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特集

3GPP Release 17標準化活動

3GPP Release 17における産業創出・ソリューション協創向け高度化技術

近年、スマートファクトリーなど、移動通信業界にとどまらないさまざまな産業分野において、5G技術の活用が想定されています。3GPP Release 17(Rel-17)では、Rel-16と比較してさらに幅広いユースケースおよび高度なソリューションをターゲットとした仕様化が行われました。本稿では、3GPP Rel-17における産業創出・ソリューション協創に資する無線アクセス仕様を解説します。

熊谷 慎也(くまがい しんや)/髙橋 優元(たかはし ゆうき)
吉岡 翔平(よしおか しょうへい)/井上 翔貴(いのうえ しょうき)
閔 天楊(びん てんよう)/岡村 真哉(おかむら しんや)
NTTドコモ

はじめに

第5世代移動通信システム(5G)技術は、さまざまな産業の発展や多岐にわたる社会課題の解決を支える重要な要素として考えられており、その中でも特定のユースケース・サービスの実現に資する無線アクセスネットワーク技術の検討が進められてきました。3GPP(3rd Generation Partner­ship Project)Release 17(Rel-17)では、Rel-16において想定された産業連携領域に向けた無線技術のさらなる高度化、および産業連携領域を拡大する技術の仕様化が行われました。
本稿では、産業連携を主なターゲットとした各種ソリューション(産業連携ソリューション)について、3GPP Rel-17の検討背景および実現のための無線関連の要素技術を解説します。

産業連携ソリューションの検討背景

3GPP Rel-17に関連する産業連携ソリューションとその背景、および技術要件について紹介します。

■スマートファクトリー

産業連携ソリューションの1つであるスマートファクトリーでは、高信頼・低遅延な無線ネットワークを通じて工場内のあらゆる機器が相互に接続して自動制御などが行われます。Rel-16においてこれを実現するための要素技術がすでに仕様化されましたが(1)、さらなる高信頼化・低遅延化を目的としてRel-17においても引き続きスマートファクトリーが検討の対象とされました。
例えば、工場モーション制御自動化*1についてはRel-16およびRel-17において「20bytesのパケットを、2ms以下の遅延かつ99.9999%以上の信頼度で送信すること」を目標値としています。また、確定性通信*2のための時刻同期精度として「1μs以下」を目標値としています。加えて、スマートファクトリーの実現のためには機器の正確な位置情報をリアルタイムに取得することが求められます(2)。しかしながら、屋内においてはGNSS(Global Navigation Satellite System)*3信号の受信が難しいことから、RAT(Radio Access Technology)*4信号を用いた高精度測位と低遅延測位の実現が要求され、水平誤差0.2m未満・垂直誤差1m未満の測位精度と、エンド・ツー・エンドで100ms未満の測位遅延をターゲットに仕様化されました。またAGV(Automated Guided Vehicle)*5のように安全性を求められるケースにおいては、位置測位の信頼性が確保できていることを確認するために、位置測位に対するインテグリティが仕様化されました。

*1 工場モーション制御自動化:工場内で生産マシンの動作(移動や回転など)を所定の周期で厳格にコントロールする自動制御システムのこと。例えば、大型印刷マシンやパッケージングマシンにこのモーション自動制御システムが組み込まれています。
*2 確定性通信:許容遅延時間内にデータ到達を保証する通信のこと。
*3 GNSS:GPSや準天頂衛星などの衛星測位システムの総称。
*4 RAT:NR、LTE、3G、GSM、Wi-Fiなどの無線アクセス技術のこと。
*5 AGV:無人搬送機。移動型ロボットの一種で、自動操縦で工場や倉庫において商品や材料などを搬送することができます。

■IoT

これまでのセルラ通信では、スマートフォンや産業用などの高機能端末、およびセンサなどのIoT(Internet of Things)端末を対象とした無線規格が仕様化されてきました。IoT端末のうちハイエンドIoT端末に対してはモバイルブロードバンドの高度化(eMBB:enhanced Mobile BroadBand)や高信頼・低遅延通信(URLLC:Ultra-Reliable and Low Latency Communications)にかかわる無線仕様が用いられ、ローエンドIoT端末については、NB(NarrowBand)-IoT*6やeMTC(enhanced Machine Type Communication)*7といったLTE-IoT規格が収容します。一方で、これらの無線仕様やLTE-IoT規格などは、ハイエンドIoT端末とローエンドIoT端末との間を補完するミドルレンジIoT端末、例えば産業向け無線センサ、監視カメラ、ウェアラブル端末には最適化されておらず、ミドルレンジIoT端末に適した無線規格の検討が進められました(図1)。それぞれのユースケースに対する要求条件を図2に示します。

*6 NB-IoT:eMTCよりもさらに狭い周波数帯を用いてIoT(センサなど)向けに低速データ通信を行う端末用LTE通信仕様。
*7 eMTC:狭い周波数帯を用いてIoT(センサなど)向けに低速データ通信を行う端末用LTE通信仕様。

■空中・海上・山間部などの新カバレッジ

多様な産業連携ソリューションの実現のために、これまでモバイルネットワークによってカバーされていないエリア、例えば空中・海上・山間部などあらゆる場所へ5Gネットワークを拡張することが望まれています。一方で、従来の地上基地局でこれを実現することはコスト観点から非常に難しく、災害に対する堅牢性の課題も存在します。そこで5Gネットワークの領域拡大に向けて非地上ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Net­work)*8が注目を集めており(図3)、衛星通信業界から多数の企業が3GPPに参加して議論が進められてきました。この5Gネットワーク拡張によりモバイルブロードバンド通信や放送系サービス、安全・防災(Public safety)サービスなどを、移動時や災害時を含めて常に提供することが可能になります。NTNの具体的な対象ユースケースは、文献(3)にまとめられており、図4に示すとおり大きく4つに分類することができます。

*8 非地上ネットワーク(NTN):衛星やHAPSなどの非陸上系媒体を利用して、通信エリアが地上に限定されず、空・海・宇宙などのあらゆる場所に拡張されたネットワーク。

産業連携ソリューションを実現する要素技術

前述した3つの産業連携ソリューションや、これらにとどまらないさまざまな産業連携ソリューションの実現に向けて、Rel-17では以下の無線技術の検討および仕様化が行われました。URLLC/TSN(Time Sensitive Network)*9/Positioning*10/RAN(Radio Access Net­work)*11Slicingをスマートファクトリーに、RedCap(Reduced Ca­pa­bil­i­ty)をIoTに、NTNを空中・海上・山間部などの新カバレッジに、それぞれ適用することが期待されます。それぞれの要素技術において行われた技術拡張を以下に列挙します。

*9 TSN:時刻を厳密に取り扱うネットワークのこと。
*10 Positioning:位置測定のこと。
*11 RAN:コアネットワークと端末の間に位置する、無線基地局および無線回線制御装置などで構成されるネットワーク。

■URLLC

URLLCについては、下記の技術拡張が行われました。
① 低遅延通信のための技術拡張:上りリンクを送信するセルの動的切り替え等を仕様化
② システム利用効率向上のための技術拡張:フィードバックの送信タイミングの延期等フィードバック機能の拡張機能を仕様化
③ 通信の信頼性を向上させる技術拡張:端末が報告する高粒度のチャネル品質指標等を仕様化
④ eMBBの高信頼・低遅延化のための技術拡張:eMBB通信とURLLC通信の同時送信を仕様化
⑤ アンライセンスバンド*12におけるURLLC機能の技術拡張:特に上りリンク機能をアンライセンスバンド向けに最適化することでさらなる遅延の低減を実現

*12 アンライセンスバンド:行政による免許割当てが不要で、特定の通信事業者に限定されずに使用可能な周波数帯。

■TSN

TSNについては、下記の技術拡張が行われました。
① 高精度時刻同期:端末と基地局間の伝搬遅延による同期誤差を補償し、セル半径が大きい場合でも高精度同期を実現
② TSNトラフィックに基づく信頼性向上技術:無線品質が悪化する際に端末が自律的にデータを複製して送信することで冗長性を高め、高信頼性を実現

■Positioning

Positioningについては、下記の技術拡張が行われました。
① 測位精度向上技術:測定時間誤差補償、直接波検出、測定伝搬路数拡張、補助情報拡張によって、測位精度向上を実現
② 測位低遅延化技術:MGの事前設定、MG-lessの測位、RRC_INACTIVE状態の測位、on-demand DL-PRSによって、測位低遅延化を実現
③ インテグリティ:GNSSベース測位を対象に、取得した位置情報の信頼性を計る指標を仕様化

■RAN Slicing

RAN Slicingについては、下記の技術拡張が行われました。
① スライスを意識したセル再選択:スライスを意識したセル再選択のための補助情報をUEへ通知する機能を仕様化
② スライスを考慮したRACH(Random Access CHannel)の優先制御:高優先スライス専用のRACHパラメータやリソースを導入し、高優先スライスのRACH優先制御を実現

■RedCap

RedCapについては、下記の技術拡張が行われました。
① 無線機能の簡易化:端末がサポートする最大帯域幅、受信ブランチ数、変調多値数、複信方式を簡易化し、端末コストの削減を実現
② 端末省電力機能:待受け中の受信周期の拡張、隣接セルの無線品質測定の緩和によって、端末の消費電力削減を実現
③ カバレッジ拡大機能:任意の端末を対象に上りリンクチャネルのカバレッジ拡大機能を仕様化(4)

■NTN

NTNについては、下記の技術拡張が行われました。
① 時間同期:衛星・飛行体の軌跡情報を利用して上りリンク送信タイミングを決定し、大きな伝搬遅延の補償を実現
② スケジューリング・HARQ:並列処理数の拡張、フィードバック機能の無効化等によって、スケジューリング機能をNTN向けに最適化
③ Mobility:端末とセルとの距離やセルカバレッジ有効時間をセル遷移のトリガに追加し、Mobilityの性能向上を実現
それぞれの技術詳細については、NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル2022年10月号をご覧ください。

おわりに

本稿では、Rel-17で規定された産業連携ソリューション向け無線技術について解説しました。Rel-18においてもRedCap/NTNの拡張技術や、仮想現実(VR:Virtual Reality)・拡張現実(AR:Augmented Reality)といったXR(eXtended Reality)向け技術の検討が進められており、さらなる産業創出・ソリューション協創をめざした仕様化が見込まれます。NTTドコモは引き続き5Gのさらなる発展に貢献していきます。

* 本特集は「NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル」(Vol.30、No.3、2022年10月)に掲載された内容を編集したものです。

■参考文献
(1) 青柳・巳之口・原田・閔・髙橋・吉岡:“産業創出・ソリューション協創に向けた5G高度化技術,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル,Vol.28,No.3,pp.65-81,Oct. 2020.
(2) 3GPP TS22.261 V17.10.0:“Service requirements for the 5G system,”March 2022.
(3) 3GPP TR38.811 V15.4.0:“Study on New Radio(NR)to support non-terrestrial networks,”Oct. 2020.
(4) 松村・芝池・栗田・小原・小熊・渡邊・大川・高宮:“3GPP Release 17におけるモバイルブロードバンド向け高度化技術,” NTT DOCOMOテクニカル・ジャーナル,Vol.30,No.3,pp.78-100,Oct. 2022.

(上段左から)熊谷 慎也/髙橋 優元/吉岡 翔平
(下段左から)井上 翔貴/閔 天楊/岡村 真哉

NTTドコモは、産業連携ソリューションのさらなる高度化・多様化を実現する無線ネットワーク技術を検討・仕様化し、社会課題を解決して生活を豊かにするサービスの実現に貢献していきます。

問い合わせ先

NTTドコモ
R&D戦略部
E-mail dtj@nttdocomo.com