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特集

人と社会を支えるヘルスケアデバイス・インフラメンテナンス技術

より安心して働ける作業現場の実現に向けた体調管理技術

酷暑による熱中症の防止など、作業現場の安全性を高めるため体調管理の重要性が高まっています。NTTデバイスイノベーションセンタでは、これまで培ってきたウェアラブルデバイス技術、データ解析技術に、専門家との協業による温熱生理学・運動生理学の知見を加え、より安心して働ける作業現場の実現に資する体調管理技術を構築しました。本稿では、体調管理における課題と、それらを解決する要素技術の概要、および本体調管理技術を実際の作業現場で検証した結果の概要について紹介します。

高河原 和彦(たかがはら かずひこ)†1/橋本 優生(はしもと ゆうき)†1
松永 賢一(まつなが けんいち)†1/樋口 雄一(ひぐち ゆういち)†1※
松浦 伸昭(まつうら のぶあき)†1/桑原  啓(くわばら けい)†1
都甲 浩芳(とごう ひろよし)†1/川原  貴(かわはら たかし)†1
平田 晃正(ひらた あきまさ)†2/田中 英登(たなか ひでと)†3
宮澤 太機(みやざわ たいき)†4
NTTデバイスイノベーションセンタ†1/名古屋工業大学†2
横浜国立大学†3/至学館大学†4

※現、NTTテクノクロス

技術開発の背景

近年、夏季の酷暑化の影響等もあって熱中症による救急搬送者数や死亡者数が増加しており、社会全体で大きな課題になっています。総務省消防庁の調査では、2020年6月1日から10月4日にかけ熱中症により救急搬送された人員数は6万4770人、厚生労働省の公表では、2019年における職場での熱中症による死傷者(死亡・休業4日以上)は829人、うち死亡者は25人となっており、厚生労働省等により、職場における熱中症予防対策の指針やマニュアルが公開されています(1)。このような社会課題を解決し、より安心して働くことができる現場の実現に向けて、NTTではウェアラブル生体・環境センサを活用した体調管理技術の研究開発に取り組んできました。

課題

本体調管理技術は、「暑熱による体調不良リスクのリアルタイムな回避」と「短・中期的な稼働マネジメントによる事故リスク低減」という2つの側面からより安心して働くことができる作業現場の実現をめざしています。
暑熱環境下での活動による体調不良の発生メカニズムの概略を図1に示します(2)。人間の身体は、平常時には運動などによって体温が上がっても、発汗や皮膚温度の上昇によって熱が外気に放散され、体温調節が行われます。しかし、外気温が高いと熱が外気に逃げにくくなります。また、発汗により失われた水分や塩分の補給が不十分だと、血液の流れが悪くなり、体内に熱がこもりやすくなります。このようにして熱の産生と放散のバランスが崩れ、体温の上昇に歯止めがかからなくなると、体調不良を引き起こすことになります。
このメカニズムにおいて、解決すべき課題は2つ考えられます。1つは、作業現場における外気温や湿度などの環境や、作業・運動の強さは1人ひとり異なり、また時々刻々変化するため、個人ごとの体調不良リスクを示す指標をリアルタイムに把握する必要があるという点です。もう1つは、体調不良を引き起こす前に適切に休憩や水分取得を促すために、得られた指標から体調不良リスクの高さを判定する必要があるという点です。
また、「短・中期的な稼働マネジメントによる事故リスク低減」は、スポーツ選手の傷害・体調不良のリスクを低減する練習プランニングに有効であると着目されているAcute: Chronic Workload Ratio (ACWR、 急性:慢性身体負荷率)(3)の考え方を作業者にも適用したものです。これは、1カ月程度の長期的な身体負荷に対する1週間程度の短期的な身体負荷の比率(AC比)が高すぎても低すぎてもケガ等のリスクが上がるため、AC比がリスクの低い領域になるように日々の稼働をマネジメントするという考え方です。解決すべき課題として、日々の作業による身体負荷の定量化が挙げられます。
私たちはこれらの課題を解決するため、生体・環境情報を取得するためのウェアラブルセンサを開発し、温熱生理学・運動生理学に基づくセンサデータの解析技術を確立しました。

要素技術

■ウェアラブル生体・環境センサ

個人ごとの体調不良リスクを示す指標をリアルタイムに把握するには、作業を妨げることなくさまざまな生体・環境情報を取得する必要があり、そのためのデバイスとして私たちはウェアラブルセンサが有効であると考えています。
本技術で用いるウェアラブル生体・環境センサを図2に示します。NTTデバイスイノベーションセンタで研究開発したウェアラブル生体・環境センサ技術(4)をベースにして、NTTテクノクロスが商用化したトランスミッタ(TX02)、東レ株式会社のhitoe®*1作業者みまもり用シャツ・hitoe®使用ベルト、もしくは株式会社ゴールドウインのC3fit IN-pulseから構成されます。データ取得の概略図を図3に示します。ユーザは、hitoe®生体電極が肌に直接接触するようにウェアを下着として着用し、TX02をコネクタを介してウェアに装着します。心臓が拍動する際に発生する微弱な生体電気信号がhitoe®生体電極によって取得され、コネクタを介してTX02に入力され、生体電気信号センサにより心電位データとして記録されます。TX02には、生体電気信号センサのほか、温度・湿度センサ、加速度・角速度センサを内蔵しています。このようにして、心電位、衣服内の温度や湿度、上半身の加速度や角速度のデータを計測することができます。また、計測したデータを基に心拍数、心拍間隔、歩数、上半身の傾き等のさまざまな特徴量を解析します。

*1 hitoe®:東レ株式会社とNTTが開発した、体から発している微弱な電気信号である生体信号を、無意識に近い状態で収集するための機能素材です。機能素材hitoe®は両社の商標登録です。

■体内温度変動推定技術

個人ごとの暑熱による体調不良リスクを示す指標として、体内温度*2、心拍数、めまいや吐き気の自覚症状が挙げられています(5)。体内温度は、従来食道や直腸に温度計を挿入して計測するため、専門的な技術が必要であり、作業や運動などの活動中にリアルタイムで計測することは困難でした。
そこで、私たちは国立大学法人名古屋工業大学(名工大)との共同研究により、体内温度変動を活動中にリアルタイムに推定するための新たな手法を確立しました。本手法は、ウェアラブルセンサ等からの取得情報を新たに構築した計算モデルに入力して体内温度変動を推定します。計算モデルの概要を図4に示します。本モデルでは、人体を深部層と表皮層に分割し、各層間および外気との熱のやり取りを、人の活動による産熱、発汗等による体温調節機能、服装といった要素を考慮した名工大独自のアルゴリズムを応用し定式化しています。このモデルに対してウェアラブル生体・環境センサでリアルタイムに取得した心拍数、衣服内温度・湿度の情報、別途アプリで取得する本人情報(年齢、身長、体重、性別、服装等)を入力し、体内温度(深部層温度)の変動を計算しています。本モデルを用いることによりスマートフォンの処理能力でもリアルタイムに体内温度変動を計算できるようになりました。
また、本推定技術の有用性を確認するため、NTTと国立大学法人横浜国立大学(横国大)と至学館大学(至学館大)、名工大で共同実験を行いました。本モデルによる体内温度変動推定と直腸温度計による直接計測を同時に行う臨床実験*3を至学館大の人工気象室内で実施し、体調不良リスクを把握するために十分な推定精度であることを確認しました。

*2 体内温度:頭や体幹の内部の温度。医学用語では核心温、深部温度といいます。本技術は医療機器・医療用プログラムではないため、本稿では「体内温度」という独自用語を用います。
*3 至学館大学研究倫理審査委員会 受付番号124。

■体調不良リスク判定技術

個人ごとにリアルタイムの体調不良リスクを示す指標を把握した後には、得られた指標から体調不良リスクの高さを判定するための基準と判定アルゴリズムが必要となります。私たちは、横国大と至学館大、名工大との共同実験の知見から、温熱生理学をベースとし、心拍数、推定体内温度変動、主観情報の3つの指標に対して年齢や運動負荷を考慮した基準を設定し、3つの指標の状態から総合的な体調不良リスクを判定し高リスクの場合にはアラートを発出するアルゴリズムを構築しました。

■身体負荷推定技術

日々の作業による身体負荷を定量化するには、従来は作業終了後、なるべく記憶があるうちに作業の負荷の強さをどの程度であると自覚しているか(主観的運動強度)をアンケートで取得する必要がありました。私たちは、運動生理学に基づく心拍数解析によってアンケートによらず身体負荷を推定する技術を構築し、早稲田大学ラグビー蹴球部の協力を得て有効性を確認しました(6)。

作業現場での有用性の検証

本体調管理技術の作業現場での有用性を検証するため、NTT東日本の協力を得て、2020年8~9月に東京、神奈川、北海道エリアの工事作業者を対象とした検証を行いました*4。
本検証の概要図を図5に示します。体内温度変動推定技術、体調不良リスク判定技術、身体負荷推定技術をアプリケーションとして実装し、ウェアラブル生体・環境センサを着用した工事作業者の体調状態をクラウド経由で遠隔モニタリングするとともに、高リスクと判定された場合は作業者本人へアラートが通知されるデモシステムを構築しました(本デモシステムは医療機器ではありません)。
体内温度変動推定技術や身体負荷推定技術の作業現場での有用性を確認するため、本検証では作業者から温冷感や主観的運動強度等の主観情報を取得し、推定結果との関連を評価しました。その結果、推定した体内温度変動と温冷感とに相関があること、推定した身体負荷と主観的運動強度とに相関があることを確認しました。これらの結果は、作業者の主観をアンケートによらず可視化できる可能性を示しており、ウェアラブル生体・環境センサデータに基づく体内温度変動推定および身体負荷推定の有用性を示していると考えます。
また、検証期間において、本体調不良リスク判定技術で設定した心拍数、体内温度変動、主観情報の3つの指標が補完し合うことで幅広くリスクケースを検出し、遠隔でモニタリングしている管理者および作業者本人にアラートが通知されました。本検証において熱中症等の重大な体調不良事例は発生しなかったことから、本体調不良リスク判定技術は有用であると考えています。
これらの結果から、本体調管理技術は作業現場の安全性の向上に対して有用であると考えています。

*4 日本生活支援工学会倫理審査委員会 倫審第286号。

今後に向けて

作業者がより安心して働くことができる作業現場の実現をめざし、ウェアラブルセンサを活用した体調管理技術について、要素技術の構築から作業現場での検証までを完了しました。今後は、より多くの作業現場での導入によって知見を深め、さらなる改善を進めていきます。

■参考文献
(1) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164083.html
(2) https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_manual.php
(3) T. J. Gabbett: “The training-injury paradox: should athletes be training smarter and harder?,”Br. J. Sports Med., Vol. 50, No. 5, pp. 273-280, 2016.
(4) 桑原:“スマートヘルスケアに向けた心電,加速度,温度・湿度の計測を可能にする低電力・小型ウェアラブルセンサを開発,” NTT技術ジャーナル,Vol. 32, No. 3, pp. 57-58, 2020.
(5) ACGIH: “Threshold Limit Values and Biological Exposure Indices,” 2019.
(6) 樋口・赤堀:“科学的なトレーニング支援技術を開発しラグビー選手を対象に有効性を実証,”NTT技術ジャーナル,Vol. 32, No. 7, pp. 60-62, 2020.

(上段左から)高河原 和彦/橋本 優生/松永 賢一
(中上段左から)樋口 雄一/松浦 伸昭/桑原  啓
(中下段左から)都甲 浩芳/川原  貴/平田 晃正
(下段左から)田中 英登/宮澤 太機

NTTデバイスイノベーションセンタでは、人間に寄り添うウェアラブルデバイスの研究開発をミッションとしています。今後も、実際にプロダクトを使うユーザの声に真摯に耳を傾けながら、健康で豊かな暮らしの実現に向け、研究を進めていきます。

問い合わせ先

NTTデバイスイノベーションセンタ
ライフアシストプロジェクト
TEL 046-240-2296
FAX 046-270-2323
E-mail kazuhiko.takagahara.ka@hco.ntt.co.jp