特集
高速光量子コンピュータ実現に向けた連続波・広帯域スクィーズド光源
- スクィーズド光源
- PPLN導波路
- 光量子コンピュータ
近年、世界各国で汎用量子コンピュータの研究開発が加速しており、さまざまな手法が提案されています。NTTでは現在の光通信技術と同じように、伝搬する光の振幅・位相に情報を重畳させる光量子コンピュータの研究開発を進めています。この光量子コンピュータにおいてもっとも重要となるのが、量子性の源となるスクィーズド光源です。本稿では高速・大規模・汎用量子コンピュータ実現に向けた量子光源の研究開発に関して紹介します。
柏﨑 貴大(かしわざき たかひろ)/井上 飛鳥(いのうえ あすか)
梅木 毅伺(うめき たけし)
NTT先端集積デバイス研究所
スクィーズド光を用いた時間領域多重大規模量子もつれ状態の生成
スクィーズド状態は不確定性関係にある非可換物理量(運動量と位置、エネルギーと時間など)のうち片方の量子雑音が圧搾された非古典的な状態です。その中でも直交位相スクィーズド光は、図1(a)に示すように、波動像でみたときには正弦成分もしくは余弦成分の量子雑音が圧縮された光で、粒子像でみたときには偶数光子数状態の光となっています。
この光は、重力波検出や光振幅位相を用いる光技術(連続量光量子技術)のさまざまな場面で利用されています。例えば、2つの真空スクィーズド光を半透過鏡で干渉させることで、決定論的に(100%の確率で)量子もつれ状態を生成することが可能です。これを応用することで図1(b)に示すように時間軸上に連なった(時間領域多重された)大規模な量子もつれ状態が生成されます(1)。NTTは東京大学、理化学研究所と共同で、この大規模量子もつれ状態を計算リソースとして用いる光量子コンピュータの実現に取り組んでいます。
ここで、高速・大規模・汎用な量子コンピュータ実現には、連続波・広帯域・高レベルなスクィーズド光が求められます。任意の量子計算に必要とされる2次元クラスタ状態の生成には、高いスクィージングレベルが求められます。また、連続波かつ広帯域であることで、時間リソースを最大限に発揮することができ、他の方式では困難である高速性、大規模計算性を実現できるからです。
直接接合型の周期分極反転ニオブ酸リチウム導波路
スクィーズド光は非線形光学現象の1つである光パラメトリック増幅により生成することができます。1985年にNa(ナトリウム)原子の三次非線形性を用いて世界で初めてスクィーズド光が生成されました(2)。以来、さまざまな方法でスクィーズド光は生成されており、近年では固体の二次もしくは三次の非線形光学効果を用いる方法が主流となっています。その中でも二次非線形光学結晶による導波路型の光パラメトリック増幅器は原理的に広帯域な特性を発揮できると期待されてきました。しかし、一般的に非線形光学デバイスの加工は難しく、十分に量子雑音が圧縮された品質の良い量子光を生成することは困難とされてきました。高レベルなスクィーズド光の生成には、低損失な光導波路であること、高い非線形光学特性を発揮すること、また、そのために強い励起光に対する耐性を有することが求められます。低損失性が必要となるのは、エネルギーの分割に伴う真空場の混入により量子力学的な光は容易に劣化するからです。
NTTでは、光通信分野への応用として図2(a)に示すような、直接接合型の周期分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically Poled Lithium Niobate)導波路の研究開発を行ってきました。ニオブ酸リチウムは透過帯域が広く高い二次非線形光学係数を有する強誘電体として知られます。また、光伝搬方向に周期的に自発分極の方向を反転させることで、内部を通過する光の非線形相互作用を高めることが可能です。さらに私たちは、接着剤などを用いずに基板に導波路を直接貼り合わせることで、ワット級の強度を有する励起光に対しても動作するデバイスを実現しています。これまで培ってきた作製技術により、近年では高い励起光耐性を有し、低損失で高利得な光パラメトリック増幅器が実現されています(3)。
また、私たちのグループでは、光ファイバ光学部品と結合が容易なモジュール型の光パラメトリック増幅器を開発しています。これは、実用化を見越してメンテナンスフリーな光学系を構築できるようにするためです。これまで量子光学実験はたくさんのミラーやレンズが高精度に並べられた光学定盤上でその原理検証実験がなされてきました。これらの光学系は実験のたびに精密な調整が必要であり実用化において解決すべき問題となっていました。私たちの作製するモジュールは図2(b)に示すように、モジュール内部で励起光とスクィーズド光が分離される構造になっており、それぞれ光ファイバに効率良く結合します。このピグテールモジュールの実現によって、これまで光通信分野で培われてきたような高信頼・高性能な光部品を組み合わせた多彩な操作も期待でき、実機開発を大きく前進させます。
テラヘルツ級広帯域スクィージングの評価
スクィーズド光の量子ノイズの圧縮率(スクィージングレベル)は従来バランス型ホモダイン検波という手法により測定されてきました。この手法では、スクィーズド光の中心周波数と同じ周波数を有する参照光とを半透過鏡で干渉させ、その2つの経路の出力強度の差を電気信号として取り出します。その後、電気スペクトラムアナライザによりノイズレベルが測定されます。そのため、この手法で測定されるスクィーズド光の帯域は、電気回路の帯域に律速され、高々数ギガヘルツまでの成分の測定しかできません。そこで、スクィーズド光をさらに光パラメトリック増幅することでテラヘルツ級の広帯域な成分までの量子ノイズ強度測定手法を考案しました。これは、これまでの手法では量子情報を電気信号に変換していたのに対し、強度の高い光信号に直接変換することを意味します。図3に各側帯波成分でのノイズ強度レベル測定結果を示します。実験結果よりテラヘルツオーダの側帯波成分に関してもショットノイズレベルに比べて6dB以上スクィーズド光のノイズが抑制されていることが観測されました(4)。これは二次元的な量子もつれ構造を持つ大規模量子もつれを生成するのに必要な4.5dBを超える値であり、導波路型光パラメトリック増幅器を用いたスクィージングの世界最高水準の値となっています。
まとめと今後の方針
高速・大規模・汎用量子コンピュータの実現に向けて、PPLN導波路からなる光パラメトリック増幅器を用いた連続波・広帯域スクィーズド光生成に関して報告しました。NTTで培ってきた非線形光学デバイス作製技術により、6THzという広帯域で、かつ6dB以上のスクィージングに成功しました。また、ファイバ接続型のモジュールとして実装することで、光通信部品との互換性を高め、今後の量子コンピュータ開発を見越したデバイス作製に取り組んでいます。今後は、素子作製技術の高度化や最適設計を行うことで、さらなる高性能化をめざします。
■参考文献
(1) W. Asavanant, Y.Shiozawa,S.Yokoyama,B.Charoensombutamon,H.Emura,R.N. Alexander,S.Takeda,J.Yoshikawa,N.C. Menicucci,H.Yonezawa,and A.Furusawa :“Generation of time-domain-multiplexed two-dimensional cluster state,” Science, Vol.366, No. 64463, pp.373-376,2019.
(2) R. E. Slusher, L. W. Hollberg, B. Yurke, J. C. Mertz, and J. F. Valley:“Observation of Squeezed States Generated by Four-Wave Mixing in an Optical Cavity,” Phys. Rev. Lett.,Vol.55,No.22,pp.2409-2412,Nov.1985.
(3) T. Kazama, T.Umeki, S.Shimizu, T.Kashiwazaki, K.Enbutsu, R.Kasahara, Y. Miyamoto, and K.Watanabe:“Over-30-dB gain and 1-dB noise figure phase-sensitive amplification using a pump-combiner-integrated fiber I/O PPLN module,” Opt. Exp.,Vol. 29, No.18,pp.28824-28834, 2021.
(4) T. Kashiwazaki, T.Yamashima,N.Takanashi,A.Inoue,T.Umeki,and A.Furusawa: “Fabrication of low-loss quasi-single-mode PPLN waveguide and its application to a modularized broadband high-level squeezer,” Appl. Phys. Lett.,Vol.119, 251104,2021.
(左から)梅木 毅伺/柏﨑 貴大/井上 飛鳥
問い合わせ先
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機能材料研究部 異種材料融合デバイス研究グループ
TEL 046-240-2022
FAX 046-240-4328
E-mail sende-kensui-p@hco.ntt.co.jp
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