特集
Upgrade Reality ~Reality in IOWN Concept~
- 先端基礎研究
- IOWN構想
- Upgrade Reality
本稿では、2019年7月より事業を開始したNTT Research, Inc. のビジョンと3研究所の取り組みを紹介します。本記事は、2019年11月14~15日に開催された「NTT R&Dフォーラム2019」での、五味和洋NTT Research, Inc. 代表取締役社長の特別セッションを基に構成したものです。
NTT Research, Inc. 代表取締役社長 五味 和洋
私たちを取り巻く状況とNTT Research, Inc. の発足
2019年7月より事業を開始したNTT Research, Inc. のビジョンと3研究所の取り組みを紹介します。まず、私たちを取り巻く最近のICT分野の動向をみると、世界の大きな流れをつくっているIoT(Internet of Things)、ビッグデータ、AI(人工知能)、オートメーションといった技術革新が、誰でも安価に利用することが可能となっています。このような状況のもとでデジタルトランスフォーメーション(DX)が進展しています。この流れはしばらく続くと思われますが、永遠に続くかというといくつかの制限要因があります。それは、エネルギー消費量の増大、ムーアの法則の限界、セキュリティ(あるいはプライバシ)の問題があります(図1)。情報がつながりやすく便利な時代になればなるほど逆にセキュリティやプライバシが問題視されることになります。技術の進展を20年先まで続けていくためには、何らかのゲームチェンジが必要であり、それがNTT R&DではまさにIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)であると認識しています。IOWNにより長期的な解決策を考えていこうとNTT R&Dの姿勢を示しています。
NTT Research, Inc. は2019年7月に発足し、米国シリコンバレーを拠点としています。ここで、なぜシリコンバレーかということを説明します。今後NTTのR&Dを加速化していくためにもグローバルな研究開発チームが重要です。シリコンバレーではグローバル人材が容易に獲得できること、グローバルなパートナーを見つけやすいことがポイントです。加えて日本でNTTが長年培ってきた技術、この3つを融合、進化させていくことがNTT Research, Inc. のビジョンです(図2)。NTT R&Dのグローバル化をめざし、これからも研究開発を推進していきます。
図1 技術のトレンドと制限要因
各研究所の取り組み内容について
現在は、図3に示すとおり3つの研究領域に研究所を組織しました。それは、量子計算科学研究所(PHI研)、暗号情報理論研究所(CIS研)、および生体情報処理研究所(MEI研)です。
図2 NTT Research, Inc. をシリコンバレーに設立した理由
量子計算科学研究所(PHI研)
PHI研では光を使ったコヒーレントイジングマシンという全く新しい計算機の研究を行っています。コヒーレントイジングマシンの特長は、組み合わせ最適化問題を効率良く解くことをめざした計算機です。例えば、1人のセールスマンで多数のお客さまを効率良く訪問するとき、経路を最適化するにはどうすれば良いか(巡回セールスマン問題)では、お客さまの数とともに組合せ数が増えてきます。従来の計算機では計算時間が指数爆発し何年もかかる場合があります。
NTTでは、光を用いたコヒーレントイジングマシンを用いて、このような組合せ最適問題を解決するために取り組んできました。PHI研では、この技術を基盤として、量子力学の原理と脳型情報処理の原理を、光で融合することをめざします。報道発表した米国の8つの研究機関(米国の6つの大学とNASA、およびソフトベンチャー会社)と共同研究を進める予定です。ねらいはどういう分野にコヒーレントイジングマシンを適用するべきか、グローバルなパートナーの意見を聞くことにあります。
暗号情報理論研究所(CIS研)
次にCIS研です。ここでは、暗号技術の研究を実施します。スマート社会を構築するうえで新しい暗号システムによるセキュリティは必須なものであり、柔軟な利用方法や情報流通を盛んにする新しい暗号手法を研究します。さらに、ブロックチェーンのセキュリティについても研究を進めます。ブロックチェーンについては、Fintechでバズワード的になっており、適用されるアプリケーションはよく議論されるものの、その安全性については研究があまりなされていません。私たちはどういう条件のときにブロックチェーンが破られるかなどのブロックチェーンの安全性の証明について研究をしていきます。上述のように、基礎的理論研究を行うこととし、暗号分野での世界一の研究をめざし、研究チームはドリームチームを構成し基礎研究のトップ人材を雇っていきます。スタンフォード大学を主とした人材の宝庫から活発な研究者を求め、暗号分野70%、ブロックチェーン30%の比率で研究を行います。暗号グループでは、暗号理論のもっとも重要な理論研究を行い、暗号システムの一般化と拡張の可能性を追求するとともに、セキュリティとその性能の理論境界についても研究します。ブロックチェーングループでは、セキュリティのモデリングと構造解明を研究し、テストベッドでの実験を検討します。研究員の人材は、テキサス大学、ノースイースタン大学、プリンストン大学、コーネル大学等から採用し、1つの暗号に関する国際会議の15%弱を占める数の研究員をそろえています。
生体情報処理研究所(MEI研)
次にMEI研です。ここでは、IOWNのデジタルツインコンピューティング(DTC)につながる医療と健康科学を研究の分野としました。医療は次善の策とともに最適解が常に希求されているので、DTCのアプリケーションとして最適と思われます。例えば、デジタルツイン(双子の分身)をサイバー世界に構築し、これに投薬してみます。うまくいかない場合には他のやり方を試みるということも可能です。今、医療分野では情報のデジタル化に伴いAI、ロボティクス、ビッグデータなどで革新的な進展を見せています。かつてカルテは検査や画像所見も含めてすべて手書きのアナログ世界でしたが、これらのデジタル化が一気に進んでいます。データに基づいた知見を基にハードとソフトのイノベーションで得られた情報をReal Worldのデータと共有できるユニークな環境は整いつつありますので、IOWN構想をベースに、医療と健康科学が個々人に還元される世界の実現が望まれます。
医療・健康科学分野と理数・工学分野はこれまでコラボレーションの必要があると多くの識者が指摘してきました。情報技術の進歩が加速するこれからの時代は、医療と健康科学の分野もさまざまな革新が呼び起こされます。また、倫理や個人の尊厳が基本にある世界とデジタル世界がシナジー効果を発揮できる環境が望まれます。そのための条件の1つは、研究に携わる人々の誠実さであると思われます。シリコンバレーでは大学、医療施設、スタートアップ企業群がそれぞれの特徴を活かして、コラボレーションをしながら日々激しい競争が展開しています。そこで鎬を削っているのは20代後半から30代の若い方が多く、一方、日本では留学を希望する若者が少ないといわれています。このような日本の状況を打破するためには、ドライに割り切って新天地に踏み込みやすい環境の整備も必要と考えます。MEI研はやる気のある人材を採用するので、日本人の理数・工学に興味のある若者には入りやすい環境でないかと思います。世界的な競争の坩堝であるシリコンバレーにNTT Research, Inc. をつくったことの意義を活かしていきます。
図3 NTT Research, Inc. 傘下の3つの研究所
NTT Research, Inc. の研究者たち
現在約20人の研究員(人材)を採用しました。そのうち、Ph.D所有者が20名、教授資格の保有者が10名であり、出身は北米が10名弱、欧州が1名、アジアが10名弱です。暗号分野で著名な研究者である元テキサス大学のBrent Waters教授もメンバーであり、このたび計算機工学の分野で顕著な業績を上げた人に贈られるSimons Investigatorより表彰されています。
研究パートナーは、米国とそれ以外の組織があり、大学が多い状況です。これら多くの研究機関とともに共同研究を進めていきます(図4)。
NTT Research, Inc. では、IOWNを支えていくための基礎研究を進めています。さらにNTTのグローバルビジネスの発展に寄与するために、今何をするべきかが極めて重要になります。直近のグローバルビジネスに寄与するためのイノベーション活動として、NTT DisruptionとNTT Venture Capitalの2つの会社があり、NTT Research, Inc. はこれらの会社と連携していきます。旬なDX技術で近未来に何ができるかをショーケース化するといったところをNTT Disruptionが担当します。ここでは、ヘルスケア、バンキング、自動運転、スポーツ&エンタテインメントなどのバーティカルについての具体的なソリューションの見える化をしていきます。中期的な将来については、NTT Venture Capitalが担当し、将来性のあるスタートアップに投資をしていきます。その先の将来についてはNTT Research, Inc. が担当し、基礎的研究を進めることになります。
図4 研究パートナー
おわりに
NTT Research, Inc. はUpgrade Realityをキーワードとしています。Realityというのは、私たちの考えている現実世界いわゆる標準、常識のことで、これをUpgradeするということです。常に現状をより抜本的に良くすることを意識において進めています。
問い合わせ先
NTT Research, Inc.
Corporate Strategy Office
E-mail info@ntt-research.com