特集1
ネットワークの強靭化を実現する設計制御技術
- 冗長設計
- 信号制御
- マルチパス制御
NTT研究所では、大規模な災害や障害に対してネットワークのさらなる強靭化を実現するためのネットワーク設計制御技術の研究に取り組んでいます。大規模な災害に対しては、伝送ルートの耐災害性・耐障害性を高めるための研究開発を進めています。また、大規模な故障に対しては、故障の長時間化や大規模化を防ぐための強靭な制御プレーンアーキテクチャの検討を進めています。そして、端末・クラウドとの連携まで実施することによって、ユーザレベルのコネクティビティを向上させる技術について検討しています。本稿では、これら3つの技術について紹介します。
松川 達哉(まつかわ たつや)/越地 弘順(こしぢ こうじゅん)
東條 琢也(とうじょう たくや)
NTTネットワークサービスシステム研究所
エンド・ツー・エンドの信頼性設計
お客さまに常に安定的にネットワークサービスを提供するためには、エンド・ツー・エンドでネットワークの信頼性を高めることが必要です。アクセス網・伝送網・コア網、さらには端末やクラウドサービスも含めてトータルの信頼性を維持・向上させることが重要です(図1)。NTT研究所では、設計フェーズにおいてネットワークの信頼性を評価しサービス開始後の運用業務に役立てる技術の研究を進めてきました。一方で、大規模な災害の発生によって長期間通信サービスが利用できない状況やネットワークの障害によって多数のお客さまのサービス利用に影響する事例も発生しています。大規模な災害に対しては、ネットワークを冗長化することで災害の影響を減らすための高度な設計技術が重要となります。また、大規模な障害の対策としては、制御機能を含めて輻輳等の事象を回避する仕組みをネットワーク内に配備することが必要となります。そして、網内の機能に加えて端末やクラウドと連携することで、さらにネットワークを強靭化することが必要と考えています。ネットワークの設計や制御によって災害や障害からネットワークサービスを守るだけでなく、網外の機能やシステムとも連携してリソースを確保することでネットワークのサービスレベルを柔軟に高めることができます。
本稿では、ネットワークの信頼性向上を図るためのエンド・ツー・エンドの信頼性設計として、ネットワークの冗長化、制御プレーンの強靭化、エンド・ツー・エンド通信のロバスト化について紹介します。
冗長ルート設計によるネットワークの高信頼化
ネットワークの高速・大容量化、低遅延化が進む中で、ネットワークに求められる信頼性の要求条件はますます高まっています。特にネットワークの基盤となる伝送ネットワークは多数のユーザやサービスを収容しているため、故障の発生によってサービスが中断すると影響は甚大となります。そこで、設備の冗長化や分散配備等の信頼性対策を組み合わせて実施することで高い信頼性を確保することが重要となります(1)。伝送ネットワークは、災害や障害等のネットワーク外の要因によって損傷する可能性があるため、あらかじめリスク要因を把握し、リスクを避ける物理的なルートを設計することが重要です。また、予備ルートを設定し、万が一の際の代替手段とすることで通信を継続させることが重要です。通常、ネットワークの冗長度を高めることで故障時のサービス影響を最小にしていますが、伝送ルートの耐災害性はルートの長さや形状、地理的配置に依存しています。現用・予備ルートそれぞれが災害に強いことに加えて、災害時にもいずれかのルートが正常に機能することが重要です。そこで、NTT研究所では以下の2つの要件を検討しました。
1番目の要件は、現用・予備系ルート自体の耐障害性や耐災害性が高いことです。例えば、ルートの長さが短いほうが災害の影響を受けにくく、経由する装置が少ないほうが故障に遭遇する確率も小さくなります(図2①)。この場合には、ルートの距離や経由装置数を少なくすることが重要となります。また、災害対策用に施工された設備を優先的に選択することで、耐災害性の高いルートを設計することができます(図2②)。この場合は、設計の対象となる対地間において、経由する、あるいは非経由とする通信ビルやリンク等のネットワーク設備を指定してルートを選択する手順が必要となります。
2番目の要件は、現用ルートにおいて災害や障害発生時にも予備ルートが正常に機能することです。例えば、2つのファイバルートが同じ管路の中に収容されていると、管路に障害が発生した際に、両方のファイバが損傷するリスクがあります(図2③)。1件の故障の発生が両ルートに影響を及ぼすため、サービス断につながるリスクになります。共用するネットワーク設備が多いほどリスクが大きく、冗長性が低いとみなします。同一のリスクを複数のネットワーク設備が共用している状態を示す概念としてSRLG(Shared Risk Link Group)が知られており、現用ルートと予備ルートが同時的に故障するリスクを考慮してルートを選択することが重要となります。また、現用ルートと予備ルートが物理的に離れていても、地震や洪水等の災害予想区域が両ルートをまたがっていると、災害発生時に両ルートが被災する可能性があります(図2④)。そこで同時に複数の設備に影響するような災害や障害を共有リスクと定義し、リスクを共有する設備に同じリスクグループのIDを付与することで、共有リスクを回避したルートの探索が実行できるようになりました。
ネットワークにおいて最短距離となるルートを探索する手法としてはダイクストラ法等、多数の既存手法があります。一方で、上記の2つの要件を満たすルート探索技術は検討されていませんでした。そこでNTT研究所では、2つの要件を満たすルートを探索するためのアルゴリズムを検討しシミュレーションによる検証を実施しました。
要件1については、指定した対地間のk本のルートをルートに対するコスト(距離)が小さい順に求めるヒューリスティック解法であるk-SPF(Shortest Path First)アルゴリズムを用いた方法について検討しました(2)。また、要件2については、現用・予備ルートの探索方法について、管路や災害予想区域等のSRLGにIDを付与し、IDを重複しないように現用・予備のルートを生成する手順を考案しました(3)。従来の研究(4)では、経由地を指定して探索することや始終点間に複数の現用・予備ルートを生成することは想定されていませんでした。従来の研究結果を用いて上記の要件を満たすルートを探索すると計算量が膨大になってしまうため計算に大量のメモリが必要になり、メモリ量が不足すると探索の過程で本来導出すべきルートの候補が得られない可能性があることが分かりました。そこで、現用・予備ルートの探索アルゴリズムにおいて始点と経由地点、経由地点と終点、終点と経由地点、というように探索区間を分割し、始点から経由地点、終点、そして再度始点に戻る順番に探索する方法について検討しました。この方法では、ルート探索を進める中で同じルートを選択しないように探索する対象を絞ることができるため探索する範囲を削減することができます。図3は、提案手法と従来手法を比較した結果の例を示しています。現用・予備系の候補ルート数と経由地を指定した合計数に対する最適なルートの計算結果を表として示しています。既存の方法では、設備数に対して空間計算量(計算に必要となるメモリ量)が指数関数的に増加しますが、提案方法では多項式時間に抑えることができるため、実用上も有効な方法であるということができます。提案するアルゴリズムによってメモリの使用量を抑えることができるため、実際の設計業務に活用することが期待できます。
信号制御バスによる制御プレーンの強靭化
昨今の大規模な通信障害として、移動体通信網において発生している複数の事例が挙げられます。移動体通信網における大規模な通信障害の共通的な原因や特徴としては、①位置登録処理等の高負荷を起点として障害が発生していること、②制御機能の障害がネットワークの輻輳を引き起こしネットワーク全体に波及することで障害が大規模化すること、③データベースの処理に影響が波及しデータの不整合等の問題が発生するとさらに復旧が長期化することが挙げられます。これらの課題については、電子情報通信学会でも関連する論文が発表されています(5)。また、2023年6月に開催された3GPP(3rd Generation Partnership Project)のワークショップにおいても、移動体通信網のコアネットワークの強靭化については課題として提起されており、通信キャリア・ベンダ含めて今後の対策が議論されていく予定です(6)。そこで、NTT研究所では、制御プレーンの強靭化をめざしたアーキテクチャの検討を進めています(7)。ネットワークの制御機能群を構成する信号制御バスを配備し、ネットワーク機能間の信号のやり取りを管理・制御することを検討しています(図4)。信号制御バスの特徴としては、制御プレーンとユーザデータプレーンを分離すること、また、制御プレーンについては、SBA(Service Based Architecture)に基づきアプリケーション特性に応じた機能追加やアプリケーションの開発サイクルに合わせたタイムリーな機能追加を実現することです。また、ユーザからのアクセスの集中や処理負荷が高まった状況においては自動的にリソースを追加することで、処理性能の低下を回復する機能を検討しています。さらに、機能間をつなぐ制御バス自体についても冗長化や自動的なリソース追加を可能とすることで、信号輻輳等の影響を回避することが可能となります。3GPPにおいては、同様のコンセプトを持つ機能としてSCP(Service Communication Proxy)が提案されています。NTT研究所では、信号輻輳が発生した際の対応をより柔軟にするための追加的な機能として、サービスや端末の種別、信号制御バス内の信号量に応じた信号制御方式を検討しています。今後、携帯端末だけでなく。IoT(Internet of Things)機器等がさらに増加していくことが予想されますが、端末・機器に応じた信号の制御を実施することで、万が一の際にも優先度の高い通信接続を維持する、あるいはネットワーク内の信号量を削減することで輻輳の影響を緩和することができると考えています。
ネットワーク内の障害や異常を検知し、その影響を迅速に緩和するためには、上記の信号制御バスのアーキテクチャにおいて、障害個所や異常の原因を見える化する、また、素早く予兆検知を実現する仕組みが必要です。ネットワーク内でサービスの異常を検知する仕組みとしては、ネットワーク内の各機能部に異常を検知するためのプローブを配備し、異常を検知した際に信号制御機構に通知する機能を検討しています。ネットワーク内で異常の検知と通知、機能間で連携した制御までを完結することでより迅速な対処を実現することができると考えています。
マルチパス制御技術によるエンド・ツー・エンド通信のロバスト化
NTT研究所では、網内のロバスト化に加えて、端末~クラウド・MEC(Multi-access Edge Computing)間において複数のネットワークを使用してエンド・ツー・エンドでロバスト性を高めるマルチパス通信にも取り組んでいます。マルチパス通信は、端末やサーバ間で複数の経路を持つ通信形態であり、異なる通信事業者のモバイル網やローカル5G(第5世代移動通信システム)とキャリア5Gのような特性の異なるネットワークを組み合わせて使用することで、あるネットワークにおける障害の発生、無線の電波状況の悪化等による通信断が起きた際に、正常なネットワークもしくは電波状況の良いネットワークで通信を行うことで、影響を最小限にすることができ、ロバスト性を高めることが可能となります。マルチパス通信においてロバスト性の効果を高めるためには、複数のネットワークを使い分ける制御技術が重要です。NTT研究所ではミッションクリティカルサービスを実現する協調型インフラ基盤(8)に取り組んでおり、端末とクラウド・MECをつなぐマルチパス通信技術として協調マルチパス機能の検討を行っています(図5)。協調マルチパス機能は、ユーザやアプリケーションの要求条件に応じて最適なマルチパス通信を提供する制御機能です。具体的には、①平常時は特定のネットワークのみを使用して障害時にネットワークを切り替える動的ネットワーク切替、②パケット単位の振り分けにより複数のネットワークを同時に使用するアグリゲーション、③パケットのコピーを複数のネットワークに送信する冗長化転送の3つのマルチパス通信方式を提供します。ロバスト性の向上としてはどの方式も効果が見込めますが、遅延・帯域・信頼性の点でそれぞれ得られる効果が異なります。動的ネットワーク切替では、平常時は同じネットワークを使用し続けるため遅延やジッタ等のネットワーク品質は安定していることが期待できます。アグリゲーションは、異なるネットワークを使用することで遅延やジッタが変動する可能性がありますが、使用できる帯域の増加が期待できます。冗長化転送は、同じパケットを複数送信するため帯域の利用効率は悪くなりますが、パケットロスへの耐性があり、かつ受信側で先に届いたパケットを処理することができるため遅延の短縮化が期待できます。協調マルチパス機能は、端末とクラウド・MECの協調制御を行う協調制御ゲートウェイと連携し、ユーザやアプリケーションの要求条件とネットワークの通信状態に応じて、適切なマルチパス通信を提供します。
■参考文献
(1) https://www.ntt-east.co.jp/saigai/taisaku/setsubi_01.html
(2) 松浦・越地・金子・横井・松川・藤井・宮村:“k-SPFアルゴリズムによる光ネットワーク上での冗長経路設定,”電子情報通信学会ソサイエティ大会,B-12-2, 2022.
(3) 松浦・越地・金子・横井・松川・藤井・宮村:“k-SPFアルゴリズムを用いたSRLGディスジョイントな光冗長経路選択,”電子情報通信学会NS研究会,NS2022-164,2023.
(4) Y. Yang, H. Mi, and X. Zhang:“A Minimum Cost Active and Backup Path Algorithm with SRLG Constraints,” Proc. of ICICSE 2012, April 2012.
(5) 春日・中尾:“5Gモバイルコアにおける多数接続の輻輳を軽減する制御プレーンスライシング,”信学技報, Vol. 122, No. 198, NS2022-93, pp. 76-81, 2022.
(6) https://www.3gpp.org/ftp/tsg_sa/TSG_SA/Workshops/2023-06-13_Rel-19_WorkShop/Docs/
(7) https://www.rd.ntt/ns/inclusivecore.html
(8) 桑原・石橋・川上・益谷・山本・安川:“ミッションクリティカルなサービス提供を可能とする協調型インフラ基盤, ”NTT技術ジャーナル,Vol.33,No.8, pp.29-33,2021.
(左から)松川 達哉/越地 弘順/東條 琢也
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