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特集2

個人にも寄り添う連鎖型スマートシティを実現する「街づくりDTC」

電力安定供給に向けた日射量予測による太陽光発電計画の精緻化

環境負荷削減のために、再生可能エネルギー比率を高めた電力の需給調整が求められています。広く普及している太陽光発電では、全天日射量と発電量に強い相関関係があることから、発電計画を作成する際に全天日射量が主な変数として活用されています。しかし、全天日射量は観測誤差、および予測誤差が大きく、それゆえに発電計画の誤差が大きいので電力の安定供給や需給調整コストなどの点で問題が生じています。私たちは、気象情報と発電実績を組み合わせて全天日射量を高い精度で予測する技術を確立したことで、太陽光発電計画の精緻化を実現しました。

槇 俊孝(まき としたか)/松井 一真(まつい かずま)
藤波 崇志(ふじなみ たかし)/倉沢 央(くらさわ ひさし)
富田 準二(とみた じゅんじ)
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所/
NTTスマートデータサイエンスセンタ

はじめに

社会・経済システムの発展に伴い、個々人の多様なニーズに対応した技術・サービスが誕生し豊かな社会生活を送ることができるようになりました。しかし、その一方で地球温暖化・気候変動の問題が顕在化しており、カーボンニュートラルが大きなテーマになっています。
NTTグループは、2021年9月に「事業活動による環境負荷の削減」と「限界打破のイノベーション創出」を通じて、環境負荷ゼロと経済成長を同時実現する、新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」を策定しました。カーボンニュートラル実現に向けた主な取り組みとして、「再生可能エネルギーの利用拡大」、および「IOWN導入による電力消費量の削減」があります(1)。「再生可能エネルギーの利用拡大」では、他社から再生可能エネルギーの電源を調達するだけではなく、自社グループでPV(Photovoltaics:太陽光発電)をはじめとする再生可能エネルギーを開発し、パートナー様やNTTグループ各社での利用を進めています(2)
再生可能エネルギーの利用拡大を進めるためには、電力の安定供給が不可欠です。再生可能エネルギーは、発電量が自然条件によって変化するので、いつ、どこで、どれだけの発電量が得られるのかを計画することが難しい電源です。これまでは、発電事業者は、再生可能エネルギーの発電計画を作成しなくてもFIT(Feed-in Tariff:固定価格買取)制度*1により安定的に売電収入を得ることができ、再生可能エネルギーの開発や利用を積極的に進めることができました。しかし、FIP(Feed-in Premium)制度*2の導入により、発電事業者は、再生可能エネルギーの発電計画を作成し、その計画に基づいて電力市場などでの取引が必要になりました。
再生可能エネルギーには水力や風力、太陽光などのさまざまなものがありますが、経済効率性や環境適合(適地)などの観点から日本国内では特にPVの利用拡大が進んでいます。PVは、発電量(出力)と全天日射量に強い相関があり、正確な発電計画を作成するためには全天日射量を正確に観測し予測する必要があります。
本稿では、まず、再生可能エネルギーの利用拡大にあたって基本となる電力の安定供給について広く述べます。次に、計画誤差の問題が顕在化しているPV出力予測の改善に向けた全天日射量の観測、および予測の誤差低減方法について述べます。

*1 FIT制度:再生可能エネルギーにより発電された電力を電力会社が固定価格で買い取る制度のこと。
*2 FIP制度:再生可能エネルギーにより発電された電力を事業者自ら電力市場などで売電し、その売電価格に対してプレミアム(補助額)を上乗せする制度のこと。

電力の安定供給に必要なこと

電力の安定供給とは、端的にいうと停電しないように電力の需要量と供給量を完全一致させることです。供給量が需要量よりも多かったり、逆に少なかったりすると、さまざまな電気製品が動作不良を起こし、最悪のケースでは停電してしまいます。そのため、電力システムを支える電気事業者は、電力の安定供給に最大限に努める義務が課せられています。具体的には、日本では「計画値同時同量制度」が導入されており、発電事業者や小売電気事業者は1コマ30分単位で電力量の計画と実績を一致させる義務があり、全体として発電計画と需要計画が一致するように運用されています。電力システムは、図1に示すように発電事業者や小売電気事業者、一般送配電事業者によって構成されています。計画と実績を一致させる義務は発電事業者、および小売電気事業者に課せられており、やむを得ず計画と実績に乖離(インバランス)が生じた場合は、一般送配電事業者が調整力を活用してインバランスを解消します。ただしこの場合、インバランスの量に応じて後日清算が必要になり、基本的にはスポット市場(一日前市場)や時間前市場(当日市場)などの電力市場で需給調整した場合よりもコストが増大する傾向にあります。そのため、発電事業者や小売電気事業者は、事業リスクの低減や収益の最大化のためにもインバランスが生じないように正確な計画の作成が不可欠です。
一般的に、発電事業者によるインバランスのことを発電インバランスと言い、小売電気事業者によるインバランスのことを需要インバランスと言います。また表に示すように、それぞれのインバランスの状況に応じて2種類のインバランスが存在します。例えば、発電計画よりも発電実績が下回った場合は不足インバランスと言い、不足分の電力量を一般送配電事業者が補填し後日請求されます。逆に発電計画よりも発電実績が上回った場合は余剰インバランスと言い、余剰分の電力量を一般送配電事業者が買い取ります。余剰インバランスの場合は発電事業者に損失が生じないようにもみえますが、買取り料金は後日に判明しますし、いずれにしても一般送配電事業者に対して調整量に応じた対価の支払いが生じます。繰り返しになりますが、発電事業者や小売電気事業者は、事業リスクの低減や収益の最大化のためにもインバランスが生じないように正確な計画の作成が不可欠です。

PV出力予測の課題

正確な発電計画を作成するためには、発電量の正確な予測が必要です。再生可能エネルギーは、自然変動電源とも呼ばれるように、発電量の出力が気象条件や季節、時間帯などによって大きく変動します。PV出力は、太陽光パネルの表面に降り注ぐ全天日射量の強度により大きく変化します。基本的には、全天日射量の強度に加え、地形や建物などによる影の影響、太陽光パネルやPCS(Power Conditioning System)*3の特性、太陽光パネル表面の水滴・汚れの状況などが分かればPV出力を正確に予測可能です。しかし、PV出力予測に関する既存の技術・サービスは誤差が大きく、各社とも誤差低減に向けて予測技術にさまざまな工夫を取り入れたり、発電バランシンググループの構築や再エネアグリゲーションにより誤差をならしたりして、誤差低減を図っています。また、系統蓄電池の導入により発電インバランスを抑制する取り組みも実施されています(3)。しかし、これらによるならし効果には限界があり、また、系統蓄電池を利用するにしてもインバランスを吸収できるだけの容量を確保する必要があります。発電事業者の立場において、再生可能エネルギーの導入拡大を進めるためには発電インバランスが小さいこと、およびコストメリットがあることが前提になりますので、PV出力予測の誤差低減が不可欠です。
PV出力予測における誤差の原因は、主に全天日射量の観測誤差、および予測誤差にあることから、これらの誤差を低減することが重要です。
全天日射量の観測は、一般的に気象衛星により観測されており、地上観測値と衛星観測値では図2(a)に示すように大きな誤差があることが分かります。仮に地上観測値と衛星観測値が完全一致していれば赤い直線上に点がプロットされますが、実際はかなりの誤差が生じています。地上観測の全天日射量が真値なので、地上観測の全天日射量を利用できることが望ましいのですが、全天日射量を地上観測している気象台は全国に約50カ所しかなく、広範囲の全天日射量を均一に観測することができません。アメダスで観測されている日照時間のデータなどを用いて疑似的に全天日射量を観測する技術・サービスも存在しますが、全天日射量と日照時間は別物であり、また、日照時間を観測可能なアメダスの観測地点も全国に約690カ所(4)しかなく、任意地点の正確な全天日射量を得られにくいのが実情です。
全天日射量の予測は、主に数値モデルと統計モデルの2つの手法が用いられています。数値モデルは、物理法則に基づいて太陽放射や大気放射、雲やエアロゾルなどの要素を計算し、未来の全天日射量を予測するものです。統計モデルは、過去の観測データや衛星画像などを利用して全天日射量と他の変数との関係性を解析し、未来の全天日射量を予測するものです。数値モデルと統計モデルを組み合わせたアンサンブルモデルや、最近では深層学習モデルにより予測する手法が提案されています(5)。ただし、現在広く利用されている数値予報モデルによる全天日射量の予測値は、雲量や気圧などのさまざまな気象要素を予測した後に最終的に算出されることが一般的であり、各種要素の予測誤差が全天日射量の予測誤差につながるので、図2(b)に示すように全天日射量予測でも大きな誤差が生じています。同図は、全天日射量の地上観測値と、気象会社が提供する翌日の予測値との関係性を表したものであり、ここで示されている誤差が直接的にPV出力予測の誤差として表れます。
そのため、PV出力予測の誤差低減のために、全天日射量の観測誤差を低減して良質のPV出力予測モデルを構築し、また、全天日射量の予測誤差を低減して高精度なPV出力予測ができるようにします。

*3 PCS:太陽光パネルで発電された直流電力を交流電力に変換するシステムのこと。

PV出力を用いた全天日射量の観測・補正技術

本技術は、図3に示すように全天日射量の観測値推定、および予測値補正の2つの機能から構成されます。これらの機能により、全天日射量の観測値と予測値の誤差を低減します。

■全天日射量の観測値推定

全天日射量の観測誤差を低減するためには地上に日射計を高密度で設置することが理想ですが、設置費や維持費などの観点から現実的な手段ではありません。そのため、遠隔監視が可能なPV出力を利用して全天日射量を高精度に観測します。従来からPV出力を用いて全天日射量を観測する技術は存在しますが、太陽光パネル出力だけを用いていたり、近隣建物や地形の影響、太陽光パネル表面の水滴・汚れの状況などを考慮していなかったりと、サービス開発までは至っていない状況でした。
そこで私たちは、複数地点の気象情報やPV設備情報、発電実績を活用することで、間接的に近隣建物や地形の影響など考慮し、高精度に全天日射量を観測できる手法を提案し、社会実装まで達成しました。
本手法は、図4に示すように(a)全天日射量観測モデルの構築、および(b)観測モデルを用いた全天日射量の観測値推定の2つのフェーズが存在します。
(a)では、全天日射量を地上観測している気象台や自社観測の地点周辺のPV設備を選択し、気象情報やPV設備情報、発電実績を説明変数とし、また、地上観測の全天日射量を目的変数として全天日射量観測モデルを構築します。具体的な前処理方法については割愛しますが、例えば、太陽光パネル表面の水滴・汚れの状態を考慮し観測精度を高めるために、数日前から当日の降水量やPV出力の傾向などを説明変数としてつくり込んでいます。また、PV出力はPCS容量*4以上の出力が得られず、全天日射量とPV出力が無相関になることがあるので、観測時間帯前後のPV出力などを説明変数としてつくり込むことで、PV出力が頭打ちになっている状態でも精度良く全天日射量を推定できます。
(b)では、(a)と同じ説明変数の構造で別地点・メッシュ*5における各種データを説明変数として組み込むことで、全天日射量を地上観測していない地点であっても地上観測相当の全天日射量を高精度に推定することができます。
10地点(北海道や福島、群馬など)において性能評価を実施したところ、本手法による観測は、従来の気象衛星による観測と比べて誤差が50%程度小さいことを確認しました。

*4 PCS容量:直流・交流変換の最大容量のこと。
*5 メッシュ:網の目(メッシュ)に区分けされた地域。

■全天日射量の予測値補正

全天日射量の予測誤差を低減するために、過去の全天日射量の観測値と予測値の誤差を解析し、また、予測時刻直近の最新の全天日射量を用い、全天日射量の予測値を補正することで誤差低減を実現しました。
全天日射量の予測値は、たとえ1時間先の予測値であっても大きな予測誤差が生じています。予測誤差の低減のために、気象衛星により観測した最新の全天日射量を用いて補正する技術・サービスも存在しますが、全天日射量の観測値そのものにも大きな誤差が含まれており、補正の効果が十分に得られていないような状況でした。
私たちは、全天日射量観測モデルにより得られた地上観測相当の全天日射量を使用し、全天日射量の予測値を補正しています。本手法は、図5に示すように(a)予測値補正モデルの構築、および(b)予測値補正モデルを用いた全天日射量予測値の補正の2つのフェーズが存在します。
(a)では過去の気象情報、気象予報、および過去の全天日射量観測値、予測値を用いて予測値補正モデルを構築します。予測値の補正は、①気象状況に連続性があること、②地域固有の気象特性が存在すること、③予測値は実績値よりも低めの値が出やすいことの3点を考慮しています。
①では、例えば現在の天候が曇りの場合、数時間先も曇りであることが往々にしてあります。そのため、現在の全天日射量を考慮して数時間先の全天日射量を補正することで誤差が低減することがあります。
②では、例えば神奈川県は晴れの時間数が多く、秋田県は晴れの時間数が少ないといった地域固有の気象特性が存在します。また別の観点では、例えば標高や地形などの影響から同じ東京都内であっても日が出ている時間数で30分程度の地域差が生じることがあります。このような地域固有の気象特性を考慮し補正することで誤差が低減することがあります。
③では、観測と予測のメッシュサイズの違いによって、予測値が実績値よりも全体的に低い値が出ることがあります。例えば、観測は1kmメッシュ単位、予測は数値予報モデルの仕様都合などにより5kmメッシュ単位で実施されていることがあり、この場合では予測値が実績値よりも全体的に低い値が出ることがあります。このようなメッシュサイズの違いによる値の乖離を考慮し補正することで誤差が低減することがあります。
以上の3点を考慮することで、全天日射量の予測値を実績に近い値に補正することが可能になります。
(b)では、最新(未来)の気象予報を補正モデルに入力することで、補正された未来の全天日射量を得ることができます。
本手法は、当日数時間先における全天日射量予測値の補正だけではなく、翌日・翌々日における全天日射量予測値の補正にも成功しており、補正効果に地域差はありますが従来比25%程度の誤差低減を実現しています。

今後の展望

再生可能エネルギーの主力電源化を達成するためには、電力の安定供給や事業リスクの低減などが必要であり、再生可能エネルギーの発電インバランスを低減がすることが不可欠です。そこで私たちは、PV出力予測の誤差を低減するために、誤差の本質的な原因となっている全天日射量の観測、および予測の誤差低減手法を提案し、実フィールドでの効果を確認しました。しかし、気象会社が提供する全天日射量予測値の誤差が大きい場合、補正による誤差の低減効果が小さいことが分かっています。
そのため、気象会社が提供する全天日射量予測によらない新しい予測技術の検討を実施していく予定です。また、発電量の予測だけでなく、デジタルツイン(DT)によって電力の供給量と需要量を考慮して需給マッチング全体を最適化し、脱炭素社会における電力の安定供給をめざして研究開発を進めています。これにより、持続可能な社会の実現に向けて貢献していきます。

■参考文献
(1) 吉松・八木・松尾・朝倉:“NTTグループの新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」,”NTT技術ジャーナル,Vol.33, No.12, pp.44-47, 2021.
(2) 角田・桐本:“NTTアノードエナジーのスマートエネルギー事業,”NTT技術ジャーナル, Vol.33, No.12, pp.56-59,2021.
(3) https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2022/pdf/3_3.pdf
(4) https://www.mlit.go.jp/common/001043841.pdf
(5) A. M. Assaf, H. Haron, H. N. A. Hamed, F. A. Ghaleb, S. N. Qasem, and A. Albarrak:“A Review on Neural Net­work Based Models for Short Term Solar Irradiance Forecasting,”MDPI, Appl. Sci., Vol. 13, No. 14, p. 8332, 2023. https://doi.org/10.3390/app13148332

(上段左から)倉沢 央/槇 俊孝/松井 一真
(下段左から)富田 準ニ/藤波 崇志

再生可能エネルギーの主力電源化を達成するためにはさまざまな問題を解決する必要があります。私たちは、電気事業者やその他の関係会社と協力・連携し、DTやデータサイエンスを駆使して課題解決に積極的に取り組んでいきます。

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