特別企画
NTT IOWN Technology Report 2024」の公開について
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NTT研究企画部門では、2019年に始動したIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想とともに、より人々が豊かに生きていく世界を実現するためのテクノロジーについてまとめた「NTT IOWN Technology Report」を発表しています。このたび、新たに2024年度版を公開しましたので、本稿では、その概要と更新のポイントについて紹介します。
兼清 知之(かねきよ ともゆき)/白井 大介(しらい だいすけ)
井上 鈴代(いのうえ すずよ)
NTT研究企画部門
NTT IOWN Technology Report 2024の構成
2019年のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想発表以降、私たちは着実にIOWN実現に向けたテクノロジーの研究開発を進めてきました。NTT IOWN Technology Report 2024では、現在到達しているIOWNの“現在地”と“将来の姿”について、4つのルポルタージュレポートと1つの対談をとおしてお伝えします。ルポルタージュレポートでは、現在進行形で展開されているIOWNプロジェクトの中から、産業領域に大きく貢献し得る4つのプロジェクト〔海外データセンタ、大阪・関西万博パビリオンのData Centric Infrastructure(DCI)実装、遠隔での工場保守点検、光電融合デバイス〕をピックアップし、現地関係者へのインタビュー取材から各々のプロジェクトのイノベーションのポイントについて、臨場感をもって紹介します。また、対談では、IOWNの技術が発展しさらに普及した近未来に、街づくりがIOWNによりどのように変わり、どんなサービスやソリューションが実現するかを、有識者との対談から構想します。最後に、年々規模を拡大し、さまざまなユースケースを創造し続けているIOWN Global Forum(IOWN GF)の最新動向についても紹介します。
OVERVIEW: IOWN構想の可能性と現在地
日本社会は、多くの課題を抱えているといわれています。例えば、環境問題があります。データ量の飛躍的な増加により電力消費量が急増しており、特に都市部のエネルギー需要は今後も伸びていくことが予想されています。近年ビジネスの現場でも積極的に取り入れられている生成AI(人工知能)もその稼働には多くの電力が必要とされており、技術革新の歩みを止めずに環境とエネルギー問題の両方を同時に解決することが求められています。さらに、労働力不足の問題も年々深刻なものとなっています。労働人口の減少に加え、建設業界や運送業界などでは「2024年問題」と呼ばれるように、一刻も早く解決すべき問題だと考えられています。
NTTが2019年に発表した次世代コミュニケーション基盤「IOWN」は、まさにこうした問題の解決につながるものとなっています。電力効率100倍*1、伝送容量125倍*2、エンド・エンド遅延200分の1*3をめざして開発が進んでいるIOWNは、ネットワークやコンピューティングの基盤の一部を電気(エレクトロニクス)から光(フォトニクス)へと転換することで、大容量・低遅延・低消費電力のコミュニケーション基盤を実現しようとしています。私たちはIOWN構想を通じて光による情報伝送技術や情報処理技術と、それらを統合する新たなネットワークアーキテクチャを実現していくことで、ネットワークとコンピューティングの世界にブレークスルーをもたらし、新たな価値が創造できる未来につながると考えています。
その構想を実現するために、私たちはさまざまな領域で研究開発を進めてきました。ネットワークやコンピューティングに革新を起こすオールフォトニクス・ネットワーク(APN)やコグニティブ・ファンデーションから、デバイス内においても電気から光への転換を促す光電融合デバイス、さらにはこれらを活用して多くのデータをリアルタイムに処理することで多様な産業基盤とのデータ融合や未来予測を可能とする「4Dデジタル基盤®」など、ネットワークからコンピューティング、プラットフォーム、サービスに至るまで、IOWNがかかわる領域は多岐にわたります。2023年頭には「IOWN1.0」としてAPNによる超低遅延ネットワークサービスと、ネットワーク向けの小型・低電力デバイスの提供も開始しています。今後はコンピューティング向けとして2025年までにIOWN2.0としてボード接続用の光電融合デバイス、2028年までにIOWN3.0としてパッケージ間向けデバイスを開発し、2032年にはIOWN4.0としてチップ内(ダイ間)も光化していくことが予定されています。こうしたステップを通じて光電融合デバイスをネットワークやサーバにも適用していくことで、より高度なコミュニケーション基盤が実現していきます。
こうしたIOWNの広がりを考えるうえで無視できないのが、AIの存在です。近年産業を問わず多くの領域で生成AIの活用や新たなモデルの開発が進んでいますが、NTTもまた、40年以上の自然言語処理研究ノウハウを結集したNTT版LLM(Large Language Model)「tsuzumi」の開発に取り組んでいます。tsuzumiのようなLLMを発展させるうえでも、IOWNは必要不可欠となります。現在NTTはIOWNのAPNとLLMを組み合わせた実験を行っており、GPUすべてをフルに働かせながら、なるべく最小限の計算機リソースで次世代LLMの実現をめざしています。
*1 フォトニクス技術適用部分の電力効率の目標値。
*2 光ファイバ1本当りの通信容量の目標値。
*3 同一県内で圧縮処理が不要となる映像トラフィックでのエンド・エンドの遅延の目標値。
REPORTAGE:ビジネスを加速させるIOWNの衝撃
今、世界中でIOWNの実装に向けたPoC(Proof of Concept)が進んでいます。APNを中心としたネットワークの革新によるインフラの変革から、コミュニケーション基盤のアップデートによる空間体験の変容、長距離をリアルタイムにつなぐことで実現するものづくりのゲームチェンジ、さらにはそれらの変革を下支えし、より高度な基盤を実現する半導体パッケージの開発など、国も産業も領域も超えて広がりゆくIOWNは、現在進行形であらゆるビジネスのあり方を変えようとしています。本セクションでは、今まさに変革が進む4つのプロジェクトの現場を訪ね、取材を実施しました(図1)。
■IOWN×公共インフラ:2030年を支える新たな社会インフラ(海外データセンタ)
私たちの生活を支えるインターネットというインフラは、データセンタなしに成立はしません。中でもNTTが“データセンタ・アレイ”として知られる米国・アッシュバーンに有する大規模データセンタは、米国の人々の生活を支えるものとなっています。このデータセンタで、現在APNを使ったPoCが進んでいます。最近実施されたPoCでは、4km離れたデータセンタをAPNでつなぎ、0.062msの遅延、0.045μsの遅延ジッタを実現しました。離れた地域のデータセンタを圧倒的低遅延でつなぐことができれば、インフラの柔軟性や強靭性は大きく変わっていきます。実際にアッシュバーン現地を訪れ、今まさに進みつつあるインフラの革新についてデータセンタ関係者の取材を通して迫りました。
■IOWN×都市空間:動的に変化し続ける感情をまとう建築(大阪・関西万博DCI実装)
2025年に大阪・夢洲で開催される大阪・関西万博は、新たなテクノロジーや体験の実験場でもあります。NTTが今回の万博で取り組むのは、従来の万博パビリオンとは一線を画す、柔らかく人々を包み込む“NATURAL”な建築の実現です。新素材が日本で初めて構造耐力上主要な部分に使われ、環境負荷低減のために植物性素材も活用されます。さらに世界初の実装となるDCIによって映像分析やハプティクスを通じて建築そのものが人間や環境とつながって動き出す、リアルタイムに変容する空間をつくりあげます。これらの空間がどのように実現されていくのか、NTTパビリオンの建設現場とNTT武蔵野研究開発センタの取材をとおし、技術・思想どちらの面からも新たな挑戦に取り組む様子を多面的に解き明かしていきます。
■IOWN×建設・製造:自在につながる次世代工場の姿(遠隔工場保守点検)
IOWNがネットワークにもたらす変革は、ものづくりの未来をも変えていきます。現在IOWN GFのユースケース検討プロジェクトとして進んでいるのは、三菱ケミカルグループの化学プラントを舞台にした遠隔工場保守点検のPoCです。最先端のロボットやドローンを導入し、APNによって離れた拠点をつなぐことによって数100km離れた工場の異変をリアルタイムに検知することをめざします。今回、五反田・大手町・お台場間をAPNでつなぎながらロボットの遠隔操作の検証を実施しているNTTコムウェアとNTTデータのPoC現場を取材しました。デジタルツインも導入しながら進んでいくPoCの現場からは、未来のものづくりの世界がみえてきました。
■IOWN×エネルギー:光電融合がもたらすエネルギーの革新(光電融合デバイス)
IOWNの変革はネットワークだけでなくコンピューティングの領域でも進んでいきます。変革のカギを握る光電融合デバイスは着実に発展を続け、研究開発フェーズを越えて量産フェーズへの移行への挑戦も進んでいます。シリコンフォトニクスからメンブレンフォトニクスへ、さらなるデバイスの小型化は、世界の半導体産業へ大きなインパクトを生み出す可能性を秘めています。その変革の中心地となるのが、NTTの厚木研究開発センタと新光電気工業です。この2拠点を訪問し、従来よりも格段に小型で低消費電力も実現する半導体パッケージや高精度な製造技術と組み合わせた光電融合デバイスの量産にかける思いを取材しました。
ROUNDRABLE:IOWNが見せる、ナチュラルなスマートシティの可能性
コロナ禍を経て人々のライフスタイルも変わり、昨今の街づくりは、高齢化や災害への対応なども含めリアルな課題がますます顕在化しています。かつてに比べて「スマートシティ」への期待も変わっていく中で、IOWNは街づくりにどう貢献できるのか、パノラマティクス主宰として長年都市開発におけるテクノロジー活用の可能性を模索してきた齋藤精一さんをゲストに迎え、都市の中でのIOWN活用に取り組むNTTグループメンバー(NTT、NTTコミュニケーションズ、NTTドコモ)がこれからの街づくりの可能性を論じました(図2)。対談では具体的な街づくりのIONW活用例の紹介から始まり、通信インフラが街づくりを決め、地域の価値を再定義する将来の姿について議論が繰り広げられました。人や地球にも優しいIOWNの存在によって、街づくりに必須となる人々の「活動」を起こしやすい場が提供され、都市と都市との関係性なども変わっていく未来の可能性についても意見が交わされました。
PERSPECTIVE:広がりゆくIOWNのネットワーク
現在IOWNはその実装に向けてさまざまな領域で実証が進んでいますが、注目すべきは、どのプロジェクトにおいてもNTT単体ではなく多くの企業とのパートナーシップやコラボレーションが重要なカギを握っていることにあります。さらにそのネットワークは、企業の壁も国境も産業の領域も越えて広がろうとしています。この企業の壁を越えていく代表的な取り組みといえるのが2020年1月に設立された「IOWN GF」です。インテルコーポレーションとソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)、NTTの3社が設立したこの国際団体は、IOWN構想の実現に向けてさまざまな領域の企業とのつながりを蓄積してきました。メーカや通信事業者、ITベンダはもちろんのこと、Googleのような大手プラットフォーマーや広告代理店など多種多様な企業の参画によって、異なる領域の技術や知恵が集結する場となっています。
IOWN GFの活動の特徴は、実現すべきスマートな世界をより具体的に描き、実現していくために、ユースケースの検討にも取り組んでいることにあります。実際に今回のルポルタージュでも紹介した化学プラントにおけるPoCもこうした企業どうしのコラボレーションから生まれてきたものであり、万博におけるDCIの実現においてもハードウェアの提供などの面でフォーラム参画企業からサポートを得ることが少なくなかったと言います。単にさまざまな産業の企業が参画する業界団体として存在するだけではなく、実際にそれぞれがIOWNの実現に向けて盛んに議論を交わし、実装のために手を動かしています。
こうした企業間連携にとどまらず、現在NTTは台湾の中華電信とパートナーシップを締結し、世界初のIOWN国際間APNの開通を実現しました。中華電信のデータセンタからNTT武蔵野研究開発センタまでAPNを開通し、約3000kmの長距離を片道約17msの低遅延かつ揺らぎのない安定した通信が実現されており、今後は国際間APNを用いたグローバルレベルでのIOWNビジネス展開も推進される予定です。
おわりに
本稿で紹介してきた事例のみならず、遠隔医療やエンタテインメントをはじめ、あらゆる領域で多くのIOWNを活用した挑戦が続いていきます。こうした挑戦は現代社会が直面する多くの社会課題とつながっていることはいうまでもありません。ナチュラルなテクノロジーの可能性を追求してきたNTTは、人と地球の未来のためにテクノロジーがどうあるべきか考え続けてきました。IOWN構想とは、新たなコミュニケーション基盤の確立であると同時に、これからの人と地球を支えるテクノロジーのあり方を提示するものになっていきます。
NTT研究企画部門では今後もテクノロジーの動向とNTT R&Dの取り組みについて発表していきます。今回発表した資料はNTT持株会社ホームページ(1)よりダウンロードしていただくことが可能ですのでぜひご覧ください。
■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/download/
(左から)兼清 知之/白井 大介/井上 鈴代
問い合わせ先
NTT研究開発マーケティング本部
研究企画部門 R&D戦略担当
E-mail technology_report-ml@ntt.com
テクノロジーとNTT R&Dの動向をまとめた「NTT IOWN Technology Report 2024」のオンラインPDFを発行しています。お客さまとのコミュニケーションへご活用いただければと思います。