For the Future
世界中が熱い!半導体政策・動向を紐解く-後編-
本稿では、近年、急速に進展する社会経済のデジタル化を支える基盤製品であり、また経済安全保障の観点からも重要な戦略物資となっている半導体の最新技術トレンドを展望します。
はじめに
本誌2023年7月号『世界中が熱い!半導体政策・動向を紐解く-前編-』では、半導体業界のビジネスモデルや、半導体メーカーの動向、および半導体の国内製造能力の強化等に向けた各国の国家政策の動向等について展望・概説しました。本稿では、後編として、次世代半導体に関する最新の技術トレンド等について概説します。
次世代半導体の最新技術トレンド
次世代半導体をめぐっては、半導体の計算・情報処理能力の向上や、省電力化等に向けて、近年、さまざまな要素技術が登場しています。
ここでは、次世代半導体の先端技術トレンドについて、「微細化技術」「3次元実装技術」「新素材」の3つを展望します。
■微細化技術
前編でも述べたとおり、ここ数年で、自動運転やロボティクス、スマートシティなど、あらゆる業界ビジネスにおいて、自動化やデジタル化を見据えた動きが加速しています。同時に、世の中に流通・蓄積されるデータ量も飛躍的に増加しており、半導体にもさらなる計算・情報処理能力の向上が求められるようになっています。それらを実現する技術としてまず注目されるのは半導体製造の前工程での「微細化技術」です。
我が国における微細化技術は、回路線幅が40nm(nは10億分の1)で止まっており、10年以上も微細化が進んでいませんでしたが、直近では、2nm以下の先端ロジック半導体の開発・量産をめざして、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の支援を受けて2022年8月に設立された新会社のラピダスが、2nm半導体の量産に向けた本格準備に入っています。ラピダスは、2025年に2nm半導体の試作ラインを稼働させた後、2027年には2nm半導体の量産を計画しています。ラピダスの計画は、現在の40nmから一気に2nmまで微細化を実現する計画となっています(1)。
他方、海外メーカーに目を転じてみると、我が国よりもかなり先行して微細化技術が進展しています。リードしているのは、TSMC(台湾)と、サムスン電子(韓国)です。両社は2025年には、2nm半導体の量産を開始する計画です。さらに、サムスン電子は、2027年に1.4nmの量産を開始する計画を打ち出しています(図1)。
このように、微細化技術については、2025年以降に、2nm程度の半導体が量産されていく見通しとなっています。とりわけ、ラピダスが2nmの試作ラインを稼働させるころにはTSMC、サムスン電子は、量産体制に入っているということになります。
■3次元実装技術
次世代半導体に向けた要素技術の2番目は、半導体製造の後工程において、複数のチップを積み重ねて性能を高める「3次元実装技術(3Dパッケージング技術)」です(図2)。
半導体の微細化技術の進化により、1つのチップに複数の機能を集積する集積度が高まるとともに、接続された素子間の距離が短くなることで、演算性能が向上します。実際には先端半導体の微細化速度のスローダウンと、微細化の物理的な限界が近づいており、微細化技術だけでは将来的な演算要求性能を達成するのが難しくなることが予想されています。さらに、先端半導体の製造コストは、世代を追うごとに上昇し、かつ製造工程における消費電力も増大していることも、サステナブル社会を実現するうえでの課題となっています。
この課題を乗り越える技術が「3次元実装技術」で、(1つのチップ上に複数の機能を集積するのではなく)さまざまな機能を持つチップを垂直方向に積層して、複数のチップを短距離に接続していく技術です。
「3次元実装技術」によって、半導体の製造コストの低減や、低消費電力化が可能となり、またデバイス全体の処理能力を向上させることが可能となります。ラピダスも後工程の「3次元実装技術」の研究に乗り出す意向を示しています。
先ほど、日本の微細化技術は海外に比べて遅れをとっていることを述べましたが、この「3次元実装技術」の関連技術については、日本メーカーも強みを持っています。
とりわけ、半導体製造の後工程においては、ウエハ上に形成された集積回路を切断し、チップ化する工程のダイシング技術や、シリコンウエハの表面・裏面を高精度に研削・研磨するグラインダ技術では、東京精密やディスコなどの日本企業が、世界でも高いシェアを有しています。
また、半導体チップを封印するパッケージング基盤の先端品でも、イビデンと新光電気工業が高いシェアを有するなど、半導体製造の後工程においては日本メーカーにも強みがあります。
「3次元実装技術」については、海外メーカーのTSMC(台湾)やインテル(米国)など、先端半導体の前工程分野をリードしてきた企業も投資を拡大しており、チップの集積技術や先端パッケージング技術開発を競っています。
■新素材
半導体集積回路の高性能化や省エネ化に向けては素材の技術革新も進んでいます。例えば、パワー半導体をはじめとする現在の半導体の材料はシリコンが主流ですが、GaN(窒化ガリウム)やSiC(シリコンカーバイド)といった、広いバンドギャップ(電子が価電子帯から伝導帯に遷移するために必要なエネルギー)を持つ、所謂ワイドギャップ半導体の実用化が進んでいます。
GaNやSiCは、耐えられる電界の最大強度がシリコンよりも大きく、高耐圧、低損失性を有するため、パワー半導体機器の小型化や高効率化に有効です。さらにGaNは高いキャリア移動度(電子や正孔などの移動しやすさ)を有するため、優れた高周波特性を実現可能なことから、携帯電話基地局用機器等の無線通信分野への応用が進んでいます。
さらに、GaNやSiCよりも広いバンドギャップを有する材料として酸化ガリウム(β-Ga2O3)、窒化アルミニウム(AlN)、ダイヤモンドがあり、いずれも次世代パワー半導体の材料として期待され、開発が進められています*。
* ダイヤモンド半導体については、2023年5月11日、Orbrayとミライズテクノロジーズが、電気自動車(EV)など電動車向けダイヤモンド製パワー半導体の共同研究を始めたと発表。
【コラム①:光電融合の実現に向けたNTTの研究開発動向】
本誌2023年7月号『世界中が熱い!半導体政策・動向を紐解く-前編-』では、光回路と電気回路を融合させ、小型・経済化に加えて、高速・低消費電力化など、さまざまな性能向上を図る「光電融合技術」について紹介しました。
ここでは“NTT Technology Report for Smart World 2022(2)”を基に、「光電融合」に関するNTTの研究開発(R&D)事例について概説します。
光電融合技術については、さまざまな研究開発が進められていますが、とりわけ、NTTは、2000年代初頭から、「シリコンフォトニクス」という技術を用いた光送受信モジュールの開発に取り組んでいます。
「シリコンフォトニクス」とは、大規模集積回路(LSI)技術によって培われてきた微細加工技術を用い、通信波長帯(1.3〜1.5µm)において透明なシリコンを光集積回路のプラットフォームとして活用する技術です。
従来、光トランシーバ内の光デバイスは、それぞれ異なる材料系を用いて実現され、相互に接続されていました。他方、「シリコンフォトニクス」技術は、光回路だけではなく変調器やGe(ゲルマニウム) PD(光検出器)などの集積も可能となるという特徴を持っています。そのため、1つのプラットフォーム上にさまざまな材料系を集積することが可能で、シリコンフォトニクスチップを電子回路とともに同一パッケージ内へ実装することで光デバイス部分の超小型化の達成が可能となります。
この光電融合技術のロードマップについては、NTTでは、5つの世代を設定したロードマップを策定しています(図3)。
とりわけ、2026年以降の第4〜5世代では、デバイスの内部へ移りパッケージ間の光伝送の実現がめざされ、さらに第5世代ではよりミクロな半導体チップ内の光伝送を実現し、チップ内の1cm未満という距離で電気と光の伝送路が混在するデバイスの製造がめざされています。
なお、NTTは、2023年5月12日、光電融合デバイスの企画、設計、開発、製造販売をする新会社「NTTイノベーティブデバイス株式会社」を2023年6月に設立すると発表しました(3)。
出典:NTT Technology Report for Smart World 2022
https://www.rd.ntt/download/NTT_TRFSW_2022_J.pdf
次世代半導体のユースケース
これまで、次世代半導体技術の研究開発動向について展望しましたが、次世代半導体技術を効果的に社会実装していくためには、そのユースケース(需要サイド)の検討も重要です。なぜなら、次世代半導体の技術開発(供給サイド)と、ユースケースの創出(需要サイド)の双方が有機的に連関し合って、両者の好循環が生まれるからです。
次世代半導体の想定ユースケースとしては、経済産業省「半導体戦略」が、デジタルニューディールの推進を掲げています(4)(図4)。
第1は、5G(第5世代移動通信システム)インフラやエッジコンピューティング、クラウドデータセンタ(DC)等のデジタル社会時代の通信・ネットワーク基盤の投資促進の支援で、それらの投資を支援しつつ、次世代半導体の需要を喚起するものです。DCについては、次世代半導体技術と光エレクトロニクス技術を融合した「次世代グリーンデータセンタ」のシステム開発が検討されています。
第2は、自動運転やロボティクス、FA(Factory Automation)・IoT、スマートシティ、医療・ヘルスケア、ゲーミング等の業界デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進です。それぞれの業界のDXの進展とともに、それを支える半導体の高性能化や省エネ化が必要となり、それを契機とした次世代半導体の技術開発が進展することが期待されています。
出典:経済産業省「半導体戦略(概略)」
20210603008-4.pdf(meti.go.jp)
【コラム②:我が国における半導体業界の復活への道筋】
本稿連載では、半導体業界をめぐる地政学的な動向や国家戦略、業界構造、次世代半導体の技術開発の動向について概説してきました。
我が国の半導体業界は、1980年代に世界一になりながら、過去40年で技術の多くを失い、グローバル市場における日本の半導体メーカーの存在感が急速に低下しました。これを受けて、近年では、我が国の半導体の“再復活”が叫ばれ、再復活に向けた異次元の国家戦略(大規模な補助金支出、海外メーカーの国内誘致等)が展開されています。
それでは、我が国の半導体の“再復活”に向けて、有識者(学識経験者)はどのような見解を述べているのでしょうか。ここではその一例を紹介します。
世界的ベストセラーとなっている『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』(ダイヤモンド社)の著者で国際歴史学者のクリス・ミラー准教授(タフツ大学)は、次のように述べています。
“私は、日本の他に欧州や韓国でも、政府当局者と会うことが多いのですが、政治の指導者が「ぜひ我が国でも最先端半導体工場を造りたい」と話しているのをよく耳にします。その考えも意味のあることかもしれませんが、半導体産業のサプライチェーンは複雑なので、国の戦略としては既存の強みを活かすほうがよいのではないでしょうか。
半導体産業において日本は半導体材料や半導体製造装置に強みがあります。サプライチェーン(原材料と部品の供給網)の各分野がそれぞれの強みを磨いていくことは、半導体産業全体が成長していくために必要なことです。“
(『週刊ダイヤモンド』 2023年5月27日号、pp.42-43より抜粋引用。下線部は著者による追記部分)
現在、我が国における半導体の国家戦略は、主に最終製品としての次世代半導体チップの開発に向けた支援と、海外ファウンドリメーカーの国内誘致等による、最終製品である半導体の製造能力強化に力点が置かれていると筆者は考えておりますが、クリス・ミラー准教授の指摘は、それに以外にも、我が国が海外諸国に比べて比較優位を持つ素材や製造装置にも着目して、その分野を強化すべきであるということを述べており非常に示唆的です。なぜなら、次世代半導体を製造するためには、それに必要となる素材や装置が必要であり、我が国が強みを持つ素材や装置分野をさらに磨き上げ、グローバルな次世代半導体製造のハブとしての役割を持つという道筋もあるからです。
したがって、我が国における半導体業界の復活にとっては、①世界に通用する最終製品としての次世代半導体の技術開発に加え、②素材や装置といった比較優位を持つ分野のさらなる磨き上げという両輪が必要といえるでしょう。
おわりに
本誌『世界中が熱い!半導体政策・動向を紐解く』では全2回にわたり、あらゆる業界ビジネスにとっての基盤インフラであり、また国家安全保障にとっても重要な戦略物資となっている、半導体業界を取りあげ、その市場・技術・政策動向について展望・概説してきました。
本号脱稿中にも、中国当局が米半導体大手のマイクロン・テクノロジーを重要な情報インフラでの調達から排除(5)することや、米国のエヌビディアが、ここ最近世界中の注目を集めている、生成AI向けの専用半導体を2023年内に投入する計画が報道される(6)など、半導体をめぐる地政学や技術・市場動向は日々ダイナミックに変化しています。
今後、新たな半導体技術が自動運転やスマートシティなどのデジタル社会の深化を支える基盤となり、また逆に、半導体のユースケース領域の拡大が、次世代半導体の新たな技術開発を誘発するという好循環構造が創出されることを筆者は期待していますし、本誌連載を通して、読者諸氏におかれても、日々のビジネス活動と関連付けながら、半導体業界の動向に関心を持っていただけたら幸いです。
(1) 特集:“半導体・EV&電池 国家ぐるみの覇権戦争,”週刊ダイヤモンド,2023年5月27日号.
(2) https://www.rd.ntt/download/NTT_TRFSW_2022_J.pdf
(3) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/05/12/230512g.html
(4) https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210604008/20210603008-4.pdf
(5) “マイクロンをインフラ調達から排除,”日本経済新聞,2023年5月23日.
(6) “エヌディビア設計/TSMS量産,”日本経済新聞,2023年5月31日.
(7) 太田:“2030半導体の地政学,”日本経済新聞出版,2021.
(8) 黒田:“半導体超進化論,”日経プレミアシリーズ,2023.
(9) 経済産業省:“半導体・デジタル産業戦略(概要),”2021.
(10) 湯之上:“半導体有事,”文藝春秋,2023.
(11) 牧本:“日本半導体復権への道,”ちくま新書,2022.
(12) NTT:“NTT Technology Report for Smart World 2022,”.
ICTリサーチ・コンサル ティング部
IOWN推進室
主任研究員 山崎将太
■監修
NTT先端集積デバイス研究所 峯田 真悟
NTT物性科学基礎研究所 入江 宏