NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

特集

2次元半導体を用いたプラズモン制御技術

半導体2次元系におけるプラズモン研究の概要と展望

プラズモンとは電荷の疎密波であり、センサ等に利用されています。近年では、光をプラズモンに変換し、光の回折限界より狭い領域を伝播させることが可能であることから、新たな情報担体としても注目されています。本特集では、NTT物性科学基礎研究所で進めているプラズモン制御応用およびプラズモンを利用した基礎物性解明をめざした研究の概要と展望を紹介します。

熊田 倫雄(くまだ のりお)†1/熊倉 一英(くまくら かずひで)†2
NTT物性科学基礎研究所†1
NTT物性科学基礎研究所 所長†2

プラズモンとは

気体の温度を上げていくと、原子核から電子が分離し、正イオンと陰イオンが生成されます。このような電離した状態をプラズマと呼び、自然界では雷やオーロラに見ることができます。高い熱や電圧を印加することで人工的にプラズマを生成することも可能であり、溶接や半導体加工、核融合等で利用されています。ここまで示した例はすべて気体中のプラズマですが、金属や半導体等の固体中でも自由電子に由来したプラズマが存在します。ただ、固体中では電荷密度が高く、一般的な温度における熱エネルギーよりクーロンエネルギーが高いために、プラズマの振る舞いが気体中とは大きく異なってきます。固体中で電子密度に偏りが生じると、それを打ち消す方向に電場が発生します。この電場により電子は加速され、電荷密度が一様な状態に向かいますが、慣性によって行き過ぎてまた引き戻されるような、ばねの縦波に似た電荷振動が起きます(図1)。このプラズマ振動を量子として扱う場合に「プラズモン」と呼びます。

プラズモニクス

プラズモンの特徴の1つに、同じ周波数の光より波長が短く、光の回折限界*1より小さい領域に閉じ込めることが可能であるという点があります。この利点を活かすことで、ナノ領域でのプラズモンの制御・応用をめざした技術を「プラズモニクス」と呼びます(図2)。プラズモニクスの代表的な例として、バイオセンサが挙げられます。これは、金属ナノ粒子におけるプラズモンが金属表面の状態に敏感であることを利用しており、ターゲットとなる分子等が金属表面に付着した際に起こるプラズモン周波数変化や減衰を検出するものです。ほかにも、金属ナノ粒子や針の先端でプラズモン電場が増強されることを利用した表面増強ラマン分光(または先端増強ラマン分光)、高効率光電変換等に応用されています。さらに近年では、光をプラズモンに変換してナノ領域での伝播を制御するナノフォトニクスや、光の波長より小さい周期構造におけるプラズモン電場を用いて、物質の光学的な性質を人工的にデザインするメタマテリアルの分野でもプラズモニクスが注目を集めています。

*1 回折限界:光の回折による光学分解能の限界。波長に比例します。

半導体2次元系におけるプラズモン

一般的にプラズモニクスの研究・応用は、金属表面に現れる表面プラズモンを用いて行われていますが、金属の表面プラズモンは、ロスが大きい、制御性が乏しいといった問題があり、応用範囲が限定されています。一方、私たちは半導体積層構造中に2次元的に閉じ込められた電子層や炭素の1原子層であるグラフェンにおけるプラズモンに注目して研究を行っています。これらの半導体2次元系では、外部電場を調整することによりプラズモンの特性を変調可能であり、これによってプラズモン素子の電気的制御が可能となるという大きな利点があります。また、2次元面に垂直に磁場を印加すると、試料端に沿って1次元的に伝播するエッジマグネトプラズモンと呼ばれる特殊なプラズモンが現れることが知られています(図3)。さらに、半導体では金属と比べて電荷密度が低いことからクーロンエネルギーが相対的に小さく、力の弱いバネの波のように、プラズモンの速度は遅く波長は短くなります。波長が短いほど狭い領域に閉じ込めることが可能であり、金属表面プラズモンでは不可能な領域での応用が期待されています。

NTT物性科学基礎研究所での取り組み

NTT物性科学基礎研究所では、半導体2次元系におけるプラズモンに関して、応用・基礎物性解明の両面から研究を進めています。本特集は、最近進展のあった4つのトピックスに関するものです。詳細は各記事を読んでいただくとして、ここでは、ごく簡単な概要を紹介します。

■グラフェンを用いたテラヘルツプラズモンの動的空間制御

グラフェンにおけるプラズモンは、テラヘルツ〜中赤外領域でロスが小さい、一定周波数での波長が電荷密度によって変化する、という特性があります。1番目の記事では、電荷密度をゲート電圧によって空間的に変化させることにより、特定の場所に、特定の周波数のプラズモンを励起させることに成功した成果を紹介します(1)(2)。この成果を発展させることで、グラフェン上に動的制御可能なプラズモン回路を構築することをめざしています。

■グラフェンにおける超高速光−電気変換プロセスの解明

2番目の記事は、光熱電効果*2を使ったグラフェン光検出器として世界最高動作速度220GHzを実現し、グラフェンにおける光−電気変換プロセスを明らかにした成果に関するものです(3)(4)。光検出器は情報通信、センサ等で利用されている光技術のキーデバイスですが、この成果は超広帯域高速光検出器としてのグラフェンの潜在能力の高さを示したものです。この成果を応用することで、オンチップでのプラズモン励起、検出も可能となります。1番目の記事で議論しているプラズモン回路と組み合わせることで、プラズモンの伝播を動的に制御可能となることが期待されます。

*2 光熱電効果:物質に吸収された光が熱に変換され、物質中に生じた熱勾配により電圧が発生する効果。これを利用することで、光信号を電気信号に変換できます。

■エッジマグネットプラズモン結晶の理論提案

3番目の記事は、周期的に加工された2次元人工結晶構造におけるネットワークをエッジマグネトプラズモンが伝播する際の現象や機能性を理論的に解析した成果です(5)(6)。エッジマグネトプラズモンの伝播を光に近い描像で理解し、得られた知見を光の操作性向上に利用することを模索しています。

■2次元電子・正孔系におけるプラズモン伝導の時間分解測定手法

4番目の記事は、プラズモンの伝播特性を測定することで、系の状態を調べるという基礎研究に関する成果です。特殊な半導体積層構造中に形成された2次元電子系と2次元正孔系が共存した系において、エッジマグネトプラズモン伝導の時間分解測定を可能とした成果です(7)(8)。これにより、この系における高周波伝播速度や減衰メカニズム等の物性が明らかになります。この研究を発展させることで、将来的には、トポロジカル量子計算への応用をめざしています。

今後の展望

2005年に初めてグラファイトから剥離するかたちでグラフェンが作製されて以来、さまざまな原子層2次元物質やそれらの積層により自然界には存在しない物質が作製可能となり、材料研究は飛躍的に進展しています。これらの新規材料では、新たなプラズモン機能の発見やプラズモンを利用した物性解明が期待されています。NTT物性科学基礎研究所では、基礎・応用両面から半導体2次元系におけるプラズモン研究を進めており、これらの研究に携わる研究者間のコラボレーションによる独創的な視点でインパクトの高い成果を継続的に創出することをめざします。

■参考文献
(1) 熊田:“グラフェンを用いたテラヘルツプラズモンの動的空間制御,”NTT技術ジャーナル,Vol.35,No.3,pp. 17-19,2023.
(2) N. H. Tu, K. Yoshioka, S. Sasaki, M. Takamura, K. Muraki, and N. Kumada: “Active spatial control of terahertz plasmons in graphene,” Communications Materials,Vol.1, No.7, 2020.
(3) 吉岡・若村・熊田:“グラフェンにおける超高速光─電気変換プロセスの解明,”NTT技術ジャーナル,Vol.35,No.3,pp. 20-23,2023.
(4) K. Yoshioka, T. Wakamura, M. Hashisaka, K. Watanabe, T. Taniguchi, and N. Kumada: “Ultrafast intrinsic optical-to-electrical conversion dynamics in a graphene photodetector,” Nat. Photon.,Vol.16, No.10,pp.718-723,2022.
(5) 佐々木:“エッジマグネトプラズモン結晶の理論提案,”NTT技術ジャーナル,Vol.35,No. 3,pp. 24-27,2023.
(6) K. Sasaki: “Band structures of edge magnetoplasmon crystals,” Phys. Rev. B,Vol.105, No.7,075312,Feb. 2022.
(7) 鎌田・入江・熊田・村木:“2次元電子・正孔系におけるプラズモン伝導の時間分解測定,”NTT技術ジャーナル,Vol.35,No.3,pp.28-31,2023.
(8) H. Kamata, H. Irie, N. Kumada, and K. Muraki:“Time-resolved measurement of ambipolar edge magnetoplasmon transport in InAs/InGaSb composite quantum wells,”Phys. Rev. Res.,Vol.4, No.3,033214,Sept. 2022.

(左から)熊田 倫雄/熊倉 一英

近年、グラフェンをはじめとする2次元材料研究が著しく発展しており、それらの材料におけるプラズモン研究の重要性も増しています。今後も、基礎・応用両面から、独創的で国際的に高い水準の研究を推進します。

問い合わせ先

NTT物性科学基礎研究所
量子固体物性研究グループ
TEL 046-240-3418
E-mail norio.kumada.rb@hco.ntt.co.jp