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2025年12月号

特集1

IOWN/6Gに向けた光・無線の融合による伝送技術・高付加価値化技術

IOWN/6G時代の超高速・大容量通信を実現する光無線融合伝送技術の研究開発

現在NTTでは、6G(第6世代移動通信システム)の移動通信ネットワークとIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の融合による、革新的なネットワーク・情報処理技術の実現に向けて研究開発に取り組んでいます。本稿では、このIOWN/6Gに向けたNTT未来ねっと研究所の取り組みとして、超高速・大容量通信を実現する「光マトリクス無線ビームフォーミング技術」について紹介します。

伊藤 穂乃花(いとう ほのか)/平賀 健(ひらが けん)
増野 淳(ましの じゅん)
NTT未来ねっと研究所

移動通信システムの進化を支えるIOWN構想

移動通信における技術とサービスの進化はめまぐるしく、約10年ごとに世代を変え、NTTドコモでは2020年から5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが展開されています。5Gの特徴の1つは、ミリ波と呼ばれる高周波数帯を用いることで、飛躍的に広い周波数帯域幅による数Gbit/sクラスの超高速無線通信を実現していることにあります。2030年前後を目途に、次なる6G(第6世代移動通信システム)の商用化も各国で検討され始めており、ITU-R(International Telecommunication Union–Radiocommunication Sector)では6GをIMT-2030と位置付け、2024~2026年に技術性能要件と評価方法を定義、2027~2030年に標準規格化へと進める計画で、WRC-31(World Radiocommunication Conference 2031)以降に、ミリ波よりもさらに高周波数帯であるサブテラヘルツ帯*1について、モバイル利用に関する議論が行われることが決定されています(1)
私たちは、NTTが提唱する超大容量・超低遅延・超消費電力を特徴とした革新的なネットワーク・情報処理基盤であるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の要素技術を6Gとを融合させることで、6Gで求められる、超高速・大容量通信、超カバレッジ拡張、超低消費電力・低コスト化、超低遅延、超高信頼通信、超多元接続&センシングといった種々の要求にこたえ、移動通信システムを継続進化させることをめざしています(2)。本稿では、このIOWN/6Gに向けた研究開発の取り組みの1つとして、光回路を用いて超高速・大容量通信を実現する「光マトリクス無線ビームフォーミング技術」について紹介します。

*1 サブテラヘルツ帯:おおむね100GHz~1THzにある周波数帯のことで、波長が数100マイクロメートルから数ミリメートルと非常に短く、強い直進性を持つことが特徴。

超多ビーム通信への期待

スマートフォンやIoT(Internet of Things)デバイスの普及などを背景に、モバイルトラフィックは年々指数的に増大しており、これらを収容する移動通信システムには通信の大容量化が求められ続けています。通信容量を増大させる手段として、1シンボル当りの情報量を増やす(変調多値数を上げる)方法や、複数アンテナで並列通信を行うことで空間多重*2数を増やす方法、広帯域が使用可能な高周波帯の利用などが検討されています。特に高周波数帯の利用については、6Gではさらなる無線資源を開拓するため、サブテラヘルツ帯と呼ばれる100GHz以上の周波数帯の活用が検討されており、世界的に研究や議論が活発化しています。このような高周波数帯では電波の伝搬損失を補うため、基地局にはアンテナ素子を多数並べたアレーアンテナ*3の構成が求められています。各アンテナ素子に給電する信号の位相を制御し、電波に通信相手の方向に応じた指向性を持たせるビームフォーミング技術を用いると、細いビームで相手端末へピンポイントに電波を送信することができます。結果として、他の端末に対する電波干渉を抑えることができるため、前述の空間多重数を増やす方法として知られるMIMO(Multiple Input Multiple Output)通信と組み合わせた際、すなわち同時に多ビーム通信を行った場合に、干渉抑圧のための複雑な信号処理が不要となり、省電力と大容量通信を両立できる可能性があります。NTT未来ねっと研究所では、100Gbit/s/ビーム×100ビーム/基地局=10Tbit/s/基地局の超多ビーム型大容量無線伝送の実現をめざし、「光マトリクス無線ビームフォーミング技術」に取り組んでいます(図1)。

*2 空間多重:複数のデータ系列を、空間的に独立な複数の電波を用いて、同時刻・同周波数帯において並列に伝送する伝送方法。
*3 アレーアンテナ:複数のアンテナ素子を一定の配置で組み合わせたアンテナで、ビーム形成や指向性の制御が可能。無線通信やレーダ、衛星通信など広く利用されます。

光技術の無線通信への展開

図2に、従来考えられてきたビームフォーミング方式を示します。5Gでは電気回路によるビームフォーミングが用いられていますが、サブテラヘルツ帯で想定される、最大数千~1万素子クラスの多素子アレーアンテナへの適用が難しいと考えられています。例えば、デジタルビームフォーミングを行った場合、アンテナ素子数分のDAC(デジタルアナログ変換機)やミキサが必要になることに加え、アンテナ素子数・ビーム数に伴って増加する信号処理量により消費電力の大幅な増加が想定されます。移相器を用いたアナログビームフォーミングでは、アンテナ素子ごとに多重するビーム数分の移相器とその個別制御が必要になり、高周波帯における狭いアンテナ素子間隔での集積が困難と想定されます。一方、行列回路を用いたアナログビームフォーミングは原理上マルチビーム生成に適しており、電源の不要なパッシブ回路により、入力するポートに応じた所定の方向へ複数ビームを同時に制御することが可能なため有望です。しかし、高周波帯の電気回路での実現となると金属導波管による立体構成が求められ、加工の観点から実現が難しい問題があります。そこでNTT未来ねっと研究所では、行列回路を用いたアナログビームフォーミングを、小型・低損失(省電力)な光回路で実現することを考えています。
近年、シリコンフォトニクスを含む光半導体技術の著しい進展により、光デバイスの高機能・小型化・低コスト化が進んでおり、従来の光通信技術への活用にとどまらず、無線通信分野にもその応用範囲が拡大しています。フォトミキサと呼ばれる半導体デバイスは、異なる周波数の光波(レーザ)を入力するとそのビート信号(差の周波数成分を持つ電気信号)が出力される性質があり、レーザ周波数を変えるだけで出力する電波の周波数を高精度かつ柔軟に制御できるため、サブテラヘルツ帯を含む高周波数帯の電波生成法としてさまざまな研究が進められています(3)。また、光通信で培ったPLC(Planar Lightwave Circuit:平面光波回路)技術で、従来の電気回路では実現が難しいとされたアナログビームフォーミング用の大型立体行列回路を実装すれば、数千~1万素子クラスのアレーアンテナに対応した行列回路の圧倒的な小型化(平面化)を低コストに実現できます。さらに、光通信のWDM(Wavelength Division Multiplexing:波長分割多重)技術を応用することで、同時ビーム生成数のスケールアップも容易であり、基地局容量を従来から各段に増大することができます。

光マトリクス無線ビームフォーミング技術

NTT未来ねっと研究所では、光行列回路を用いたアナログビームフォーミングと光通信のWDM技術により、高周波数帯の大規模アレーアンテナで干渉レスな超多ビーム通信を行う回路を圧倒的に小型で構成可能な「光マトリクス無線ビームフォーミング技術」の研究を進めています。N×M素子のアレーアンテナに対応した光マトリクス無線ビームフォーミング技術の原理について説明します(図3)。周波数f1のレーザ光源の光(搬送波)を2つに分配し、片方を送信したい無線信号(周波数fRF)でSSB変調(単側帯変調)します。この2つの光の波(搬送波と側帯波=信号波)をフォトミキサに入力すれば、ビート信号として2波の周波数の差fRFの無線信号が出力されますが、このとき出力される無線信号の位相には入力する2波それぞれの位相が反映される性質があります。光マトリクス無線ビームフォーミング技術ではこの性質を活用し、フォトミキサに入力する前の光の段階で、アレーアンテナの各アンテナ素子に給電する無線信号の位相を制御することで、2次元方向のビームフォーミングを行う点に特徴があります。ここでは、アンテナからビームを向ける方向を仰角成分・方位角成分に分解し、搬送波と信号波それぞれに行列回路を用いて仰角方向・方位角方向の位相を重み付け(給電するアンテナ素子ごとに、特定の方向へ電波が強め合うような位相を付与)することで、無線信号に対する2次元方向の位相重み付けをしています。光スイッチを用いて、ビームを向ける仰角方向に応じた光行列回路の入力ポートを選択すれば、N×N光行列回路すべての出力ポートV1,V2,…,VNから同じ搬送波が出力されますが、各出力間には所望の位相重み付けがされています。同じように、光スイッチを用いて、ビームを向ける方位角に応じた光行列回路の入力ポートを選択すれば、M×M光行列回路のすべての出力ポートH1,H2,…,HMから同じ信号波が出力されますが、各出力間には所望の位相重み付けがされています。これらの光を、N×Mに並ぶアンテナ素子(N ,M)に対応する組合せで合波し、マトリクス状に並ぶフォトミキサにそれぞれ入力すれば、仰角・方位角の2次元方向への位相重み付けが反映された無線信号が各アンテナ素子から送信されます。各アンテナ素子から送信される電波は位相重み付けにより特定の方向で強め合い細いビーム状になります。行列回路は多入力に対応しているため、レーザ光源の周波数をf1 ,f2,…,fLのように多数用意しWDMすれば、ビーム数Lの多ビーム信号を同一回路で同時に一括制御し生成することが可能です。

世界初 光回路による150GHz帯2次元マルチビーム伝送実験

光マトリクス無線ビームフォーミング技術の原理実証を行うため、16素子ビームフォーマを試作し、電波暗室で実験を行いました(図4)。ビームフォーマは4×4素子のアレーアンテナに対応しており、2つの4×4光行列回路から、フォトミキサに入力する信号の合波部分を含む回路までが手のひらに乗るサイズのPLCで構築され、光ファイバによる出力をフォトミキサに接続することができます。2つの行列回路にはそれぞれ入力ポートが4つあり、この入力ポートを切り替えることにより、2次元16方向へのビームフォーミングが可能です。
信号生成部では、レーザ光源を用いて150GHz差の2波光を生成し、一方を変調器と任意信号生成器により変調します。ビームフォーマで位相重み付けされた光信号は、各アンテナ素子に対応したフォトミキサに入力され、150GHz帯の無線信号に変換されます。電波暗室内では、表1に示す2×4素子の送信アンテナから表2に示す実験諸元の広帯域信号を各方向へ送信し、30cm離れた受信アンテナで受信しました。今回の実験では、ビームフォーマとしての性能を確認するため、送信アンテナからの角度5度ごとに、各ビームの受信電力とスループットを測定しました。一例として、図5に送信アンテナからの仰角が−7°となる面の結果についてグラフで示します。各ビームの受信電力を最大値で規格化した4色のプロットと、理想的なビームフォーマとアンテナによるアレーファクタ(送信される電波の指向性)の計算値を示す破線は、縦軸右側に対応しています。これらが高いほどSINR(Signal-to-Interference-and-Noise Ratio:信号対干渉雑音比)*4がよくなる傾向にあり、高いスループットが達成されます。橙色の実線は実際に測定された各方位角における最大スループットで、同図の縦軸左側に対応しています。選択ビームを適切に切り替えることにより、すべての方向で高次の変調方式である64 QAM(直交振幅変調)が選択され、64.0Gbit/s以上の伝送が確認できました。また、複数ビームを同時に送信した際のスループットも測定しました。実験機材の都合で、2×4素子の送信アンテナのうち、内側の2×2素子を送信アンテナとして使用し、2つの受信機の位置を(方位角、仰角)=(−6°,19°)と(19°,19°)としています。2ビーム間の干渉によるSINRの劣化はわずか0.5dBであり、2ビーム合計で最大136Gbit/sの伝送スループットを確認しました。以上の実験結果から、光マトリクスビームフォーミング技術の原理を実証することができました。

*4 SINR:信号の強さと、他信号との干渉および雑音の強さの比率で、通信品質を評価する指標の1つ。高いほど大きな通信容量が得られます。

今後の展望

今回の実験では、世界で初めてサブテラヘルツ帯での光回路を用いた100Gbit/s級マルチビーム無線伝送に成功し、光マトリクス無線ビームフォーミング技術の原理実証を行いました。今後は、多素子化・マルチビーム化・マルチバンド化を進め、サブテラヘルツ帯で100Gbit/s×100ビーム生成可能なビームフォーマ実現に向けた無線通信技術の確立をめざすとともに、電波イメージング・センシング分野への応用を含め、研究開発を推進していきます。

■参考文献
(1) ITU-R:“ The ITU-R Framework for IMT-2030 Recommendation ITU-R M.2160,” 2024.
(2) NTT DOCOMO:“White Paper 5G Evolution and 6G,” Jan. 2023.
(3) P. Sanjari and F. Aflatouni:“An integrated photonic-assisted phased array transmitter for direct fiber to mm-wave links,” Nat. Commun., Vol. 14, 1414, 2023.
(4) H. Ito, K. Hiraga, H. Hirofumi, and R. Kudo:“Sub-THz Wireless Transmission with Photonic-assisted Two-dimensional Beamformer Using Optical Butler Matrix Circuits,” Proc. of ECOC 2025, pp. 98–101, Copenhagen, Denmark, Sept. 2025.

(左から)増野 淳/伊藤 穂乃花/平賀 健

NTT未来ねっと研究所では、無線通信に光技術を応用した光無線融合伝送技術の研究開発を推進し、便利で豊かな社会の実現に貢献していきます。

NTT未来ねっと研究所
波動伝搬研究部

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