グローバルスタンダード最前線
WTSA-20(世界電気通信標準化総会)の報告
新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年に開催予定であった世界電気通信標準化総会(WTSA-20)は2022年3月1~9日までスイス・ジュネーブの現地およびオンラインで開催されました。本稿ではWTSA-20の概要と主な審議内容を紹介します。
山岸 和久(やまぎし かずひさ)†1/後藤 良則(ごとう よしのり)†1
高谷 和宏(たかや かずひろ)†2/荒木 則幸(あらき のりゆき)†3
NTTネットワークサービスシステム研究所†1
NTT宇宙環境エネルギー研究所†2
NTT研究企画部門†3
WTSAの位置付け
WTSA(World Telecommunication Standardization Assembly)は国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)の電気通信標準化部門(ITU-T:ITU-Telecommunication Standardization Sector)の総会であり、4年に一度開催されます。ITU全体の意思決定を行う全権委員会議、理事会などが設置(図1)され、WTSAでは図2のように、総会としての意思決定を行う全体会合(PL: Plenary Session)の配下に5つの委員会(COM:Committee)を設置します。COM1では会議運営、COM2では予算管理、COM3では作業方法、COM4では作業計画・組織、COM5では編集を行います。COM3およびCOM4配下には、詳細な検討を行うため、WG3A、WG3B、WG4A、WG4Bの各2つのWG(Working Group)が設置され、審議が進められます。また、各委員会の審議時間は限られているため、追加審議が必要なものなどはアドホック会合や、決議(Resolution)の修正に関するドラフティング会合が随時開催されます。なお、WTSA-20では、図2のように議長、副議長が選出され、日本からはPL副議長、COM2副議長が選出されました。
WTSAでは、 ITU-Tの活動指針、作業方法など定める決議に関する審議に加え、研究委員会(SG:Study Group)の再編、SGおよび電気通信標準化諮問委員会(TSAG: Telecommunication Standardization Advisory Group)の議長、副議長の選任などを行います。 そのため、WTSAでの議論の多くは政策的課題や組織の運営方針に関するものが多く、SG会合とは異なり、政府関係者の参加が多いことが特徴です。個々の審議では技術的な内容も含まれることから民間企業からの参加も重要な役割を担っています。また、WTSAでは、6つの地域〔アジア太平洋地域(APT:Asia-Pacific Telecommunity)、欧州地域(CEPT:European Conference of Postal and Telecommunications Administrations)、米州地域(CITEL:Inter-American Telecommunications Commission)、アフリカ地域(ATU:African Telecommunications Union)、アラブ地域(LAS:Council of Arab Ministers of Telecommunication and Information represented by the Secretariat-General of the League of Arab States)、ロシア地域(RCC:Regional Commonwealth in the field of Communications)〕からの提案に基づき審議される特徴があります。
新型コロナウイルス感染症のWTSA-20への影響
WTSA-20は当初、インド・ハイデラバードで開催される予定でした。2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症の世界的な拡散に伴い、度重なる延期がされ、最終的には、スイス・ジュネーブの現地およびオンラインによるハイブリッド会議により開催されました。
2022年3月においても、世界的なパンデミックの影響は収まらず、渡航制限を設ける企業も多く、現地参加をやむなく断念する参加者も多い状況になりました。また、渡航者も事前のワクチン接種やPCR検査、会場でのマスク着用が必要となる等、異常事態の中、開催されました(図3、4)。
審議においては、一部の議論を除き、オンライン参加ができるように配慮され、リモート参加が可能となっていました。また、参加者の規律ある行動により、大きな問題なく無事、WTSA-20の審議を完了することができました。なお、WTSA-24はインドがホストすることを表明しています。
SG再編
SG再編はWTSAで扱われる重要な審議事項です。しかしながら、WTSA-20が感染症の影響により延期されたことに伴い、基本的に2017-2020会期のSG体制を維持することが合意され、すでにその運用が2021年より進められていることから、多くの審議はなく、SG体制は決議2(ITU Telecommunication Standardization Sector study group responsibility and mandates)にまとめられることになりました。また、決議2に、セキュリティ関連検討はSG11とSG17が連携して進めることが追記され、その他軽微な改訂を加え、承認されました。さらに各SGから提案されていた課題(Question)についても承認され、新会期が無事、スタートすることになりました。
議長・副議長の選出
議長、副議長の選任に関してはWTSA決議35に規定がありましたが、2018年のITU全権委任会議(PP-18)において新決議208(Appointment and maximum term of office for chairmen and vice-chairmen of Sector advisory groups, study groups and other groups)が承認されたことにより、今回のWTSA20では、上位会議の決議と重複するとしてすべての地域会合からの提案により、決議35の廃止が承認さました。PP決議208では、地域バランスを考慮して各SGの副議長は各地域から3名以内とする規定などが含まれています。今回、PP決議208に基づき、WTSA-20で選任された議長、副議長を表に示します(表内の※は二期目を示します)。TSAG、SG3、5、11、12、13、15、17、20で新任の議長が選任されました。議長の選任にあたっては地域バランスが重視され、日本(SG9とSG13)と韓国(SG17と20)が2名を選出したことを除くと、2名以上を選出した国はありませんでした。なお、日本からは副議長が7名選任され、NTTからも2名が選任されました。
WTSA-20で審議された主な決議
WTSA-20全体では2件(Consideration of organizational reform of the ITU Telecommunication Standardization Sector study groups, A common emergency number for Africa)の新決議が承認され、4件(決議35、45、59、66)の決議が廃止されました。その他の決議は改訂もしくは変更なしで承認されました。以下に主な審議内容を示します。
■決議72/73/79
5G(第5世代移動通信システム)等に関連する無線通信サービスの進展や気候変動に対する関心の高まりを受けて、電磁界への人体ばく露(決議72)、気候変動(決議73)、循環型経済(決議79)に対する改訂提案の議論が行われました。
決議72(Measurement and assessment concerns related to human exposure to electromagnetic fields)に対しては、全地域(APT、CEPT、CITEL、ATU、LAS、RCC)から改訂提案がありました。COM4において各地域から提案された内容はWorking Documentにまとめられ、アドホックで議論することとなりました。改訂のポイントは3つあり、1番目はPP-18で承認された合理化ガイダンスに従う記載内容の合理化、2番目は5G等で新たな周波数帯が使用されることを想定して改訂されたICNIRPガイドライン(2020年3月改訂)への対応、3番目は途上国への支援でした。アドホックでは、前文に記載されている内容の最新化と冗長部分の削除を行い、ICNIRPガイドラインを参照するITU-T勧告策定の推進、途上国等への支援等の内容を追記、更新することで、合意に至りました。
決議73(Information and communication technologies, environment, and climate change)に対しては、LAS以外の5つの地域から改訂提案があり、アドホックで議論されました。改訂のポイントは2つあり、記載内容の合理化と循環型経済をスコープに追加することでした。アドホックでは、冗長部分の削除、循環型経済の気候変動対策への追加、途上国が持つさまざまな条件(地理的、産業構造等)と課題の明確化、さらに生態系の監視を加えるAPT提案の反映が行われ、改訂案が合意されました。
決議79(The role of telecommunications/information and communication technologies in handling and controlling e-waste from telecommunication and information technology equipment and methods of treating it)については、ATUおよびAPTから改訂提案が提出され、非公式のドラフティンググループで改訂案の編集が行われました。記載内容の最新化のほか、電子廃棄物の偽造に対する規制や持続可能な管理の重要性についての記載を追記するかたちで合意されました。
■SG構成再編の検討に関する新決議案
前述したように、次検討会期のSG構成は2017-2020年研究会期の体制を維持することで合意され、決議2におけるSG構成の再編はWTSA24で実施することが合意されました。これに先立ち、TSAGではSG構成の最適配分を目的とした評価指標の分析検討が進められ、2022年1月に開催されたTSAG会合で再編分析に向けたアクションプランが合意されました。このアクションプランは実証分析に基づいて、ITU-Tの潜在的な再構築オプションの徹底的な見直しをめざすもので、WTSA-24でのSG再構築案を承認することを視野に入れて、TSAGからWTSA20にインプットされました。このTSAGが作成したITU-T研究グループ再編の分析に関する行動計画を実施し、TSAGが各SGに対し、再編分析に関する進捗報告を行うことや、次回WTSA24での検討のために、勧告を含む報告書を提出すること等を目的としたITU-Tの組織改革の検討に関する新決議案(Consideration of organizational reform of the ITU Telecommunication Standardization Sector study group)が承認されました。
■パンデミックに関する新決議案
感染症の影響もあり、世界的なパンデミックへの対応やリモート参加に関する提案がされました。
1番目は、アジア、アラブ、アフリカ諸国から、電気通信・情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)が世界的なパンデミックを軽減する役割に関する新決議案が提案され、草案の作成を進めました。新決議案は3つの提案に基づき、アドホックにて合意されたものの、米国から、世界的なパンデミックの問題はITU-Tだけの問題ではないため、次回全権委員会議(PP-22)にて本新決議案を報告すること、重複した活動を避けるために無線通信局(BR: Radiocommunication Bureau)、電気通信開発局(BDT:Telecommunication Development Bureau)に伝えること等が提案され、アクションが承認されました。
2番目は、対面とリモート参加の立場に関する新決議案が提案されました。感染症により、リモート参加が多くなったために提案されましたが、投票権をリモート参加者に与えることができない問題などがあり、さらなる検討が必要なため、新決議を合意することができず、見送ることとなりました。
■AI(Artificial Intelligence)に関する新決議案
アラブ諸国は、AI(人工知能)技術が電気通信・情報通信技術において重要な役割を担っていることから、新決議案を提案し、草案の作成が進められました。一方で、草案作成時に以下の問題点が提起されました。ITU-Tにおいて、すでに多くのSGやFG(Focus Group)でAIを用いた技術の検討が進められていることや、機械学習(ML: Machine learning)に関する記述が決議2にあることから、新決議の作成を見送ることが欧米諸国や日本から提案されました。議論は平行線をたどり、新決議を合意することができず、見送ることとなりました。
■スマートケーブルに関する新決議案
CEPTから津波や地震のような自然災害や気候変動の検知にスマートケーブルが役立つことから新決議案が提案されました。一方で、個別の技術に関して決議を設けることは適切ではないと米国や日本から問題が提起されました。また、技術の重要性は認識されているため、引き続きSG15において検討することが提案されました。議論は平行線をたどり、新決議を合意することができず、見送ることとなりました。しかしながら重要性が認識され、JTFスマートケーブルに関して、他の標準化団体などと連携し、重複した検討をさけること等がWTSAのアクションとして承認されました。
今後の展開
今回のWTSA-20では、AI等の審議において、先進国と途上国間で合意に至りませんでした。途上国からは自国の抱える問題の解決をITU-Tに求める決議の提案が多く、先進国は具体的な問題の決議への記載は避けることを提案しました。この傾向は今後も続くものと考えられます。一方で、先進国と途上国の協力により、多くの決議が改訂され、時代にあった方針になったことはいうまでもありません。
NTTは副議長のポストを2名確保したため、承認された決議の方針に則り、今後の電気通信・情報通信技術に関する活動に取り組んでいきます。