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特集

NTT R&D フォーラム - Road to IOWN 2021

Road to IOWN 2021

本稿では、「Road to IOWN 2021」について紹介します。本記事は、2021年11月16〜19日に開催された「NTT R&Dフォーラム - Road to IOWN 2021」での、川添雄彦 NTT常務執行役員研究企画部門長の基調講演を基に構成したものです。

川添 雄彦(かわぞえ かつひこ)
NTT常務執行役員 研究企画部門長
博士(情報学)

はじめに

2019年5月に発表したIOWN(Innova­tive Optical and Wireless Network)構想について、2019年および2020年のR&Dフォーラムで本構想のめざすところ、目的、ベースとなる技術について説明してきました。2021年は3年目の年になりますので、その進捗、広がりを中心に発表させていただきます。IOWNについて初めて聞かれる方もいらっしゃると思いますので、まずはIOWN構想のバックグラウンドからスタートさせていただきます。

人類の発展と負の側面

IOWN構想発表のバックグラウンドは人類とテクノロジが置かれている現在の状況に由来します。これまで人類は、さまざまな技術革新を積み重ね、より豊かな世界を手に入れてきました。それでも、今回の新型コロナウイルス感染症拡大で人類全体が認識したことですが、人類は未知なるリスクにさらされており、その解決には現在のテクノロジでは足りないレベルであるということです。さらなる技術革新を、それもドラスティックレベルで高める必要があります。しかし、現在の技術革新アプローチは重篤な負の側面を生み出しています。すなわち、資源の枯渇・希少種の絶滅、環境破壊、地球温暖化問題です(図1)。このままでは、地球や地球上の生物に負荷がかかり、人類・生物ともに滅びてしまいかねないと感じています。過去には、モアイ像で有名なイースター島、その滅びた要因として、人口爆発に伴う森林破壊のために、肥えた土が海に流出し資源が枯渇し、資源をめぐって争いが起きて滅びてしまったというのが定説となっています。経済発展と環境保護、工業生産と資源保護、ICTの発展と電力消費など、現在の私たちの技術基盤は、これらの矛盾、パラコンシステントに囲まれています。

今必要なこと

前述の課題を解決し、持続可能な社会実現のためのイノベーションはどうあるべきでしょうか。それは、現在の技術基盤のポテンシャルを大幅に向上することを実現しながら地球に負荷を与えないイノベーションです。私たちの結論は、人類だけをフォーカスするのではなく多様な生物・地球全体をトータルな系として認識し実行していくことと、その実行においてもっとも地球に負荷を与えないテクノロジを全力で広く導入することです。

どのように実行するか?

トータルな系の認識と活用の有効な方策として、これまで提案してきたことが「環世界の連結」です(図2)。私たち人類が認識している世界がすべてではなく、私たちの周辺にはさまざまな環世界が実在します。昆虫の環世界、爬虫類の環世界、魚類の環世界など。もしかしたら、生物ではないウイルスにも独自の環世界があるかもしれません。さまざまな環世界から成り立つ世界をあるがままに理解し、そしてそのすべての英知・価値を活用する、これが「環世界の連結」です。これを実現するために、私たちは2つの壁を乗り越える必要があります。

乗り越える壁

1番目の壁はあらゆる環世界の理解です。これまでも、人類は自らの英知を高めイノベーションを進める中で自然に学ぶことを取り入れてきました。しかし、それは限定的であり、いまだアプローチしていない環世界が膨大にあります。生物工学、バイオテクノロジが正にさまざまな生物の優れた特性を発見し私たちの社会に応用することを学術領域としています。今後はさらに、生物から非生物のウイルスなどの生命体を包含する世界に環世界を拡張する必要があると考えています。皆様ご承知のとおり、ウイルスは生物ではありませんが私たち人類に多大な影響を与えており、ウイルスの変異過程を理解することができたら、人々に希望の光をもたらすことができるのではないでしょうか。
2番目の壁は環世界の連結のための技術基盤です。人類の環世界を超えて、Well-being向上に役に立つさまざまな環世界を選び、連結を地球に負荷を与えない最適なかたちで実現していく必要があります。これは今まで以上に複雑で膨大な情報処理となります。これを解決する大きな可能性として私たちが見出したのが光技術の拡張です。
これまで、光技術は主に情報の伝送に光ファイバとして適用され、大幅な伝送速度、伝送容量の拡大が実現されました。光は電気と比較するとエネルギー消費の点で大きなポテンシャルを有しています(図3)。したがって、光技術を伝送から情報の処理に拡張する技術の壁を私たちは乗り越える必要があります。

IOWN構想

NTTは1960年代から光の研究開発を幅広く進めてきました。情報伝送から情報処理にまで広がっています。情報伝送では、光技術は主に光ファイバの進化とDSP(Digital Signal Processor)に代表される伝送処理技術の技術革新により進展してきました。一方、情報処理においては、これまでエレクトロニクス技術を超えるブレイクスルー技術を創出できませんでしたが、2019年4月、NTTは世界に先駆けて光トランジスタの発明に成功しました(1)。これがIOWN構想(図4)の起源です。その後、さまざまな光デバイスの発明に成功し、情報処理に光技術を拡張する道筋が見えてきたのです。
これにより、例えば、AIの領域では、現在、全世界で能力向上のための研究開発が進められていますが、これまでと全く異なるアプローチで進化を遂げることができると考えています。現在のAI研究は、人類が定めた目的達成のための技術として考えられています。しかし、冒頭から述べていますように、人類が理解していない世界、環世界、それは人類にとっては未知なるものですが、そこにある答えを見つけ出す必要があります。昨今の新型コロナウイルスの感染者の増減もその対象かもしれません。無知の知を実現するAIです。繰り返し述べますがこのAIは地球に負荷を与えない、地球トータルのWell-beingにつながるものであらねばなりません。こうした世界を実現していくうえで、私たちNTTグループは、「Self as We」という考えを基本に据えています。
「Self as We」 とは、「われわれ」としての「わたし」という概念です。私という存在は、人、モノ、テクノロジを含めたあらゆる存在とのつながりの中で支えられているという考え方です。そのため、利他的共存のもと「われわれ」の「Well-beingの最大化」をめざす必要があると考えます。また、「自然」は利他的存在であり、「われわれ」はその一部であるため、「自然との共生」を図っていく必要があると考えます。こうした考えのもと、IOWN構想により「成長」と「社会課題の解決」を同時実現し、「持続可能な社会」を実現するための取り組みを推進していきます。

IOWN構想の進捗

IOWN構想の最新の進捗についてお話しします。NTTの一研究所が発明した光トランジスタから始まったIOWNは今や、NTTグループ全体に広がり、さらにNTTグループを超えて全世界の営みに広がりました。すでに発表した技術についてはその進捗を、また今回初めて発表する新技術も含めて、代表的な15のイノベーションを紹介します(図5)。

(1) 多段ループ型光アクセス網構成技術
昨年紹介したオールフォトニックス・ネットワーク(APN)を構成する新しいアクセス網「多段ループ型光アクセス網構成技術」(2)について紹介します。
遠隔医療や自動運転などスマート社会を実現するために、IOWN APNでは、さまざまな要求にこたえる高信頼で柔軟なインフラ・オブ・インフラを提供していきます。
新しいIOWNの光アクセス網は3つの項目で大きく進化します。
1番目は「信頼性」、2番目は「需要変動耐力」、3番目は「光経路選択性」です。これらを実現するために、私たちは「多段ループ型光アクセス網構成」を確立しました(図6)。NTTビルを中心として環状の光ファイバ「上位ループ」が広がり、そこに「心線切替機能」を介して「下位ループ」がつながります。モバイル基地局は下位ループに接続されます。こうした構成により、NTTビルとモバイル基地局の間に複数のルートが存在するため、信頼性が向上します。また、需要に応じて心線の割当て数を融通することができ、予期せぬ需要の増加にもすぐ対応することができます。そして、近隣のモバイル基地局どうしがNTTビルを介さずに接続することもでき
ます。
さらに、この新しいネットワークの設計指標として、信頼性工学や確率論に基づく理論計算により、設計指標の適正値を明確化しました。また、商用電源が不要な遠隔光路切替ノードの開発に成功、光分岐の比率を可変とする原理確認を行いました。
今後も、実用化に向けて着実に研究開発を進めていきます。

(2) Distance Zero
昨年、発表したAPNがもたらす物理的な距離の克服、Distance Zeroの進展を紹介します。今回、拠点間を1波長当り100Gbit/sを超える通信において、物理限界に迫る低遅延である、マイクロ秒単位にネットワーク遅延揺らぎを抑えることに成功しました(3)。APNユーザ向け装置、IOWNアダプタをユーザ拠点に設置することでユーザの手元まで100Gbit/s超の通信回線を遅延揺らぎなく提供する技術を実現しています。IOWNアダプタは、非圧縮あるいは低圧縮のHDMI/DisplayPort映像信号とUSB信号を100Gbit/s超の光信号に直接乗せてAPN上に送信することで、オーバヘッドレスで1000kmといった長距離伝送します。これまでのIPネットワークに比べ、圧倒的に低遅延化が可能なIOWNのAPNにおいても、光の速度といった物理限界があり、ネットワーク遅延は通信距離に応じて発生します。そこで今回、その遅延差をAPNが自動で補償する技術の開発に成功しました。
これにより、さまざまな都市を結んだeスポーツイベントなどを、より公平な環境で実現することができます。APNの大容量・低遅延・揺らぎゼロといった性質を活かすことで、ユーザ拠点では専用のゲーム機がなくてもeスポーツに手軽に参加できる、といった未来をめざし、引き続きAPNを進化させていきます。

(3) Beyond5G向けバン・アッタ・アレーアンテナ技術
APNに接続される無線、IOWNのW、Wirelessについての新しいイノベーションを紹介します。IOWN関連技術の多くは、原理原則に基づき、シンプルでナチュラルな特徴を有していますがこれからご紹介する無線の技術もまさにシンプルです。複雑な処理によるエネルギーを必要とせずに大きな効果を生み出す技術です。今回、再帰反射という電波がどのような方向から当たっても電波源に向かってそのまま反射するように工学的に工夫した方法をアンテナに応用したバン・アッタ・アレーアンテナの原理に着目しました。バン・アッタ・アレーを適応することにより、再帰反射の性質を持ったアンテナをもっとも小型で簡易に構成できる可能性があります。無線システムのドラスティックな性能向上をめざして、このたび、東京工業大学とともにバン・アッタ・アレーを用いた双方向の無線伝送を世界で初めて実現しました(4)。
Beyond 5Gで利用されるミリ波・テラヘルツ波といった高周波数帯を用いる無線通信では、信号の伝搬損失が大きいため、アレー化した多素子アンテナの各素子を位相制御して鋭い指向性を形成し、通信相手に常にアンテナ指向性の最大方向を向ける必要があります。このため、通信相手が移動する場合には、アンテナ指向性を追従させるための複雑な信号処理・指向性制御機構が必要でした。
一方、今回通信への応用を実証したバン・アッタ・アレーアンテナは、複雑な信号処理や制御をせずに電波を入射方向に反射できるため、従来の無線基地局・端末が備えていたビーム選択機能やアンテナ指向性制御機能といった複雑な機能を省くことで、さらなる省電力化が可能です。
今後、広範な無線システムへの応用をめざし、装置化等の実用化を進めていきます。

(4) 移動固定融合ネットワーク技術
Beyond 5Gに向けてNTTグループは、「移動固定融合ネットワーク」の検討を進めています。5Gの次の世代では、移動と固定の違いを意識することなく、それぞれの特徴が融合し、今までにないサービスが創造されることが期待されています。
移動固定融合ネットワークは、仮想エンドポイント、機能別専用ネットワーク(FDN:Function Dedicated Network)が構成要素です。コンピューティング基盤上に、通信の端点としての「仮想エンドポイント」を配置し、これらを「機能別専用ネットワーク」で接続することで、アクセス/端末を意識させないシームレスな通信をエンドエンドで提供します。本ネットワーク融合技術によりサイバー空間とリアル空間やコンピュータとネットワークの融合がより一層進展し、人間だけでなく多様なモノが、通信環境・場所・端末種別に制約されず通信可能となることで、高い安定性と信頼性が求められる新世代のサービスが実現可能となります。

(5) ディスアグリゲーティッドコンピューティング:メモリセントリックアーキテクチャ技術
次に、光で分散したコンピュータデバイスを接続するディスアグリゲーティッドコンピューティングの進展を紹介します。近年、汎用プロセッサであるCPUと比較して、GPU、 FPGAなどのアクセラレータの演算効率が飛躍的に進化しています。しかし、アクセラレータ間でのデータ共有や受け渡しをする場合に、CPUが介在するため、処理速度や消費電力などの効率が下がる課題がありました。そこで、NTTではアクセラレータに光通信機能を搭載することで、アクセラレータが光で直接メモリと通信する新たなコンピュータアーキテクチャを考案しました(図7(a))。これにより、コンピュータの処理能力は格段と向上し、CPU負荷が低減し消費電力が大幅に低減します。本アーキテクチャではスケーラブルなアクセラレータプールを構成し(図7(b))、用途に応じてアラカルトに組み合わせることができ、拡張性の高い高効率な計算基盤が実現可能になります。この新しいコンピューティングアーキテクチャを、私たちはメモリセントリックアーキテクチャと呼んでいます。
今回、既存デバイスでメモリセントリックアーキテクチャを試作開発し、テストケースとして映像によるAI推論でその効果を検証した結果、従来方式と比較して約2分の1程度の低消費電力化を確認しました。今後、光電融合技術の進化とそれを活用した本アーキテクチャのさらなる進展により、消費電力は最終的には20分の1程度になると試算しています。

(6) トランスペアレンシー保障技術
IOWNの光電融合技術によりコンピュータデバイスが分散されると、不正なソフトウェアやハードウェアデバイスが混入するリスクが高まります。そのため、セキュリティトランスペアレンシーを確保するために、機器を構成するハードウェアおよびソフトウェアの可視化と検査がセキュリティに関する透明性を確保するうえで重要になります。そこで。NTTはNECと共同でこの技術を開発しています(5)。今回、通信機器のソフトウェア構成分析技術およびソフトウェアの不正機能混入の可能性を検出するバックドア検査技術を紹介します。通信機器を外部検査するために機器仕様データと機器動作データを突合し、仕様外れの動作を検出します。さらに機器内部のバイナリコードを直接解析して通常は動作しない仕様外のコードを検出することを実現しました。この技術によって、複数のベンダが供給するソフトウェアやハードウェアデバイスから構成されるホワイトBOXが、汎用性を持ちながら高性能、かつ安全性が担保されている次世代の通信機器となるのです。NTTではこれを超高性能汎用装置、スーパーホワイトBOXと呼んでいますが、これが実現可能となります。今後、IOWNのさまざまな通信インフラ機器に適応されていくでしょう。

(7) 耐量子暗号技術
近年、量子計算機のさまざまな分野への応用が期待される反面、これが実用化された場合、安心・安全な通信基盤を支える既存の暗号が解読されてしまう可能性がでてきます。
このため、量子計算機でも破ることのできない次世代暗号PQC(Post Quantum Cryptography) と呼ばれる耐量子計算機暗号技術の研究が世界中で行われています。その中で、NTTが開発したPQCに適応可能な安全性強化技術が盛り込まれたNTRU暗号、 格子暗号は、世界の暗号方式を選ぶ米国国立標準技術研究所(NIST) PQC標準化活動で、最後の候補に残っており、世界の暗号学者から高く評価されています(6)。今後、本暗号とIOWNのAPNによるエンドエンドの光パスと組み合わせて、これまでにない強靭な通信システムを実現したいと考えています。

(8) マルチ無線プロアクティブ制御技術Cradio®
Beyond 5Gにおいては、幅広い陸地・空・海中・宇宙・室内外問わず「つながる、つながり続けられる」超カバレッジが求められています。超カバレッジを実現するために有望な方式が、移動する基地局「ムービングベースステーション」です。ユーザが突発的に増えた場所に、基地局機能を搭載したドローンを飛行させることも考えられます。この新たなニーズに対応するために、NTTはマルチ無線プロアクティブ制御技術Cradio®を開発しました。本技術は、電波強度を推定し置局設計を自動導出し、無線リソースのオーケストレーションを実施します。
その適用例を紹介します。近年の物流業界では、自動走行ロボットによる倉庫の無人化が進み、その規模は拡大の一途をたどっています。自動走行ロボットが正確に動作するためには、ロボットの位置や倉庫内環境が変化しても途切れない、つながり続けるネットワークの実現が課題となっています。
これに対し、今回開発した技術の適用により、無線環境の情報と、荷物増減・配置といったビジネス情報とを組み合わせ、無線ネットワークを環境変化に応じて自律的に変化させ、つながり続けることが実現できました(図8)。荷物の量を踏まえ動的に事前にムービングベースステーションの位置を変えることで、最適な無線環境を維持し続けています。
今後、マルチドメイン、マルチレイヤ、マルチサービス・ベンダ環境下において、あらゆるICTリソースを対象にICTリソースの自動設計・自律運用という自己進化型ライフサイクルマネジメントの実現をめざしています。

(9) 大規模3D空間情報処理技術
4Dデジタル基盤®は、高精度で豊富な意味情報を持つ3D地図データベース上に、多様なセンシングデータを統合し、リアルタイム分析など時間軸を反映して高精度処理を実施し、さまざまな産業分野に提供することで、社会課題の解決や新たな価値創造をめざしています。
これを実現するさまざまな技術の中から、大規模3D空間情報処理技術を紹介します。一般的に空間を表現する点群データは、計測車両などによって断片的に取得されますが、これを街全体データとして統合して利用するにはさまざまな課題があります。
図9はある街の一角の点群データです。異なる色の点群は異なる日時に撮影されたもので、データはこのように一部だけ重なっており、データ量が膨大であるため一部だけ取り出して利用することは簡単ではありません。
これに対して、点群データを複数のブロックに分割して圧縮する本開発技術を適用することで、大規模なデータをブロックごとに分割して取り扱うことが可能になります。またブロックを階層化して扱うことも実現しており、従来の点群データ処理では扱うことが難しい大きな街のデータも効率的に扱えるようになります。
さらに、時系列で変化した点群の比較についても工夫がなされています。図9の黄色のデータは過去に撮影された点群、ピンクが現在撮影した点群です。2つを同時に表示しても、これだけで変化量に気付くことは困難です。このため、点ではなく小さなブロック単位で変化があった領域を可視化することで、街の中で変化があった領域のみを効率的に見つけ出すことができます。
さらに、NTTではディープニューラルネットワークを活用し、点群情報から構造物の推定を行い、3次元のシーンを自動で理解する技術も開発しています。
これらの技術を基礎として、さらに環境センシングデータや、GPSによる測位データや既存の地図情報を統合し、高度地理空間データベースとして都市アセットのデジタルツインとして活用し、社会インフラの協調保全などに役立てていきます。

(10) 無限クラスタリング技術
IOWN─デジタルツインコンピューティング─がめざす世界観の中で未知なる世界を知ることにつながる重要な技術を紹介します。無限ともいえる可能性や未知なる事象を考慮し、分析対象の「概念」自体をフレキシブルにとらえ、探索空間の無限化を実現する無限クラスタリング技術を世界で初めて考案しました(7)。これは、データを並び替えて特徴が共通な塊(かたまり)、すなわちクラスタをつくるクラスタリング技術の革新です。クラスタリングに関しては、ルービックキューブのように、並び替えてそろえる技術と考えると、分かりやすいと思います(図10(a)左)。クラスタリングをすることで、一見無秩序なデータに隠れたパターンを発見することができます。
通常のクラスタリング技術ではどのようなクラスタがあるのか事前に知識を与える必要があります。ルービックキューブであれば6種類の色の塊があらかじめ与えられています。このルービックキューブに対して、どのような特徴があるかが分からない場合を想像してみてください。何を目標にキューブを操作すればよいか分からず、とても難しいと想像できるでしょう(図10(a)右)。今回考案した無限クラスタリング技術では、塊の数や特徴を未知なるものとして無限のあらゆる組合せパターンを生成し、最適なクラスタリングに収束することができます(図10(b))。
この技術では無限の可能性を探ることが可能であるため、今までより多くの因子を追加して、因子間の関係を探り、これによりクラスタリングができます。例えば何となく体調が悪いということで病院を受診しても、身体の不調や不快感につながる病変が見つからない状態、つまり、不定愁訴に対して、さらにいろいろな因子を付与して原因を探ります。「どんなタイミングで、どんな温度で、どんな気候で、どんな気持ちのときに…」などさまざまな因子を付与して、無限の可能性を探ります。思いもよらなかった原因を見つけることができるかもしれません。このような検討もすでに始めています。多様な観点を持つことで、木を見て森を見ずの世界から抜け出すことができる技術です。さらにこのアルゴリズムは入力データが無限に大きくなったとき、アルゴリズムが破綻することなく動作することを保証できています。
この無限に探索するアルゴリズムは処理時間が膨大となりますが、IOWNによるコンピュータの進展により解決されると考えています。
また、NTTが開発を進めているコヒーレントイジングマシンLASOLV®も処理の高速化で利用可能と考えています。
このLASOLV®は現在、発表当初より進化し10万ビット化に成功しており、要素の大規模組合せ最適化問題の一問題に対し、CPU上で実装した焼きなまし法に比べ、同じ精度の解を約1000倍の速さで求めることができています。
本技術を利用することで、これまでとは異なったAI(人工知能)が生み出される可能性があります。多様な観点からのWell-beingを追い求めることができます。世界をトータルに考えたWell-beingを導く技術に成長させていきたいと考えています。

(11) IOWN時代の端末UI
IOWN時代の端末UI(User Interface)はどのように変わっていくのか紹介します。現在のIPネットワークでは提供できなかった超高速、低消費電力、低遅延なネットワークインフラに接続する端末UIは、これまで常識化していたことやさまざまな制限から解放されます。例えば、コンテンツは製作者の意図を一律に受け入れることが常識化していたことや、映像や音声などの情報はネットワークや端末負荷を軽減するために常に圧縮処理がなされていました。しかし、IOWN時代では、これも目的によっては時として変わります。
新しいUIのポイントは、情報の受け手の価値観や環境により受け取る情報は変化すること、新たな発見が受け手側で生まれることです。同じ情報でも自分とは違う価値観の他者の立場に立って、情報を理解して感動や共感を得ることができます。
例えば、障がい者の視点で街を見て問題を発見することや、異性の立場で創作物を見て感じることができるようになると思います。さまざまな環世界に触れることで、インスピレーションを引き出し、思いもしなかった新しい価値が生まれることも考えられます。
IOWN時代の新たなUIの研究開発を進めるために株式会社ACCESSとの連携を開始しました。

(12) 新たな環境エネルギービジョン
ここからはIOWNによる環境負荷低減の側面を説明します。NTTグループの新たな環境エネルギービジョンを2021年9月末に発表しました(8)(図11)。今のままの成り行きだと、CO2排出量は2040年において約860万トンとなります。省エネルギーや再生エネルギーの導入で55%まで減らせますが、さらにIOWNを導入することで、45%消費電力を減らし、2040年カーボンニュートラルを実現します。IOWNが世界に広く普及する時期は2030年と想定していますが、NTTは2024年にはデバイスを完成させ、2025年には装置の開発を完了し、2026年にはIOWNの商用導入を開始します。

(13) 宇宙統合コンピューティング・ネットワーク
IOWNによる画期的な新エネルギー対策、昨年発表したIOWNスペースコンピューティング構想の進捗について説明します。本構想は地球系とは独立した新たな宇宙ICTインフラを構築する内容として発表しました。
その後、2021年5月にスカパーJSATと本構想の具現化を進めるための提携を実施しました(9)。NTTのIOWN技術とスカパーJSATの宇宙アセット・事業を統合し、商用化をめざします。現在、さまざまな課題解決に両社で取り組んでいます。例えば、観測衛星単機では、データを地上局に送信するタイミングが限られるため、場合によっては数日の遅れが生じます。そこで、成層圏を飛ぶHAPS(High Altitude Platform Station)や低軌道から静止軌道にある衛星を光無線通信で統合し、観測衛星が取得したデータを即座に統合衛星システムに伝送し分散処理します。そして、処理情報は地上局に近い衛星から必要な情報のみを送信することで遅延時間を大幅に短縮します。これが両社で発表した「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」です。私たちはこのインフラの実現を通じて、宇宙データ利活用のリアルタイム性、ユーザ利便性の飛躍的な向上に貢献し、地球規模の社会課題解決に取り組んでいきます。
このインフラは2025年から順次稼働させることをめざし開発を進めています。その一環として2022年にはJAXAの軌道上での実証実験を予定しています。広大な宇宙空間を光で結ぶ宇宙統合コンピューティング・ネットワークは、地球系エネルギーから脱却した究極にエコなインフラとなります。

(14) 宇宙太陽光発電
本発電は宇宙において太陽光発電を行い、そのエネルギーを地球に送電するという次世代のエネルギーです。NTT研究所では、3つの分野から本研究開発を進めています。
1番目は、地上3万6000km上空の静止軌道上で太陽光を集め、集めた光を人工衛星上の特殊な結晶に直接照射して、高効率にレーザを励起させる技術です。
2番目は、宇宙から地上にレーザを伝送する技術です。レーザが大気を通過する際、大気の乱れによる進路のずれやエネルギーの減衰が発生します。そこで、大気の影響を回避し遠くまで正確にレーザを届ける技術を研究しています。宇宙から送り届けられるエネルギーは、可視光の場合、大気による吸収や散乱を要因として減衰や、人間の目が感知してしまうため、赤外線レーザが有力な候補です。
3番目の技術は、宇宙から届く高強度の赤外線レーザに耐え、しかも高い効率で発電する光電変換システムです。さらに、電力以外に、水素やアンモニアといった貯蔵可能なエネルギー媒体へ変換する技術も検討しています。
この宇宙太陽光発電は、先ほどご紹介した宇宙統合コンピューティング・ネットワークと連携することで、宇宙空間で得たエネルギーを宇宙空間で活用する、いわば地産地消もめざしています。

(15) 落雷制御
昨年、発表した落雷制御技術について進捗を説明します。今回、落雷そのものをコントロールし、重要設備などへの落雷を防止するとともに、雷から電力を取得する「落雷制御・充電技術」を開発しました。
前述しました、宇宙統合コンピューティング・ネットワークからの雷雲の観測を基に落雷を起こしそうな雲にドローンを近づけて、雷を誘導するルートを形成して、街への落雷を防止するとともに、落雷の電流を雷充電車などに送り、電力として利用します。
これは現在開発中の、世界初の雷に耐えるドローンです。「ファラデーケージ」と呼ばれる金属製のシールドと組み合わせ、落雷からドローンを守ります。このドローンに、人工の雷を落として耐雷性能を検証しました。雷撃を受けても、故障や誤作動もなく、飛行しています。また、この実験から、ワイヤを伝って雷が誘導できることも検証しました。
今後は、落雷誘導技術とともに、雷を電力として再利用する技術も開発し、早期に実用化をめざします。

IOWN構想を進めるチーム

IOWN構想を進めているIOWN Global ForumおよびNTTの新体制について紹介します。
(1) IOWN Global Forum
2020年1月にNTT、インテル、ソニーが発起人となって設立した、IOWN Global Forumには、IOWNがめざす世界、およびそのイノベーションに賛同した世界の主要なICT企業が参加しており、そのメンバー数はわずか2年弱でおよそ80社まで成長しました(10)(図12)。
MicrosoftやDell、Ericson、NVIDIAなどのICT企業や、さまざまなデバイス技術を有する、味の素や信越化学工業、矢崎総業、AGCといった企業に加え、IOWN技術を利用する立場から、三菱ケミカルやJGC、防災科研などの企業や組織も加わり、IOWNの技術開発とともにユースケースの議論も行っている点がこのフォーラムの特徴です。
コロナ禍の影響でオンラインでの活動となっていますが、2020年4月に公開したホワイトペーパーを皮切りに、3回のユースケース文書の公開および技術文書の公開など、活発にグローバルな活動を進めています。
(2) IOWN総合イノベーションセンタ
IOWN構想や6Gの実現に向けた研究開発力の強化を目的として、2021年7月1日に「IOWN総合イノベーションセンタ」を設置しました。技術分野の壁を越えた柔軟かつ一体的な研究開発を進め国内外の多くの企業と連携し、IOWN実現に向けた研究開発を加速していきます。
(3) オーソリティチーム
このたび、NTT R&D オーソリティチームを組織することにしました。各分野における著名な権威者たる研究者が、NTT R&Dに在籍し、IOWN構想ならびにその先をも見据えた研究をリードすることを目的にしています。オーソリティチームは、研究テーマの実施・指導・助言を通じて各研究領域を牽引する役割を担います(11)。
(4) 基礎数学研究センタ
長期的視野に立った研究開発を一層強化するために、基礎数学研究を推進する組織を新設しました(12)。本組織は現代数学の基礎理論体系構築に取り組むとともに、未知の疾病の解明や新薬の発見など、IOWN構想実現に向けて取り組んでいるさまざまな研究課題に対し、現代数学の手法を駆使した今までにないアプローチで研究開発を進めます。ポスト量子時代を見据えた「超」量子計算理論や、「意識」の理論確立を実現し、脳型計算モデルの構築に挑みます。統括は日本の基礎数学の第一人者である、若山正人 数学研究プリンシパルです。

おわりに

人間中心のデジタル化から地球をあるがままに取り込みナチュラルに物事をとらえる地球に負荷を与えない革新的なテクノロジ、IOWNの進展を紹介しました。IOWNは社会と経済のあらゆる事象を見直す2021年のダボス会議のテーマ「グレートリセット」に資する営みです。
今後、NTTグループは全力でIOWN構想の実現に向けて確実に進展させていき、2024年にはIOWNデバイスを、2025年にはIOWNシステムを、そして2026年には商用展開を開始します。
また、IOWNにより、NTTグループを超えてさまざまな産業分野における多くの方々と連携し、新たな可能性を共に探っていき、社会全体に貢献していきたいと思います。人類・生物・地球が幸福であり続けるために、私たちNTTグループは今後も限界打破のイノベーションに挑戦し続けます。

■参考文献
(1) https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/04/16/190416a.html
(2) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/06/18/210618a.html
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/02/211102b.html
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/10/18/211018a.html
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/10/27/211027b.html
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/11/05/211105b.html
(7) https://github.com/nttcslab/permuton-induced-crp
(8) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/09/28/210928a.html
(9) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/05/20/210520a.html
(10) https://iowngf.org/members/
(11) https://www.rd.ntt/organization/authority/
(12) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/10/01/211001a.html