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Event Reports

「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス 2024」開催報告

NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、最新の研究成果を多くの方々に知っていただくイベントとして、2024年6月24~26日に「オープンハウス2024」を開催しました。コロナ禍がより落ち着いた状況での開催となったため、昨年に比べ会場規模を倍程度に拡大し、期間も従来の2日間から3日間にして開催しました。ここではその開催模様を報告します。

服部 正嗣(はっとり たかし)/佐藤 G 尚(さとう G たかし)
叶 高朋(かのう たかとも)/水上 雅博(みずかみ まさひろ)
寺島 裕貴(てらしま ひろき)/國貞 隆行(くにさだ たかゆき)
藤永 裕之(ふじなが ひろゆき)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所

オープンハウスの概要

NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は創立以来、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、時代を先取りした基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じていただく」イベントとして、例年5月末から6月上旬にNTT京阪奈ビル(京都府精華町)にて「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催してきました。しかし、2020年から2022年の3年間は、新型コロナウイルス感染症への対策として、現地でのオープンハウス開催は取りやめ、特設ウェブサイト上にて講演・展示動画を公開するオンラインでの開催としました。2023年は、新型コロナウイルスが5類感染症に移行するなど,コロナ禍に一定の収まりが感じられる状況となったことから、参加者の皆様の安全性や快適性を考慮して、事前登録制を導入し、関西主要駅からのアクセスの良いNTT西日本のイノベーション施設「QUINTBRIDGE」(大阪府大阪市)を会場として、従来と比べると規模は縮小しながらも4年ぶりに現地開催を実現しました。そして2024年は会場アクセスの利便性を考え、引き続きQUINTBRIDGEを会場としつつ、より多くの来場者を見込み、隣接するNTT西日本の施設である「PRISM」も会場として加えることで会場面積を約2倍にし、従来2日間であった開催期間も3日間に拡大したことに加え、2019年開催以来4年ぶりの会場での招待講演、研究講演を実施しました(2020-2023年は録画映像をオンライン公開)。コロナ禍がより落ち着いた状況であることを踏まえ、事前登録制を維持しつつも、NTTグループ関係者のみならず、各企業や研究機関、大学関係者の方々など、昨年の倍以上の895名にご来場いただきました。

招待講演

招待講演では、東京工業大学 科学技術創成研究院・情報理工学院 教授・藤澤克樹先生に「みんなで創る次世代の工場」と題する寄稿と会場での講演をいただきました(写真1)。AI(人工知能)の発展は目覚ましく、スマートフォンで質問を文章として打ち込むと対話的に答えてくれるAIなどが出現し、私たちの身近な存在になりつつあります。今後AIは、スマートフォンなどのデジタルな存在に完結するのではなく、人や物が実在する空間に活躍の場が広がると考えられます。藤澤先生は、このような社会実現に向けて、工場という場を対象に、AIの存在するバーチャルなサイバー空間と人や物の存在する実世界(フィジカル空間)がシームレスにつながる、サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System:CPS)について研究を進めておられます。大企業が運用する工場においては、AIが導入されていることはもはや珍しくありませんが、AIによって最適化されている部分と、人の知識と経験に基づいて実行している部分が独立に混在しており、必ずしも全体最適になってはいないという課題がありました。デジタルツインにおけるデータ分析やシミュレーションは発達しつつも、実世界へのフィードバックが可視化にとどまっていたともいえます。この状況を改善する案として、工場全体、さらには、販売拠点や外部倉庫、マーケティング現場など、工場にかかわる周辺領域にも及ぶ範囲を測定し、サイバー空間において現実的な時間の中で最適化計算を行い、その結果を実世界に反映するという構想を紹介いただきました。そのためには、大量のデータ入力から瞬時に結果を出力する数理最適化、遠隔地を低遅延で接続する通信技術に加え、工場を運用する人とAI技術者が連携してCPSをモデル化することの重要性を強調されました。本講演内容はNTTグループが進めるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想におけるデジタルツインコンピューティング、オールフォトニクス・ネットワークのさらなる発展にも深く関連し得るものです。藤澤先生の講演は、後述の研究講演とともに、特設ウェブサイト(1)において約1年間公開予定です。

研究講演

研究講演では、CS研の顕著な研究成果の中から特に注目度の高いテーマに関して、以下の4つの講演を行いました。講演は前述の招待講演も含めQUINTBRIDGEの1階のメインステージで開催し、各講演後には4年ぶりに来場者との質疑応答も行いました。
① 「たくさんのデータの中から素早く知識を発見~計算の枝刈りを活用した高速かつ厳密な大規模データ解析~」と題した藤原靖宏(メディア情報研究部)による講演では、大量のデータを対象としたデータ解析を行う際の計算コスト低減手法として、厳密さと高速性を両立する技術を紹介しました(写真2)。計算コストを低減するためには近似計算を行うことが一般的です。しかし、近似計算によって高速に得られた結果は厳密な解析結果と誤差が生じてしまうという問題があります。この講演では、「上限値・下限値による計算の省略」「解になり得ない計算の打ち切り」「楽観的計算処理」という厳密さを担保しながら同時に高速性を実現できる3手法について紹介しました。

② 「ヒトの動きが“ばらつく”ことの本質~脳が指令する筋活動のタイミングの乱れが動きの精度を左右する~」と題した高木敦士(人間情報研究部)による講演では、「脳が筋を動かすタイミングの乱れ」が運動をばらつかせる原因であることを示した研究について紹介しました(写真3)。この研究で開発した運動中のタイミング乱れの観測を通じた運動能力測定法により、利き手は非利き手に比べて繰り返し運動のばらつきが少ないことや、若年層では成長とともに運動ばらつきが減少し、高齢者では、運動ばらつきが増加することが明らかになりました。また、この研究から生まれた利き手・利き足を手軽に評価するアプリも紹介しました。このアプリは関連展示において実際に来場者に試していただきました。

③ 「人の知覚に寄り添った自然で快適な映像表示~人間の視覚情報処理モデルに基づく表示映像の最適化~」と題した吹上大樹(人間情報研究部)による講演では、人間の脳内で行われている視覚情報処理プロセスをモデル化し、それに基づいて表示映像を最適化する研究を紹介しました(写真4)。情報表示技術や表示デバイスの発展に伴い、近い将来、現実空間のあらゆる場所が情報表示のためのスクリーンとして使われるようになるかもしれません。しかし、プロジェクタや透過型ディスプレイを用いた新しい表示技術では、周囲の明るさや背景の模様によって表示画像の見え方が大きく変化するため、映画館のように常に理想的な表示はできません。そこで、人間がどのようにしてものを見ているのかを理解し、現実的かつより自然で効果的な表示方法を実現するアプローチについて紹介しました。

④ 「圧縮計算でめざす高信頼インフラ~決定グラフを用いたネットワーク解析問題の高速な解法~」と題した中村健吾(協創情報研究部)による講演では、膨大な数の組合せを圧縮して表現する決定グラフという技術を用いたアルゴリズムを考案し、困難な解析問題を現実的な時間で解いた事例を紹介しました(写真5)。現代社会は通信網や道路網などの多くのネットワークインフラによって支えられています。その性能解析は、高性能なネットワークの設計や、脆弱な個所の発見のために重要です。しかし、そのような性能解析は、多くの場合ネットワークを構成する道路や光ファイバなどの「組合せ」を考える必要があります。すると、計算時間が膨大となり、現実的な時間内では十分な解析が行えなくなってしまいます。膨大な数の組合せを圧縮して表現する決定グラフを用いて解析を行うことで、事例によっては3000万倍、さらに別の事例では10杼(10の25乗)倍もの高速化を実現することができました。

研究展示

今年のオープンハウスでは「データと学習の科学」「コミュニケーションと計算の科学」「メディアの科学」「人間の科学」の4カテゴリに関する最新成果22件を展示しました。各展示は現地会場において研究員によるパネルやディスプレイを用いたインタラクティブな説明を実施し、その中でも12件に関してはより直感的に研究を理解していただくためのデモを実施しました(写真6)。以下は、各カテゴリの展示名です。

■データと学習の科学(6件)

・大規模なインフラ障害はどのくらい起こる?
~ネットワーク規模別不稼働率の厳密計算~
・多数のデータセンタを結んで効率的に学びます
~高速な分散モデル学習のための有限時間収束グラフ~
・少ないデータから適切な表現を学習します
~複数タスクにおける表現学習のための事前知識の学習~
・量子コンピュータの計算結果の信頼度を上げます
~量子ゲート列への高速な変換を行う確率的コンパイル~
・AIの眼で心電図を読み心筋細胞の性能を知る
~心電図を入力とする心筋細胞の状態推定~
・代数・幾何・解析をつなぎ新たな発見をめざす
~保型形式の級数展開と構造定理~

■コミュニケーションと計算の科学(5件)

・リアルな対話から見える、人が仲良くなる過程
~長期雑談対話モデルの実現に向けた長期間チャット収集~
・世界中から対訳を探します
~機械翻訳モデル訓練のための大規模対訳コーパス構築技術~
・絵に表れる友だちへの気持ち
~描画を用いた幼児の親密さ測定手法~
・都会ほど児童虐待通告が多いのはなぜか?
~虐待兆候発見に人口密度が寄与する理由をWEB調査で実証~
・社会での人々のつながりを安全に記録します
~Web3の時代に向けた社会関係性プラットフォームの提案~

■メディアの科学(5件)

・光を使って音を見る
~光学的音響計測による音の可視化と解析~
・手持ちのモニタのかき集めで巨大3D映像提示
~モニタ群の分散配置により手軽に巨大3D映像が作れます~
・培養した心筋細胞の活動能力を測る
~位相限定相関法を活用した心筋細胞塊の伸縮運動の解析~
・話しながら移動しても声を聞き取り続けます
~音源の移動に追従可能なニューラルビームフォーミング~
・声と話し方を好みのスタイルに一瞬で変える
~高音質で低遅延なリアルタイム音声変換~

■人間の科学(6件)

・熟練音楽家の巧みな身体制御の秘密
~非線形時系列解析を用いた熟練音楽家のスキル評価~
・運動スキルを見える化しよう!
~運動のばらつきで手と足の器用さを判定~
・「歩く」と「感じる」とで異なる速さ
~脳情報処理における自己速度推定の多重性~
・ぐにゃっと変形する物体はなぜ柔らかく見える?
~柔らかさ判断に寄与する視覚情報の解明~
・人間はなぜ音の変化を聞き分けられるのか
~聴覚系の生理学的・心理学的性質を計算モデルで理解する~
・主観的な気持ちを客観的にとらえる
~回答スタイルに加え不確実性まで扱う感情のモデル化と評価~

オープンハウスを終えて

2024年のオープンハウスでは、昨年に引き続き事前登録制を導入し安全性・快適性を考慮しつつも、大規模かつ長期間に開催したことで、より多くの方々にご来場いただけました。CS研の研究員にとっても、多様な経歴や経験をお持ちのお客さまと直接会話し、自由闊達なディスカッションができたことは大変有意義でした。また、QUINTBRIDGEメインステージは講演イベントに適しており、招待講演研究講演を通して質疑応答が盛況であったのも大変印象的で、現地開催の良さを再認識しました。本イベント開催に協力いただきました皆様に、心より御礼を申し上げます。

■参考文献
(1) https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2024/index.html

(上段左から)服部 正嗣/佐藤 G 尚/叶 高朋/水上 雅博
(下段左から)寺島 裕貴/國貞 隆行/藤永 裕之

今後ともCS研の研究にご注目ください。

問い合わせ先

NTT コミュニケーション科学基礎研究所
企画担当
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail  cs-openhouse-ml@ntt.com