特集1
アプリケーション・サービス関連技術の標準化動向
- セキュリティ
- マルチメディア
- 国際標準化
本稿では、マルチメディア符号化・伝送分野のISO(International Organization for Standardization)/IEC(International Electrotechnical Commission) JTC(Joint Technical Committee) 1/SC(Subcommittee) 29、ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector) SG(Study Group)16、セキュリティ分野のISO/IEC JTC 1/SC27とITU-T SG17における標準化動向を解説します。SC29とSG16はマルチメディアの符号化や伝送に関する標準化を担当し、エンタテインメントやビジネスコミュニケーションの未来をかたちづくっています。一方、SC27とSG17は、情報セキュリティと通信セキュリティにおける標準化を担当し、デジタル社会の信頼性とプライバシ保護を強化しています。
杉本 志織(すぎもと しおり)†1/長尾 慈郎(ながお じろう)†2
安田 幹(やすだ かん)†3/菊池 亮(きくち りょう)†3
市川 敦謙(いちかわ あつのり)†3
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所†1
NTT研究企画部門†2
NTT社会情報研究所†3
マルチメディア符号化の標準化動向
かつてISO(International Organization for Standardization)/IEC(International Electrotechnical Commission) JTC(Joint Technical Committee)*1 1/SC(Subcommittee)*2 29にはWG(Working Group)*3 1、通称JPEG(Joint Photographic Experts Group)とWG11、通称MPEG(Moving Picture Experts Group)の2つのWGがあり、JPEGは静止画像、MPEGは映像および音声をターゲットとして、符号化方式やフォーマット、伝送方式を開発してきました。両WGはこれまでJPEG、AVC/H.264*4を代表としたメディアコーデックや伝送方式を定期的に生み出し、デジタルメディアの成長に寄与してきました。しかし、近年特にMPEGの取り扱いメディアの種類が非常に多様化し、参加者数も数百人規模であることから、1つのWGとして活動を続けることが非効率的になりつつありました。
そこで2020年7月、SC29は元々WG11の配下にあったビデオ、オーディオ、システムなどのサブグループをベースに7つのWGを創設し、さらにそれらWGが1つのMPEGというチームとして協力して活動できるようにサポートする3つのAG(Advisory Group)*5と、MPEGとJPEGの協力を目的とした1つのAGを創設しました。この再編成は、技術の進化と産業の変化に対応するための重要なステップであり、映像、静止画像、音声、その他のメディアに関する業界が技術的に重なり合う現代において迅速に効率良く標準化を行うことをめざすものです。この再編成により、SC29はより広範で多様なアプリケーションに対応し、映像、音声、静止画像だけでなく、AI(人工知能)、ゲノム、医療画像など、新たな領域における標準化にも取り組むことができるようになりました。これに伴ってWG11はその役割を終えて消滅しましたが、MPEGという名前はWG2からWG8およびAG2、3、5からなる団体の通称、およびこれらWGのつくる標準規格の総称として継続使用されており、年に4回の国際会合もMPEG会合という名前で共同開催しています。
SC29の現在のWG構造と各WGの名称、活動内容は以下のとおりです。
*1 JTC:ISOとIECの合同の技術委員会。第一合同技術委員会はISO/IEC JTC 1と表記されます。ISO/IEC JTC 1で発行した規格は、“ISO/IEC”で始まる規格番号となります。
*2 SC:ISO/IEC JTC 1を構成する下部組織。特定の分野に集中して活動する専門委員会。
*3 WG:SCの下部組織。特定の標準化プロジェクトを担当し、具体的な標準の策定や改定作業を行います。
*4 AVC/H.264:動画データの圧縮符号化方式の1つ。同一の仕様がMPEGではAVCとして、ITU-TではH.264として標準化されているため、両者の呼称を併記してこのように表記されることがあります。
*5 AG:SCの下部組織。特定の領域や標準化プロジェクトに対して助言やガイドラインを提供します。
■JPEG
・WG 1:JPEG Coding of digital representations of images
静止画等の圧縮符号化やフォーマットを取り扱います。Web用途に互換性に優れたJPEG XL、産業用途に低レイテンシなロスレス符号化を実現するJPEG XSなどの静止画用コーデックのほか、JPEG Plenoシリーズではライトフィールド、点群、ホログラフィなどの高次元メディア用コーデックの標準化も行っています。最近は積極的にAI技術を取り入れており、JPEG AI、JPEG Pleno Point Cloudでは学習ベースのツールが検討されています。
■MPEG
先述したように、WG2から8までの7つのWGはMPEGという共通の標準規格を協力して開発しています。最新のシリーズはISO/IEC 23090 MPEG-Iで、これはVR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)など“Immersiveな”アプリケーションをターゲットにしており、映像、音響、三次元点群等、さまざまなメディアについての標準化が行われています。
・WG 2:MPEG Technical Requirement
新しい標準化アクティビティを開始する前のユースケースの収集や要求仕様の決定等のプリミティブな議論を行います。各アクティビティはある程度議論が進むとより専門的なWGに移行し、CfP (Call for Proposal) によって技術提案を募集して本格的に標準化作業を進めていくことになります。
・WG 3:MPEG Systems
各種コーデックで符号化されたメディアのフォーマットやアプリケーションで使用される各種メタデータ、伝送方式の標準化を行います。現在はMPEG-I Part 14:Scene Description for MPEG Mediaという複数のメディアからなるシーンを統合的に記述するシステムの標準化を進めています。
・WG 4:MPEG Video Coding
映像コーデックの標準化を行います。現在は3DoF/6DoF (Degree of Freedom:自由度)の映像表現のための深度情報を伴うMPEG-I Part 12:Immersive Videoや、ニューラルネットワークの圧縮を行うNNC(MPEG-7 Part 17:Compression of Neural Networks for Multimedia Content Description and analysis)の標準化を行っています。機械学習タスクに利用する映像・画像を符号化するためのVCM(Video Coding for Machines)についても間もなく標準化が開始される予定です。
・WG 5:MPEG Joint Video Coding Team(s) with ITU-T SG 16
ITU-T SG(Study Group)*6 16との共同作業で映像コーデックの標準化を行います。高圧縮な映像コーデックは産業上の重要性が非常に高いことから、ITU-T SG16とISO/IEC JTC 1/SC 29が共同作業チームを結成し、約10年周期で新しい標準を開発してきました。現在の作業チームは通称JVET(Joint Video Expert Team)と呼ばれており、2020年にHEVC/H.265(MPEG-H Part 2:High Efficiency Video Coding)の後続でさらに高圧縮・多機能のVVC(MPEG-I Part 3:Versatile Video Codec)の第一版を標準化完了しました。Versatileの名が示すとおり、HDR、360°、スクリーンコンテンツなどHEVCでは第二版移行でサポートされた拡張機能を第一版からサポートし、初めから広範囲のアプリケーションに対応可能な規格としてつくられました。その後2022年に産業用途にビット深度拡張を行った第二版を標準化完了した後、さらなる圧縮効率向上や学習ベースのツールの導入に関する検討を継続しています。
・WG 6:MPEG Audio Coding
音声・音響コーデックの標準化を行います。2019年にオブジェクトベース音響コーデックであるMPEG-H Part 6:3D Audioの標準化を完了した後、現在は2025年に向けてMPEG-I Part 4:Immersive Audioの標準化を進めています。
・WG 7:MPEG Coding of 3D graphics and haptics
点群、触覚データなどの三次元表現を行うメディアのコーデックの標準化を行います。点群向けコーデックにはVR用途などの密でダイナミックな人物オブジェクトの表現に特化したV-PCC(MPEG-I Part 5:Video-based point cloud compression)と、LiDAR(Light Detection And Ranging)データなどの大規模でスパースなオブジェクト・シーンも表現可能なG-PCC(MPEG-I Part 9:Geometry-based point cloud compression)およびその派生規格があります。V-PCCは点群の三次元位置と色などの属性情報を画像に変換し任意の映像コーデックで符号化するもので、2021年に第一版の標準化を完了した後、対象をダイナミックメッシュに拡張したV-DMC(MPEG-I Part 29:Video-based dynamic mesh compression)の標準化を継続中です。G-PCCは点群の位置を木構造で表し属性情報を予測符号化するもので、2022年に第一版を標準化完了した後、対象を動的シーンやより大規模なシーンに拡張した第二版の標準化を継続中です。NTTはこのG-PCC第二版に対して積極的に提案活動を行っているところです。また、AIによる圧縮を行うAI based 3D Graphics Codingも2023年7月現在CfPの発行準備中です。
ほかにも触覚データ用のコーデックであるMPEG-I Part 31:Haptics coding、IoT(Internet of Things)においてマルチメディアコンテンツを取り扱うためのAPIであるMPEG-IoMT(Internet of Multimedia Things)などの標準化も行っています。
・WG 8:MPEG Genomic Coding
ゲノムデータ用コーデックおよび、ゲノムデータの解析のためのさまざまなメタデータやAPIを含むMPEG-Gシリーズの標準化を行います。2020年に一通りの標準化を完了した後、さらなる機能拡張に向けた検討を継続中です。
*6 SG:ITU-Tを構成する下部組織。
■AG
・AG1:Chair Support Team and Management
・AG2:MPEG Technical Coordination :MPEG全体のコーディネート
・AG 3:MPEG Liaison and Communication :MPEGと他団体とのコミュニケーション
・AG 4:JPEG and MPEG Collaboration :JPEGとMPEGの協力関係を構築
・AG 5:MPEG Visual Quality Assessment :各規格についての主観・客観に基づく性能評価
以上のように、SC29ではマルチメディア全般についてコーデック、フォーマット、システムのみならずメディア処理に用いるニューラルネットワークの表現に至るまで幅広い範囲のマルチメディアに関する標準化を行っています。今後は取り扱いメディアのさらなる拡大とともにAI技術を本格的に利用したコーデックの開発にも注目が集まります。
マルチメディア伝送の標準化動向
マルチメディアを伝送し遠隔地で利用するアプリケーションの分野でも、国際標準化が進んでいます。ITU-T SG16ではISO/IEC JTC 1/SC 29と共同でマルチメディア符号化を推進しているだけでなく、それを遠隔地に伝送して再生するIPTV、デジタルサイネージといったシステム、さらに映像・音声以外の要素も伝送してあたかもその場にいるかのような体験を実現する超高臨場感体験のライブ伝送技術の標準化等を行っています。
デジタルサイネージは、普及当初は商業ビルや駅構内の固定ディスプレイに映像を配信する使い方が一般的でしたが、近年はネットワークに接続された自律型ロボットに搭載する用途も現れており、いわば動くデジタルサイネージとして配達ロボット等へ搭載されたり、テレプレゼンス*7端末として活用されたり、仮想空間や後述の超高臨場感を伴うコミュニケーションのための端末として活用されたり、といった用途も想定されています。ITU-T SG16ではそのために必要なマルチメディア機能の要求条件の標準化が進められています。
映像伝送技術をさらに高度に活用し、従来のテレビのように「画面を見る」のではなく、「あたかもその場にいるかのようにリアルタイムに体験する」技術の標準化も進んでいます。ILE(Immersive Live Experience:超高臨場ライブ体験)と呼ばれるこの技術は、イベント側の実物大の大きさの感覚や奥行き感といった感覚もリアルタイムに遠隔地(提示側)に伝送することによって、テレビのような平面的な映像と音声で再現できる限界を超えた、超高臨場感を味わうことを可能にします。提示側において没入感を得るためにVRやAR〔最近はXR(Extended Reality)と称されることも多いです〕等の技術も関連してきますが、イベント側でのセンシング(映像でいうとカメラでの撮影にあたる部分です)から、リアルタイムでの伝送や処理、提示側での再現(映像でいうと表示にあたります)までの一連のシステムとしてとらえたときに、超高臨場感をリアルタイムに得るために必要なアーキテクチャ、プロトコルなどを標準化する必要があります。またこの超高臨場感を、国境を越えて届けるために、国際的な相互接続性を確保することも標準化の大切な役割です。最近ではさらに触覚情報も伝送する技術の検討が進められています。2023年7月のITU-T SG16会合でその第一弾となる勧告がNTTの主導により作成、合意され、今後承認プロセスを経て2023年度中には発行される見込みです。当該技術のユースケースの一例を図に示します。今後も、触覚情報を活用してILEの超高臨場感をさらに高めるための関連勧告の検討とともに、触覚以外の伝送によるILEのさらなる拡張の検討も進められることが見込まれます。また、最近注目を集めているメタバースに関連するFG(Focus Group)*8がITUに設立されており、ILEとの関連についても検討される見込みです。
*7 テレプレゼンス:ロボット等を介して遠隔地の人や物とインタラクションすること。
*8 FG:既存のSGに包含されない新規課題の検討等を目的に設立される、時限的なグループ。
セキュリティ分野での標準化活動
セキュリティを扱うデジュール標準化団体には、ISO/IEC JTC 1/SC 27や、ITU-T SG 17があります。ここではISO/IEC JTC 1/SC 27とITU-T SG17それぞれの概略について紹介し、簡単に比較してみます。
■ISO/IEC JTC 1/SC 27
ISO/IEC JTC 1/SC 27では情報セキュリティ・サイバーセキュリティ・プライバシ保護に関する方法・技術・ガイドライン等を取り扱っています。この中にWG が1から5まであり、それぞれ異なるテーマを担当しています。
・WG1は情報セキュリティマネジメントシステム (ISMS) を扱っています。ISO/IEC 27000規格群が有名です。
・WG2は暗号技術およびセキュリティメカニズムを扱っています。暗号アルゴリズムを定めるISO/IEC 18033シリーズがよく知られています。
・WG3はセキュリティ評価・試験・仕様を扱っています。コモンクライテリアISO/IEC 15408シリーズは多くのITセキュリティ認証制度において評価基準として参照されています。
・WG4はセキュリティコントロールとサービスを扱っています。例えばIoTのセキュリティに関するガイドラインや要件を定めたISO/IEC 27400規格群などがあります。
・WG5はアイデンティティ管理とプライバシ技術を扱っています。代表的な規格にプライバシフレームワークを定めたISO/IEC 29100があります。
ISO/IEC JTC 1/SC 27のWGは、これまで増設や名称の軽微な変更はありましたが、基本的には静的で、それぞれの取り扱う範囲が大きく変わったということはありません。
■ITU-T SG17
ITU-T SG17 (Security) ではセキュリティ全般を取り扱っています。各分野に特化したセキュリティの案件は他のSGでも取り扱っていますが、ITU-T全体のセキュリティ検討の取りまとめはSG17の活動です。この役割はISO/IEC JTC 1/SC 27のそれとよく似ています。他方、異なる点として、ITU-T SG17ではセキュリティの他にディレクトリ・オブジェクト識別子・技術言語なども扱ってきたということがあります。
ITU-T SG17の代表的な勧告にデジタル証明書の標準形式を定めたX.509があります。また構文記法ASN.1も有名です。
2023年7月現在、ITU-T SG17の中にWPが1から5まであり、またQ (Question) が12個あります。各QはいずれかのWPに属します。このWPやQの構成は前述したISO/IEC JTC 1/SC 27のWG構成に比べると動的です。まずQについては、議論の進展や技術の進歩によって追加されたりマージされたりします(飛び番になっているのはそのためです)。あるQの検討対象範囲が拡大されたりもします。あるいは定期タイミングでWPとQの再構成・整理が大々的に行われることもあります。
(1) WP 1 (Security strategy and coordination)
・Q1 Security standardization strategy and coordination
・Q15 Security for/by emerging technologies including quantum-based security
(2) WP 2 (5G、IoT and ITS security)
・Q2 Security architecture and network security
・Q6 Security for telecommunication services and Internet of Things
・Q13 Intelligent transport system security
(3) WP 3 (Cybersecurity and management)
・Q3 Telecommunication information security management and security services
・Q4 Cybersecurity and countering spam
(4) WP 4 (Service and application security)
・Q7 Secure application services
・Q8 Cloud computing and Big data infrastructure security
・Q14 Distributed Ledger Technology (DLT) security
(5) WP 5 (Fundamental security technologies)
・Q10 Identity management and telebiometrics architecture and mechanisms
・Q11 Generic technologies (such as Directory、PKI、Formal languages、Object Identifiers) to support secure applications
■両者の比較
ISO/IEC JTC 1/SC 27とITU-T SG17の組織構成に対応して、日本の国内委員会も構成が異なっています。ISO/IEC JTC 1/SC 27に対応する国内の委員会はありますが、ここでは技術的な検討は行いません。技術検討は一次的に国内小委員会が行います。国内小委員会は国際の各WGに対応して1から5まであります。これに比し、ITU-T SG17に対応する国内の委員会では、ここですべての案件について技術検討を行っています。国際の各WPに対応するようなサブ委員会は設けていません(むろん委員会内での担当の割振りはあります)。前述した国際における静的・動的な組織構成の違いを踏まえると、日本国内における対応は理に適っているといえます。
技術分野については、ISO/IEC JTC 1/SC 27とITU-T SG17で共通する案件が多いのは当然ですが、しかし互いに補完するようなものも少なくありません。例えば公開鍵暗号技術については、暗号アルゴリズムや電子署名方式を定めているのはISO/IEC JTC 1/SC 27のほうですが、公開鍵基盤 (PKI) の標準形式や検証アルゴリズムを定めているのはITU-T SG17のほうです。どちらも公開鍵暗号技術の利用には不可欠のものです。むろんセキュリティマネジメントやネットワークセキュリティに関するガイドラインやフレームワークについては深く関連する案件が多く、ISO/IEC JTC 1/SC 27とITU-T SG17の間で双方向にリエゾン(双方の会議に参加して情報交換を活性化させる役目を負う人)を擁立して、密に連携しながらそれぞれ標準化を推進しています。
■ISO/IEC JTC 1/SC 27/WG 2での活動
次に、筆者らが活動しているWG 2の動向、特に秘密計算と呼ばれる暗号化したまま分析(計算)する技術の標準化動向について概説します。
あるクライアントが、データをクラウドサーバに集めて分析をするケース、を考えてみましょう。このとき、一般的な暗号技術は、①クライアントとクラウドサーバ間でやり取りされるデータ、②クラウドサーバで保存されているデータ、を暗号化で保護します。しかし、データを分析するときだけは一度暗号化を解く必要があります。秘密計算はそれを暗号化したままでも行えるようにする技術です、すなわち上記に加えて、③クラウドサーバで分析されるデータも暗号化で保護できる技術です。秘密計算を使うことで、個人のパーソナルデータや企業の営業秘密をずっと暗号化したままで分析ができる、言い換えると「データの中身を見ない」活用が可能となります。
秘密計算は上記の性質から、より安全なデータ処理はもちろんのこと、今まで他組織に開示することが難しかったデータを持ち寄って、企業や業界の枠を越えた新しいデータ利用が期待でき、注目されている技術です。近年ではPrivacy enhancing computation(PEC)という名の技術群として、ガートナーの戦略的テクノロジのトップ・トレンドにも挙げられています。
このようなトレンドの高まりもあり、NTTの働きかけをきっかけに2020年からISO/IEC 4922シリーズとして秘密計算の標準化が始まりました。2つのパート作成が開始され、ISO/IEC 4922-1は秘密計算全般に関する標準、ISO/IEC 4922-2は秘密分散に基づく秘密計算に関する標準です。NTTはISO/IEC 4922-1および4922-2とともにエディタとして積極的に規格作成を主導しています。ここで秘密分散に基づく秘密計算とは、秘密分散と呼ばれるデータを特殊な断片に変換する方法を利用して実現する秘密計算のことであり、秘密分散自体もISO/IEC 19592シリーズとして標準化されています。
ISO/IEC 4922-1は2023年の7月に規格が発行され、ISO/IEC 4922-2についてもすでに最終段階のため、近々規格が発行される見通しです。また、近年ではその他の秘密計算の実現方法についても規格化の動きがあり、今後も注目される規格だといえるでしょう。
■WG 2で議論されているその他のセキュリティ規格について
ISO/IEC JTC 1/SC 27/WG2では秘密計算以外にも、基本的な暗号方式(ブロック暗号やハッシュ関数)から匿名認証、耐量子暗号といった発展的な機能・性質を持つものまでさまざまな方式を議論しています。
その中でも近年積極的に議論されているものの1つとして、耐量子暗号と呼ばれる量子計算機でも解けないといわれている暗号があります。量子計算機はRSA署名などの暗号を理論上解読できてしまうことが知られているため、近年の量子計算機の発展に伴い標準化が行われています。WG2でも積極的に議論が行われていますが、規格化にはNIST(アメリカ国立標準技術研究所)で行われている耐量子暗号のコンペティション結果が大きく影響するため、具体的な規格化の前段階としてSD(Standing Document)と呼ばれる文書で議論の内容が公開されるにとどまっています。ただ、NISTのコンペティションが2022年7月にいったん区切りを迎えたため、今後はWG2においても規格化が進んでいくものと考えられます。
(上段左から)杉本 志織/長尾 慈郎/安田 幹
(下段左から)菊池 亮/市川 敦謙
問い合わせ先
NTT研究企画部門
標準化推進室
E-mail std-office-ml@ntt.com
国際標準化の動向は、未来のアプリケーション・サービス関連技術の方向性を理解する鍵となります。今後の展開を予測する手助けとして、本稿が役立てられることを願っています。