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挑戦する研究者たち

非常識を常識に変えて「当たり前」にするのがシステム研究。キャパシティクランチ克服に挑み続ける

映像データの流通拡大やクラウド技術の進展、5G(第5世代移動通信システム)サービスなど新しい情報通信サービスやリモートワークの急速な普及に伴い、情報通信トラフィックが増大し、今後もその傾向がさらに強くなってくることが予想されます。今後のさまざまなデータトラフィック需要にこたえるためのIOWN オールフォトニクス・ネットワークの実現には、通信容量の飛躍的な拡大とともに、抜本的な低電力化・低遅延化が求められています。新たな「ねっと」の価値を先進の通信技術で切り拓くNTT未来ねっと研究所 宮本裕フェローに研究の進捗と研究活動の醍醐味を伺いました。

宮本 裕
フェロー
NTT未来ねっと研究所

大容量スケーラブル光ネットワーク基盤技術の確立

現在、手掛けていらっしゃる研究概要をお聞かせいただけますでしょうか。

将来的なクラウドサービス拡大やスマートフォン普及などにより増大する通信トラフィックを収容可能な、Pbit/s級のリンク容量を有するスケーラブル光トランスポートネットワークの実現に向け、光通信用大規模デジタル信号処理技術、光電気融合集積技術、極低雑音光増幅SN比向上基盤技術、空間多重光伝送方式基盤技術の4つの基盤技術の確立をめざして研究をしています。
光通信技術の研究開発において世界をリードしてきたNTTは1981年の時分割多重(TDM)光ファイバ通信方式の実用化以来、光増幅中継方式、波長多重(WDM)方式、デジタルコヒーレント方式といった光伝送方式の3つのパラダイムシフトを連続的に起こし続け、40年間で約100万倍の伝送容量拡大を実現してきました。
近年もデータ通信量が引き続き年率1.4倍程度の割合で増加し続けており、5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)が本格的に導入されはじめ、6G(第6世代移動通信システム)も見据えると、今後も通信トラフィックが指数関数的に増大することが予想され、2030年代にはPbit/s級容量の長距離伝送が必要と予測されています。このような通信需要に将来的に対応していくために、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想ではオールフォトニクス・ネットワーク(APN)により、さらなる大容量化を経済的に実現することをめざしています。
一方で、現在実用化されている既存の光ファイバを用いた長距離伝送時の物理的な伝送容量限界が100Tbit/s付近で顕在化すること(キャパシティクランチ)が近年の研究により分かっています。このキャパシティクランチの技術課題を克服し、現在の100倍以上のデータトラフィックを低電力かつ経済的に収容可能なPbit/s級の光インフラを実現するために私たちが取り組んでいるのが、スケーラブル光通信技術の研究開発です。実現にはこれまで取り組んできた光伝送技術の高度化とともに、光ファイバそのものの新たな光媒体技術をセットで考えた技術革新による第4のパラダイムシフトを追究しています。

2年前のインタビュー時から、継続してキャパシティクランチの技術課題に挑まれているのですね。

前回は、私たちの最近の研究開発成果として、リンク当りの伝送容量を、既存の光ファイバを用いた実用WDMシステム容量(100Gbit/s/波長)の125倍以上にあたる1Pbit/s以上に拡大可能な空間多重光通信技術の取り組みや、世界初の1波長当りの1Tbit/s超の長距離WDM伝送実験実証など、当時の世界一、世界初の成果についてお話しました。これらの成果は、所内の光媒体研究部門やデバイス研究部門や所外研究機関とタイムリーに連携した成果です。今期も引き続き、各研究部門の密な連携を通して、特に若手の研究者らを中心にこれらの技術をさらに発展させることで、数々の世界初、世界一の研究成果を創出することができました。
例えば、2022年には、世界で初めて、1波長当り2.02Tbit/s容量のデジタルコヒーレント光信号を用いて、240kmにわたる光増幅中継伝送実験に成功しました(図1)。
この実現にあたり、シリコンCMOSによる半導体回路の速度限界を克服して1波長当りの伝送容量を拡大するためには、光変調器駆動用のドライバアンプのさらなる広帯域化と高出力化の両立、光送受信回路部における信号経路長差や信号経路による損失ばらつき等に対する極めて高精度な補償といった課題がありました。実験では、NTTが独自に開発した超広帯域ベースバンド増幅器ICモジュールと、光送受信回路における損失ばらつきや歪みを超高精度に補償可能とするデジタル信号処理技術を開発し、これらを高度に融合させることで、2.02Tbit/sで240kmの距離の光増幅中継伝送を実現し、大容量化と長距離化を両立可能なデジタルコヒーレント光伝送技術のさらなるスケーラビリティの可能性を示したものです。この技術は欧州光通信国際会議ECOC2022(European Conference on Optical Communication)の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文として採択されました。

横須賀研究開発センタの歴史的な施設で実証実験に挑む

IOWNのAPNの中継網を支えるコア技術ですね。期待が高まります。

他にも、NTT独自の分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically Poled Lithium Niobate)導波路デバイスを用いた広帯域光増幅中継技術にも大きな進展がありました。具体的には、デバイス研究部門と密に連携することで、現在の主流となっている偏波多重デジタルコヒーレント変復調光信号に対応した光パラメトリック増幅を組み合わせた光増幅中継方式を提案し、12THzの広帯域波長多重信号を用いて1波長当り1Tbit/sの光信号を多重し、世界初の光パラメトリック増幅器による240kmにわたる広帯域光増幅中継伝送に成功しました(図2)。現在、広く用いられている光増幅器(EDFA@C帯)の波長多重信号帯域は約4THzであるのに対して、今回開発した光パラメトリック増幅中継器は、EDFAの約3倍の12 THz以上の帯域を増幅でき、光ファイバが低損失となる波長領域(S、C、L帯)をカバーすることで広帯域化による波長資源の拡大が期待できます。広帯域性と低歪み性を持つ本提案技術は、NTTが提唱するIOWN構想において、豊富な波長資源がダイナミックに活用されるAPNの実現に向けたさらなる大容量光増幅技術として期待されています。本成果も、2021年と2022年の北米光通信国際会議OFC(Optical Fiber Communication Conference)の最難関発表セッションであるポストデッドライン論文として採択されました。

空間多重光通信技術においては媒体研究部門と密な連携をされていますね。

私たちは従来のシングルモード光ファイバ(SMF)における広帯域化と合わせて、キャパシティクランチを抜本的に克服するための空間多重光通信技術の研究開発を推進しています。具体的には、1本の光ファイバに光の通り道であるコアを複数有するマルチコアファイバや、1つのコアに複数の伝搬状態(空間モード)を有するマルチモードファイバなど、媒体研究部門と密に連携し、さまざまなタイプの空間多重光ファイバを試作し、将来の新しい伝送媒体としての実現性の研究開発を進めています。また、同時に、それらの新しい伝送媒体の性能を最大限に引き出すための大容量空間多重光通信システムの検討を両輪で進めています。近年では、光ファイバの直径が、既存のSMFと同じ標準クラッド径125µmの空間多重光ファイバが、光ファイバケーブルの量産性に適していることから、標準クラッド径を有しつつ、既存のSMFの10倍以上に大容量化が可能な空間多重光通信技術を検討しています。中でも、複数の空間モードを積極的に活用・制御したモード多重伝送技術は、空間多重光通信システムで課題となっている異なる空間多重光信号間の漏話(クロストーク)等による伝送距離の制限を克服できる技術として期待されており、最近研究を加速検討しています。具体的には、空間モード制御が可能なモード多重光ファイバ実装技術、また、ケーブル敷設特性に起因する動的光学特性に対応して同じ波長で複数の異なる光信号を多重分離可能なモード多重MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)デジタル信号処理構成技術、さらに両者を統合した空間モード多重光増幅中継技術を有機的に連携させた基盤技術の確立です。
モード多重MIMOデジタル信号処理構成技術に関しては、今期は、NTTで6つの独立な空間モードを用いたモード多重光通信において、異なる空間モード間で発生する伝送損失差や伝搬遅延差に対して強い補償特性を有するMIMO信号処理方式や光増幅中継方式を提案することで、6000km以上の長距離伝送の原理実証に成功しました。今年の3月には、さらに10モード多重の長距離伝送実験についても発表予定です。
これらの要素技術群の確立に向けて、一部をNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)委託研究の支援の下で、2021年度から「B5G(Beyond 5G)時代に向けた空間モード制御光伝送基盤技術の研究開発」において、NTTアクセスサービスシステム研究所とともに、国内の4研究機関と共同で本技術の研究開発を加速させています。B5G時代の大容量・長距離基幹光ネットワークを実現する空間多重光伝送システムにおいて、空間モードを制御可能な標準クラッド外径を有する結合型マルチコア光ファイバ(MCF:Multi Core Fiber)ケーブル設計・実装・接続技術と、それに適合する光増幅中継技術、加えて、伝送リンクの動的変動に追随可能な新たな低負荷MIMO信号処理技術を検討することで、空間多重数を10以上に拡大して長距離伝送可能な空間モード制御光伝送基盤技術の確立をめざしています。
この2年の間には、研究所内の地下設備を利用して、種々の空間多重光ファイバケーブルを敷設して現場環境に近い条件下で伝送特性試験を行う段階に進みました。2022年で開設50周年の横須賀研究開発センタには、1970年代に有線通信システム技術の検証をするためにつくられた地下設備(とう道)があります。1970年代半ばの光ファイバ通信システム黎明期に開発された光ファイバケーブルが敷設され、実用化に向けた光ファイバケーブル特性試験が行われました。40年以上前からここで、先人たちが技術を検証して実用化に至ったという歴史的な場所で、新たな実証実験に挑んでいます。

三本の矢のごとく他者と連携して実績を積み重ねる

研究活動においてカギとなることを教えていただけますでしょうか。

光通信システムの研究開発・実用化では、1つの技術のみで実用化することはできません。必要に応じてさまざまな企業等と連携することで、自らの技術ととともに複数の要素技術を組み合わせて目標性能を実証するというプロセスが重要です。現代は、世の中の変化のスピードが速くなっていることから、技術の標準化やグローバルな競争に負けないためには、タイムリーに他の研究機関や研究所内の連携を進めることが非常に重要になります。複数の強い技術を「三本の矢」の話のごとく連携して成果を上げて、実績を積み重ねていく必要があるのです。
フェローとしての役割の1つとしては、若手の研究者が自らのアイデアを試しつつ他の有力な研究者と効果的に連携する場を、いかにタイムリーにつくれるかという点が求められていると感じています。それを実現するには自らが強い技術を持っていることはもちろんですが、強い技術を持つ他の研究者・研究機関との間で、実現するゴールを共有し、信頼関係を築くことが重要になります。普段の学会活動等での情報交換や共同実験等をとおして、実現するゴールを共有できるパートナーを見つけ、タイムリーに連携することを心掛けています。最終的なゴールが、連携するパートナーと一致していれば、何かの困難が発生しても初心に立ち返ってブレることなく先に進むことができると思っています。海外の研究機関などが連携先であれば、文化や商習慣、メンタリティに差があり、微妙な駆け引きなども必要になることもありますが、基本的には国内外意識せずにとにかく新しい技術にチャレンジする際には「まずは面白そうでやりがいがあるので、やってみましょうか」という前向きなマインドを大事にしたいと思っています。
さらに、前回もお伝えしたとおり「今ここ」という大事な瞬間を見逃さないように日頃の準備を重ねておくことも大切だと思っています。そのためにも、私たち自身がどの分野で他を凌駕して、価値を見出せる技術を生み出しているかを理解していることも重要です。また、私たちと組むことで連携パートナーにとって、どんな価値が提供できるかということも意識しておきたい点です。先端技術のことばかり考えていると、このような視点が抜け落ちてしまうので、私たちは、実用化部門の仲間とともに研究開発と実用化を両輪で進めています。

研究者とはどのような存在だと思いますか。

私はシステムの研究者に大事な視点として「非常識を常識に変えて、それを当たり前の技術として社会で役立てていく」ことをお話しました。若い研究者の方にも伝えたいことですが、何事も、最初は「非常識」だと言われることも多いと思います。例えば学会で最初に発表したときには反応はそれほどでもなかったけれど、次の学会では多くの人が似たようなことを始めていて、それがその後の技術トレンドになったということもあります。
是非、失敗を恐れずに面白いと思ったことをまずは貫いてほしいと思います。一方で、いつまで貫けばいいのか、その見極めが難しいかもしれません。ただ、これまでも、なかなか日の目をみなかった技術が、20年後にある技術と組み合わされることで爆発的に普及するという事例も多くありました。目の前の成果に一喜一憂することなく長いスパンで物事を検討し、いつか実用化されるときに備えて自らのアイデアを権利化しておくことも大事です。
最後に、令和3年春に、「コヒーレントマルチキャリア多値変調大容量光伝送方式の開発」に対して関係者を代表して「紫綬褒章」を受章いたしました。今回の受章の対象は、1995年ごろから2010年ごろまでに携わった長距離大容量光ファイバ通信システムの研究開発に関係するものです。受章対象の開発技術は、2007年に、NTTグループの1波長当りのチャネル容量40Gbit/sの波長多重(WDM)光通信システム(システム容量:1.6Tbit/s)において、初めて実用化されました。主な貢献としては、WDM光ネットワークによりデータトラフィックを柔軟に収容するための強力な誤り訂正符号を具備したデジタル多重信号フレーム技術(OTN:Optical Transport Network)、および、従来の2値強度変調直接検波方式にかわる多値差動位相変調技術の実用化とその国際標準化です。開発したこれらの技術は、インターネットの普及や光アクセス回線・スマートフォン(4G)を通したブロードバンドサービスのグローバルな普及を支え、人々のビジネスやライフスタイルの変革に深くかかわる通信インフラ実現技術として、今なお、役立っています。何よりも嬉しいのは、ご指導いただいた諸先輩、苦楽を共にして研究開発・実用化を共に進めてきた多くの関係者を含む「私たち」が追究してきた分野、領域における貢献が、このようなかたちで認められたことです。世の中に実用化される研究開発に従事できること、社会に貢献できることは研究者にとっての醍醐味です。これらもその喜びを大切にしていきたいと思います。