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2025年6月号

from NTT東日本

新規事業創出に向けたAI技術者育成

NTT東日本ビジネス開発本部では、7年前にAI(人工知能)の内製化を目的として専門チームを立ち上げました。現在ではAIの世界的コンペティションサイト「Kaggle」で金メダルを取得する社員を3名輩出するなど、ハイクラス技術者が多く育ってきています。またAIを活用した事業創出にあたっては、専門技術者の育成だけでなく、全社的なAI知識の底上げも必要ととらえ、社内の裾野を拡大させる取り組みも実施してきました。本稿では、チームビルディングや人材育成、社内啓発の取り組みに加え、AI技術者が実際にどのような事業に携わっているのかについて紹介します。

NTT東日本ビジネス開発本部のAI内製化チームについて

NTT東日本ビジネス開発本部のAI(人工知能)内製化チームは、AI分野での新規事業創出におけるキャッシュアウト抑止・開発期間短縮・持続的な競争力向上等を目的に7年前に発足しました。現在は22名の社員がチームに在籍しており、このうち14名が新卒もしくは中途でデータサイエンティストとして採用された社員で構成され、高い内製化スキルを発揮し活躍しています。
チーム発足当初は他企業や大学等との共同研究を通じ技術力を高め、現在は後述の“オンライン資格試験におけるカンニングなどの不正を検知する挙動検知AI”や“データ統合エコシステム”等の事業としての取り組み事例を創出するまでに至りました。
このような成果に至るまで、チームビルディングをはじめ、技術者の研鑽や、技術者主導の他組織へのスキルの展開の取り組み等、さまざまな活動を積み重ねてきました。以下では、これらの取り組みについて紹介します。

AI内製化チームのチームビルディング

はじめに、AI内製化チームのチームビルディングに向けて、注力してきたのは、マネージャ自身のスキル向上です。専門家集団であるAI内製化チームを牽引していくためには、マネージャが作業レベルまで具体的に指示できること、そして技術者と対等にコミュニケーションを取れることが重要です。
その実現に向け、例えば、週2回の機械学習研修への参加、統計検定2級の取得をめざしての独学による学習など、約1年間にわたって知識の習得を図りました。この取り組みにより、マネージャへの報告等の際にAI技術者が、分かりやすい説明資料をつくる必要がなく、作業の出来高をそのままアウトプットできる環境が整いました。また周囲への説明のために一般的に分かりやすい資料などが必要であればその作業をマネージャ側で補完することが可能となり、“技術者が専門性の発揮に専念できる”体制の構築を実現しています。マネージャ自身に相応の学習や努力が求められますが、技術者集団のマネジメントにおいては重要な要素でした。
また、AI技術者の育成面での工夫を2点紹介します。
1点目は、研鑽するための環境を手厚く整備することです。AI技術者には、真面目で努力を惜しまない一方で、新しいことへの挑戦に対して一歩踏み出すことが苦手な傾向がみられました。そこで研修の企画、コミュニティへの参加、発表機会の提供等によって、研鑽のきっかけを「挑戦」ではなく「努力」ととらえられるかたちで提供することで、自発的な成長につながる環境づくりを行いました。もちろん、その状態が最終目標というわけではなく、成功体験を通じて自信を得たうえで、その糧から自らで挑戦ができるようになるという好循環にもっていくことが重要です。取り組みの中では、上手くいかないこともありましたが、結果として、挑戦への心理的障壁を下げ、自信をつける機会を創出できました。
2点目は、個々人に対して背伸びして届く明確なキャリアアップ目標を設定することです。人は目標が低すぎると退屈に、高すぎると不安を感じて努力を継続できないため、各技術者の志向性や適性を踏まえた現実的かつ挑戦的な目標設定とすることが重要です。この過程においては、マネージャ自身が経験してきた失敗や学習の過程を基に、個々人に対して複数の選択肢を提示することで、納得感のある目標設定を支援しています。これらの取り組みにより、チーム全体として高いモチベーションを維持しながら研鑽に取り組む文化が醸成され、育成面で一定の成果が得られているととらえています。

AI技術者の研鑽とチームの成長

チームとしてAI技術者の研鑽を積極的に支援し、個々の研鑽がチーム全体の成長につながるよう雰囲気づくりをしてきました。ここでは「KaggleMaster」を獲得した社員の事例を交えて紹介します。
Kaggleとは機械学習やデータサイエンスに携わっているAI技術者の世界的なプラットフォームで、ここで開催されるコンペティションで優秀な成績を獲得するとKaggleMasterなどの称号が付与されます。KaggleMasterの称号を持つ技術者は国内では現在300人程度しかいません。それだけ価値のある称号であるため、チームからこれを獲得する技術者を輩出することは、本人の技術力向上のみならず、チーム全体の研鑽意欲の向上やチームのプレゼンス向上等、さまざまな効果が期待できます。
チーム内で多くのAI技術者がKaggleに参加しつつも、なかなかKaggleMasterの称号獲得には至らない中、ある社員が社外のKaggle参加者のコミュニティに参加するなどかなり意欲的な取り組みを開始しました。これを後押しするかたちで、コンペティション参加のための計算資源の準備やイベント参加のための出張手配等、チームとして積極的なバックアップを実施しました。そしてその社員がチームとして初めて2024年4月にKaggleMasterの称号を獲得すると、それが道標となって、その後さらに2名の社員がKaggleMasterの称号を獲得するに至りました。このような雰囲気を追い風に、資格取得に向けたゼミ形式での勉強会の実施等、幅広い研鑽機会創出の取り組みを展開し、現在は統計検定1級等の高難度の資格を取得する社員が多数在籍する技術集団へと成長しています。
称号や資格取得等の研鑽はもちろん素晴らしいことですが、そもそもの目的は新規事業を創出するためのAI技術者育成であり、そこで得た知識・技術がどのように業務に活かされているかが重要です。例えば実業務においては、Kaggleのコンペで上位1%に入るために必要な小数点以下数桁のレベルで精度を高めるような作業を求めることはあまりなく、それよりも実装面・運用面で継続的な改善提案をできるような仕組みを考えることが求められます。一方で、評価方法から手法を逆算してアプローチする、手法の手数の多さ、立ち止まってゼロから見直すことの有効性等、研鑽を通じて学んだ考え方やテクニックは業務におけるパフォーマンス向上にしっかり寄与しています。
また技術面以外でも、称号や資格取得等により周囲からの信頼や期待が高まり、発言力の強化や、技術者間のネットワーク拡大といった面でも大きな成果が確認されています。
現在、NTT東日本Kaggler会という社内コミュニティを立ち上げるなど、研鑽の取り組みの輪をさらに広げようとしています。これからも引き続き優秀な技術者が出てくることを期待しつつ、技術者の研鑽が単なる技術力の向上にとどまらず、しっかりと業務に活かされるよう支援していきます。

裾野拡大の取り組み

優秀なAI技術者の存在だけでは新規ビジネスの創出にはつながりません。新たなビジネスを生み出すには営業などの他職種とのシナジーが重要であると考え、全社的な知識の底上げにも取り組んでいます。
その取り組みの1つが「KatarAI(カタライ)」です(図)。KatarAIは月に1回程度の頻度で、昼休みにラジオ感覚で基礎的なAI知識や技術トレンドについてAI技術者がユーモアを交えて発信するというもので、AIに対する心理障壁を下げることでの裾野拡大や、組織横断的なコミュニケーションと、社員どうしの横のつながりを構築する等を目的に開始しました。また、社員による自発的な企画・発信を通じて、プレゼンテーションスキルの向上にもつなげています。
KatarAIでは、AIに興味があるが案件などに携わる機会がなく勉強しようにも何から手を付けてよいのか分からず二の足を踏んでいる社員や、すでにAI案件に取り組んでいるが、より知識を広げたい・深めたいと考えている社員等、幅広い層に視聴してもらえるようコンテンツを展開しています。例えば、「AIに絵を描かせてみた」や「チョコレートを食べるとノーベル賞がとれる(相関と因果の話)」等のキャッチーなタイトルのものから、「G検定のすゝめ」等の実用的なテーマまで、バリエーション豊かに企画しています。Teamsによる配信形式で、参加条件・出欠管理なしで誰でもいつでも気軽に参加可能とし、配信中に運営メンバーがチャット機能を使って内容を補足したり、時にはユーモアを交えたコメントで盛り上げたりと、自由にディスカッションできるような環境・雰囲気をつくることで、配信を盛り上げました。
これまでに全13回の配信を実施し、同時視聴者数は最大で600人、平均で300〜400人、登録者は1000人を超えました。若手から役員まで、幅広い層の参加があり、多くの社員にAIに興味を持ってもらうことで、全社的なAIリテラシー向上に寄与しています。
2025年度は、今後事業で役に立つことが多くなると思われるデータ分析やマーケティング領域に新たに力を入れる計画です。このような機会を通じ、AIの知識を有する社員を増やし、AI技術者と連携できる環境をつくることで、事業におけるAI活用のQCD(品質、コスト、納期)全体の向上をめざしていきます。
今後もこのKatarAIをはじめ、より多くの社員がAI技術を理解し活用できるよう、さまざまな施策を展開していく方針です。

具体的な創出事業事例

実際に私たちのチームがこれまで行ってきた創出事業と、現在の取り組み状況について紹介します。
実用化されている事例としては、オンライン資格試験におけるカンニングなどの不正を検知する挙動検知AIがあります。これはコロナ禍で従来の集合形式の資格試験が実施できなくなり、自宅などからオンラインでの受験のニーズが高まる一方で、オンライン受験においては受験者を監視することができず、替え玉受験やカンニングなどの不正行為を防ぐことが難しいという課題を解決するために開発したものです。CBT(Computer Based Testing)方式での資格試験で実績のあるイー・コミュニケーションズ社との共同開発でサービス化したものですが、不正を検知するAIモデルについては、NTT東日本社員の内製稼働だけで開発を行っています。不正検知方法としては、PCのカメラをオンにすることを受験条件として、そこで取得した受験時の受験者の顔の角度、目線、音声等を解析し、不正パターンに該当するものを検知するというものになっています。NTT東日本の社内資格試験で実証を行い、そこで得られた知見などから精度を高め実用化に至ったもので、イー・コミュニケーションズ社のサービスを介して、TOEICのオンライン試験にも活用されています。
また現在、チームでもっとも力を入れている事業として、データ統合エコシステムの取り組みがあります。データ統合エコシステムは、お客さまのIT環境やサービスのご利用状況等、社内外のさまざまなデータを分析・活用して、質の高い提案や満足度が高いサポートの実現をめざすデータ基盤です。これまでは多様なデータの収集・蓄積に注力してきましたが、2025年度から本格的にデータ活用の段階に入りました。データ活用の取り組みの1つとして、業種・従業員規模や現在のIT環境が異なるお客さまに、受注確度の高い商材の提案や適切な提案タイミングを促すAIの開発があります。このAI開発においては、データ統合エコシステムに蓄積したお客さまの契約情報や請求情報、IT機器の購買履歴、各サービスのご利用状況、Webサイトの回遊履歴等の多種多様かつ膨大なデータをAIに学習させることで、自社オリジナルの精度の高いAIモデルの開発が可能と考えています。これにより商談化率や成約率が高まり、効率的な営業活動が展開できると期待しています。ほかにも、お客さまが現在利用中のサービスについて、その利用状況等のデータから解約の予兆を検知し継続を促すアクションを提案するAIや、お客さまのIT環境(利用中の機器の型番、ネットワーク構成、各機器の利用状況等)を総合的に分析し、お客さまの情報システム担当者の代わりにIT機器の使い方や不具合等に関する困りごとを解決するAIの開発に取り組んでいます。これらAI開発においては、AI技術者の内製化を推進していくことでよりスピーディな提供および改善のサイクルを回し、AI技術者のさらなるスキル向上とともに持続的な競争力強化をめざします。

今後の展開

内製で開発したより多くのAIがさまざまな事業に活用されていくことが私たちのチームのめざすところですが、そのために今後注力すべき課題として、以下の2点が挙げられます。それは「AI技術者の活躍の場の拡大」と「AI技術者のパフォーマンスを引き出し、成果へと導くマネージャの育成」です。
AI技術者の活躍の場は、一定程度存在しているものの、依然として埋もれているケースや、AI技術者がその技術を十分に発揮できる段階に至っていない等、課題が多く残されている状況にあります。その理由の1つとして、AIで解決できる課題に直面している社員がAIの知識がなく、それに気が付かない、もしくは相談先が分からず取り組むことに躊躇してしまうことが挙げられ、これに対しては前述の裾野拡大の取り組みをより拡大させていくことが有効です。また技術を活かせる段階に至っていない課題については、データ整備等の前段階がなかなか進まないといった要因があり、その段階を乗り越えるモチベーションとして、データ統合エコシステムのようなデータ整備から始めて活用に結び付ける事例を創出して発信していく必要があります。
そして、AI技術者が増え、活躍の場が増えると、より多くの成果をあげるためにマネージャが必要となってきます。これまではネイティブなAI技術者ではないマネージャが試行錯誤しながらAI技術者をマネジメントしてきていますが、今では育成してきたAI技術者が中堅層となり、今後はネイティブなAI技術者がマネージャ層となって活躍していくことが期待されます。前述のようにAIの技術に詳しいマネージャが技術者を率いることのメリットは多いのですが、そうした人材は業務スキルを身に付ける経験などと引き換えに高い技術を習得してきているため、マネジメントにおける成果創出に対する不安も一部に残ります。そのため、ネイティブなAI技術者をマネージャとして育成していくと同時に、ネイティブなAI技術者ではないマネージャがどのようにすればAI技術者を支援・活躍させられるかといったマネジメント手法を明らかにし、この両面でAI技術者を導くマネージャの強化を図ることが重要です。
最後に、最近の若手は非常に優秀です。彼らの成長はNTTグループの将来に大きく影響を与えるものと考えています。今後も技術者の育成と彼らのパフォーマンスがより多くの成果につながる仕組みづくりに向けて、取り組んでいきます。

NTT東日本
ビジネス開発本部 CXビジネス部 データビジネス共創担当

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