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マルチ無線プロアクティブ制御技術(Cradio®)――無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境の創造

ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境の提供をめざし、無線センシング・可視化技術、無線ネットワーク品質予測・協調技術、無線ネットワーク動的制御技術の3つを高度化・連携させた無線技術群であるマルチ無線プロアクティブ制御技術(Cradio®)の研究開発を進めています。ここでは、Cradio®の技術群と、それらの技術群とさまざまな社会システムを組み合わせることで実現されるナチュラルな通信環境の実現に関する構想について説明します。

佐々木 元晴(ささき もとはる)/中平 俊朗(なかひら としろう)/
守山 貴庸(もりやま たかつね)/小川 智明(おがわ ともあき)/
淺井 裕介(あさいゆうすけ)/鷹取 泰司(たかとり やすし)
NTTアクセスサービスシステム研究所

無線ネットワークの展望

■増大する通信量と通信要件の多様化

将来の革新的ネットワークとしてIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想が提唱されています(1)。無線通信領域においては、スマートフォンの通信量は増加し、IoT(Internet of Things)の発展によりさまざまなモノが接続されるなど、無線通信の果たす役割は生活のあらゆる場面で格段に高まっています。そのため、無線通信の通信量も今後ますます増大していくことが予見されています。ITU-R Report M.2370では、モバイルデータトラフィックは2030年には2020年比で約80倍となる5016 EB/月(約15500 Tbit/s相当)とされています(2)。その中でもIoTに関連するM2M(Machin to Machine)通信のトラフィックは約124倍(622 EB/月)の増加が予想されています。このことから、通信量の増加に併せて、従来のスマートフォンを用いた通信だけでなく、自動運転車やドローンの遠隔制御、超高精細映像のやり取りなど、無線端末や利用形態が多様化していくことが分かります。このような無線端末や利用形態の多様化は、人口の集中する都市部だけでなく、郊外地や田園地帯などさまざまな場所に対しても無線ネットワークでカバーしていくことが重要であると考えられます。同時に、多様な利用形態に応じて無線通信品質に対する要件もさまざまとなるため、それらへの対応も必要です。

■無線ネットワークの多様化と高周波数化

このような状況に対応するために、さまざまな無線通信規格の発展に向けた検討が進められています。セルラシステムでは2020年の5G(第5世代移動通信システム)の商用化に続き、6G(第6世代移動通信システム)の研究開発が進んでいます(3)。6Gでは、5Gを超える高速・大容量通信、低遅延・高信頼通信、多数接続に加え、5Gでは考慮されていなかった新たな要求条件も加えた検討項目が挙げられています。また、地域や産業の個別ニーズに応じて地域の企業や自治体等のさまざまな主体が、自らの建物内や敷地内でスポット的に柔軟に構築可能な5Gシステムとして、ローカル5Gへの期待が高まっています(4)。無線LANではWi-Fi 6として利用されている無線通信規格IEEE 802.11axに続き、IEEE 802.11beの標準化が進んでいます。策定中のIEEE 802.11be では最大通信レート46 Gbit/sの高速伝送のほかに、マルチアクセスポイントなどの機能が追加されています(5)。60 GHz帯を活用するWiGig(IEEE 802.11ad)では後継規格であるIEEE 80.11ayの検討も進んでいます(6)。 LPWA(Low Power Wide Area)においては、映像伝送も可能なIoT用途の無線通信規格としてWi-Fi HaLowTM(IEEE 802.11ah)が実用化に向けて各種実証実験が進められています(7)。
このように、公衆セルラ、自営セルラ、無線LAN、LPWAなどさまざまな無線通信規格の活用が今後さらに広まるでしょう。これらの無線通信規格の周波数帯は1 GHz以下から数10 GHz帯までさまざまな周波数帯が用いられており、6Gでは100 GHz超のTHz帯までをスコープとして検討が進められています(3)。このような高周波数帯では大容量伝送が可能になる反面、電波伝搬損失の増加に伴いカバーエリアが狭小化します。そのため、さまざまな場所・利用形態で時々刻々と変化するユーザ要求を適切に処理するためには、伝搬特性の異なる広範な周波数帯のさまざまな無線通信規格が混在する複雑な無線ネットワークを適切に活用していくことが必要不可欠です。
NTT では時々刻々と変化するユーザの要求と電波状況に応じて常に最適な通信環境を提供し続けることで、ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を提供することをめざし、IOWN(1) の構成要素の1つとして、マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradio®の研究開発を進めています。

Cradio®(マルチ無線プロアクティブ制御技術)

マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradio®(Cradio)は、時々刻々と変化するユーザ要求と電波状況に追従することで、ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を提供し続けるための無線技術群です。次に示す大きく3つの技術群から構成されます(図1)。
① 把握(無線センシング・可視化技術):無線状態収集・可視化、無線センシング等による実世界状態の可視化
② 予測(無線ネットワーク品質予測・推定技術):刻々と変化する無線通信品質の予測・推定
③ 制御(無線ネットワーク動的設計・制御技術):環境や要件に応じた物理位置設計、無線パラメータの最適値導出、ネットワークのパラメータやリソース等の動的制御
これら3つの無線技術群を高度化するとともに、リアルタイムに連携させることで、時々刻々と変化するユーザ要求と電波状況に追従し、ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を提供し続けることをめざしています。
Cradio の3つの技術は、無線ネットワークで今後想定される「ユーザが使いたいとき・使いたい場所で快適に通信できない」課題を3つに分割した際の課題にそれぞれ対応しています(図2)。利用エリアの拡大により電波環境が複雑化するとともに時々刻々と変動し、把握が難しくなる課題に対しては「無線センシング・可視化技術」、時々刻々と変化するユーザ要求や伝搬環境に応じた通信環境や、アプリケーションまで含めた最適なICT環境のプロアクティブな提供が難しい課題に対しては「無線ネットワーク品質予測・推定技術」、多種多様な無線ネットワークが使われ設計・制御が複雑化し、最適な通信環境の提供が難しい課題に対しては「無線ネットワーク動的設計・制御技術」が対応します。
次にこれら3つの無線技術群について解説します。

■把握:無線センシング・可視化技術

無線センシング・可視化技術(図3)では、さまざまな無線通信システムにおいて各種無線装置からの情報を収集するとともに分析を行うことで、無線通信システムの周波数・方式、場所、時間など多元的な無線状態の把握・可視化を行います。これにより、無線通信システムの通信品質を明らかにするとともに、潜在的なマージンを見出し、無線利用効率を究極的に効率化することを可能とします。
さらに、無線センシングや無線測位技術といった無線通信技術を用いることで、無線装置周囲の実世界状態の把握・可視化を行います。これにより、無線ネットワークに影響を与えるあらゆるモノの位置や状態を数値化することが期待できます。これらの技術は無線通信品質に重要な実世界の写像をつくり出すことで、無線通信品質に影響を与える各種環境情報を把握・可視化することを可能とするとともに、無線通信システムの非通信領域を含めた新たな社会インフラとしての付加価値創出も期待することができます。
これまで取り組んできた無線LAN(Local Area Network)を対象とした無線状態把握・可視化技術(8)では無線LAN品質をリアルタイムに確認することが可能となりました。また、無線LAN によるセンシング技術(9)により、周辺環境の無線通信品質への影響把握や無線通信システムへの付加価値創出を可能としています。現在、これらの技術をベースとした対象無線システムの拡大や技術高度化を進めています。

■予測:無線ネットワーク品質予測・推定技術

無線ネットワーク品質予測・推定技術は、無線センシング・可視化技術により得られた情報を基に、深層学習を活用して周辺環境や端末位置などにより時々刻々と変化する無線通信品質を予測・推定する(10)ことで、将来の状態に基づくプロアクティブな最適化を実現します(図4)。無線通信品質は送受信機間の電波伝搬環境に影響を受けるとともに、無線通信システムの利用状況(利用可能リソース)によって変化します。さらに、これらの状態は時々刻々と変化するため、そのような無線通信品質の予測・推定は簡単ではありません。前述の無線センシング・可視化技術により、各種無線通信装置から収集した情報による多元的な無線状態の可視化と、無線通信品質に影響を与える無線装置周囲の実世界状態の把握・可視化を行うことにより、これまでにない精度で、場所・時間・無線通信方式ごとの通信品質の予測・推定を可能にすることが期待できます。これにより、アプリケーション要件に合わせたネットワーク環境の事前準備を行い通信品質劣化や通信断を回避したり、接続ネットワークの自動選択を行うことができます。そして、ユーザ体感品質であるQoE(Quality of Experience)や、モノの通信の場合にはQoS(Quality of Service)を、常に先回りして満足させ続ける世界をめざします。
これまで、農機自動走行においてセルラシステムとBWA(Broadband Wireless Access)の通信品質を予測することで、適切なネットワーク切替制御につなげ、必要な通信品質を満足し続けるという実証実験を行ってきました(10)。現在、前述したさまざまな情報を組み合わせた汎用的な無線ネットワーク品質予測・推定技術の高度化へ向けた技術検討を進めています。

■制御:無線ネットワーク動的設計・制御技術

無線ネットワーク動的設計・制御技術では、無線ネットワーク品質予測・推定技術により得られた通信品質情報に基づき、無線ネットワークの動的構成や複数無線ネットワークの切替・協調制御、端末の無線接続に対する制御・最適化を行います(図5)。これには、各種無線パラメータの最適化に加え、複数の無線通信規格に対応するホワイトボックス無線基地局によるマルチ無線ネットワークの動的構成、無線基地局の物理的な位置やアンテナ指向方向の変更、これらに合わせたWAN(Wide Area Network)エントランスの動的構成といった総合的な無線ネットワーク最適設計・制御により構成されます。また、無線ネットワークのみではなく、インテリジェント反射板等により電波伝搬環境そのものを動的制御することも考えられます。これにより、従来固定的であった無線基地局位置や特定無線通信規格の利用、与えられた電波伝搬環境の活用という前提から脱却し、必要な場所や時間に無線ネットワークがダイナミックに用意される世界を実現します。これらの技術により、時々刻々と変化するユーザ要求や電波状況に対しプロアクティブかつ自動的に最適な無線ネットワークを構成することをめざします。これは無線ネットワークの効率的運用や低消費電力化にもつながります。
これまで取り組んできた無線LANを対象とした無線リソース動的制御技術(11)をベースとした対象無線システムの拡大や技術高度化、従来では固定されていた基地局配置に対する動的制御(12)、および分散配置されたインテリジェント反射板(13)等の活用技術の検討を進めています。

Cradioが描くナチュラルな通信環境

マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradioでは、無線ネットワークにおけるさまざまな情報の把握・可視化、無線ネットワーク通信品質の予測・推定、無線ネットワークの動的設計・制御技術という無線技術群を高度に組み合わせ、時々刻々と変化するユーザ要求や電波状況に追従します。Cradioではさらに、さまざまな社会システムやアプリケーションと協調することで、無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を創造していきます。無線レイヤ以外のさまざまなアプリケーション・システムとの協調を行うことで、利用アプリケーションの状況に応じた無線ネットワークの最適化や、無線ネットワークの状況に応じたアプリケーションの最適化を行います(図6)。
例えば、各種センサ類やカメラの映像情報、気象情報システムや人口動態システムなどの社会システムと協調してそれらの情報を活用することで、無線通信(特に高周波数帯)に影響を与える周囲の環境情報や降雨情報、無線通信システムの利用状況(活用可能無線リソース)といった無線ネットワークの把握・可視化や品質予測・推定の精度を高めることや無線ネットワークの動的設計・制御に活用することが期待できます(14)。また、前述の自律走行車の例でいえば、Cradioによる無線ネットワーク品質の予測・推定技術を自動運転管理システムと協調することで、無線通信品質の状況に合わせた自律走行ルートの選択や走行速度の調整を行ったり、自律走行車管理に必要な映像システムにおいて映像コーデックレートを動的に調整することで必要な映像品質を維持することが期待できます。このように、さまざまな社会システムと協調してCradioで活用可能な入力情報を得たり、Cradioで得られる情報を無線ネットワークレイヤ以外と協調して活用することで、より高度・柔軟に各種システムを運用することができます。
このように、各種システム・アプリケーションとの協調により、Cradioの無線技術群はより高い価値を提供することが可能となります。現在、幅広い価値の提供を実現するためのCradioの具現化へ向けて研究開発を進めています。

今後の展開

ここではマルチ無線プロアクティブ制御技術Cradioの各種構成技術の説明と、各種システム・アプリケーションとの協調を通したCradioの描くナチュラルな通信環境について説明しました。2030年ごろのIOWNの具現化に合わせて、Cradioの実現をめざすべく研究開発を推進していきます。

■参考文献
(1)https://www.rd.ntt/iown/
(2)https://www.itu.int/pub/r-rep-m.2370
(3)https://www.nttdocomo.co.jp/english/binary/pdf/corporate/technology/whitepaper_6g/DOCOMO_6G_White_PaperEN_v3.0.pdf
(4)https://www.soumu.go.jp/main_content/000716749.pdf
(5)井上・岸田:“IEEE 802.11作業班における次世代無線LAN標準化の最新動向,” NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.12,pp.74-77,2020.
(6)Y. Ghasempour, C. R. C. M. da Silva, C. Cordeiro,and E. W. Knightly:“IEEE 802.11ay: Next-Generation 60 GHz Communication for 100 Gb/s Wi-Fi,” in IEEE Communications Magazine, Vol. 55, No. 12, pp. 186-192, Dec. 2017.
(7)https://www.11ahpc.org/11ah/index.html
(8)https://www.ansl.ntt.co.jp/j/times/111/02/top.html
(9)村上・大槻・林・鷹取・北村:“無線LAN 電波を活用した鳥獣検知システム,” NTT技術ジャーナル,Vol.31,No.4,pp.36-38,2019.
(10)若尾・河村・守山:“複数無線アクセス最適利用のための品質予測技術,” NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.4,pp.11-13,2020.
(11)https://www.ansl.ntt.co.jp/j/times/116/04/top.html
(12)T. Nakahira,M.Sasaki,A.Hirantha,T.Moriyama,Y.Takatori,D.Goto,and T.Arai: “Dynamic Control of AP Placement and Radio Parameters for Improving Throughput in Congested Areas, ” ICETC 2020 , Dec. 2020.
(13)M. Iwabuchi, T. Murakami, R. Ohmiya, T. Ogawa, Y. Takatori, Y. Kishiyama, and T. Asai:“Intelligent Radio-Wave Design: Distributed Intelligent Reflecting Surface with Direction-based Control for Millimeter-wave Communications,” ICETC 2020,Dec. 2020.
(14)工藤・高橋・岩渕・大宮・村上・小川: “実世界情報と無線NWの融合による無線コミュニケーション品質管理”, 電子情報通信学会総合大会, BI-9-2, March 2021.

(上段左から)佐々木 元晴/中平 俊朗/守山 貴庸
(下段左から)小川 智明/淺井 裕介/鷹取 泰司

マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradioの研究開発を進め、ナチュラルな通信環境の実現へ向けてさまざまな取り組みを行っていきます。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
無線アクセスプロジェクト
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