挑戦する研究開発者たち
ペロブスカイト太陽電池と水素でカーボンニュートラルをめざす
カーボンニュートラルに向けて、再生可能エネルギー、その中でも特に太陽光発電が普及してきています。現在の太陽光発電では主にシリコン系の太陽電池が使われていますが、ここ数年でペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ新たな有機化合物による太陽電池の研究が進んでいます。今後の太陽光発電では、ペロブスカイト太陽電池の軽量・柔軟性を活かして、その普及がさらに加速していくものとして注目されています。NTTアノードエナジー 技術戦略部 野々垣翠氏に、同社が取り組むペロブスカイト太陽電池に関する共同研究や水素など脱炭素エネルギーでカーボンニュートラルをめざす思い、そして、開発者としての姿勢を伺いました。
野々垣 翠
技術戦略部 技術開発部門 企画担当課長
NTTアノードエナジー
軽量・柔軟性が特長のペロブスカイト太陽電池の実用化に向けて
現在、手掛けている開発の概要をお聞かせいただけますか。
私は、2012年にNTTファシリティーズに入社しました。大学では、化合物太陽電池材料の研究を行ってきました。NTTファシリティーズ入社後、通信ビルの電力装置の保守業務、電気自動車向けの充電器の販売展開、スマートエネルギーの実証事業に携わり、開発部門に着任した後には、無停電電源装置(UPS)の開発や海外製UPSの技術評価を中心に業務を行ってきました。そして2022年7月のNTTグループ内のエネルギー関連事業の再編によりNTTアノードエナジー所属となり、現在の技術戦略部において、電力装置開発や再生可能エネルギー技術、脱炭素エネルギー技術関連の総括を行っています。今回、私の所属部署で取り組んでいるペロブスカイト太陽電池についてご紹介させていただきます。
NTTアノードエナジーは、2023年4月に、「ペロブスカイト太陽電池を用いた太陽光発電システム」について有機系太陽電池技術研究組合(RATO)*と共同研究を開始しました。太陽電池はその材料により、シリコン系、化合物系、有機系に分類されますが、有機系に属するペロブスカイトは、図1のような結晶構造を持つ有機化合物です。ペロブスカイト太陽電池は、現在実用化に向けた研究フェーズにあり、種々の元素構造について検討されていますが、ヨウ素、鉛、メチルアンモニウムの組合せがメインで研究が進められています。なお、従来のシリコン系太陽電池に対するペロブスカイトの優位性の1つとして、化合物の元素(ヨウ素、鉛、メチルアンモニウム)が、日本国内で一般的に入手可能であることが挙げられています。
また、ペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイトの溶液をフィルム等の基板に塗布することで製造できるため、従来のシリコン系太陽電池よりも製造コストの低減が可能といわれています。さらに、その基板の材質次第では、軽量で湾曲可能なフレキシブルな構造を実現できることも特長といえます。このような特長を持つペロブスカイト太陽電池は、新たな利用シーンを実現する太陽電池として期待が高まっています。
一方、普及に向けてペロブスカイト太陽電池には、①大面積化、②長寿命(高耐久)化、③設置方法、④周辺機器を含めた太陽光発電システムの確立といった課題があります。これらの課題解決に向けて、前述の共同研究では、RATOが主に素材や太陽電池の設計製造にかかわる課題①と②を担当し、NTTアノードエナジーが太陽光発電システムや構築にかかわる課題としての③と④を担当して研究を進めてまいります。当社はこの共同研究を通して、ペロブスカイト太陽電池の特長を活かした社会実装領域(ユースケース)の確立と、発電システムの設計・構築、運用・保守といったエンジニアリング技術の確立をめざしています。
* 有機系太陽電池技術研究組合:事業化をめざしている企業と研究開発を行っている東京大学が、共通に取り組むべき技術課題に対して対処し、ペロブスカイト太陽電池の開発を加速することを目的に設立された組合。主な参画企業は、東芝エネルギーシステムズ、積水化学工業、パナソニック、アイシン等で、支援機関(大学)として東京大学が参画。
アノードエナジーが取り組む課題は具体的にどのようなものでしょうか。
設置工法の一例として、ペロブスカイト太陽電池のフレキシブル性、透明性を活かすことで、建物の屋上だけでなく、新たに壁面や、窓への設置といった利用シーンが期待できると考えています。さらにその先には、例えば、営農型太陽光発電としてビニールハウス部材への活用や、自動車、航空機、ドローンといった移動体への設置も期待されます(図2)。
建物の屋上、壁面や窓への設置については、太陽電池基板の強度や耐量も考慮しながら今後検討を進めていくことになると考えています。また、ペロブスカイト太陽電池は、軽量かつ薄型であるがゆえに強風により吹き飛ばされる可能性もあり、さらに壁面や窓といった垂直面では、建物の高層に設置されることも意識して、その固定方法やメンテナンスや交換を配慮した工法の検討が必要と考えています。
太陽光発電システムとして、太陽電池から最大限の電力を取り出すためにパワーコンディショナと呼ばれる電力変換器が必要になります。一般的にシリコン系太陽電池は、光の強度の変化に対して、比例関数(直線)的な出力特性を示すのに対して、ペロブスカイト太陽電池は光の強度が強まるときは指数関数(曲線)的に、弱まるときは対数関数(曲線)的に出力が変化する、いわゆるヒステリシス特性があることが分かっています。したがって、実際のフィールドに導入する場合は、こうしたペロブスカイト太陽電池の特性に対応したパワーコンディショナやシステム構成を検討していく必要があります。
ペロブスカイト太陽電池の普及は、NTTアノードエナジーの事業だけでなく、社会全体のエネルギー流通に多大なインパクトを与え得るものであると考えています。例えば、当社ではエネルギー流通を、「創り、運び、蓄え、調整、効率化、届け使う」といった一連のプロセス(図3)で定義していますが、ペロブスカイト太陽電池による電気の需要地でのオンサイト発電が実現すれば、究極的には「創り、使う」のみのプロセスで電気エネルギーの需要に対応できることになります。
このような技術革新(イノベーション)が2050年のカーボンニュートラル実現のために必要であることはいうまでもありません。
水素を燃料とした非常用発電装置が通信ビルやデータセンタに設置される日をめざして
カーボンニュートラルの実現に向けて、ペロブスカイト太陽電池以外に新しく取り組んでいきたいことはありますか。
カーボンニュートラルの実現に向けて、脱炭素エネルギーの1つとして注目されている水素の利用技術の開発を手掛けたいと思っています。
一般の方にとって水素利用というと、水素は爆発するので危ないといった危険なイメージが先行することは否めない状況だと考えています。しかし、私は技術者の1人として、将来の「燃料」の選択肢を考えたときに、水素は外せない存在だと考えています。問題や課題から目を背けるのではなく、水素利用を提案する立場として、自分たちが課題認識して、その解決の糸口を見つけることが必要だと考えています。NTTアノードエナジーでは、純水素で発電する燃料電池システムの実証設備を構築し、どのようにしたらお客さまに安心して使っていただける提案ができるかという検討を行っています(図4)。実際に設備を構築して、自ら運用することで、机上検討ではみえてこなかった問題や課題がみえてきます。2030年の水素社会の到来を見据え、今まさにノウハウをためているところです。
さて、水素というと燃料電池をイメージする人も多いかと思いますが、私が注目している利用形態の1つとして、水素を燃料とした内燃機関(エンジン)があります。現在、多くの通信ビルやデータセンタでは商用交流電力の停電に備えて、ディーゼルエンジンやガスタービンを利用した発電装置が設置されていますが、これらの燃料には軽油や重油などの化石燃料が用いられています。発電装置が非常時に運転するときはもちろんですが、定期点検などで発電装置を運転するときにも現状ではCO2が発生しています。カーボンニュートラルを実現した世の中では、こういった発電装置の燃料も、従来の化石燃料から脱炭素エネルギーである水素に代わることになると考えています。
開発者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。
電力を扱っている以上、パワーエレクトロニクス等の電力関連は基本スキルとして当然ですが、設計・構築・保守・運用を行っていくため、クオリティ、コスト、デリバリを最適化させつつ開発する、システム開発スキルが必要となります。そのうえで、これらを事業実装していくにあたって、導入部門との調整能力、コミュニケーション能力も重要なスキルです。NTTアノードエナジーはメーカーではないため、装置メーカーと組んでシステム開発を行いますが、開発パートナーの技術者と仕様書をベースに議論するときも、立場が違うと同じ内容を話しているようで、実は認識が異なっているといったこともあり、このような場合もコミュニケーションは必須で、それをベースに信頼関係を構築していくことになります。今後はスマートエネルギーのシステム開発を行っていくので、これらのスキルに加えて想像力、洞察力といったスキルも必要になると思います。
基本的な技術スキルは業務や勉強を通し経験を積んで身につけることはできるのですが、その中で個々に専門的な分野として分化してきます。私は、技術開発者として、アンテナを高くして情報収集していくことはもちろんですが、こうした専門家とのコミュニケーションを通して、その技術を自分のものとしていくようなアプローチでスキル向上を図っています。
コミュニケーションで「1+1を100に」
後進の方やパートナーへのメッセージをお願いします。
周囲とのコミュニケーションを大切にし、そのときに先入観にとらわれずに、広い視野と高い視座をもって、相手を理解したうえで道筋を探しながら技術開発に取り組んでほしいと思います。技術開発や研究は、1人でこもりがちになることも一部ではあると思いますが、やはりチームで成果を上げていくようなことが基本なのではないでしょうか。こうしたときにチーム内で協力・連携しながら「1+1が2」ではなく、「1+1が100」になるようなかたちにしていくことで成果が活きてくると思います。そのために、先入観にとらわれない、広い視野と高い視座によるコミュニケーションが大きな役割を果たすと思います。その結果、チームとして同じ方向性をめざす人が増えることで、協力や連携が有機的に機能して成果を生み出す、つまり「1+1が100」になるのです。