2026年3月号
トップインタビュー
豊かな「知の泉」を活かし、情熱を持って「高い山」を築き上げ、イノベーションを起こそう

最先端技術を「サービス」という具体的な価値へと昇華させ、社会実装へとつなぐ極めて重要な役割を担うNTTサービスイノベーション総合研究所。未来社会×デジタル情報により生まれ得る、果てしない可能性とその実現に挑んでいます。NTTサービスイノベーション総合研究所の兼清知之所長に特筆すべき成果と2026年度における新たな挑戦について伺いました。
NTTサービスイノベーション総合研究所
所長
兼清知之
PROFILE
1992年日本電信電話株式会社入社。2017年NTTサービスイノベーション総合研究所 企画部長、2021年NTT研究企画部門 R&Dビジョン担当 統括部長、2023年NTT研究開発マーケティング本部 研究企画部門 R&D戦略担当 統括部長を経て、2025年6月より現職。
社会実装の「真ん中」で、デジタルとフィジカルをつなぐ使命
NTTサービスイノベーション総合研究所について教えてください。
NTTサービスイノベーション総合研究所(SV総研)は、急速に進化するAI(人工知能)技術を先導し、サイバー世界(デジタル)とフィジカル世界(実世界)の両面で技術革新を起こすことをミッションに掲げています。私たちは単に技術を深掘りするだけでなく、その技術によっていかにして社会にイノベーションを起こすかに強い責任を持っています。
組織は大きく3つの研究所で構成されています。
1番目は人間情報研究所です。人の理解を中心に大規模言語モデル「tsuzumi」や、実世界を理解するワールドモデルなどを追究しています。
2番目は社会情報研究所です。ここでは情報セキュリティやサイバーリスク対策を強化し、倫理、法律、プライバシー保護などの融合型研究により、安全な社会実装を支えています。
3番目はコンピュータ&データサイエンス研究所(CD研)です。音響メディア処理や量子コンピュータ、ソフトウェア工学、そして生成AI等が求める膨大な計算資源に対応するためのマルチコンピューティング基盤の研究を担っています。
NTTの研究所全体を見渡すと、ネットワーク・サービス・デバイスの各領域を担う組織がある中で、私たちは「サービス寄り」の位置におります。また基礎研究、応用研究、実用化の各フェーズを担う中で、主に応用研究を中心に、基礎から、実用化の直前、あるいは実用化そのものに近い領域まで踏み込んでいくのが私たちのユニークな特徴です。
私たちは国内で、研究と実装の両面で「トップの研究所」であると自負しています。現在のAI開発は「資本力」で決まる側面も多分にありますが、全く新しい発想による発明や、軽量性や特定領域での性能の追求による資本の量だけではない「次の何か」を生み出すことに注力しています。
そして、NTT研究所全体の最大の強みは、デバイスからAI、ネットワークまでを1つの会社で幅広くカバーしている「総合力」にあります。GAFAのようなグローバル企業はトレンドに応じて頻繁に人員を入れ替えますが、NTTのようにこれほど広範な専門の研究者が連携し、知を蓄積し続けている組織は世界的にみても稀有です。量子コンピュータの研究においても、光デバイスの専門家、量子の理論家、そして私たちのようなソフトウェアの人間が所内で一堂に会して仕事ができるという、この圧倒的なシナジーがNTTの誇るべき競争力です。

2025年度は生成AIの爆発的進化など、非常に動きの激しい一年でした。特筆すべき研究成果をお聞かせいただけますでしょうか。
2025年度の大きな成果は、まず10月にリリースした言語モデル「tsuzumi2」です。これは初代が持つ「軽量・純国産・セキュア」という特徴を継承しつつ、同じパラメータサイズのモデルの中では世界最高水準の日本語性能を実現しました。特定の業務領域においては、GPT-5級の巨大モデルとも互角の性能を発揮できるレベルに到達しており、これから事業会社での活用を本格化させていきます。
そして、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を「体現」する最大の舞台となったのが、大阪・関西万博のNTTパビリオンへの出展協力です。ここでは単なる展示ではなく、半年間にわたる大規模な実運用を伴う技術実証をやり遂げました。
具体的には4つの革新技術を披露しました。
最初は「空間伝送」。IOWN APN(All-Photonics Network)の低遅延特性を活かし、女性音楽ユニットPerfumeのライブ空間を映像・音声だけでなく「足元の振動(ステップ)」や空間の「存在感」まで含めて遠隔地に伝送し、同じ場所にいるような体験を提供しました。次に「ふれあう伝話」。通信では難しかった「触感(触覚)」を伝え合う、情緒的なコミュニケーションを実現しました。そして、「Another Me®」。自分自身の分身との対話を通じて新たな可能性に気付くことで、さまざまな機会を拡大するというコンセプトを体験いただきました。最後に「クロスリンガル音声合成技術」。有名アスリートの一言語の音声から、その人の声質のまま多言語の音声を生成し、6カ国語での紹介アナウンスを実装しました。
万博という厳しい環境下で、これらの技術を半年間動かし続けたことは、SV総研の「実装力」を示すことにつながったと思います。
2026年度への展望:自然な対話と実世界理解への挑戦
万博で披露した技術は実際に体験させていただき本当に感動しました。NTT技術は歌舞伎座12月公演、超歌舞伎でも披露され、人気を博しましたね。次年度はどんな重点領域に取り組まれるのかとても楽しみです。
これまでの成果をさらに深化させ、「AIがより人間に寄り添い、実世界で動く」フェーズに移行します。注力領域の筆頭は、生成AIの進化、とりわけ「Human-like AI対話」です。これまでのAI対話は、人間が話し終わってから一拍置くような不自然さがありましたが、会話の合間に自然な「相づち」を打ち、適切な「間」を取りながら人間とキャッチボールができるモデルを磨き上げ、社会実装をめざします。
そして、「ワールドモデル」、つまり実環境を理解するモデルの追究です。これはモビリティやロボティクスの「目であり脳」となる機能であり、フィジカルAIの中核をなします。ここも世界的に競争が激しい領域ですが、NTTが長年培ってきたメディア処理の蓄積を武器に、真剣に勝負していきたいと考えています。さらに、これらを支えるセキュリティ、ロボティクス、AI社会科学といった領域も、バランスよく進めていきます。
このような研究テーマを決定する際、私がもっとも大切にしているのは「問いの質」です。技術的に新しいことを見つけるだけでなく、それが「誰に、どのように使われるのか」「どのようなビジネスモデルで成立するのか」という、社会実装に向けた具体的な問いを最初から持っていなければなりません。研究して終わりではなく、最初の計画段階から「展開(サービス化)」までを「自分ごと」として見据える姿勢が大切です。正解が分からない不確実な領域だからこそ、細かい仮説を立て、短いサイクルで検証と実装を回していく。このスピード感ある「問い」の連鎖が、イノベーションを引き寄せると考えます。
所長に就任されて半年が経ちました。入社されてからの歩みを踏まえてどのような姿勢で仕事に臨まれているのか、教えていただけますでしょうか。
私は1992年に入社しました。ISDN端末の開発やIPTVプラットフォームの立ち上げなど、主に「世の中に出す側」をメインに従事し、技術がサービスとなり、お客さまがお金を払って使いたくなるかたちになるまでを見届けることに、大きな価値を感じながら歩んできました。
所長として研究所に着任して実感しているのは、研究所に対する周囲の期待の大きさです。それを裏切らないためには、研究成果を確実に「外へ出していく」ことが不可欠です。「外へ出していく」ために私は所長としてマネジメントに勤しむわけですが、その私のマネジメントの根幹にあるのは、現場経験から得た「責任感と覚悟」です。実用化の現場では、期限までに必ずつくり上げ、リリースしなければならないという厳しい責任が伴います。その責任を果たすためには、計画を立てる段階での「これで行くんだ」という強い覚悟が必要です。かつての開発の中で、短期間で要件を組み立て、スケジュールをやり遂げた経験は、今も私の血肉となっています。
また、「答えをすぐに言わない」ことを信条としています。所長が安易に答えを与えてしまえば、研究者が自ら考え、試行錯誤し、失敗から学ぶという、もっとも重要なプロセスを奪ってしまいます。私は研究者が自ら気付き、動き出すことを「支援する」姿勢を大切にしています。
そして、組織運営においてはリモートワークが普及する中でも、横須賀、武蔵野、品川、大手町といった各拠点を自ら精力的に回り直接メンバと話し、彼らの悩みや「ひらめき」を肌で感じること。さらには「問い」を投げかけ続けること。そうした密なコミュニケーションを通じて、組織の志を1つにしていきたいと考えています。

すべての研究者に贈りたい吉田五郎氏の志と石井裕氏が提唱する「造山力」
多様な専門性を持つ数百人規模の研究者を抱えるトップとして、どのようなマネジメントスタイルで臨まれていますか。
研究所という組織は、トップが強引に引っ張って動くものではありません。素晴らしい個性や才能を持つ研究者の皆さんが、自由に、かつ正しい方向へ進めるように見守り、後押しをする。指示命令によって管理するのではなく、支援と伴走によって研究者の主体的な挑戦を促すことが、多様な才能を活かすのではないかと思うのです。
研究的な発想は自由であるべきです。しかし、その進め方や「外へのメッセージの出し方」については、私たちトップの経験やテクニックで支援できる部分が多くあります。研究者がやりたいことをどうすればイノベーションに近づけられるか。その「意味付け」や「整理」を手伝うことが、私の仕事だと思っています。
加えて、私は研究者に研究所の中に閉じこもるのではなく、事業会社の方や外部のステークホルダーと対話することで、自分たちの技術が社会でどう機能するのか、何が足りないのかを肌で感じてほしいとも考えています。外部との接触は、研究の「素材」を「価値」に変えるきっかけになると思うからです。

変化の激しい現代において、これからの研究者にはどのような姿勢で研究に臨んでほしいですか。
私はすべての研究者に、2つの重要な言葉を贈りたいと思います。まずは、逓信省電気通信研究所の初代所長、吉田五郎氏の言葉です。「知の泉を汲んで研究し実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」。この言葉は私たちの原点です。「研究・開発・展開」の三位一体こそがイノベーションであり、企業研究者である以上、「お客さまがお金を払って使いたくなる技術」を世に出すことにこだわってほしい。技術が生まれた瞬間は、まだ何物でもありません。それを磨き上げ、社会に届けるまでを「自分ごと」として楽しんでほしいのです。
もう1つは、MITメディアラボの石井裕先生が提唱する「三力の造山力(ぞうざんりょく)」です。「誰も登ったことのない山を自らつくり、自ら登り、他者が登りたくなる道を示す」。既存の山を登るだけでなく、自ら高い山を描き、それを社会実装まで含めて登り切る覚悟を持ってほしいのです。
これからの研究者の皆さん、次のような姿勢でバランス感覚を活かして研究に臨んでください。まずは自分の研究に誇りを持ち、自ら問いを立てて動きましょう。そして、スピード感も大切です。じっくりつくり込むだけでなく、クイックに外に出し、フィードバックを得ることにも努めましょう。
続いて、社会実装への意識です。技術を素材で終わらせず、社会価値に変えるまでを責任を持ちましょう。さらに、高い山を描く造山力ですね。独自のビジョンを掲げ、未踏の領域を切り拓きましょう。
最後に、外の世界と接続しましょう。研究所の内側に閉じこもらず、常に外の視点とスピードを意識したいですね。
NTTには長い歴史の中で積み上げられた膨大な知の蓄積があります。この豊かな「知の泉」を活かし、情熱を持って「高い山」を築き上げ、社会にイノベーションを共に起こしていきましょう。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)
インタビューを終えて



「最近のもっとも幸せな時間は、4歳になるポメラニアンとの散歩ですね。朝、散歩に連れていけと叩き起こされるんです(笑)。週末に犬との散歩に専念している時間は、仕事のことを完全にリセットできる貴重なひと時です」と語る兼清所長。
趣味はスポーツ観戦。特にモータースポーツが大好きで、一昨年、仕事の関係でインディカーの会場に研究所の技術を届ける機会があり、現地へ行けたのは本当にラッキーな経験だったとおっしゃいます。
「造山力」の言葉を引用した石井裕先生とは、兼清所長が入社した際に部屋が向かい合わせだったという不思議な縁があるそうです。当時、石井先生がつくられていた「クリアボード」のデモを見て、「研究所ってすごいところだな」と衝撃を受けたことが、所長のキャリアの大きな原動力になっているとか。当時の感動を忘れず、今の若い研究者たちを導き、誰かを驚かせ、社会を震わせる研究開発に従事する兼清所長に初心の大切さを実感したひと時でした。