2026年4月号
特集
技術協力センタの匠が語る――現場と未来を支える技術力の本質
- 電気通信を支えるレガシー技術
- 匠の技術
- 技術継承
NTTの通信インフラは、今なお多様な課題が同時進行する局面にあります。維持限界を迎えつつあるメタル設備の終息対応、電柱の老朽化、雷・過電圧、電磁誘導といった複雑化する故障要因、そして人材の世代交代が進む中での技術継承。これらの領域においてNTT東日本技術協力センタは“最後の砦”として現場を支えてきました。本稿では、メタル保守・雷・電柱・誘導の各技術を支える4つの専門分野の匠が集い、それぞれの経験や取り組み、未来への課題と理想像について語り合っていただきました。
大河原 勝良(おおかわら かつよし)/中村 秀章(なかむら ひであき)
細田 誠(ほそだ まこと)/宮内 雅久(みやうち まさひさ)
NTT東日本
「匠」たちの歩み――専門分野に辿り着くまで
はじめに、アクセス(メタル)保守・雷・電柱・誘導という各技術分野の匠にお集まりいただき、皆さんの歩みから、専門領域の匠に至るまでを伺いました。
■地下メタル設備の延命と撤去技術を切り拓く:中村 秀章(メタル)
2016年、48歳でNTT東日本技術協力センタ(技協)に初めて着任しました。正直「敷居が高い組織だ」と感じ、長くはいられないだろうと思っていました。しかし、数年後にメタル設備の延命が急務となり、対策が困難となっている現状を目の当たりにして、むしろ“やるべき技術”が山積していることに気付き、同時に技協としての存在意義が問われている、と感じました。そこから、現場と真剣に向き合い、対策が困難な個所を拾い上げ、限られたリソースで解決策をつくっていく――その積み重ねが、今の自分の軸となっています。最近は、いよいよ維持限界を迎えつつあるメタル設備の撤去など、新たな領域にも挑んでいます(写真1)。

■アクセスからEMCへ、“畑違い”の挑戦:細田 誠(雷・過電圧)
私は2010年に一度アクセス技術担当として技協に在籍していました。2020年に今度はEMC*1技術担当として戻ってきました。それまでアクセス畑だった私には、EMCは未知の世界。特に雷・過電圧の分野は、まさにゼロからの出発でした。ただ、アクセスで培った「現場で起きている現象を自分の目で確かめる姿勢」がEMCでも非常に役立ちました。雷のメカニズム、どこに原因が潜み、どう対策すれば故障が減るか――これらを理論と現場の両輪で学び、今では雷のみならずノイズ分野などの幅広い案件にもチャレンジしています(写真2)。
*1 EMC:Electro Magnetic Compatibilityの略で、日本語では電磁両立性と訳されます。電子機器が動作することで意図しない電磁波が発生することがあり、それらを抑制すること、またそのような電磁波がある環境においても電子機器が正常に動作するようにすることをめざした技術です。NTT東日本では、この考え方に基づきノイズ、雷、電磁誘導による故障が発生しないよう対策などを実施しています。

■安心安全と持続可能な電柱運用をめざして:大河原 勝良(電柱)
電柱関連技術に初めて携わったのは2015年ごろでした。最初は全くの素人でしたが、そのときに技協へ駆け込んで、過去資料を片っ端から読みあさったことで、これまで積み上げられてきた技術や歴史を素早く吸収することができました。そこで1番強く感じたことは、高度経済成長時代に建設された膨大な設備が年々老朽化していて、このまま何も考えずに運用していくと、近い将来、持続不可能になってしまうということでした(写真3)。
そういった課題に直面し、日々、知見を蓄積しながら、電柱の安全担保と使用限界の探求を続けています。これまで電柱の状態を深く理解するために調査した数は1000本以上になります。現場で起きているリアルな実態を現場や経営層に正しく伝えるためには、データの積み上げ、そこから見えてくる課題を見える化し発信していくことが大事だと思っています。

■誘導の専門家として17年:宮内 雅久(電磁誘導)
2009年にEMC技術担当に着任しました。「誘導*2をやってください」と言われたのがこの分野に携わるきっかけとなりました。当時、誘導を理解している先輩方はすでに高齢で、やがて誰もいなくなる――そんな危機感の中でもがくように学んできました。転出後も “対策設計”の実務に触れることでスキルを培ってきました。現場で何が起き、対策がどのように実装されるかを知らずして、誘導は語れません。再びEMCに戻ってきた今は、風力発電や新送電方式など、標準実施法に無い課題にも電力会社と協議しながら挑んでいます(写真4)。
*2 電磁誘導対策業務:送電線や電鉄が利用する大きな電流により発生する電磁界により、通信設備に誘導電圧・電流が発生します。この誘導電圧・電流により、通信装置へ雑音が発生することがあります。また、地絡事故などが起こった際にはさらに大きな誘導電圧・電流が発生し、通信設備の保守作業の際に感電などの事故を発生させるおそれがあります。これらを防止するために、通信設備にどのくらいの誘導電圧・電流が発生するのかを計算し、必要に応じて対策を講じます。これらを実施するのが電磁誘導対策業務です。

匠の技はどのように磨かれたのか――“現場・理論・交流”の三位一体
各分野で活躍する匠に共通するのは「現場から逃げないこと」でした。皆さんがどうやって“匠の技”を身につけていったのかをお聞きしました(写真5)。
司会:中村さん。メタル設備の延命や撤去(1)で、次々と現場の課題を解決してきましたよね。その技術はどのように磨いていったのでしょうか。
中村:正直なところ “気付いたら技術が身についていた” という感覚に近いですね。現場は待ったなしで、「対策がないから何とかしてくれ」という相談がどんどん来る。研究所ほど大がかりな開発もできない。じゃあどうする? 現場でできる最小限の工夫で、最大限の改善を出すしかない。
司会:確かに中村さんのアイデアは、シンプルだけど「現場で本当に使える」ものばかりですよね。
中村:現場で話を聞きながら、その場でかたちにして、次の日には改良して、の繰り返しです。いってしまえば、実践あるのみですね。「現場と向き合い続けるしかなかった」ことで技術が身についたのかもしれません。
司会:細田さんは、アクセスからEMCへ転じて雷・過電圧のプロになったわけですが、どうやって技術を習得したのでしょうか。
細田:EMCに来た当初は本当に何も分からなくて(笑)。でも、雷故障って現場へ行くと「何かがおかしい」と感じる瞬間があるのです。その“違和感”を持ち帰って、先輩のレポートを読んだり、電気工学、電磁気学の苦手分野を学び直したりしていくうちに、だんだんメカニズムが頭に浮かぶようになってきていました。
司会:やはり現場と理論を行き来して、腑に落ちていったということでしょうか。
細田:そうですね。現場での“感覚”を、理論で裏付ける。これの繰り返しでした。「現場の違和感が“学びの入り口”だった」のだと感じています。
司会:大河原さんは“電柱のスペシャリスト”として、東西を問わず多くの依頼が来ますよね。どうやってそこまで詳しくなったのでしょうか?
大河原:まず勉強。前職で電柱に携わることが決まった際に、1番に取り組んだのが技協のキングファイルの全コピーです(笑)。これを身につければ技協にある技術は自分のものになると信じて勉強しました。技協の書庫は宝の山ですね。また、メーカや電力会社の“もっとも詳しい人”を訪ねて、徹底的に教えてもらいました。でも、それだけじゃ足りない。電柱は実物に触れないと分からない。
司会:実際、何本くらい調査したのでしょうか。
大河原:正確にカウントしていませんが、1000本以上は調査しています。机上の理論が大事なのはいうまでもありませんが、やはり設計図からだけでは見えてこないものもたくさんあります。実際の電柱を破壊して細部まで知ることで、現場に自信を持って説明できるのです。「理論を理解して、そのうえで壊して、触って、確かめる。それがすべて」ですね。
司会:では最後に宮内さん。誘導は本当に特殊な分野ですよね。どうやって17年も続けてこられたのでしょうか。
宮内:最初は右も左も分からなかったのですが、電力会社の方々と議論していると「計算上は正しいけど、現場では違う」ということが多くて。そこからです。“現場を見て初めて理解できる”ってことを痛感しました。
司会:確かに誘導って、地中構造や送電線配置で大きく変わりますよね。
宮内:はい。だから、現場へ行き、対策設計を自分の目で確認して、実装された結果をまた見る――このサイクルが本当に大事でした。それを積み重ねているうちに、17年経っていたという感じです。この17年間を通じて、「計算だけでは語れない。誘導は“現場がすべて”」と感じています。
司会:皆さんに共通するのは次の3つですね。
「現場で感じ、確かめる力」「理論で裏付ける力」「他社・他部署と交流し、自分を磨く姿勢」この3つが重なったところに、まさに“匠の技”が生まれているのだと感じました。

技術を“つなぐ”ことの課題
司会:ここまで皆さんの歩みや技の磨き方を聞いてきましたが、技術を継承していくことも重要なテーマです。その“技術をつなぐうえでの課題”についてご意見を聞かせてください。まずは中村さん、お願いします。
中村:やはりコロナ禍以降、現場からもそうですが、センタ内における社員間のコミュニケーションが以前より希薄になったことでしょうか。昔なら、それぞれちょっと困ったら“気軽に聞ける”といった感じがあったのです。でも、リモート中心になってから、なんとなく“声をかけづらい”かなという空気が出てしまった。
司会:確かに、現場側もこちら側も、遠慮みたいなものが出ましたよね。
中村:そうなのです。昨年度から始めた「技協まつり」(2)みたいな取り組みで大きく関係が戻ってきてはいるけれど、本来の「密なやり取り」はまだ完全には戻っていないと思います。「コミュニケーションの希薄化は大きな問題」と感じています。
司会:細田さんはどうですか。
細田:やはり同じく“つながり”ですね。現場に行くと、「来てくれて本当に助かった」と言われる。その瞬間、技協の存在価値を改めて感じます。でもコロナ禍では行きたくても行けず、向こうからも呼びにくい。それで、相談自体が少なくなってしまった時期がありました。
司会:今は回復している感じですか。
細田:肌感覚では、ようやく戻ってきたかなという印象です。最近は「まず相談してみよう」という空気が感じられるようになってきましたね。ただ、これを絶やさない仕組みをつくらないと、再び断絶するおそれがあります。「現場との“つながり”が技協の生命線」だと感じます。
司会:大河原さんは、いかがですか。
大河原:腰を据えて技術に向き合う時間、これが大切だと思っています。3年、5年と技術に本気で向き合うことで見えてくる世界があると思っています。
司会:確かに“腰を据えて学べる”期間は大切ですね。
大河原:そのとおり。技協と現場、そのどちらも“長く経験”できることが必要です。しかも、電柱みたいに現物を壊したり触ったりしないと分からない分野は、短期間では絶対に深まらないですから。向き合った時間だけ技術が深まっていくと思います。
司会:宮内さんは、誘導を17年も担当されてきて、継承の難しさをどう感じていますか。
宮内:技協の書庫に保管されている技術資料の活用ですね。技協の回答票や調査結果は60年分の蓄積があるのに、電子化されているのはここ20~30年ほど。昔の紙資料は“宝の山”なのですが、検索性が低くて活かしきれていない。しかも、誘導分野では昭和30年代の資料がいまだに重要だったりしますから、昔の資料の価値は計りしれません。それらが活用しきれていないのは大きな損失と感じます。
司会:結局のところ、技術継承は「人」と「仕組み」の両方を整えないと成り立たないですね。今日の議論を聞いて、改めてそれを痛感しました。
技協の未来像――変わらぬ使命と、新たな挑戦
司会:ここからは、少し未来の話をしましょう。技協がこれからどうあるべきか、皆さんが思う“理想の姿”を聞いていきたいと思います。
宮内:技協は、60年以上続いてきた組織で、その知が書庫とサーバに保管されています。この歴史自体が価値だと思うのです。ただ、昔のやり方をそのまま続けるだけではレガシーになってしまう。
司会:“伝統の継承”と“技術革新”のバランスが必要ということでしょうか。
宮内:まさにそれです。誘導の世界もそうですが、古い資料が今も活きる一方で、AI(人工知能)などの新しい仕組みを入れる余地がたくさんある。「古い」ではなく「成熟した技術」として進化させる努力が必要だと思います。「歴史を守りつつ、進化し続ける組織でありたい」と思っています。
司会:では、大河原さん。電柱の観点から見た“未来像”はありますか。
大河原:やはりNTTが技術を持ち続けることが1番大事ですね。最近は委託化が進んでいますけど、現場で判断できる直営の技術者がいないと、本当に困ったときに立ち行かなくなる。
司会:技協には“最後の砦”としての役割もありますからね。
大河原:そうです。現場で起きているリアルを感じ、対応策を考えていけるのは直営の技術者だけ。そこが弱ると、企業全体として危ない。技協は直営技術の象徴として、どっしり構えていくべきだと考えています。「直営の技術力を守ることが未来の鍵」と考えます。
司会:細田さんはいかがですか。
細田:技協の一員であることは、やはり特別な感覚なのです。プライドと緊張感がセットになっているというか。
司会:“技協の言葉は軽く言えない”という話、細田さん、よくおっしゃっていますよね。
細田:そうなのです。こちらが言ったことが、そのまま現場判断になる場面も多い。それだけ重い役割を担っている。だからこそ、技協としての責任感を持ちつつ、その価値観を後輩たちに伝えていける組織でありたいですね。「技協の名を背負う“緊張感”が技術を育てる」と思います。
司会:中村さん、技協に長くかかわってきた視点からいかがでしょうか。
中村:技協って、技術者にとって“濃厚な時間”が過ごせる場所だと思うのです。現場と深くかかわって、本気で答えを出して、仲間と議論し、ほかでは得られない時間がある。
司会:確かに技協は、技術に真正面から向き合える数少ない場ですね。
中村:だから、ここに来た後輩たちには 「技協に来てよかった」と思ってもらえるよう、自分のスタンスを貫き、仕事における濃い時間を経験してほしい。そのためには、組織として“技術に没頭できる環境”を守っていくことが大事かなと思っています。
司会:皆さんの話を聞いて、技協が担うべき未来の姿が少し見えてきた気がします。私は、これからは “外に向けて技術を発信する技協” という姿も大事だと思っています。そういった活動で、自分たちの技術を問い続けることが、内部の研鑽にもつながる。そして、レガシー領域でも、“技術を絶やさず、磨き続ける”のは技協の使命。皆さんの話から、それぞれの分野でその覚悟を強く感じました。
最後に――匠から若い世代へのメッセージ
司会:では最後に、次の世代へ伝えたいこと――“匠としてのメッセージ” をぜひお聞かせください。
■「技協は“濃密な技術時間”を過ごせる場だ」:中村
若い人には、とにかく“技協という場所の濃さ”を体験してほしいですね。
現場の課題へ真剣に向き合う、真剣にかかわる、現場も真剣にこたえてくれる。すると自然に技術は身についてくる。その技術時間により、技術者として「濃厚な時間を過ごせた」という経験が積み重なっていくと思います。
■「技協の言葉には責任がある。だからこそ鍛えられる」:細田
技協が発した言葉が、現場では“判断材料”そのものになるのです。だから、軽い気持ちで言えないし、言うからには責任を伴う。それだけプレッシャーもありますが、だからこそ成長できる。後輩には、怖がらずにその責任を引き受けてほしいと思います。その緊張感は、技術者としての誇りへと変わっていくはずです。
■「現場を見て、触って、考え続ける技術者でいてほしい」:大河原
とにかく、現場を見て、触って、壊して、調べてほしい。机の上だけで技術は絶対に深まらない。特に電柱なんて、実物を割ったら分かることが山ほどある。若手には、「現場をまっすぐ見つめる姿勢」を身につけてほしいですね。そこさえあれば、知識はあとからいくらでも追いつくから。それと、書庫には過去に検討されたさまざま知見があります。どんどんあさって、知識を深めてほしいですね。
■「現場の“なぜ?”を大事にしてほしい」:宮内
誘導をやってきて思うのは、「現場のなぜ?」を大事にしてほしいということ。机上では“起こるはずのない”ことが、現場では普通に起きるのです。だから、分からないことをそのままにせず、必ず現場に足を運ぶ。その積み重ねが、自分だけの技術の“軸”になるはずです。若い人には、ぜひそこを楽しんでほしいですね。
司会:皆さん、ありがとうございました。
今日の話を聞いて改めて思ったのは、技協は技術者がもっとも成長できる場所であり、また60年以上にわたり脈々と培ってきた技術でNTTの通信インフラを守る最後の砦だということです。若い世代には、「現場へ真剣に向き合う勇気」「技術に責任を持つ覚悟」「仲間と学び続ける姿勢」を持って飛び込んできてほしいと思います。そして、ここにいる“匠たち”のように、自分の技術を築き、次の世代へつないでいく存在になってほしい。これが、技協の未来をつくる道だと信じています。
■参考文献
(1) 中村・平良・森田・窪塚・吉田: “狭隘部での地下メタルケーブル撤去への挑戦,”NTT技術ジャーナル,Vol.38, No.4, pp. 13-17, 2026.
(2) 上西・土田・阪口・橋本:” 技協まつりの開催──難解故障解決の知見共有,” NTT技術ジャーナル, Vol.38, No.4, pp. 10-12, 2026.

(左から)大河原 勝良/宮内 雅久/細田 誠/中村 秀章

これからも現場でのお困りごとの解決や、新しい技術の開発に向けて取り組んでいきます。技術に関心がある方、技術を極めたい方は、ぜひ一緒に技術協力活動にチャレンジしませんか。現場でのお困りごと、一緒にチャレンジしたい方、何なりとお問い合わせください。