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挑戦する研究開発者たち

世の中を便利にしていく技術や手法の「目利き」として、お客さまの思考を先取りしたネットワークアーキテクチャを追求する

質の高いサービスをタイムリーにお客さまに提供するため、事業に密着したトライアルなどの応用的研究開発に挑むNTT西日本。NTT研究所が手掛ける基盤的研究開発の成果、グループ会社や他企業の技術も活用し、効率的な実用化開発や応用的研究の推進に取り組んでいます。NTT西日本 芳政信氏に現在の研究開発の進捗と研究開発者としての姿勢を伺いました。

芳 政信
技術革新部 R&Dセンタ
ネットワークサービス担当
NTT西日本

柔軟かつ即時、容易に変更できるような可変的なサービスを提供したい

現在、手掛けていらっしゃる研究開発について教えてください。

ネットワーク、インフラ全般の仮想化や自動化に取り組んでいます。ご存じのとおり、コロナ禍によって私たちの生活様式は一変しました。状況やニーズによってリアルとリモートを使い分けるリモートワールドが現実のものとなり、お客さまの行動や思考、価値観はこれまでの社会と大きく変容を遂げています。
それに合わせてテクノロジも、より革新的なスピードで進化して、国や企業、コミュニティ、個人等の多様なスタンスで開発されています。私たちは、このような社会の変化はネットワークへの要求条件の変容につながっていると考えています。例えば、「リモートでの講演や重要な商談のある日は高品質で、接続断が起きないようにネットワーク環境を強化しておきたい」「バーチャル空間で大切な人と過ごしたい」「この時間だけはネットワークがスムーズに動くように、低遅延の環境でネットワークを利用したい」等、利用シーンに応じてその要求条件も異なります。これらはほんの一例ですが、多様化したお客さまのネットワークに対するニーズにこたえるため、近い将来には、従来どおりの計画的、画一的なトラフィックをベースとしつつも、その都度、柔軟かつ即時、容易に変更できる可変的なサービスが必要とされると考えます。
私たちNTT西日本は、インフラを提供するキャリアとして、少し先の将来を見据えて開発、提供すべき技術は何か、どのようなアーキテクチャでありたいかを検討しています。

数年後の社会を見据えて研究開発に臨まれているのですね。

少し先のユースケース〔例えば、VR(Virtual Reality)/AR(Augmented Reality)/XR(Extended Reality)が生活様式に組み込まれた社会、ロボットと共生する社会、分散型の社会活動等〕を、サービス、新規ビジネスを開拓する部門、社外のスタートアップと共創していくことで、ユーザニーズの具現化をめざしていきたいと考えています。
現在、R&Dセンタ全体としてフレッツサービスにかかわる商用開発、維持管理を行っています。そこでの課題を踏まえて次世代ネットワークのあり方を検討しており、その一要素としてネットワークのソフトウェア化に関する技術蓄積に取り組んでいます。そして、世の中のネットワークに対するニーズをネットワークサービスとして実現するために、トライ&エラーを繰り返しながら蓄積された技術を実装していきたいと思っています。この結果として具体化されたアーキテクチャをNail(Network Automation Integrated Lab)と呼んでいます(図1)。Nailはソフトウェア・設定・フレームワークの組合せの体系の中で、これらに対するコントローラアーキテクチャ全般の総称です。
お客さまのユースケースやアプリケーションにより、帯域、遅延、パケットロス等、ネットワークに求められる要求条件が異なるにもかかわらず、現在は、ユースケース等に合うネットワークサービスを選ぶ、もしくはネットワークに合わせてユースケース等の機能等が制限されています。
Nailは、これをユースケースやアプリケーションからの要求条件に合うように、ネットワークの機能、性能、品質等をエンド・ツー・エンドで仮想的に設定・構成して、提供するためのプラットフォーム構築をめざしているのです。これを実現するためにはネットワークの仮想化、装置のソフトウェア化、インテリジェント化等が必要になります。これらをどのようにコントロールして、常に最適なリソース割り当て等を自動で行うのか、というアーキテクチャ全般がNailなのです。
Nailにより、ネットワーク、およびクラウドやエッジのコンピュートリソースなどを個別にコントロールする部品をエンド・ツー・エンドでつなぎ合わせるとともに、その制御をユーザの曖昧で直感的な要求に対して、即時に実行できるように実装しています。ユーザは、ネットワークに関する知識を必要とせず、「できるだけ安く」「今だけしっかり」等の曖昧なご要望を直感的なUI(User Interface)により選ぶことで、さまざまなニーズにこたえたネットワークサービスを利用することができるように設計しています。
これを実現するために、ネットワーク、サーバ、クラウドなどの異なる技術レイヤ、設定情報をYANGというモデル言語を用いて共通的・ソフトウェア的に制御ができるようにすることで、一元的な装置コントロールを可能としました。さらに、ネットワーク制御をするためのソフトウェアを応用して活用することで早期実装を可能とした統一化されたAPI(Application Programming Interface)を提供しています(図2)。

IOWN構想のコグニティブ・ファウンデーションの実装例

Nailの社会実装はいつ頃になりそうですか。

2025年の大阪・関西万博の頃を目標としており、それに向けて、主にコントロール領域の拡大とユーザニーズの具体化の2点に取り組んでいます。
これまでクラウド、オンプレミスへのインフラ基盤構築、ネットワーク設定等は、それぞれ異なるアーキテクチャで実行していましたが、Nailでは、各機能をモジュール化・プログラマブル化したシンプルで共通的なアーキテクチャとすることで、開発・運用コスト削減・拡張性の向上を狙います。
そしてコントロール領域の拡大に関しては、従来のネットワークに加え、選択肢を増やすための、より高品質ネットワーク(広帯域、低遅延、柔軟な経路制御など)の研究開発、そして、ネットワークに付帯するリソースのセット提供が可能なアーキテクチャの検討、ネットワークリソースの可変的な提供、他のサービスとの連携を可能とするオーケストレート技術、それに必要とされる設備リソースの分散配置に関する研究開発に取り組んでいます。

IOWN構想の発表と同時期頃となるでしょうか。

私たちは、NailはNTTグループが展開するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のうち、コグニティブ・ファウンデーションの構成要素の1つの実装例になるのではないかと考えています。
IOWNのコグニティブ・ファウンデーションは「マルチオーケストレータが、クラウドやエッジをはじめ、ネットワーク、端末まで含めてさまざまなICTリソースを最適に制御することで、ニーズにこたえるオーバレイソリューションの迅速な提供をめざすもの」です。例えば、台風の勢力や進路といった気象情報、イベント開催情報など、ネットワーク機器を監視するだけでは把握できない情報など、新たに収集した多様な情報を基にシステムが自ら考え最適化していくことで、災害発生前に対策立案し実行するといった未来予測を用い、システム自体が進化していく仕組みで、一言でいえば、自己進化型のサービスライフサイクルマネジメントです。
この定義を踏まえてNailを眺めると、NailはWeb3.0時代の多様化したニーズにこたえるため、ユースケースやアプリケーションからの要求条件を情報源として、自ら考えネットワークを最適化していくことですから、IOWNのコグニティブ・ファウンデーションの実装例の1つといえるでしょう。
つまり、事業会社としてIOWNの技術を想定し、積極的にそれを取り入れつつ実フィールドで適用することで顧客のニーズ・体験を詳細化した結果でもあります。このように私たちは、研究所での研究活動と並行して、別の角度からIOWN構想に臨み、その成果を積み上げています。

技術を理解して実装できるからこそ、そこから生まれるアイデアがある

研究開発において大切にされてきたことを聞かせてください。

幸いなことに、私は過去の職場であるネットワーク運用の現場で通用する存在になるための勉強と、自分の好きなことが一致していたのです。私は現場作業が大好きなのですが、現場にはさまざまな装置やシステムが導入されており、これら全般にわたって技術を知らないと通用しません。このような環境下で、コアスキルであるネットワークスキルを維持、向上させながら、グローバルな視点でのトレンド、新しい技術をチェックして試すことを心掛けてきました。
加えて、自らのスキルを可視化することも大切だと考えていて、そのためにCiscoの最上級資格であるCCIEを取得しました。また、昨年はCiscoのグローバルなアワードであるDEVNET CREATORS AWARDを受賞することができ、客観的な指標で自らのスキルを提示することもできました。ネットワークを手掛けるNTT西日本で今まで以上に役立つ存在になるためにも、ネットワークに関するスキルはこれからもどんどん伸ばしていきたいですし、周辺の技術をしっかりと勉強して業務に反映していきたいと常に考えています。
私は現在、技術者、研究開発者、そしてプロジェクトマネージャ等、複合的な立場からNail等の研究開発をしています。技術を理解して実装できるからこそ、そこから生まれるアイデアがあるのです。より的確で現実に即した研究開発をするうえでは、こうした日々の積み重ねは必須であると自負しています。
ここで強調したいのは、こうした私の姿勢は技術が好きであることが大前提で、勉強も仕事も決して苦ではないばかりか、好きなことを続けられる環境に恵まれていることです。そのうえで私がどんな仕事をしているか見て、認めてくれる、協力してくれる上司や仲間の存在にはとても感謝しています。
こうした関係性を築くときに、私は日頃から立場に優劣をつけずに対等に上司や仲間と接することを心掛けています。立場を気遣うことは大切ですが、プロジェクトを進める際に本当に大切なことをはじめ、言いたいことを言える関係性を築くことに努めています。

研究開発者とはどのような存在だとお考えですか。また、後進の研究開発者の皆さんに一言お願いいたします。

研究開発者は、世の中を便利にしていく技術や手法の「目利き」だと考えます。社会課題の本質を理解し、会社員として企業の利益や立場も併せて検討できる、こういった「目利き」ができれば、それが理想だと思います。NTT西日本の社員は常に時代を意識して、社会的責任や将来を見据えて仕事をしています。このような姿勢を携えた仲間とともに、社会課題の解決に向けて、NTT西日本の発展をも含めて、技術やサービスの重要性をとらえ、研究開発に従事しているという手ごたえがあります。
一方で、専門分野のトレンドや情報収集をして、新しい技術の組合せを日々考えているものの、実際には時折、社会課題と利益の追求のどちらかに偏ってしまうこともあります。そんなときに、社会課題解決と企業の社会的責任、利益の追求のバランス感覚を改めて見つめ直し、互いにサポートできる仲間がいることがありがたいですね。
最後に、後進の研究開発者の皆さん。誰にも負けない自分だけの尖ったスキルを身に付けてください。広く浅く何でもできる人材は、ネットワーク運用等の現場では確かに重宝されると思います。しかし、広く浅い知識だけでは社会的なイノベーションを起こすことは難しいのです。また、尖ったスキルは自分が仕事をしていて行き詰ったと感じるときにも突破口を見出す助けになります。
研究開発の仕事は、決して時間的にゆとりのある仕事とは言い難いですが、好きなことであれば自然とそれに向き合い、仕事をしながらスキルを磨き、自らの専門分野を追究していくことができるのではないでしょうか。