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挑戦する研究開発者たち

世の中の「当たり前」を変革し、社会課題の解決に挑む

さまざまなデータをサイバー空間上で掛け合わせ、その効果・影響をシミュレーションできるデジタルツインコンピューティング(DTC)はIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の主要技術の1つで、社会課題の解決につながる技術として注目されています。このDTCを独自のスタンスから技術開発するNTTデータIOWN推進室 尾島優太氏に研究開発の概要と研究開発に臨む姿勢について伺いました。

尾島優太
技術革新統括本部
技術開発本部 IOWN推進室
NTTデータ

IOWN構想の1つデジタルツインコンピューティングで未来を予測する

現在、手掛けている研究開発について教えてください。

デジタルトランスフォーメーション(DX)、中でも社会広域・複数業界にまたがるDX(ソサイエティDX)の実現をめざして、デジタルツインコンピューティング(DTC)を応用したサービス基盤技術の開発を手掛けています。
まず、デジタルツインとは現実空間の、ヒト・モノ・コトのさまざまなデジタルコピーをサイバー空間上に表現する技術です。サイバー空間上に現実空間を双子(ツイン)的につくり出すことからこう呼ばれています。サイバー空間上でデータ分析や未来予測などのシミュレーションを実行し、その結果に基づく最適な方法や行動を現実空間にフィードバックすることで、街づくりや工場・生産ラインの改善など、社会やビジネスプロセスを進化させることができる技術概念として注目を浴びています。そして、デジタルモデルとして表現されたヒト・モノ・コトに対する複合的な分析によって未来を高精度に予測、最適化するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の主要技術分野の1つです。DTCはこのデジタルツインの概念を発展させたアイデアで、複数のデジタルツインを融合させて扱い、都市におけるヒト、自動車、小売店の関係のようにこれまで総合的に扱えなかった組合せを高精度に再現します。
NTTデータは、このデジタルツインどうしを融合させる技術であるDTCを開発・活用し、「未知の組合せ」によって社会がどう進化できるか、未来予測の実現をめざしています(図1)。

DTCはどのようなニーズにこたえるのですか。社会的背景やその意義を教えてください。

私たちは、現在のマーケティングやビジネスにおいて市場や未来を分析する手法や当たり前になされてきたことを大きく変革しようとしています。
まず、デジタル化の急速な進展・高度化により、全世界で年間に生成されるデータ総量は2025年には約163兆GBと爆発的に増大する見通し(IDC Japanの予測)であることから、データは企業の競争力の源泉となる資産として再定義される傾向にあり、データ取引市場を含むデータ流通の仕組みづくりが急速に進んでいます。加えて、多くのビジネスプロセスはさまざまな事象の複合によって成り立っていますから、さまざまな事象の相互作用をどう分析し、シミュレーションの品質・信頼性を高めていくか、その手法には大きな関心が寄せられています。一方で、SDGsが注目される昨今は、企業は自らのビジネス的な成功だけではなく、自らが営むビジネスが環境や市民にもたらす影響をかんがみ、多面的な観点をもって社会との調和を図ることが求められています。
こうした背景から、社会全体のDTC化を実現することで、今当たり前だと思っているビジネス手法を変化させ、かつ、社会課題の解決にも貢献できると考えられます。例えば、個別の店舗において、人の流れや天気のデータ、飲食店の来客実績データ、SNSデータ等を基にしたデジタルツインを融合して来店予測をし、仕入れや配膳量に反映することで、フードロス改善を実現することができるでしょう。さらにこれをフードサプライチェーン全体でデジタルツインを融合することで、社会全体でフードロス改善を実現するさまざまなサービスが構想できます(図2)。
他にも、予測した結果に基づいて最適な方法や行動を現実空間にフィードバックすることで、街づくりや工場・生産ラインの改善など、社会やビジネスプロセスを進化させることができると考えます。例えば、製造業においては生産ラインの自動化機器導入効果の推定および作業動線などの確認、導入後のスケジューリング最適化、物流業においては稼動率向上のための集配拠点の配置最適化や集配ルートの最適化、さらに、不動産業ではデータを用いたエリアごとのマーケット特性理解のうえで、都市設計・テナント呼込計画の策定、小売り・健康サービス業では地域生活者の生活動線、健康活動実績に基づく商圏分析、商品開発を見込めます。
このように、DTCは各業界、業態のビジネス手法を変革することで、結果的にCO2排出量など、社会全体での最適化が求められる目標の達成も、このDTCによって提供できると考えます。

行動前に結果が分かるから最適なデザインを探索できる

DTCにおけるNTTデータの独自性や事業インパクトについてお聞かせください。

スタートアップ企業や研究所など、さまざまな企業や団体がこのデジタルツインに取り組んでいます。その中で、私たちの独自性が光るのは「サイバーファースト」であることです。一般的なデジタルツインでは、最初に現実空間からデータを収集し、そのデータを基にサイバー空間にツインをつくり上げますが、サイバーファーストなデジタルツインはその逆です。理想とする世界観や要求を、まずはサイバー空間上に仮想的に組み上げて、そこでシミュレーションを繰り返し、デザインした仕組みを現実空間に実装していきます。さらに現実空間での動作結果をリアルタイムにサイバー空間へフィードバックすることから、常に改善し続けていくことができるのです。
最大のメリットは「実際に行動する前に結果が分かる」ことや「最適なデザインを探索できる」ことです。例えば、物流拠点を新規に設置する場合、コストや稼動率を最適にするために場所はどこが適切か、配送手段を変えた場合はどうか、悪天候の場合の影響はどうかなど、さまざまな条件を組み合わせサイバー空間で何度でも試行錯誤できるため、より低コスト・短時間で適切な結果を導くことができます。
ただ、このような素晴らしいメリットを実現するためにはデジタルツインサービスが、現在抱えている課題を解消しなくてはなりません。例えば、現段階では、事例が整理されておらず提案素材が乏しいことや、ユースケースごとにカスタムでAP(アプリケーション)を開発しているため生産性が低いこと、そして、個別のデジタルツインであることから局所最適化されているため、現状は限られたデータソースからつくられた不完全なデジタルツインとなっています。
この現状を打破することを目的に、私たちは複数のデジタルツインを融合した全体最適化サービスを、効率的に開発できる技術開発に挑んでいます。私はそのフレームワーク開発、つまりデジタルツイン開発のための技術やプラットフォームの整備を担っています。

実現に期待が高まります。具体的な計画をお聞かせください。

私たちのめざすDTCサービスでは次のことを実現します。まず、ビジネス課題に応じ、コンポーネントを容易に組み合わせてデジタルツインAPを開発できる方法論とアーキテクチャの開発です。NTTデータの独自性としてはデジタルツイン融合技術とデータ構造化技術を用いる点です。デジタルツイン融合技術を用いて、複数デジタルツイン間の相互作用をモデル化し、全体最適化したい「系」のデジタルツインを合成します。そして、データ構造化技術を用いて、複数データソースを、統計的整合性を満たすように統合することによって高精度なデジタルツインを構築します。
現在は、NTTデータが2022年4月に立ち上げた「デジタルツイン共創プログラム」において、お客さまやパートナーが保有するデータに加えて、地図情報や気象情報のようなオープンデータや人流・交通流データ、ヘルスケアデータなどのデータを掛け合わせた高精度なデジタルツインを試作し、その技術面や事業面での有効性を検証しているところです。デジタルツイン技術のエキスパートがお客さまやパートナーをサポートし、デジタルツインの試作・検証活動を実施しています。
私たちが描いているシナリオでは、イベントによる人流・交通流変化による、混雑解消やイベント効果予測・効果検証をデジタルツイン上で実施するパイロットを年度内に実施予定です。
もちろん、一度でうまくいくとは思っていません。融合する実際のデータはノイズが乗っているなど、想定と違う部分もありますから試行錯誤は必至です。また、得られたオリジナルデータの価値を活かしつつ、無限にある選択肢の中から最適なデータを抽出して正しい予測の得られる組合せを検討すること、処理に時間がかからないようにデータのサイズにも配慮する必要があります。さらに、自社のデータだけではなく、社会全体の最適化をめざすには、各社、各業界が保有するデータを提供していただけるように努めなければなりません。現在は、目標達成のみならず、各社が自社のデータを強みとするために隠匿するのが当たり前の状態を覆し、社会的責任を果たすための体制や基盤づくりに注力しています。

「縁の下の力持ち」も表舞台に立つべきである

研究開発に臨む際に大切にしていることを教えてください。

お客さまのアイデアを実現するために、属人的ではなくシステムとして、確たる根拠や最善策を提示することは価値のある活動であると自負しています。このため、事業会社特有ともいえますが、まず、精度の高いサービスを提供するだけではなく、お客さまに提供するサービス等をいかに分かりやすく説明し、ご理解いただくかに心を砕くことを大切にしています。
これは後輩にも話していることです。お客さまや同僚、専門外の方等、相手に応じて分かりやすく表現していくことをとても大切にしています。言葉の通じる居心地の良い場所ばかりにいることや、自分が手掛けている研究開発を内に閉じ込めていても何も発展しません。
ところで、私は研究開発職に就きたくてNTTデータに入社しました。理由は2つあります。1つは研究室にこもって同じテーマを追究するよりも、お客さまと距離の近いところで自分の専門性を活かしていろいろな仕事をするのが好きなことです。もう1つは研究成果が目に見えて分かるかたちで社会に活かされることですね。研究開発を扱う企業は数多くありますが、その中でもNTTグループであればより大きな事業に取り組めますし、社会に大きなインパクトを与えられると思いました。さまざまなフィールドでビジネスを展開しているNTTデータは、その思いを実現することができる会社です。大げさかもしれませんが、事業部と話をしていると未知なる世界を知り、新しい発見がありますから、テーマもたくさんありすぎて大変なくらいです。
こうした日々の業務において、私が大切にしているのは目の前の課題に一生懸命になるだけではなくて、将来を見据える姿勢を失わないことです。この姿勢で研究開発に臨めば、日々悪戦苦闘していても夢が広がるからです。そして、クリティカルシンキングも大切にしています。世の中にあふれる情報は玉石混交ですから、鵜吞みにせずに真偽を確かめることにも努めています。

今後はどのように研究開発に臨みますか。

まず、専門性を活かしていきたいですね。NTTデータは事業会社という特性も手伝って、マネジメントをめざす方も結構多いのですが、私は自分にしかない知見を活かして広く社会に価値を提供していく研究開発のスタイルをめざしたいと思っています。私はこれまで研究開発者は縁の下の力持ちであると思っていました。研究開発者には日の目を浴びることを目標としない人が一定数います。しかし、私は「研究開発者は日の目を浴びるべき」だと思うのです。縁の下の力持ちとして表舞台に立たなければ、世間には研究開発者がどんな仕事をして、何をしているかは分かりませんし、正体が分からないから興味を持たれることも仕事の醍醐味が伝わることもありません。そうすると、社会課題の解決につながるような仕事をしているにもかかわらず、真の評価が得られにくいのではないでしょうか。
例えば、社会にインパクトを与えた研究開発者の伝記を読んだりしていると、生きている間には理解されないまま亡くなる方もいますよね。そういう方の職人肌ともいうのでしょうか、人に理解されなくてもいいという考えは本当に尊重します。ただ、私は自分の意見を発信したいと思います。研究開発者も社会の一員であり、社会を支える欠かすことのできない存在です。研究開発者も表舞台に立ち、どんな仕事をしているかを表現する力をつけて、表舞台に立つことで「理系・開発職の魅力」が伝わって、研究開発職の人気も高まるのではないかと思っています。