Event Reports
「NTT コミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス 2023」開催報告
- 情報科学
- 人間科学
- AI
NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、最新の研究成果を多くの方々に知っていただくイベントとして、2023年6月1~2日に「オープンハウス2023」を開催しました。今年のオープンハウスは実に4年ぶりの現地開催ということで、新たな試みとしてNTT西日本のイノベーション施設「QUINTBRIDGE」にて開催しました。ここではその開催模様を報告します。
石畠 正和(いしはた まさかず)/大石 悠貴(おおいし ゆうき)
奥村 優子(おくむら ゆうこ)/松田 昌史(まつだ まさふみ)
安部川 直稔(あべかわ なおのり)/渡邊 千紘(わたなべ ちひろ)
大國 智樹(おおくに ともき)/目黒 豊美(めぐろ とよみ)
藤永 裕之(ふじなが ひろゆき)
NTTコミュニケーション科学基礎研究所
オープンハウスの概要
NTTコミュニケーション科学基礎研究所(CS研)は創立以来、人と人、あるいは人とコンピュータの間の「こころまで伝わる」コミュニケーションの実現をめざし、時代を先取りした基礎研究に取り組んでいます。その最新成果を「見て、触れて、感じてもらう」イベントとして、例年5月末から6月上旬にNTT京阪奈ビル(京都府精華町)にて「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス」を開催してきました。しかし、2020年から2022年の3年間は、新型コロナウイルス感染症への対策として、現地でのオープンハウス開催は取りやめ、特設ウェブサイト上にて講演・展示動画やデモを公開しました。今年はコロナ5類移行などの情勢をかんがみ、4年ぶりに現地会場にてオープンハウスを実施しました。新たな試みとして、NTT西日本のイノベーション施設「QUINTBRIDGE」(大阪府大阪市)を会場とし、参加者の皆様の安全性や快適性を考慮した事前予約制を導入しました。ありがたいことに、予約開始2週間足らずで予約数が定員の500名に達しました。オープンハウス2日目は台風による大雨に見舞われましたが、現地会場には各企業や研究機関、大学関係者の方々に参加いただき、2日間で約420名の方にご来場いただきました。また、会場に直接来られない方への配慮として、昨年度に引き続き講演・展示動画等のウェブ公開も継続しました。これらの動画は開催約20日間で合計3000回以上の再生数を得ることができ、現在も多くの方にご視聴いただいています。
所長講演
CS研所長 納谷太による講演「人と社会と地球の未来を読み解き、誰もが輝ける世界をデザインする~多様な知と技術で過去・現在・未来をつなぐコミュニケーション科学~」では、CS研がこれまで培ってきた「人を深く理解する」人間科学や脳科学を中心とした研究および、「人の能力に迫り凌駕する」メディア処理や機械学習に関する研究などについて、「人と社会と地球を読み解く」という切り口から、最近の取り組みの一部を紹介しました。本講演ではまずCS研のミッションと研究領域を概観したのち、最新の研究成果を「人を読み解く」「社会を読み解く」「地球(宇宙)を読み解く」のカテゴリに分類し、個々の研究の概要を紹介しました。人を読み解く研究としては、人々の無自覚な身体動作や生理反応から潜在的な心の状態を読み解くマインドリーディング技術、社会を読み解く研究としてはWithコロナ時代およびその先の人と社会のウェルビーイングの理解、地球(宇宙)を読み解く研究としては、膨大な観測データを活用した新たな機械学習技術を用いた複雑な物理現象のシミュレーションなどについて紹介しました。また講演の締めくくりには、「未来をデザインする」という考えの下、今後の研究の方向性について述べ、私たち誰もがいつでも輝ける、より良い未来世界をデザインすべく、研究に取り組んでいくことを宣言しました。本講演は特設ウェブサイト(1)において1年間公開しています(写真1)。
研究講演
研究講演では、CS研の顕著な研究成果の中から特に注目度の高いテーマに関して、以下の4つの講演を行いました。これらの講演は現地会場での放映に加えて、特設ウェブサイトにおいても1年間公開しています。
① 「観測データから物理現象を再現する機械学習技術~データ駆動型アプローチに基づく物理シミュレーション~」と題した田中佑典(協創情報研究部)による講演では、物理法則を事前知識として活用することで、観測データから物理現象を正確に再現するための機械学習技術を紹介しました。機械学習モデルは非常に高い表現力を持ち、大規模かつ複雑な物理現象をモデル化できる可能性がある一方、「機械学習モデルが持つ広大な探索空間」から物理現象を正確に再現するモデルを推定することは困難です。この課題を解決するため、解析力学の一形式である「ハミルトン力学」の理論を機械学習モデルの1つである「ガウス過程」に組み込むことで、もっとも基本的な物理法則の1つである「エネルギーの保存・散逸則」を満たす機械学習モデルをデータから自動構築する手法を提案しました。また、この技術の気象予測への応用や、航空機や自動車などの工学設計の高精度化などへの応用を展望しました(写真2)。
② 「量子コンピュータにおける計算高速性と信頼性のジレンマ~計算結果の正しさの効率的な検証技術による量子エラーの克服~」と題した竹内勇貴(メディア情報研究部)による講演では、量子計算の高速性の起源である量子重ね合わせが計算結果の検証を困難にするというジレンマに触れつつ、どうすればそのジレンマを回避できるのかを紹介しました。通常のコンピュータが情報を0か1の値を取るビットを用いて表現するのに対し、量子コンピュータは0と1が確率的に重ね合わせられた状態を取る量子ビットを用いることで、通常のコンピュータでは再現困難な高速並列処理を実現します。一方、量子ビットを用いた計算は微少な確率値の変化により結果が大きく変化するためエラーに弱く、またその複雑性から通常のコンピュータによる計算結果の検証も困難です。この課題に対し、小規模な量子デバイスを用いた新たな検証の仕組みを提案しました。また、提案技術により量子コンピュータをクラウド化し、ネットワーク経由で世界中から広く活用できる可能性を示唆しました(写真3)。
③ 「機械の脳で読み解くヒトの脳~AIと脳情報解析技術の融合による脳メカニズム理解~」と題した堀川友慈(人間情報研究部)による講演では、脳活動からヒトの心の中の潜在的な情報を解読するブレイン・デコーディングの研究を概観し、ヒトの心を生み出す脳の仕組みを理解するうえで、最新のAI(人工知能)技術がどのように活用されているのかを紹介しました。より具体的には、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴機能画像法)で観測された脳活動の情報と、近年注目されているAI技術の1つである深層ニューラルネットワーク(DNN)の信号を関連付けることで、脳活動とDNNの振る舞いの類似性や、脳情報からヒトが見たり想像したりしている画像が再構成可能であることを示しました。また講演の最後には、AI技術と脳情報解析技術がさらに協調的に発展していけば、聴覚や触覚など視覚(画像)以外の知覚体験も同様に再構成できる可能性に触れ、マインドリーディング分野の今後の展望や課題について紹介しました(写真4)。
④ 「マインドフルネス瞑想における「ありのままの気づき」とは何か?~マインドフルネス瞑想の生理・心理・神経メカニズムの解明~」と題した藤野正寛(人間情報研究部)による講演では、ウェルビーイングを実現するために注目を集めているマインドフルネスについて、その定義や取り巻く状況を概略したのち、マインドフル瞑想が私たちの心と体にどのような影響を与えるかを生理・心理・神経メカニズムの観点から解説しました。マインドフルネスとは「今この瞬間の経験にありのままに気づいている状態」を意味し、マインドフルネス瞑想とはマインドフルネスを実現するための方法の1つであり、集中瞑想と洞察瞑想の2種類の瞑想技法から成ります。本講演では、特に洞察瞑想がマインドフルネスの達成にどのように影響を与えているかを自律神経活動、ホルモン分泌、注意制御プロセスや脳活動への影響を測定することで理解を深めました。また、この理解を通じてよりマインドフルネス達成に効果的な手法が開発される可能性を示唆しました(写真5)。
研究展示
今年のオープンハウスでは「データと学習の科学」「コミュニケーションと計算の科学」「メディアの科学」「人間の科学」の4カテゴリに関する最新成果16件を展示しました。各展示は現地会場において研究員によるパネルやディスプレイを用いたインタラクティブな説明を実施し、12件に関してはより直感的に研究を理解していただくためのデモも実施しました(写真6)。以下は、各カテゴリの展示名です。全展示に対する展示説明動画を特設ウェブサイトにて1年間公開しています。
■データと学習の科学(4件)
・光と物質の相互作用におけるゼータ関数
~量子ラビモデルの数理の発見~
・その量子コンピュータ、ちゃんと動いていますか
~量子回路分割を用いた量子計算の検証技術~
・物理現象を再現する機械学習技術
~エネルギー保存則を組み込んだガウス過程モデル~
・千客万来でも柔軟かつ快適に送客します
~来場者の利便性と運行コストを考慮したシャトルバス運行~
■コミュニケーションと計算の科学(3件)
・会話の状況を正しく読み解きます
~マルチモーダル情報を用いた日常会話の状況認識~
・生徒それぞれに適度なレベルの問題を出題します
~Monotonic VAEに基づいた個別最適な問題推薦手法~
・多様な翻訳候補から適切な翻訳文を選べます
~摂動を加えたkNN機械翻訳による様々な翻訳候補の生成~
■メディアの科学(3件)
・マグネシェイプ:磁気作動式ピンディスプレイ
~磁性ピンの非電気的制御による多様な形状表現~
・聞きたい音に耳を傾けるAI
~深層学習に基づく任意の音の選択的聴取~
・興味のある話題に聞き耳を立てる
~意味で音声を分離抽出する新しい信号処理技術ConceptBeam~
■人間の科学(6件)
・マインドフルネス瞑想の注意制御の仕組み
~瞑想による注意対象外の視覚刺激に対する抑制の低下~
・離れていても柔らかく触れる?
~遠隔操作ロボットにおける高追従低剛性制御の実現~
・細かな目の動きから心の動きを読み取る
~瞳孔・眼球運動に基づくマインドリーディング~
・絵画を見て抱く印象の違いはどこから?
~視覚芸術に対して抱く印象の言語や属性による違いの解明~
・試技前の生理状態が勝敗を分ける
~実戦中のスノーボーダーの生理状態・身体運動・競技成績~
・自閉スペクトラム症者の聞こえ方を探る
~独特な知覚をもたらす聴覚情報処理メカニズム~
招待講演
今年は、静岡県立総合病院きこえとことばのセンター長・高木明先生に「内耳の電気刺激(人工内耳)による音声言語獲得」と題する寄稿とCS研での講演をいただきました。ヒトはコミュニケーションにおいて音声言語や文字言語、手話言語などさまざまな手段を用いていますが、身体構造・生理学的には音声言語がもっとも効率が良い手段とされています。音声言語を獲得するにはいうまでもなく聴覚が必要ですが、より具体的には聴覚の感受期である3才ごろまでに聴覚刺激を与えないと十分な音声言語発達は得られません。ヒトの聴覚において、内耳のコルチ器という微少器官で音の振動が電気信号に変換されて、初めて音声が脳の中枢に伝達されます。本講演では、先天的にコルチ器が消失あるいはその電気信号が非常に微弱である場合でも、感受期までに人工内耳と呼ばれる内耳に電気信号を与える機器を装着することで、十分に音声言語が発達することをご紹介いただきました。1985年に22チャンネル人工内耳がアメリカFDA(Food and Drug Administration)によって18歳以上の大人に対する試験的販売が認可されて以来、人工内耳は世界中で利用されています。本講演では日本や世界の人工内耳に関する取り組みを解説しつつ、人工内耳手術を受けた方々の音声言語獲得の過程を動画やデータを用いて紹介いただきました。また、講演の最後には、脳の感受期における感覚統合がどのように形成されるかを研究することは、今後の脳認知科学やAI研究に寄与する可能性を示唆されました。本講演とCS研所員とのディスカッションの動画は特設ウェブサイトにおいて1年間公開しています。
オープンハウスを終えて
2023年のオープンハウスでは、4年ぶりの現地開催と特設ウェブサイトにおける動画公開により、非常に多くの方にCS研の最新の研究成果をご覧いただくことができました。またCS研の研究員にとっても、お客さまと直接会話し、展示を通じてコミュニケーションすることで非常に大きな刺激を受けました。また、今年の新たな試みとしてNTT西日本イノベーション施設「QUINTBRIDGE」を利用させていただきましたが、この環境がより活発なコミュニケーションを促進していたと感じています。本イベント開催に協力いただきました皆様に、心より御礼を申し上げます。
■参考文献
(1) https://www.kecl.ntt.co.jp/openhouse/2023/index.html
(上段左から)石畠 正和/大石 悠貴/奥村 優子/松田 昌史/安部川 直稔
(下段左から)渡邊 千紘/大國 智樹/目黒 豊美/藤永 裕之
問い合わせ先
NTT コミュニケーション科学基礎研究所
企画担当
TEL 0774-93-5020
FAX 0774-93-5026
E-mail cs-openhouse@ml.ntt.com
今後ともCS研の研究にご注目ください。