2026年4月号
from NTTドコモ
AIを用いたカボニューレコードにおけるエコ行動算出およびエコ行動促進技術
カーボンニュートラルへの関心が世界的に高まっている中、NTTドコモでは、エコ行動促進を目的に、半自動でエコ行動記録が可能なエコ行動算出システム、および行動経済学のナッジを用いてユーザに行動変容を促すエコ行動促進プッシュ通知システムを開発しました。これらの導入により、ユーザのエコ行動の可視化を可能にし、ユーザの持続的なエコ行動促進につなげました。本稿では、これらのシステムを支える技術について紹介します。
背景
「カーボンニュートラル*1」への関心が世界的に高まる中、日本政府はこれを2050年までにめざすことを宣言しています。NTTドコモにおいても、自社の事業活動に伴う温室効果ガス排出量を2030年までに実質ゼロにする「2030年カーボンニュートラル宣言」(1)を発表し、脱炭素社会の実現に向けて取り組んでいます。
社会全体にこうした取り組みを広げるためには、企業による取り組みに加え、1人ひとりが「エコ行動」を継続して実践することが大切です。そのためには、日々の行動がどの程度環境に良い影響を与えているかを可視化し、把握しやすくすることが肝要です。また、行動記録にかかる負担を軽減し、日常生活の中で無理なくエコ行動を記録・継続できるような仕組みの構築が求められています。
NTTドコモでは、ユーザの日常のエコ行動を半自動で記録する「エコ行動算出システム」と、行動経済学で用いられるナッジ*2を活用してユーザの行動に介入する「エコ行動促進プッシュ通知システム」を開発し、NTTドコモが提供するサービス「カボニューレコード*3」(2)に組み込みました。
*1 カーボンニュートラル:CO2の排出・吸収量をプラスマイナスゼロの状態にすること。
*2 ナッジ:人間の思考の癖を利用し、ユーザにとって望ましい選択をするように促す行動変容に関する手法の1つ。
*3 カボニューレコード:ドコモが提供する、エコ行動を可視化するサービス。
カボニューレコード
NTTドコモでは環境に配慮した取り組みの一環として、エコ行動記録アプリ「カボニューレコード」を提供しています。カボニューレコードは日常のエコな行動を記録し、可視化するサービスであり、ドコモ会員にかかわらず誰でも無料で利用できます(図1)。2023年1月にサービスを開始して以降、これまでのCO2排出削減可視化量は、約11万トン相当(2024年9月時点)にのぼります。カボニューレコードでは、日常のエコ行動を、「CO2削減量」とカボニューレコード独自の環境貢献度指標である「Reco」として可視化しています。
エコ行動の記録方法には、自動記録、手動記録の2つがあります。
自動記録では、エコ行動算出システムが、ドコモサービスである「dヘルスケア」「ドコモでんき」「グリーン5G」などと連携して、それらのサービス利用状況に応じて、ユーザが記録作業を行わずにカボニューレコードアプリ上で自動的に記録されます。サービスごとのエコ行動の算出については、環境省が報告している排出原単位*4などを参考に独自の計算式により行っています。
手動記録では、節電や節水など、環境省が定めるゼロカーボンアクション30(3)を根拠に設定したエコ行動について、ユーザが自身のスマートフォンを使ってカボニューレコードアプリに記録します。その際、本サービスでは、エコ行動促進プッシュ通知システムを用いてユーザへ行動変容を促しています。
*4 排出原単位:活動ごとに規定された単位当りのCO2排出量。

エコ行動算出システム
■基地局位置情報を活用した移動手段推定
基地局から推定される位置情報(基地局位置情報)に基づく移動手段の推定には、「docomo Sense」*5が用いられています。docomo Senseでは、まずあらかじめ同意を得たユーザの基地局位置情報からユーザが移動中か基地局エリア内滞在中かを判定し、移動中であれば移動を示す基地局位置情報を用いてその経路を推定します(図2)。
続いて、移動経路に対して、移動速度や路線データ、駅・空港・港などの施設データを用いて、ユーザが選択したその手段を推定します。対象となる手段は「徒歩」「車」「電車」「新幹線」「飛行機」「フェリー」「長距離バス」であり(自転車は対象外)、また、1つの移動経路において複数の移動手段を利用する場合も推定できる仕組みとなっています。
例えば、移動速度が遅い場合は徒歩と推定します。移動速度が速い場合には、道路上もしくは線路上を通過しているのかを考慮することで、車・電車・新幹線などを推定します。移動経路が空港から空港であり、長距離を直線的にかつ一定以上の速度で移動していれば飛行機として推定し、海上を移動している場合はフェリーとして推定するというような処理となります。
*5 docomo Sense:ドコモが開発した、ユーザ理解に基づくターゲティング最適化サービス。

■エコな移動を基にしたスコア自動算出
docomo Senseで推定した移動手段結果に基づいて、スコア自動算出機能はユーザのエコな移動を自動的に算出します。ユーザが公共交通機関で移動していた場合、一般的なガソリン車と比較してCO2排出量が少なくなるため、カボニューレコードのポイントに相当するRecoを付与します。本機能により、ユーザが移動履歴を入力する手間を省き、エコな行動を記録する仕組みを実現しています。仮に移動手段結果に誤りがある場合は、ユーザがカボニューレコードアプリを操作することで、正しい移動手段に訂正することが可能となっています。Recoは訂正内容に合わせて再度自動算出されます。
ナッジを活用したエコ行動促進プッシュ通知システム
■行動変容とナッジ
行動変容とは、行動経済学における人間の行動理論に基づいて、ユーザにとって望ましい選択をするようにそっと後押しする手法やアプローチを指します。このような働きかけは、健康促進、環境保護、都市渋滞の緩和などのさまざまな社会問題の解決に活用されています。
行動変容を促す手法の中でも、人間の思考の癖を利用するナッジが注目されており、プッシュ通知に表示させるメッセージにナッジを活用することで、通知の開封率が向上する効果が報告されています。
ナッジには心理バイアスに紐付く複数のフレームワーク*6が存在します。例えば、損失回避バイアスと呼ばれる、人間の「得をすることより損をすることのほうを大きく評価する」心理傾向を活用し、行動しないことによる損を強調する表現の「損失回避フレーム」や、同調性バイアスと呼ばれる「他者と同じように振る舞うことを好む」心理傾向を活用し、一般的な行動であることを強調する表現の「同調フレーム」などがあります。また、ユーザの持つ心理的傾向によって有効なナッジフレームが異なることに着目し、ユーザごとにもっとも効果のあるナッジフレームを推定して、プッシュ通知を行うことで開封率を向上させる手法も提案されています。
(1) カボニューレコードでのナッジ適用
カボニューレコードでは、お客さまのエコ行動を最大限サポートするための最適な通知方法を模索しており、エコ行動の記録促進を目的としたプッシュ通知を定期的に行っています。これらの通知では、人間の心理的傾向に基づくフレームワークごとのナッジメッセージを活用し、この傾向に応じてプッシュ配信する「パーソナライズ」により、エコ行動の手動記録率の向上を図っています。具体的には、「電気のつけっぱなしはもったいない」のような損失を強調する表現や、「地球を守るために、私たちの行動が重要です」といった社会的意義を訴求する表現など、複数のナッジフレームに基づく文言を用意し、ユーザごとに最適と推定される文言を選択しプッシュ通知を実施します。パーソナライズでは、ユーザの属性データ*7と過去のプッシュ通知の開封履歴を機械学習モデル*8で学習させることで、もっとも効果のあるメッセージを推定します。
(2) 従来のプッシュ通知の課題
上記の従来システムでは、パーソナライズによる効果向上に向けて下記の課題が存在します。
・課題①:パーソナライズの精度不足
・課題②:同一内容メッセージの繰返しによるユーザ離れ
課題①は、ユーザの心理傾向にもっとも合致したメッセージが配信できていない点にあります。従来は限られたナッジ種別の中からメッセージを選択していたため、ユーザごとの多様な心理的傾向を十分にとらえられていませんでした。課題②は、同じ内容のメッセージが繰り返し配信されることで、ユーザの関心が低下し、プッシュ通知を無視するようになってしまう点にあります。その結果プッシュ通知の開封率やエコ行動の手動記録率が低下するという課題が生じていました。
(3) 提案するエコ行動促進プッシュ通知システム
本稿では、前述の課題を解決するために設計したエコ行動促進プッシュ通知システムについて紹介します。本システムは前述の課題①、課題②に対して下記のように対応しています。
課題①に対しては、ナッジ種別を従来システムで用いていた「プレーン(基本のメッセージ)」「向社会性」「利得*9」「損失回避」の4種類から、「プレーン」「向社会性」「利得」「損失回避」「同調効果」「時間選好」の6種類へ拡張し、より多様なナッジ種別での出し分けが可能になり、パーソナライズの精度向上を実現しています。
課題②に対しては、大規模言語モデル*10を用いて新規メッセージを自動生成する仕組みを導入することで、文言作成にかかる運用負荷を軽減しつつ、多様性あるメッセージのプッシュ通知を実現しています。
これらの対応策を組み込んだ本システムは、「ナッジ評価機能」「メッセージ生成機能」「プッシュ配信機能」の3つから構成されています。本システムの全体構成は図3のとおりです。以下に各機能の詳細を述べます。
ナッジ評価機能では、プッシュ通知の開封履歴とユーザ特徴量を用いて、ユーザにとって効果の高いナッジ種別を推定します。ユーザ特徴量には、会員情報に基づく基本的な属性情報に加え、サービスの利用状況などが含まれます。また、開封履歴はカボニューレコードに限らず複数サービスを対象としており、過去のプッシュ通知に対するユーザの反応を記録しています。これらの情報を入力として機械学習モデルで学習することで、各ユーザに対して適したナッジ種別を推定します。
メッセージ生成機能では、ナッジフレームに基づいたナッジ文言を生成します。大規模言語モデルを用い、ナッジ種別や文言設計の方針をプロンプトに入力することで、各ナッジ特性を反映した文言を生成します。生成文言には不適切表現やハルシネーションが含まれる可能性があるため、実際に配信する際は配信担当者による文言の確認を行います。
プッシュ配信機能では、ナッジ評価機能およびメッセージ生成機能の出力結果を基に、プッシュ通知を許諾しているユーザを対象として、推定されたナッジ種別に応じた文言を選択し、ユーザごとにプッシュ通知を行います。
(4) プッシュ配信結果
2024年4~6月の3カ月間で、お客さまのエコ行動をより効果的にサポートする最適な通知方法を検討することを目的に、開発したエコ行動促進プッシュ通知システムの効果検証を実施しました。本検証では月1回の頻度で計3回の配信を行い、カボニューレコードでプッシュ通知を許諾しているユーザを対象としました。
配信対象のユーザは対照群と介入群の2群に対しランダムに割り振りを行いました(ランダム比較化試験)。対照群には、従来システムとして4種類のメッセージをナッジ評価機能でメッセージ推定したうえでプッシュ配信しました。介入群には6種類のメッセージをナッジ評価機能によりナッジ種別を推定したうえで大規模言語モデルを用いてメッセージ生成し、そのメッセージを用いてプッシュ配信しました。配信したメッセージは表1に記載しています。
検証の結果、表2に示すとおり、エコ行動の手動記録率において、対照群よりも介入群のほうが統計的に有意に向上しました(有意水準5%で検定実施)。この結果から、提案システムを利用し、お客さまの心理的傾向に寄り添った通知を提供することで、エコ行動の実践と継続をより効果的に支援できると考えられます。
*6 フレームワーク:ユーザごとに異なる心理特性の枠組みのこと。
*7 属性データ:年代、性別といったユーザのプロフィールをとらえたデータのこと。
*8 機械学習モデル:大量のデータからパターンや規則性をコンピュータに学習させ、未知のデータに対して予測や判断を行うためのモデル。
*9 利得:自身に利益があると感じる心理傾向のこと。
*10 大規模言語モデル:大量の文章データセットを使ってトレーニングされた自然言語処理モデルのこと。


今後の展望
本稿では、カーボンニュートラル社会の実現に向けて開発した、半自動エコ行動算出システムおよび、プッシュ配信にナッジメッセージを活用したエコ行動促進プッシュ通知システムについて紹介しました。半自動エコ行動算出システムは、ユーザの行動記録に伴う負荷を低減し、日常生活の中で無理なくエコ行動を記録、可視化できる仕組みを提供します。
ナッジメッセージを活用したプッシュ通知を行った結果、アプリ内のエコ行動の手動記録率が有意に向上したことを示しました。これらの結果は、行動経済学に基づくナッジをプッシュ通知に活用することでユーザの自発的なエコ行動を促進できる可能性を示唆しています。今後は、より多様なユーザ特性やアプリ内の行動履歴を考慮し、通知内容やタイミングの最適化を進めることで、エコ行動促進効果のさらなる向上をめざしていきたいと考えています。NTTドコモでは、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、ユーザの自発的な行動変容を支援する技術の開発を継続していきます。
■参考文献
(1) https://www.docomo.ne.jp/corporate/csr/ecology/environ_management/carbon_neutral/
(2) https://caboneurecord.web.docomo.ne.jp/top.html
(3) https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/zc-action30/
