2026年6月号
特集
tsuzumi orchestra search: 人、AI、システムをつなぐ検索
- 大規模言語モデル
- AIエージェント
- マルチエージェント・オーケストレーション
近年のenterprise search(社内検索エンジン)は、社内文書、業務システム、Web など複数の情報源を横断して活用する方向へ進んでいますが、実務では人への確認が必要な情報も少なくありません。本稿では、NTTのLLM(Large Language Models)「tsuzumi」を基盤とし、複数の専門エージェントをオーケストレータが統括する tsuzumi orchestra searchのコンセプトについて紹介します。本システムは、社内外の情報源と社員への問合せを組み合わせ、不足情報を補いながら、業務上の判断や提案に必要な情報収集と整理の支援をめざしています。
北条 伸克(ほうじょう のぶかつ)/水野 沙希(みずの さき)
鈴木 啓太(すずき けいた)/山﨑 善啓(やまざき よしひろ)
西田 京介(にしだ きょうすけ)
NTT人間情報研究所
背景
近年、大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)を活用した業務支援が広がっており、要約や質問応答に加え、社内文書を対象とした情報検索にも利用されています。一方で、実際の業務では、必要な情報が社内文書のような単一の情報源にまとまっているとは限りません。例えば、自社の経営方針を検討したい場合でも、営業実績は業務システムに、開発中の新製品の情報は社内文書に、市場や競合の最新動向はWeb上に存在するなど、必要な情報は複数の情報源に分散しています。このため近年では、社内文書や業務データなど複数の情報源を接続し、横断的な情報アクセスを支援するenterprise search(社内検索エンジン)の活用が広がっています。
しかし、実務に必要な情報は、システム上のデータだけから十分に把握できるとは限りません。例えば、クレームへの最新の対応状況のように、まだシステムや文書に反映されておらず、関係者への確認を通じて初めて把握できる情報があります。また、開発中の機能の最新状況や、現場で共有されている懸念点のように、担当者への確認を通じて補うことが必要な情報もあります。このため、実務における情報アクセスを高度化するには、文書、データベース、Web上の公開情報だけでなく、人が保有する知見も必要に応じて参照しながら調査を進めることが重要です。
そこで本稿では、人、AI(人工知能)、システムをつなぐ検索をコンセプトとするtsuzumi orchestra searchの取り組みを紹介します。本システムの特長は、検索対象を社内の文書、データベース、Web上の公開情報にとどめず、人が保有する知見まで拡張している点にあります。これにより、既存の情報源だけでは把握しきれない最新状況や現場の懸念点も含めて、業務上の判断や提案に必要な情報を収集・整理できます。
本システムの基盤LLMには、NTTが開発したtsuzumiを用いています。tsuzumiは、日本語処理能力に優れ、外部のシステムや機能を必要に応じて呼び出して利用できる仕組みを備えています。また、コンパクトでオンプレミス環境でも運用しやすく、企業内ネットワーク内で情報処理を完結させやすいため、機密性の高い社内情報や顧客情報も扱いやすいという特長があります。このようにtsuzumiは、複数の情報源や外部機能を組み合わせて調査を進める本システムの基盤として適しています。
tsuzumi orchestra search
ここでは、tsuzumi orchestra searchの技術的構成について述べます。本システムは、調査全体を統括するオーケストレータと、各情報源や機能を担当する複数の専門エージェントから構成されます(図1)。以下では、各構成要素の役割について述べます。

■オーケストレータ(指揮者)
オーケストレータは、複数の専門エージェントを統括し、調査全体を進行する役割を担います。具体的には、ユーザの問いを基に調査方針を定め、必要な専門エージェントを選択して問合せを行います。さらに、各エージェントから得られた情報を踏まえて追加調査の要否を判断し、必要なだけ調査を繰り返したうえで、十分な情報が得られた時点で調査を終了します。そのうえで、収集した情報を整理し、ユーザへの最終応答を生成します。
例えば、「新製品Aの販売戦略を検討したい」という問いに対しては、社内文書、業務システム、Web上の公開情報を対象に必要な調査を行い、不足する情報があれば社員チャットエージェントを通じて担当者に確認します。このようにオーケストレータは、調査の途中で得られた情報に応じて調査方針を調整しながら、複数の情報源を横断して情報収集を進めます。
■社内文書検索エージェント
社内文書には、開発中の新製品の情報に加え、過去の提案書、議事録、報告書、マニュアルなど、業務に必要な情報が蓄積されています。このエージェントでは、ユーザの問いに基づいて検索クエリを生成し、社内文書群に対して検索APIを実行することで関連文書を取得します。さらに、得られた検索結果を踏まえて関連情報を整理し、オーケストレータに提示します。
社内文書群はクラウド上の文書管理基盤やオンプレミス環境の検索基盤のAPIを介して扱うことができます。
■Web検索エージェント
業務上では、顧客企業や競合他社の最新動向、市場や制度の変更など、Web上の公開情報を参照することも重要です。このエージェントでは、ユーザの問いに基づいて検索クエリを生成し、外部の検索APIなどを利用して関連情報を取得します。さらに、得られた検索結果を踏まえて関連情報を整理し、オーケストレータに提示します。実現形態としては、公開Web上の情報を対象とする外部検索系サービスとの連携が挙げられます。
■業務システム連携エージェント
業務に必要な情報の中には、文書ではなく業務システムや各種データベースに保持されているものも多くあります。例えば、売上実績、契約状況、案件進捗、顧客属性などは、構造化データとして管理されていることが一般的です。このエージェントでは、社内APIや各種システムが提供する機能を呼び出すことで、必要なデータを取得したり、システム上の処理を実行したりします。これにより、オーケストレータは文書検索だけでは扱えない構造化データや業務機能も活用できるようになります。
■社員チャットエージェント
tsuzumi orchestra searchでは、既存の文書やシステム上の情報だけでは不足する場合に、関係者への問合せを通じて必要な情報を補います。例えば、開発中の新製品の最新状況、不具合対応の進捗、現場で共有されている懸念点などは、担当者への確認によって初めて把握できることがあります。
その際には、人が回答する際の負担を抑えることが重要です。特に、複数の質問に対してテキスト入力により回答することは、人の負担になりやすいと考えられます。そこで問合せ内容に応じて選択肢をGUIで動的に生成し、ワンクリックで回答しやすいかたちで質問を提示します(図2)。これにより、回答者はテキストを入力しなくても必要な情報を返答できるため、認知負荷を軽減できます(1)。
具体的には、問合せ先候補ごとに、人の名前、役職、担当業務、スキルなどの情報をあらかじめ登録しておきます。エージェントはそれらの情報を手掛かりとして、状況に応じた適切な問合せ先を選択します。そのうえで、質問文や回答選択肢を含む問合せ内容を生成し、問合せ先とともに専用の関数に渡すことで、人への問合せを実行します。生成された問合せ内容はWebフロントエンドに渡され、質問文に加えて、ワンクリックで回答できる選択肢としてGUI(Graphical User Interface)上に動的に描画されます。

■ユースケース
tsuzumi orchestra searchは、社内文書、業務システム、Web、人が持つ知見といった複数の情報源を横断しながら調査を進め、判断や提案に必要な情報を整理する場面で有効です。特に、必要な情報が1つの情報源にまとまっておらず、既存の検索や質問応答だけでは十分な把握が難しい業務に適しています。以下に、代表的なユースケースを示します。
1番目は、売上低下の原因調査と対処方針の整理です(図3)。例えば、「先週スマホの売上が落ちた原因を調査して」という問いに対しては、オーケストレータが複数の情報源を横断しながら段階的に調査を進めます。まず、業務システム連携エージェントを通じて売上データを参照し、売上が落ちた機種を特定します。次に、顧客情報を参照して苦情が増えている機種やその内容を確認します。さらに、既存のデータだけでは分からない対処見込みについては、社員チャットエージェントを通じて関係者に確認します。このように、売上データ、顧客情報、人が保有する最新情報を組み合わせることで、売上低下の原因を整理するとともに、今後の対処方針まで含めて把握できます。
2番目は、顧客提案や案件検討の支援です。例えば、ある顧客への提案方針を検討する際には、過去の提案書や議事録を社内文書から参照し、案件の進捗や契約状況を業務システムで確認し、顧客企業や市場の最新動向をWeb上の公開情報から補います。さらに、不明点が残る場合には営業担当や技術担当に確認することで、提案の前提整理から論点抽出までを一貫して支援できます。
このように、tsuzumi orchestra searchは、単に既存情報を検索して提示するだけでなく、複数の情報源を横断して調査を進め、不足情報を補いながら、業務上の判断や提案に必要なかたちへ整理する場面で活用できます。

今後の展開
今後は、社内文書検索やAPIに加え、Webブラウザ、CLI、PC上のアプリケーションなど、エージェントがより多様な環境にアクセス・操作できるようにすることで、支援可能な業務範囲の拡大をめざします。また、複数の情報源を適切に選択・組み合わせて調査を進めるためには、オーケストレータの精度向上も重要です。さらに、アクセス権限・操作範囲の制御、実行内容の妥当性確認などを通じて安全性を確保することで、より信頼性の高い業務支援の実現をめざします。
■参考文献
(1) N. Hojo, K. Shinoda, Y. Yamazaki, K. Suzuki, H. Sugiyama, K. Nishida, and K. Saito: “GenerativeGUI: Dynamic GUI generation leveraging LLMs for enhanced user interaction on chat interfaces,” In Extended Abstracts of the CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, No.306, pp.1–9, ACM, 2025. doi: 10.1145/3706599.3719743.

(上段左から)北条 伸克/水野 沙希/鈴木 啓太
(下段左から)山﨑 善啓/西田 京介



tsuzumiならではの価値を高め、日本の現場に役立つ技術へと発展させるために、情報処理の高度化に加え、人とAIが協調して働く仕組みの研究を深めていきたいと考えています。