクノロジを駆使して面積当りの収穫量を向上させること1人当りが耕作できる面積を増やすことが重要です。本稿では食農分野をリードするパートナー企業とともに自ら最先端農業を実践するNTTアグリテクノロジーの取り組みを紹介します。
酒井 大雅(さかい たいが)
NTTアグリテクノロジー
はじめに
NTTアグリテクノロジーは、NTTグループ唯一の農業専業会社として2019年7月に設立しました。一次産業に関する課題解決の手段を提供するだけでなく、自ら農業生産法人として機能し、農業の喜びや課題感を体感しながら、テクノロジを活用した生産性が高い農業を実践し、実体験に基づく成果を社会へ還元することをめざしています。特に、ICTを活用して作物に最適な環境を統合制御し、生産性を高め、省力化を実現する次世代施設園芸の分野では、国内トップクラスのノウハウや規模を保有する企業となり、一定の社会的評価をいただけるまでに成長しました(1)。
昨今の供給不足による野菜価格や米価高騰などのニュースは誰もが目にする状況となっており、食の安定供給は国家安全保障上の課題といっても過言ではありません。グローバルでは、気候変動や地政学リスク、国際価格高騰や為替変動も生じ、日本国内では、高齢化に伴う担い手不足が深刻な状況であり、大きなリスクとなっています(2)。
一方で、世界に目を向けると、食の安定供給に課題を持ちながらも、危機感から来る創意工夫で乗り越えた国がいくつもあります。例えば、オランダは国土の約4分の1が海抜0m以下であり高潮や洪水に悩まされてきており、農業に適しているとは言い難い環境ですが、技術革新を伴った施設園芸を普及させることで食料自給率を60%超へ引き上げるとともに、産業として輸出をするまでに至っています(3)。日本も少子高齢化の最先進国として、食の安定供給のため、必死に知恵とテクノロジを駆使することでその実現とともに、日本の農業技術を世界で活用してもらうことができるのではないでしょうか。
当社は、育種、次世代施設園芸の設計・施工、次世代施設園芸による生産販売を行い、パートナーとともに食の安定供給をトータルでカバーし、データ駆動型農業の推進(遠隔営農支援等)、陸上養殖プラントエンジニアリングに加えて、2024年からは、これまでの事業ドメインをベースとして食品加工や流通販売ビジネスを、株式会社農業総合研究所との資本業務提携を通じて開始し、主要なサプライチェーンをカバーするに至っています。
単なる栽培拠点としての農業ではなく、トータルでカバー(図1)することで農業を起点とした産業振興を進め、NTTグループとして通信というインフラを軸に果たしてきた役割に、農業という、より歴史のあるインフラを加え、社会的要請にこたえていきたいと考えています。
食の安定供給をかなえる最先端技術「次世代施設園芸」の提案、設計・施工力
農業従事者が減少傾向にある中、食料自給率を維持するためには、「反収を上げる*1」「1人当りの耕作面積を拡大する」というのが現実的なアプローチです。ただし魔法はなく、テクノロジを駆使してこれを実現していくことになります。当社は、それを可能とする次世代施設園芸*2(図2(a))分野におけるノウハウや実績を蓄積してきました。
一方で、次世代施設園芸を活用した農業を行うには設備投資が伴います。農業資材はオランダなどの海外産が主流でしたが、昨今の為替状況を踏まえると経済合理性が薄れてきているのが実情です。加えて、日本国内で技術を育成することや、経済活動を国内で循環させることも大切です。そこで当社はパートナー企業とともに、国産資材の比率向上に努めています。
次世代施設園芸には2つの特徴があります。1つは農業従事者の効率的な働き方をサポートする仕組みです。製造工場のような自動化が進んでおり、農作物の定植や収穫にかかわる人の作業負荷軽減を考慮した設計が徹底されていることが特徴であるため、省力化が可能であり、老若男女問わず誰もが働くことができるインクルーシブ性も兼ね備えています(図2(b))。もう1つは環境配慮です。大規模な農場が地域にできると取水や排水、農薬散布等のリスクが懸念されるため、近隣の農場主等から不安の声が出る場合がありますが、次世代施設園芸においてはその心配はありません。例えば、水耕栽培で利用する大量の水は、濾過・殺菌して再利用する仕組み(図2(c))を導入しています。病害リスクについても、元々半閉鎖空間のため露地栽培に比べて低く、農薬の利用も最低限です。病害が発生した個所にピンポイントで農薬を散布する機能があるため、最低限の利用で済ませることもできます。
また、光合成に最適な環境を維持するには施設内の加温や炭酸ガス施用が必要であり、一般的には化石燃料を原料にしてこれらを行うことが多いですが、昨今は清掃工場やデータセンタの余熱活用の発想や実際の事例も出てきています。冷却についてはヒートポンプの農業への適用も進んでいます。当社ファームにおける日射量の確保は、LEDなどの補光ではなく、メインとして自然光を使っています。電気はすべての地元の水力発電由来の電力に切り替える等、環境配慮と事業の両立を図っています。さまざまな可能性がある次世代施設園芸の設計・施工を一貫して自社で行う能力を持つ(図2(d))とともに、栽培コンサルティング、育種、販路提案、データを活用した効率的な栽培現場の運営支援等、生産者に必要な要素をトータルでサポートできる体制を整えています。
*1 反収を上げる:面積当りの収穫量を上げること。
*2 次世代施設園芸:ICTを活用して栽培に適した環境を統合的に制御すること。例えば、光合成に必要な複数の環境因子(温度、湿度、日射量、CO2等)を最適な状態にし、作物の成長を促すことで収穫量の最大化を実現します。
自社次世代施設園芸での栽培・販売
当社は、自ら次世代施設園芸で栽培を行っています。栽培だけでなく、設備保守、農業経営等のノウハウを自ら体得するとともに、生産者の皆様と同じ目線で農業そのものに携わることで、喜びや課題などを分かち合える対等な立場でいることをもっとも重視しています。全国の自社ファームのうち、山梨県と秋田県での事例を紹介します。
山梨県では甲府盆地の豊富な日射量のもと、自然光を活用した大規模な次世代施設園芸(図3(a))を2020年に整備し、運営を行っています。約1 haの広大な設備内でリーフレタスを育て、地元や首都圏の大手スーパーに出荷をしています。次世代施設園芸の特徴を活かした当ファームでは、年間を通じて300万株以上のリーフレタスを安定的に出荷しており、求められる量を確実に供給することを、顧客である小売店等にお約束することで信頼と評価をいただいています。安定供給するためには、品種選定、苗の調達、病害虫抑止、設備の安定運用、良好な職場環境提供による優秀な人材の確保などさまざまなノウハウが必要となります。また、デジタル化による業務効率化、環境配慮を伴う農業を行い、企業としての責任を果たす中で、事業としてしっかり利益を上げていくことが重要です。これらをトータルで実現し、初めて食の安定供給に寄与することができるといえるでしょう。当ファームでは、NTTグループの社内公募制度によって集った志高いメンバ(図3(b))を中心に運営しています。ファーム開設以降、パートナー企業様との協力、地域の皆様の支えがあり、順調に成長し、現在は次世代施設園芸の能力をフルに発揮しており、例えばリーフレタスにおいては面積当りの収穫量が露地栽培比で10倍以上の実績をあげています。当社が次世代施設園芸で通年において野菜を安定供給できることから、最近ではカット野菜等の加工業から調達要望が増えています。
秋田県では、耕作放棄状態となっていた施設園芸を当社が継承し、生産性が高い栽培設備を新たに導入(図3(c))する等、当社のノウハウを最大限活かしたリフォームを行い、2024年から夏秋イチゴの栽培を開始しました。このファームでは、柔軟な働き方を支援するNTTグループの制度を活用し、秋田県に移住をした社員がリーダーとして活躍するとともに、NTTグループのOBにも作業に従事していただき、ワンチームで地域振興に励んでいます。国内のイチゴ供給は6~11月にかけて減少するため、特に加工用を中心に海外からの輸入比率が増えているのが現状です。そのため、気候環境的に夏秋にイチゴを育てられる東北北部に着目し、秋田県潟上市で夏秋イチゴの栽培を開始しました。米の栽培が盛んな秋田県で、米に加えてイチゴの新産地形成ができれば地域の新たな収入源となり、参入する農家も増えていきます。
こうしたことを見据え、当社は単に自社ファームで栽培するだけではなく、地域の皆様と手を組みイチゴの産地形成と流通を支える「協議会(秋田夏響協議会)」を設立しました。生産を起点に地域の多様なパートナーが手を組む仕組みを創ることで、私たちも当事者として地域づくりにかかわらせていただいた象徴的な事例であり、現在はイチゴの商品開発まで行い、商品は秋田空港や道の駅等の人が集まる県内エリアで販売(図3(d))されています。1次産業(生産)だけではなく、地域の皆で手を組んで6次産業*3に至っている期待のプロジェクトです*4。
*3 6次産業:1次から3次産業を融合させ、生産物の価値向上や地域振興をめざす取り組みを示します。
*4 ファームの視察は、安定供給に必須となる病害虫予防等の観点から現在お断りをしています。視察に関するお問い合わせはご遠慮ください。
「安定販路の確保」と「共創による価値創造」を目的とした農業総合研究所との資本業務提携
2024年9月、当社は株式会社農業総合研究所(本社:和歌山県和歌山市)と、次世代施設園芸で栽培された農産物の流通・販売、農産物の高付加価値やフードロス削減に資する規格外野菜などを活用した食品加工品の開発、農産物の流通量および販売価格の適正化を実現するAI(人工知能)需要予測システムの共同開発などを目的に業務資本提携を締結しました。
農業総合研究所は「産直流通」のリーディングカンパニーとして、全国にある約90の集荷拠点を活用し、農産物の産地直送販売をスーパー(約2000店舗)で行う「農家の直売所事業」と、生産者から農産物を買い取り、ブランディングしてスーパーに卸す「産直卸事業」を展開しています。
今後も当社の「次世代施設園芸事業」と農業総合研究所の「産直卸事業」という両社の強みを掛け合わせることで、生産者と消費者をつなぎ、食の安定供給や農産物を通じた新たな価値の創造を進めていきます。
DXを通じた日本農業の競争力強化に向けた「遠隔営農支援プラットフォーム」の提供
ICTを活用した統合環境制御(図4)で農作物に最適な環境を提供し、収穫量を大幅に向上させる次世代施設園芸ですが、誰もがすぐに運営するのは難しく、一定の経験やノウハウが必要です。海外では栽培管理を行う「グロワー」という専門家がいて、人材としては引く手あまたの状況です。国内でも少しずつ増加しており、当社も「社員グロワー」を養成し、自社ファームの拡大や顧客へのコンサルティングに備えています。こうした中、次世代施設園芸の経験が少ない生産者にも安心して農業経営をしていただけるように、全国農業協同組合連合会(JA全農)と協力し「遠隔営農支援」の仕組みを提供しています(図5(a))。これは限られた次世代施設園芸の栽培専門家が、ファームの映像等のリアルタイムデータやヒストリカルデータを活用し、環境や状況に応じた最適な営農指導を遠隔地から実施するものです。蓄積されたデータは、次世代施設園芸の栽培研修に活用し技術伝承にもつなげており、稀有な存在である栽培専門家が、できる限り多くの生産者を支援する体制を整えることが可能です。
遠隔営農支援プラットフォームで提供する機能には、AIを活用した収穫量予測や病害虫判定等もあり(図5(b))、ファームで稼動するロボットを遠隔地から制御する取り組み(図5(c))も開始しています。秋田県潟上市のイチゴファームでは、NTTアクセスサービスシステム研究所と協力しエッジコンピューティングの技術を活用した収穫ロボットの検証、東京都調布市のトマトファームでは、東京都農林総合研究センターと協力し、自治体の農業試験場の専門家が遠隔地からファーム内にあるロボットを操作しながら、営農支援を行う取り組みがすでに開始されています。また、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)とは、特に露地栽培における遠隔営農支援の有効性検証を進めています。農研機構が運営管理するWAGRI*5と、当社の遠隔営農支援プラットフォームをAPI(Application Programming Interface)で接続するなど、お互いのアセットを融合して生産者に価値を提供することをめざしています。
日本における農業の専門家はJAグループ、農研機構、自治体公設試験場、学術機関等に所属していることが多く、当社は遠隔営農支援プラットフォームの普及拡大に向けて、パートナーの方々と連携協定を締結しています。デジタルツールだけではなく、人も融合して仕組みを提供していくことで、未来の農業へ向けたオールジャパンの取り組みをリードしています。
遠隔営農支援プラットフォームは、当社が現場仕込みで開発した次世代施設園芸向けデジタルツール「Digital Farmer®*6」(図6)と連動させることができます(4)。本ツールによって、広大なファーム内の農業従業者の作業状況可視化し、サプライチェーンの「1丁目1番地」である栽培現場を起点に、流通、小売をつなぐことで、最適な需給バランスを実現し各種ロスの削減にもつなげます。モノづくりの世界で成果を出してきた日本らしいツールを通じて新しい価値を提供し、経営を筋肉質にするとともに、サプライチェーン全体での効率化、従業員の公正な評価による組織帰属意識(EX:Employee eXperience)の向上につなげます。
*5 WAGRI:農業に役立つデータやプログラムを提供する公的なクラウドサービス。具体的には、気象情報、農地情報、収量予測などのデータを提供し、農業者や関連企業がこれらのデータを活用して生産性や収益性を向上させることを目的としています。
*6 Digital Farmer®:データを活用し作業の進捗管理や計画策定を支援し、農業経営者が効率的効果的な意思決定ができる環境を提供することで、生産性向上と収穫量の最大化につながる次世代施設園芸向けのツールです。取引先である小売店のバイヤーにデータを共有することも可能であるため、最適な需給バランスを実現し、各種ロス削減にも貢献します。従業者個人の作業熟練度や実績をもとに最適化した作業計画・作業割り当てを自動で行うこともできます。
グローバルからの期待と挑戦
食の安定供給は世界的な課題であり、少子高齢化の最先進国として日本がどのように農業高度化に取り組んでいるのか、海外からも関心が寄せられるようになり、当社でもEU関係閣僚が来日した際、意見交換を実施する機会がありました。こうした中、将来を見据えて海外プロジェクトへの挑戦も始めています。
ベトナムでは、2023年から日本の施設園芸技術を現地で活用いただき、新鮮で高品質の野菜を栽培し流通につなげる取り組みを当社が中心となって進めています。国内の農業分野のスペシャリストが集結し、国と一体となりグローバルに貢献していくことをめざしています。
台湾では、2024年に国立宜欄大学および現地IT企業であるThroughTek Co.,Ltd.と、農業の担い手育成や技術継承などをめざす連携協定を締結しました(5)。2025年4月からは当社の遠隔営農支援プラットフォームを活用した実証実験が開始され、現地の特産品であるメロンを対象に栽培支援が進んでいます。将来的には、日本の少子高齢社会で磨いた生産性が高い農業、また四季折々の環境にフィットした管理が求められる中で発展した高度な栽培技術を海外に輸出し、世界への貢献と、日本の農業の発展に役割を果たしていきたいと考えています。
農業を憧れの職業に
日本の消費者はこれまで何不自由なく豊富な種類の食料を手にすることができていました。しかしながら昨今の米や野菜価格の高騰、店頭での品不足を目の当たりにした際に、皆さんはどのような感情を抱きましたか。持続可能な産業として成り立つためには、食の大切さを生産者と消費者が一体となって考えていくこと、また一次産業を、次世代を支える年齢層がめざしたい憧れの産業、職業にしていくことが大切です。社会的影響力が大きなNTTグループの一員として、すべての人間の基礎インフラである農業に携わることの難しさとやりがいが交差する中、これまでにさまざまな方と出会い、共感し合い、手を組ませていただいています。NTTグループの基本的な考え方である「NTTは挑戦し続けます。新たな価値創造と地球のサステナビリティのために。」のベースの1つとして農業分野をとらえ、今後も挑戦を続け、社会的要請にこたえていきます。
■参考文献
(1) 週刊ダイヤモンド:“儲かる農業2025,アグリビジネス爆速成長,農家が「期待する農業参入企業・農協組織」ランキング,役立った「生産DX・効率化ツール」ランキング,農家が選ぶ「カリスマ農家」ランキング,” ダイヤモンド社,pp.24-27,pp.30-31,pp.40-41,2025.
(2) https://www.maff.go.jp/j/wpaper/
(3) https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/international/spw/general/netherlands/index.html
(4) https://www.ntt-agritechnology.com/news/20240201.html
(5) https://www.ntt-agritechnology.com/news/20240923.html
酒井 大雅

農業は足が長いプロジェクトが大半ですが、食の安定供給という社会的要請にNTTグループの一員としてしっかりこたえていきたいと考えています。誰にも身近な「食」に対する取り組みとして、今後も応援をいただけますと幸いです。なお、ファームの視察は、安定供給に必須となる病害虫予防等の観点から現在お断りをしています。視察に関するお問い合わせはご遠慮ください。