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毎秒1テラビットの長距離光伝送を実現する「超高速マッハツェンダ型光変調器」の研究

IoT(Internet of Things)の普及や5G(第5世代移動通信システム)サービスの開始などに伴い、これらを支える光通信ネットワークにはより一層の高速化が求められています。今回は、光ファイバ通信の末端部分を担い、高速化にも大きく寄与する「マッハツェンダ型光変調器」の研究に取り組む小木曽義弘特別研究員にお話を伺いました。

小木曽義弘 特別研究員
NTTデバイスイノベーションセンタ・NTT先端集積デバイス研究所

PROFILE

2010年日本電信電話株式会社入社。NTTフォトニクス研究所(当時)配属。2014年組織改編に伴いNTTデバイスイノベーションセンタに配属。2021年7月よりNTT先端集積デバイス研究所兼務(工学博士)。大学での研究以降、現在まで一貫して「光変調器」の研究開発に取り組んでいる。

電気信号を光信号へと変換する「光変調器」

◆「光変調器」とはどのような働きを持つものなのでしょうか。

「懐中電灯を点けたり消したりすることで崖の上から船に向かってモールス信号を送る」シーンを思い浮かべると「光通信」はイメージしやすいでしょう。懐中電灯を点けているときを「1」、消しているときを「0」とすればデジタル信号を送ることが可能というわけです。もちろんそれだけですと信号は地球の反対側までは届きませんので、実際には光ファイバを使ってその内部に光信号を通すことで、光通信を実現しています。
一方、皆さんが普段お使いのPCやスマートフォンは電気で動いており、内部では電気信号が利用されています。そのため、それらのデータを光通信により送信するには、どこかで電気信号を光信号に変換しなければいけません。それを行うのが「光変調器」です。かなりニッチな領域かと思いますが、光ファイバ通信のコアとなる重要な光デバイスといえます。

◆研究されている「マッハツェンダ型光変調器」とはどのようなものなのでしょうか。

先ほど懐中電灯を点けたり消したりして信号を送る、というお話をしましたが、光変調器の原理はまさにそれです。
一番シンプルな方式は、光の出どころであるレーザ発光素子のスイッチをオン・オフする方法です。この方式は直接変調型と呼ばれ、もっともコストが安いことから、家庭用の光回線の終端装置(ONU)などにも使用されています。
もう1つはレーザを連続的に射出しておいて、途中に光を吸収するものを置くことで光を消す方式で、電界吸収型光変調器と呼ばれています。
そして最後が「マッハツェンダ型光変調器」です。マッハツェンダ型光変調器は、図のように分岐点で光を2つに分け、再び合流させるような構造をしています。光は波としての性質を持っていますから、図の上図のようにそのまま合流されると、上下の光の位相(波の山、谷の位置)が同じなので波の山と山とが重なり合って点灯します。対して、下図のように電気によって途中の屈折率を変化させて光の速度を変化させ、光の位相を反対にすると、波の山と谷とが打ち消し合って光は消灯します。波の干渉により光(エネルギー)は放射され、消えて見えなくなるというわけです。
直接変調型や電界吸収型では有限の速度で移動する電子等のキャリアを考慮しなければならないのに対し、マッハツェンダ型ではキャリア移動の影響が少ない電界、電場を主に利用していますので、高速な信号にも対応できるという利点があります。

◆光変調器に求められる性能は何でしょうか。

光変調器でもっとも重要な指標はSN比(Signal to Noise ratio:信号対雑音比)です。SN比の高い、つまりクオリティの高い電気信号をいかに劣化させずに光信号に変換するかが重要なポイントとなります。
そういった中で、光変調器には3つの性能が必要とされています。1番目は微弱な電気信号に対していかに感度良く光が反応するか、という「低電圧駆動」です。2番目の「広帯域」も同じく感度にかかわる性能ですが、点灯・消灯という動作を高速で行っても高い感度をどこまで維持できるか、の指標です。
そして3番目は「低光挿入損失」です。光変調器から出てくる光の幅はそのまま信号の強度に対応します。いくら感度が良くても全体の出力が落ちてしまえばSN比も落ちてしまいますから、いかに損失を生じさせないかというファクタが必要となるわけです。
これら3つはトレードオフの関係にあり、全体を広げることが企業の競争力となります。
私は大学で、当時主流だったLiNbO3(ニオブ酸リチウム)を材料とする光変調器の研究をしていましたが、NTT入社後は主に低駆動電圧性および広帯域性に優れ、小型化が可能な半導体の材料であるInP(リン化インジウム)を使用した光変調器の研究に従事しています。

「1波長当り毎秒1テラビット」の長距離伝送を実現

◆2019年には世界初となる1波長当り毎秒1テラビットの長距離伝送実験の成功が報じられました。

高速化にはさまざまな要素が必要となります。私は高速な電気信号を高速な光信号に変換する部分を受け持ちましたが、高速な電気信号をつくり出す部分はNTT先端集積デバイス研究所が、送信先で劣化した信号を復元させる処理の部分はNTT未来ねっと研究所が担当しました。NTT総動員でこの1テラビットを達成したという感じです。
光変調器の部分に限っていうと、高速化の方法は3通りあります。
1番目は単純に光の点灯・消灯のスピードを上げる「高シンボルレート化」です。
2番目は「高次多値化」です。光の点灯・消灯だけだと1ビットの情報しか送れませんが、例えば明るさを0、0.25、0.5、0.75、1のように境界を区切れば「00001」「10011」のような信号を送ることができるという原理です。また、現在は光の明るさや強度だけでなく、光の波としての位相も区切ることにより、1度に6ビット、8ビットの信号を送るQAM(Quadrature Amplitude Modulation:直角位相振幅変調)も開発されています。
そして3番目は「多重化」です。光には「多重波長」という性質があり、色の違う光を混ぜて送信しても受信先で再び色別にほどくことができます。つまり色の違う光をつくってそれぞれに光信号を乗せ、1本のファイバで送信すれば色の種類分だけ多くの信号を送れるわけです。
これらのうち高次多値化と高シンボルレート化の掛け算により高速化を達成し、私がつくった光変調器は現時点でも世界最高速の記録を持っています。
もともと光変調器の高速化は頭打ちの状態でボトルネック化していましたので、この部分の最先端技術を私たちが保有していることは大きな強みであるといえます。

◆実用化の見込みについて教えてください。

現在、通信分野に対する需要はとても高く、競争はかなり激しい状態にあります。そのため、最先端の研究がほぼ実開発レベルにある、ということがこの分野の特徴です。
特に私の所属するNTTデバイスイノベーションセンタは実用化できる研究に注力しています。アイデアを出すだけではなく、いかにモノにできる技術を提案し立ち上げるか、いかにスピード感を持って量産するところまで到達させるかが自分の使命だと考えています。
研究ではうまくいくものの、開発フェーズに入って実用化するまでには困難な課題が数多く存在する状態を指して、「死の谷」という言葉がよく使われます。
例えば、InPの加工は困難な課題の1つです。マッハツェンダ型光変調器の光が通る道をつくるためにInPを削ると、InPはインジウムとリンの原子が密集して交互に存在する材料であるため、表面がなかなかきれいになりません。リンの原子がぽろっと抜け出てしまい、その部分はインジウム、つまり金属が豊富な壁となってしまいます。そこに別の金属が接近すると電気(電界)を吸収してしまい、電気信号が通らなくなるという不具合が発生します。
そこで、削る際のダメージをいかに減らすか、どういうふうにケアをして自分が思い描いたとおりのかたちにするかというノウハウ、いうなれば「職人気質」が必要となります。とはいえ職人にしかつくれないというのでは売り物にはなりませんので、現在は外部に出しても同じような特性を持った光変調器を大量生産できるよう、さまざまなノウハウを工程表に落とし込んだマージンの広い設計書、仕様書の作成に取り組んでいます。その他生産ラインなども検討し、最終的には数年以内での実用化をめざしています。

◆本技術により、どのようなことが可能となるのでしょうか。

直接的には5Gサービスのハイパフォーマンス化、さらに高容量の6Gサービスへの応用などが可能となります。動画配信のデータ転送や、データセンタ間での通信などへの応用はかなり有効でしょう。また、電波を受信して光通信で遠隔地に送信し、再び電波を送信するRadio over Fiber(RoF:光ファイバ無線)技術への応用なども期待できます。
さらに光変調器自体の通信以外の分野への応用も考えられます。実は、電気信号を光信号に変換するという場面はいろいろな所に存在しており、センシングの分野では、光変調器は光周波数コム(光の周波数成分のスペクトルが等間隔で並んだもので計測等に用いられる)の生成やガスセンシングなどに利用されていますし、電波天文台では遠く離れた天体の観測データを処理する際に光変調器が使われています。
逆に光を電気に変換する場面もあります。例えば自動車の車載センサでは、レーザで感知した情報を電気信号に変えてディスプレイなどに表示させています。
「電気信号を高速でクオリティの高い光信号に変換したい」というニーズは、探れば他にもたくさんあるのではないでしょうか。私はずっと「通信」という分野にかかわる研究・開発をしていますが、別の分野にも活用されるような技術を開発できたら面白いなと思っています。