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特集

IOWN/6Gに向けた光・無線伝送技術

スケーラブル光トランスポート技術の研究開発

本稿では、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All Photonics Network)のためのPbit/s級長距離光ネットワーク実現に向け、光増幅帯域ならびに電気信号処理帯域を飛躍的に拡大可能なスケーラブル光トランスポート技術の現状と展望について述べます。従来の光増幅中継器の増幅帯域を2.5倍以上に拡大しつつ伝送距離の長距離化を実現できる可能性を有する光パラメトリック増幅中継技術、ならびに、従来の光ファイバと同じ外径を保ちつつ、伝送容量を10倍以上に拡大できる可能性を有するモード多重MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)信号処理を用いた空間多重光通信技術について解説します。

宮本 裕(みやもと ゆたか)†1/渡辺 啓(わたなべ けい)†1、2
中島 和秀(なかじま かずひで)†3
NTT未来ねっと研究所†1
NTT先端集積デバイス研究所†2
NTTアクセスサービスシステム研究所†3

はじめに

我が国では、2020年度に第5世代移動通信システム(5G)が商用導入され、今後、自動運転等をはじめ、あらゆるモノが高信頼、低遅延、大容量にネットワークへつながるIoT(Internet of Things)社会の基盤として発展が期待されています。IOWN(Innova­tive Optical and Wireless Net­work) APN(All Photonics Net­work)の実現を通したネットワークインフラ技術の進化の加速により、5Gに続く次世代Beyond 5G(B5G)技術は、2030年代には当たり前のネットワークサービス技術として普及することが予想されます。また、ネットワークインフラ基盤の持続的な進化は、昨今の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴う、グローバルな産業構造やライフスタイルの変化を、柔軟に支えていくうえでも不可欠と考えられています。
ブロードバンドサービスの進化を支える大容量ネットワークインフラ基盤の実現には、大容量光トランスポートネットワークの不断の進化が必須であり、NTTでは、図1に示すとおり、これまで、1980年代から導入を進めたシングルモード光ファイバ(SMF: Single Mode Fiber)ケーブルを基盤とした大容量光トランスポートシステム・ネットワークの持続的な発展を実現してきました。光ファイバ1心当りのシステム容量は、さまざまな光通信方式の重層的な技術革新とともに、ほぼ年率約1.4倍(20年で1000倍)の速度で進化し、2030年代には、システム容量が1Pbit/sを超えると予想されます。最近では、光の波としての性質を活用し、SMFの伝送特性を最大限に引き出すための伝送技術として、デジタル信号処理を駆使したデジタルコヒーレント光通信技術が実用化され、2019年にはファイバ1心当り16Tbit/s容量の光トランスポートネットワークが実用化されています(1)。しかしながら、近年では長距離光トランスポートネットワーク基盤を支えてきた伝送媒体であるSMFの物理的な容量限界(キャパシティクランチ)が、現在の約10倍の100Tbit/s容量付近に存在することが明らかになり、システム容量の持続的な発展を実現する革新技術が求められています。
本稿では、IOWN APNにおいて、キャパシティクランチの課題を克服するスケーラブル光トランスポート技術として、2つのアプローチを解説します。1つは、従来のSMFを用いて一括光増幅中継する中継器の光信号帯域を従来の2倍以上に拡大し、SMFで経済的な大容量化を図る広帯域光パラメトリック増幅中継技術です。また、もう1つは、1本の光ファイバ中にマルチコア・マルチモードといった新しい自由度を導入することで複数の独立な並列通信路を形成し、既存のSMFの限界を超えてPbit/s容量級の大容量通信を実現する空間分割多重(SDM:Space Division Multiplexing)光通信技術です。以降では、個々の技術要素の最近の進展について解説します。

広帯域光パラメトリック増幅中継技術

現在の光ファイバ伝送システムでは、エルビウム添加光ファイバ増幅器(EDFA)が増幅可能な約4THzの光波長帯域に、約100波長程度の光信号を波長多重し、デジタルコヒーレント技術*1により光信号1波長当りの伝送容量を拡大することで、伝送システムの大容量化を実現してきました。NTTが提唱するIOWN構想を構成するAPNにおいては、豊富な波長資源を活用したフレキシブルな光ネットワークの実現をめざしており、従来の1波長当りの大容量化とともに、利用可能な波長資源(光波長帯域)の拡大が求められています。NTTでは、広帯域かつ低歪みな光増幅技術として、PPLN(Periodically Poled Lithi­um Niobate)*2導波路を用いた光パラメトリック増幅*3に着目し、研究開発を進めてきました(2)。PPLN導波路による光パラメトリック増幅では、単一偏波の信号のみが増幅可能であり、通常の光増幅にとっては不要な位相共役光が発生するため、現在デジタルコヒーレント方式で用いられている偏波多重光信号の光増幅中継器として、さらなる広帯域化やトラフィックに応じた安定な光信号の挿入抜去を行う際に課題がありました。
そこで、モジュール化した複数のPPLN導波路(PPLNモジュール)を用いた新たな増幅器構成を提案し、偏波多重光信号の安定な増幅および、利得15dB以上で10.25THzの増幅帯域を実現しました。シンボル速度100Gbaud超級の超高速信号生成技術(3)を用いた1波長当り毎秒800ギガビットの偏波多重デジタルコヒーレント信号を検証信号として、利得飽和領域において、単一波長、波長多重信号入力ともに低歪みな信号増幅を確認しています。また、APNにおける波長資源の活用で想定される波長数の高頻度な変動を模擬し、1波長と41波長の入力信号切り替えに対する高速応答性も確認しました。開発した光パラメトリック増幅器を、光増幅中継器として適用し、1波長当り毎秒800ギガビットの波長多重信号を用いて光信号帯域が従来技術の2.5倍以上の10.25THz以上に拡大可能なことを実証しました(4)
今後は、広帯域光パラメトリック増幅技術と高シンボル速度の超高速信号生成技術を併用することで、図2に示すとおり、既存の光ファイバ通信システムの限界性能に迫る100 Tbit/s超級の長距離伝送性能を追究していきます。

*1 デジタルコヒーレント技術:デジタル信号処理とコヒーレント受信を組み合わせた伝送方式です。コヒーレント受信とは、受信側に配置した光源と、受信した光信号を干渉させることにより、光の振幅と位相を受信することが可能な技術です。偏波多重や振幅・位相を利用した変調方式により周波数利用効率を向上させるとともに、デジタル信号処理を用いた高精度な光信号の歪み補償と、コヒーレント受信により、大幅な受信感度向上を実現します。
*2 PPLN:周期的分極反転ニオブ酸リチウム。非線形媒質であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)において、自発分極と呼ばれる結晶内の正負の電荷の向きを一定の周期で強制反転させた人工結晶です。周期的分極反転ニオブ酸リチウムは、元のニオブ酸リチウム結晶よりも圧倒的に高い非線形光学効果を得ることができます。
*3 光パラメトリック増幅:物質中で生じる非線形光学効果を利用して、異なる波長の光どうしを相互作用させることで、特定の波長の光を増幅します。非線形媒質として、高非線形ファイバやニオブ酸リチウムが知られています。

モード多重を用いたSDM光通信技術

SMFのキャパシティクランチを克服し大容量化を実現するためのSDM光通信技術の研究開発では、伝送媒体であるSDM光ファイバは、その製造性を考慮すると、現在広く用いられているSMFの標準クラッド径125µmと同等であることが望まれます。標準クラッド径のSDM光ファイバで、複数のコアや伝搬モードを用いて信号伝送を行う場合には、特に空間多重数4 を超える領域では、各空間モード間で強い結合が生じ、クロストークや空間モード分散により信号波形に歪みが生じます。現在のSMFを用いたデジタルコヒーレント光伝送システムでは、異なる2つの偏波を用いて独立な信号を伝送する偏波多重が適用されています。伝送路における偏波回転や偏波間の遅延差(偏波モード分散)が組み合わさることで生じる動的な波形歪みは、受信機内のデジタル信号処理回路に実装された2×2のMIMO(Multi­ple-Input Multiple-Output)信号処理*4により適応的に補償され高品質な伝送が実現されています。しかし、これを単純に拡張しマルチモード多重を用いたSDM伝送システムに適用すると、空間多重数の2乗に比例してMIMO信号処理の回路規模が増大します。さらに、マルチモードファイバ特有の空間モード分散(SMD:Spa­tial Mode Dispersion)は、現状、偏波モード分散に比べて10倍以上大きく、モード間結合が大きいマルチモードファイバにおいては伝送距離の平方根に比例して累積するため、MIMO信号処理に必要なデジタルフィルタのタップ数はそれに応じて拡張する必要があります。
前述の技術課題を克服するため、研究所では、空間モードを積極的に活用・制御した大容量・長距離光トランスポート技術を検討しています(図3)。具体的には、光ファイバケーブル敷設環境や量産性に適した標準クラッド径125µmの空間モード制御光ファイバ実装技術、また、ケーブル敷設特性に起因する動的光学特性を考慮したモード多重MIMO処理構成技術、さらに両者を統合した空間モード多重光増幅中継技術を有機的に連携させた基盤技術の確立です。モード多重MIMO処理構成技術に関する最近の検討結果の一例(5)として、6つの独立な空間モードを用いたモード多重光通信において、異なる空間モード間の伝送損失差や伝搬遅延差に対して強い補償特性を有するMIMO信号処理方式や光増幅中継方式を提案することで、6000 km以上の長距離伝送を実証に成功しています。また、モード多重ファイバを既存の陸上光ファイバケーブルに実装した状態で、モード多重伝送における光学特性を制御するための実装技術の有効性実証実験に成功しています(6)。これらの要素技術群の確立に向けては、一部NICT委託研究の支援の下で外部パートナーと連携して研究開発を加速しています(7)

*4 MIMO信号処理:同一のキャリア周波数(波長)を使って、1つ以上の信号を、複数の信号伝搬路(伝搬モードやコア)を持つ伝送路で送受信する技術です。無線通信では、広く使われている技術であり、光通信においては、SMF内の直交する2つの偏波モードを用いた2入力2出力(2×2)のMIMOが、偏波多重技術としてデジタルコヒーレント技術により実用化されています。

まとめ

本稿では、IOWN APNの実現に向け、キャパシティクランチの課題を克服するスケーラブル光トランスポート技術として検討を進めている広帯域光パラメトリック増幅中継技術、およびモード多重SDM光通信技術について、現状と今後の展望を解説しました。

■参考文献
(1) https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2019/1209.html
(2) https://journal.ntt.co.jp/article/3521
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/03/07/190307a.html
(4) https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/01/28/210128b.html
(5) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/03/09/200309b.html
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/03/09/200309a.html
(7) 宮本・中島・長谷川・エマニュエル・杉崎・長瀬:“Beyond 5G時代に向けた空間モード制御光伝送基盤技術の研究開発,”電子情報通信学会総合大会,企画シンポジウム,BI-3-1, 2022.

(左から)宮本 裕/渡辺 啓/中島 和秀

既存技術の光通信システムの技術課題であるキャパシティクランチを克服するために、スケーラブル光トランスポート技術を確立し。将来のIOWN APN実現を通して大容量ネットワークインフラ基盤のさらなる進化に貢献していきます。

問い合わせ先

NTT未来ねっと研究所
トランスポートイノベーション研究部
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