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Focus on the News

実世界を反映した高精度デジタル情報の掛け合わせによる革新的サービスを創出する「デジタルツインコンピューティング構想」を策定

NTTは、あらゆる社会・経済が大きな変革を求められている今後の時代に、デジタルトランスフォーメーションによってスマートな社会の実現をめざしています。このたび、パートナーの皆様とともにその変革を実現するIOWN構想の1つとして、「デジタルツインコンピューティング構想」を策定しました。
この構想は、実世界におけるモノ・ヒト・社会に関する高精度なデジタル情報を掛け合わせることにより、従来のICTの限界を超えた大規模かつ高精度な未来の予測・試行や、新たな価値を持った高度なコミュニケーションなどを実現します。それによって、世界中のさまざまな社会課題の解決や革新的サービスの創出を通じ、スマート社会の実現を加速します。

構想策定の背景

これまでNTTは、高速・広帯域・ユニバーサルな通信ネットワークや安心・安全な情報システムの提供を通じて、今日のデジタル社会の実現に貢献してきました。この間、電話や電子メールからSNSに至るヒトに関するデジタル化や、地図から情報家電や自動運転に至るモノに関するデジタル化が進み、今後はモノ・ヒト・社会などから構成される実世界と、それらを高精度に表現したデジタル情報から構成されるサイバー空間が融合した新たなデジタル社会が到来しようとしています。
それは、実世界とシームレスにつながるサイバー空間上でデジタル情報を用いた大規模かつ高精度な未来の予測・試行が可能となることにより、人知の可能性を一層拡大するとともに、これまでの知識共有や共同作業等のコミュニケーションに、より豊かな感情表現や高度な合意形成・意思決定等の新たな価値が加わる新しい世代のデジタル社会です。

デジタルツインコンピューティングとは

現在、製造分野等で「デジタルツイン」が注目されてきています。デジタルツインとは、例えば、機械部品のようなモノの形状、状態、製造工程等を計算機内で正確に表現したデジタル情報です。また、ヒトに関しても、医療分野におけるMRIやCTスキャン等から得られるデジタル情報の活用は、既存のデジタルツインの一形態と考えられます。これに対して、私たちがめざす「デジタルツインコンピューティング(DTC)」とは、このデジタルツインを大きく発展させ、実世界を表す多くのデジタルツインに対して交換・融合・複製・合成等の演算(デジタルツイン演算)を行うことにより、モノ・ヒトのインタラクションをサイバー空間上で自由自在に再現・試行可能とする新たな計算パラダイムです(図)。
これまで提唱されてきたデジタルツインは、主にデジタル表現された物理的なモノの制御や観測に用いられています。一方、DTCでは、デジタル化される対象をモノだけではなくヒトにも拡張し、さらにデジタルツイン演算により、サイバー空間上でモノやヒトどうしの高度かつリアルタイムなインタラクションが可能となることが大きな特長です。

図 デジタルツインコンピューティング構想のコンセプト

デジタルツインコンピューティングにより実現する未来

この特長を持つDTCを用いることにより、次のようなさまざまな社会課題の解決や革新的サービスの創出が可能となると考えます。

(1) 地球・宇宙規模のシミュレーション
地球規模で自然条件(気候、埋蔵資源等)や社会変動(人口・GDP変動等)を再現する大規模なデジタルツイン群を用いてサイバー空間上に仮想社会を構築し、高精度な予測モデルを用いた近未来推定やシミュレーションが行われ、地球規模の資源収支予測に基づいたSDGs政策等に活用されます。また、東京やサンフランシスコなど、実世界における都市のデジタルツインを宇宙空間のデジタルツインと合成し、大気、水、食糧、エネルギー等の収支シミュレーションが宇宙開発に利用されます。
(2) 都市の課題発見・解決
都市と住民のデジタルツインを通じて、住民たちの経験や文化・価値観、意識・無意識な希望・不満等を匿名化して集約して、生活者でないと気が付きにくい「危険な交差点」などの都市の潜在的な課題を発見し、さらに集団最適化した解決策を見出します。また、他の都市との相互作用シミュレーションから、類似性あるいは相互補完的で意外な組み合わせとなる「姉妹都市」を創出し、豊かな都市構築のための協力関係が多くつくられます。
(3) 疾病拡散予測・抑制
感染症の発生に際し、ヒトのデジタルツインから得られる市民の行動パターンや人間関係マップと、地理・交通情報等を組み合わせた仮想社会を構築し、高精度な感染症の拡散予測を行います。さらに予測結果を元に、交通流・人流のコントロール、学級閉鎖・遠隔学習の早期実施判断、最適な病院の自動検索・予約等を行うことで、リアルタイムかつアクティブな感染拡散の予防・抑制が行われます。
(4) 個人の多面的意思決定
自らの業務スキルをデジタルツインに記録させ、日程調整、会議室予約等の日常業務を自らのデジタルツインに行わせます。また、自らのデジタルツインを複製し、過去の自分や、さまざまな立場、前提知識等を変化させ、実世界の自分とデジタルツインと対話し、さまざまな問題の解決を試みます。さらに、さまざまな自らのデジタルツインどうしがサイバー空間上で超高速に議論し合い、解決策や自分では気付くことができない観点を短時間で見つけ出します。

今後について

デジタルツインコンピューティング構想を含むIOWNの実現には、社会科学、人文科学、自然科学、応用科学、学際領域等、さまざまな研究・技術分野の集結が必要不可欠です。NTT研究所では、このような幅広い研究・技術分野の専門家やグローバルパートナーと連携しながら、IOWN構想の実現をめざしていきます。

問い合わせ先

NTT研究企画部門
E-mail iown-pr@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2019/1906/190610a.html

研究者紹介
デジタルツインコンピューティング構想の実現に向けて
中村 高雄

NTTメディアインテリジェンス研究所
主幹研究員

ICT分野において、これまで音声やテキスト、画像といったメディア情報をデジタル化することで、さまざまな計算処理の対象とすることができました。最近ではIoTの進展等により、機械や建物の構造等の実在のモノ、あるいは医療分野では人体構造の精密なモデル、さらにそれらのリアルタイムな状況を表す情報のデジタル化、すなわちデジタルツインによって、高度な計算処理の恩恵はデジタル上だけでなく直接実世界にも作用するように拡がってきました。今後、この動きはますます進み、あらゆる事物のデジタル化および実世界との融合が進展していくと考えます。
デジタルツインコンピューティング構想は、このような時代観を踏まえ、さらにその先を考えてまとめたものです。ヒトやモノのデジタルツインを掛け合わせて実世界の制約を超えた多様なデジタル世界を創生することで、ヒトや社会はその可能性を大きく飛躍させ、人間の活動の機会が拡大し、社会や地球全体の困難な課題の解決が果たされる、そのような世界の実現をめざしています。
実現に向けては、工学分野における革新的技術の確立に加え、人間科学や社会科学等との学際的な検討が必要です。本構想に賛同いただいたパートナーの方々とのコラボレーションにより、新たな価値によるイノベーションを実現したいと思います(https://www.ntt.co.jp/svlab/DTC/)。