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特集

IOWN構想特集-デジタルツインコンピューティング-

デジタルツインコンピューティング構想

実世界とサイバー空間とを結びつける「デジタルツイン」が、IoT(Internet of Things)の進展等により実現されてきています。ネットワークやコンピューティング環境の進化に伴い、あらゆる事物のデジタル化および実世界との融合がますます進展していく未来像を踏まえて、2019年6月に「デジタルツインコンピューティング構想」を発表しました。本稿では構想の概要、適用範囲、アーキテクチャと実現に向けて取り組むべき主要課題について紹介します。

中村 高雄(なかむら たかお)
NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ

デジタルツインとは

実世界とサイバー空間とを結びつける「デジタルツイン」が、ICTの進展により実現され、注目されてきています。デジタルツインとは、例えば工場における生産機械、航空機のエンジン、自動車などの実世界の対象について、形状、状態、機能などをサイバー空間上へ写像し、正確に表現したものです。デジタルツインを用いることで、サイバー空間内で対象物に関する現状分析・将来予測・可能性のシミュレーションなどを行うことが可能となります。さらに、サイバー空間での処理結果に基づいて実世界の対象をインテリジェントに制御するなど、高度なICTの恩恵を実世界の対象にフィードバックさせることが可能になります。
今後、実世界のさまざまな対象のデジタルツイン化が進むことにより、産業を超えた異種・多様なデジタルツインの掛け合わせ・相互作用(インタラクション)による大規模なシミュレーション等に対する要請が高まってくると考えます。例えば、生産機械単体から、生産ライン、工場全体、さらには流通などを含めたサプライチェーン全体の再現や、建物、道路、自動車、市民などを掛け合わせた都市全体の再現などです。しかし、現在のデジタルツインは目的ごとに作成・利用されていることから、このような自由な掛け合わせが困難です。また、ヒトのデジタルツインについては、これまでは生理学的な計測データなどによるモノ的な側面での再現が中心であり、コミュニケーションなどの社会的な行動に関するシミュレーションは困難です。

デジタルツインコンピューティングとは

私たちがめざす「デジタルツインコンピューティング(DTC)」は、これまでのデジタルツインの概念を大きく進展させるものであり、多様なデジタルツインを自在に掛け合わせてさまざまな演算を行うことにより、これまでになく大規模かつ高精度な実世界の再現、さらには実世界の物理的な再現を超えた、ヒトの内面をも含む相互作用をサイバー空間上で実現することを可能とする新たな計算パラダイムです(図1)。
DTCの特長の1つとして、さまざまなデジタルツインをサイバー空間上に配置し、相互作用により全体として駆動する1つの世界、すなわち仮想社会をつくり出すことが挙げられます。多様なデジタルツインを自由に掛け合わせて分析・試行・予測などを可能とするために、デジタルツイン間の大規模かつ複雑な相互作用ための共通的な手段を提供します。また、ありのままの現実をデジタル化するだけでなく、実世界とは異なる環境条件や存在しない対象を配置した仮想社会を構成することで、例えば未来都市のデザインなど、存在しない世界での試行等が可能となります。
DTCのもう1つの特長であるデジタルツイン演算は、デジタルツインを多数複製してさまざまな試行等に活用する、あるいは異なるデジタルツイン間で構成要素の一部を交換や融合させて実在しない性質を持つデジタルツイン(派生デジタルツイン)を生成する等、複製や加工といったデジタル性の利点を活用するための操作です。派生デジタルツインを組み合わせて仮想社会を構築することで、実世界の機能や相互作用を拡張することが可能となります。
さらにもう1つ、DTCの大きな特長として、ヒトの内面の再現に挑戦することが挙げられます。例えば個々人の思考や判断をサイバー空間上で再現・表現することにより、ヒトの行動やコミュニケーションなどの社会的側面について、統計的に丸められた無個性な個体間の相互作用ではなく、個性を踏まえた多様性に基づく相互作用が可能となるでしょう。本特集記事『ヒトDTCの挑戦と今後の展望』で詳しく述べます。
DTCでは、さまざまなモノやヒトどうしが実世界の制約を超えて高度に相互作用する多様な仮想社会をつくり出し、さらに仮想社会との融合により実世界が拡張・超越していきます。ヒトの活動範囲が仮想社会まで進展することによる人間の可能性の拡大、あるいは大規模シミュレーションや未来予測による複雑な社会課題解決のための社会デザインや意思決定支援など、これまで実現し得なかった革新的サービスの創出をめざしています。

適用域とユースケース

DTCの適用域とユースケースについて図2に示します。DTCではヒト1人を対象とするようなミクロでより深いレベルから、数人の集団、都市、国、そして地球規模といったマクロでより広範なレベルまで、取り扱うデジタルツインの規模・粒度をさまざまなスケールでとることができます。これにより、
・高度な判断プロセスや熟練スキルのデジタル化とリアルのヒト・モノへのフィードバックにより、人材育成コスト低減や労働力不足に対処する
・複数の人生を同時に歩んだ“複数の未来の自分”とそれぞれ会話をすることで、リアルの人生における選択を精緻な裏づけとともに実行する
・デジタル化された各分野の専門家が高速に議論し、災害・事故・犯罪等の事態に応じた対応策をスピーディに導出する
・空間と時間の4D情報を活用して人流・交通流を制御し、気象、スケジュールまで組み合わせた混雑・渋滞解消やCO2最少社会を実現する
・都市における中長期的な社会活動の試行・予測に加え、未来の生活者の意見をシミュレーションし、それを設計にフィードバックすることで、将来に向けた適切な街づくりを実現する
・地球全体の地形、気候変動等をデジタル化し、大規模自然災害の予測・対策し、持続可能な国・街づくりを実現する
といった、幅広い適用範囲でさまざまなユースケースを考えることができます。

アーキテクチャと実現に向けた主要課題

DTCは、実世界のモノやヒトのセンシングによるデジタルツインの生成、デジタルツイン演算による派生デジタルツインの生成とそれらを掛け合わせた仮想社会の構築、そして実世界へのフィードバックを行います。DTCアーキテクチャは、図3に示すレイヤで構成されると想定されます。
① 実空間:実世界に現在存在するモノやヒト、およびそれらを含んだ現実の空間です。
② サイバー・フィジカルインタラクション層:実空間のモノやヒトのセンシングによりデジタルツインを生成するために必要となるデータを収集する機能と、仮想社会での試行や予測の結果を実空間にフィードバックする機能を提供します。
③ デジタルツイン層:収集されたデータやモデルの蓄積、およびそれらを用いたデジタルツインの生成・蓄積を行います。
④ デジタルワールドプレゼンテーション層:デジタルツイン層に格納されたデジタルツインに対する演算(複製・融合・交換)により派生デジタルツインを生成します。また、派生デジタルツインを組み合わせて仮想社会を構築します。
⑤ アプリケーション層:デジタルワールドプレゼンテーション層を活用したアプリケーションの実装を可能とし、実行します。
このアーキテクチャに沿って、前述のユースケースを含むDTCの実現に向けて取り組むべき主要課題を以下に示します。
(1) デジタルツインの構造・表現と共通化
デジタルツイン層に関しては、DTCのめざすデジタルツインの相互利用の枠組みとして、デジタルツインの構造定義および表現形式・インタフェースの共通化が必要です。また、ヒトのデジタルツインについては、ヒトの内面や個性の再現を含めた構成要素の定義およびセンシングデータからのモデル化・再現技術の確立が必要となります。
(2) モノ・ヒトのデジタルツインによる大規模・高精度な未来予測
デジタルワールドプレゼンテーション層に関しては、多様なデジタルツインを掛け合わせる場である仮想社会のモデル定義、配置されるデジタルツインの時空間共有と相互作用、個々のデジタルツインの自律動作による仮想社会駆動のメカニズムが必要となります。また、個々のヒトの思考や判断の再現に基づいて、対話・合議等のコミュニケーションや集団行動などの社会的シミュレーション方法の確立が必要です。そしてこれらをベースとして、社会規範や価値観、倫理観などの外部ポリシーに柔軟に対応して適切な計算結果を導くことが可能な、高精度シミュレーション・予測・判断・最適化アルゴリズムの確立が必要となります。本特集記事『新たな社会を切り拓くモノのデジタルツインコンピューティング』で取り組みについて紹介します。
(3) 実世界のセンシング・キャプチャ、デジタルツインと実世界とのインタラクション
サイバー・フィジカルインタラクション層に関しては、屋外の建物・道路や室内構造といった空間や静的対象に加え、走行する自動車などの動的対象の高精度なセンシング・キャプチャが必要です。また、ヒトのデジタルツインがユーザの内面や個性まで再現するために、ウェアラブルデバイス・カメラ・マイクによる計測データやネット上での行動データ等を統合する高度なヒューマンセンシング技術が必要となります。また、サイバー空間上の経験を実世界のヒトにフィードバックさせて、デジタルツインを介した仮想社会での活動や、サイバー空間の力を借りた実世界の能力拡張を可能とするために、高度なHMI(Human Machine Interaction)デバイスなどを用いたフィードバック方法も必要となります。本特集記事『実世界とサイバー世界を連動させるサイバーフィジカルインタラクションに関する取り組み』で紹介します。
実世界とサイバー空間の融合が進むDTCの世界では、CPS(Cyber Physical System)セキュリティもこれまで以上に求められます。
(4) DTCの社会性研究
DTCの進展に伴って、例えばプライバシの観点やデジタル犯罪等のリスク、未来予測と自由意志や責任に関する倫理的観点、ボーダーレスなデジタル社会における価値観の変容など、引き起こされるさまざまな社会的インパクトや課題に関する分析と、課題に対する技術的・非技術的な対応が求められます。またDTCの社会受容に向けて、ヒトとデジタルとの新たな関係性についての人文・社会的な研究も求められるでしょう。本特集記事『デジタルツインコンピューティングの社会的課題』で詳細を述べます。

おわりに

前述のとおり、DTC構想の実現に向けた課題は非常に広範な領域に及びます。NTT研究所では、幅広い学術・技術分野の専門家や産業界のパートナーの方々とのコラボレーションにより、課題解決や社会実装を進めDTC構想の実現をめざしていきます。DTC構想に関するより詳しい内容は「デジタルツインコンピューティング ホワイトペーパー」(2)をご覧ください。

■参考文献
(1) https://www.ntt.co.jp/news2019/1906/190610a.html
(2) https://www.ntt.co.jp/svlab/DTC/whitepaper.html

中村 高雄

パートナーの皆様と連携して高いハードルにチャレンジし、DTC構想の描く将来の新たな価値の実現をめざしていきます。

問い合わせ先

NTTデジタルツインコンピューティング研究センタ
E-mail:dtc-office-ml@hco.ntt.co.jp