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特集

IOWN実用化に向けたトランスポートネットワーク技術

APNの早期実用化加速に向けた光トランスミッション技術

NTTネットワークイノベーションセンタは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を支えるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)を実現する光伝送ネットワークの実用化のための技術開発・システム開発を行っています。APNの先行リリースの次期光伝送ネットワークとして、通信トラフィック増加に対応する高速化・大容量化のみならず、さまざまなシステムやデバイスを光のまま接続する光インタフェースのオープン化、光ネットワークの提供する付加価値の向上、およびこれらを保守運用するための保全技術について取り組んでいます。

須田 祥生(すだ さちお)/青柳 健一(あおやぎ けんいち)
菅野 康隆(すがの やすたか)/武智 宏人(たけち ひろと)
犬塚 史一(いぬづか ふみかず)/伊達 拓紀(だて ひろき)
臼井 宗一郎(うすい そういちろう)
NTTネットワークイノベーションセンタ

はじめに

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の基盤となるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)(1)は、フォトニクスベースの技術を導入することにより、情報処理基盤のポテンシャルを大幅に向上させようというものです。それに加えて、各機能部を分割整理しオープンなインタフェースを用いて再構成することで、低消費電力、高品質・大容量、低遅延な伝送を実現することをめざしており、「伝送容量を125倍に」「電力効率を100倍に」「エンド・ツー・エンド遅延を200分の1に」の3つの目標性能が掲げられています。APNを実際に利用できるシステムとしてつくり上げていくためには、さまざまな最先端の要素デバイスや最新技術をオープンなインタフェースなど各種規約や制約の下で統合し、組み上げていくための高度なエンジニアリングが求められることになります。
私たちは、APNの早期実現に向け、技術およびマーケットの両面からの先行リリースとなる次期光伝送ネットワークに向けた技術開発およびエンジニアリングを行っています。次期光伝送ネットワークでは、①現時点での最先端の光通信デバイスや最新技術・ノウハウを採用することで伝送容量を10倍に拡大する一方で、ROADM(Re­con­fig­ur­able Optical Add/Drop Multi­plexer)機能部と光送受信機をオープンな光インタフェースで分離し、光 —電気変換を削減することによるシステム消費電力の大幅削減をめざすシステム構成、②APNが提供する付加価値の1つとして、伝送遅延や遅延変動にセンシティブな利用用途に対して、絶対遅延量をマネジメントすることで、インターネットやL2VPNに対してエンド・ツー・エンド遅延および遅延揺らぎを抑制することのできる光送受信機、③これらをシステムトータルで運用していくための保全・制御サブシステムなどの研究開発を行っています。

高速化・広帯域化とオープンな光インタフェース

次期光伝送ネットワーク(図1)は、高密度波長多重技術(DWDM:Dense Wavelength Division Multi­plexing)およびデジタルコヒーレント技術をベースとした光伝送ネットワークでありつつも、複数波長バンドにまたがって、1波長当り約1Tbit/sの光信号を多重することで、伝送容量の拡大を実現します。また、ROADM機能と光送受信機能を機能分離(ディスアグリゲート)し、その間をオープンな光インタフェースとして規定することにより、さまざまな光送受信機を用いて遠隔地を光信号のまま接続できることをめざしています。

■1波長当り1T級の光信号伝送

次期光伝送ネットワークでは、光送受信機に世界最先端のデジタル信号処理プロセッサ(DSP:Digital Sig­nal Processor)*1を採用し、光信号の変調レートの高速化と変調多値度の向上を図ることで、1波長当りの伝送容量を増加させます(長距離:800Gbit/s/波長、短距離:1Tbit/s/波長)。また、ROADM機能部の光設計を見直し、光雑音や光信号の歪みを適切にコントロールすることで、高速な光信号を安定的に伝送できるようにします。

*1 DSP:NTT研究所では2022年に1Tbit/s級の信号処理が可能な最新のDSPを開発しました。https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/09/05/220905a.html

■複数波長バンドを用いた多重

従来、NTTの光伝送ネットワークにおいては、長距離伝送に適しているとされた分散シフトファイバ(DSF:Dispersion Shifted Fiber)(2)を使用してきました。しかし、DSFはその特性上、高速光伝送を行ううえで大きな波形歪みの原因となるゼロ分散波長が存在することで、実質上、Cバンドを使用した光伝送を行うことができず、Lバンドしか利用することができませんでした。今回、カットオフシフトファイバ(CSF:Cut-off Shifted Fiber)(3)を利用できる環境が整ったことから、次世代光伝送ネットワークではCSFに適した光設計・システム設計を行い、CバンドとLバンドの両方を活用することで、伝送容量を倍増させます。

■オープンな光インタフェース

光伝送ネットワークの各機能部間をマルチベンダで接続して相互運用するためのインタフェースを定義したOpen ROADM MSA(Multi-Source Agreement)*2では、400G対応ノードへの拡張が進められています(4)。また、QSFP-DD(Quad Small Form-factor Pluggable-Double Densi­ty)*3などのプラガブル光モジュール間の相互運用仕様を定義したOpen ZR+ MSAでは技術仕様2.0版が新たに公開される(5)など、通信事業者やハイパースケーラ、光モジュールベンダの参加による光伝送システムのオープン化やディスアグリゲーションに向けた動きが加速しています。
次期光伝送ネットワークでは、これらのMSA標準を積極的に採用することで光インタフェースのオープン化を実現し、APNのめざすさまざまなシステムやサービスへのエンド・ツー・エンドの光接続の提供をめざします。

*2 MSA:製品仕様の標準化によりユーザ利便性を高め、市場規模を拡大することを目的として、互換性のある共通仕様の製品を各社が開発・製品化するための取り決め。
*3 QSFP-DD:光モジュール規格の一種。

遅延をマネージする光送受信機

遅延量をマネジメントできる光送受信機として、遅延マネージド伝送システムの研究開発を進めています。
通信ネットワークの利用高度化やコロナ禍の影響により、リモートアクティビティが急速に拡大している中で、複数拠点間での協調性や同期性が重要視されるアクティビティでは、通信遅延やその揺らぎがユーザエクスペリエンス(UX)に与える影響は非常に大きなものとなっています。
例えば、複数拠点から選手が参加するeスポーツ大会において、選手の参加拠点によっては公平な試合が成立しなくなってしまいます。eスポーツ用サーバを東京に設置した場合、東京と福岡では約30ms(60FPSの場合、2フレーム)の差が生じてしまいます(図2左)。これは、物理的な距離が異なることによる伝送遅延(濃いグレー)のほかに、インターネットサービスプロバイダ(ISP)などのネットワーク内部でのルータ等の機器による処理遅延(薄いグレー)が生じるからです。さらにISPネットワーク内部での処理遅延は一定ではなく、eスポーツ以外のトラフィックの影響を受けて時刻により変化(オレンジ矢印の幅)していきます。
一般的に低遅延で接続するユーザのほうが早く反応し操作できることから、サーバが設置された東京に近い拠点から参加している選手が明らかに有利となってしまいます。
遅延マネージド伝送システムでは、インターネットを介さない通信環境を用意することで遅延発生を極限まで抑制する(図2右 薄いグリーン)とともに、ユーザ間の遅延時間の公平性を保つ目的で遅延が大きい回線に合わせて遅延を付与する制御を行います(図2右 濃いグリーン)。これにより、ユーザ間での遅延差をゼロにすることができます。このような超低遅延で通信遅延差がなくかつ遅延揺らぎもない安定した通信環境の実現により、公平な対戦が可能になります。

■OTNプロトコルを活用した通信制御

遅延マネージド伝送システムでは、まず、物理的極限に迫る低遅延を実現するため、OSI(Open Systems Inter­connection)参照モデル*4の物理層であるレイヤ1のOTN(Opti­cal Transport Network)*5プロトコルを用いています。レイヤ1通信は回線交換方式であり、通信相手との接続が確立した後は、通信帯域が占有され、原理的には遅延揺らぎもなく通信帯域が固定された通信を実現できます。また、レイヤ1だけで通信制御を行う場合は、レイヤ2や3のようなパケット再送処理やパケットキューイング処理が不要なため、物理的な限界に近い低遅延を実現できます。
次に、遅延マネジメントを実現するために、遅延マネージド伝送システムを構成する装置内で、ITU-T G.709で規定された遅延測定情報を用いてエンド・ツー・エンドでの遅延時間を測定し、OTN信号データをユーザ間の所望の遅延時間分だけ装置内のFIFOメモリに蓄積して遅延時間を調整します。

*4 OSI参照モデル:国際標準化機構による通信機器機能を階層構造に分割したモデル。
*5 OTN:国際標準化機関ITU-Tで規定される光伝達網に関する通信規格。

■eスポーツ大会への適用を想定したデモンストレーション

2021年11月に開催された“NTT R&D FORUM — Road to IOWN 2021”と2022年1月に開催された“docomo Open House’22”にて、対戦格闘ゲームを用いたeスポーツ大会のデモンストレーションを行いました。プロチームに所属するeスポーツ選手2名が、50msの遅延時間差のある従来のインターネットを模擬した通信環境と、選手間の通信遅延差がゼロの通信環境でそれぞれ対戦しました。インターネット接続を模擬した不公平な通信環境では、遅延がある側の選手の勝率は10.9%と明らかに低くなりました。一方、遅延を同一に調整した公平な通信環境下では、同選手の勝率は54.3%となりました。
遅延マネージド伝送システムにより、eスポーツを含むエンタテインメント領域を皮切りに、文化芸術、リモートワーキング、教育、遠隔医療、遠隔コラボレーションなど、遅延にセンシティブなアプリケーションにおけるUX変革をもたらすことができると考えています。

保守・運用の高度化に向けた取り組み

光伝送ネットワークは、容量増加により光伝送装置の故障時の影響も増大します。光パス両端の光送受信機で通信エラーが発生するような光信号の品質低下が発生していても、その起因となる異常が光パスの中継区間にあるROADMを構成する光アンプや波長選択スイッチにあった場合に、ROADMでは異常を検出できないケースがあります。こうしたケースでは、広範な被疑部位から品質低下を引き起こした部位を速やかに特定することができず、設備復旧が長期化してしまうことがあります。
そのため、高速化・大容量化や光インタフェースのオープン化により光接続領域を拡大させていくときには、光伝送ネットワークの故障の影響を極小化するとともに、早期に設備故障を把握できるように保守のための技術も高度化していくことが必要となります。
そこで、私たちは、従来の警報監視のみでは故障復旧までの期間が長期化してしまう課題を解決するために、故障にはまだ至らないレベルの光信号の特性変化を予兆としてとらえ、故障が予想される部位を事前に特定しておくことで、故障交換までの時間を短縮すること、ひいては事前交換よる故障回避に向けた光伝送ネットワークのプロアクティブ保守技術を検討しています。
本技術では、保守運用には活用されていなかった光信号の特性情報をきめ細かく収集・解析することで、故障予兆の検出と部位特定を高精度に実現することをめざしています。光伝送ネットワークから取得する特性情報としては以下の3点を検討しています。
① 性能情報(Performance Mon­i­tor):従来15分単位でしか取得できていなかった性能情報を、より短いインターバルで測定しリアルタイムに収集することで故障解析に活用します。
② DSPの内部情報:光送受信機において光信号の劣化を補償し復調するDSPから、光信号の強度、雑音量、波形歪みなどの情報を新たに収集し解析します。
③ 光スペクトル情報:中継区間ごとのROADM内部の光信号・雑音比などを新たに収集し解析します。
これらの特性情報を光パスの収容を含む光伝送ネットワークの構成情報と紐付け、故障に至るであろう劣化部位を高精度に特定すること(図3)、および劣化部位の特性の時系列変動からサービス影響時期を予測することを検討しています(6)

おわりに

APNの早期実用化に向けて、その先行版となる次期光伝送ネットワークにおける研究開発の取り組みについて説明しました。今後も、APNの要素技術については、実験室レベルで完成度が高まった技術を、順次、適切なタイミングで、システム化に向けてエンジニアリングしていくことにより、低消費電力、高品質・大容量、低遅延の光伝送ネットワークの実現に向けて研究開発を進めていきます。

■参考文献
(1) 西沢・可児・濱野・高杉・吉田・安川:“IOWN Global Forumにおけるオープンオールフォトニクス・ネットワークの検討,”NTT技術ジャーナル,Vol.34, No.3, pp.12-16, 2022.
(2) https://www.itu.int/rec/T-REC-G.653/en
(3) https://www.ttc.or.jp/application/files/9015/5419/2769/JT-G654v1.pdf
(4) https://www.ofsoptics.com/wp-content/uploads/OFC-22-OpenROADM-press-release-final.pdf
(5) https://openzrplus.org/documents/
(6) https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/07/21/220721b.html

(上段左から)須田 祥生/青柳 健一/菅野 康隆
(下段左から)武智 宏人/犬塚 史一/伊達 拓紀/臼井 宗一郎

私たちは、実際に動き使えることを重視して技術開発やシステム開発に取り組んできました。それは、本稿で紹介した高速広帯域化、遅延マネージ、保守・運用の高度化であっても変わりません。来るべきIOWN時代に向けて、使える光ネットワーク技術を提供していきますのでご期待ください。

問い合わせ先

NTTネットワークイノベーションセンタ
企画担当
TEL 0422-59-3113