特別企画
「NTT Technology Report for Smart World 2023」の公開について
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NTT研究企画部門では、2019年に始動したIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想とともに、より人々が豊かに生きていく世界を実現するためのテクノロジーについてまとめた「NTT Technology Report for Smart World」を発表しています。このたび、新たに2023年度版を公開しましたので、本稿では、その概要と更新のポイントについて紹介します。
兼清 知之(かねきよ ともゆき)/白井 大介(しらい だいすけ)
井上 鈴代(いのうえ すずよ)
NTT研究企画部門
NTT Technology Report for Smart World 2023の構成
2019年のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想発表以降、私たちは着実にIOWN実現に向けたテクノロジーの研究開発を進めてきました。そして2023年3月、ついにAPN IOWN1.0としてサービス展開が始まり、いよいよ構想から実現のフェーズへと移ろうとしています。NTT Technology Report for Smart World 2023では、「光」と「AI」をキーワードにIOWNから見えてくるこれからの社会を考えます。IOWN構想の成り立ちを振り返るとともに、実現のフェーズへ移りつつある取り組みの状況や、IOWNと深く関係していくAI(人工知能)の活用の取り組み状況について紹介します。また、IOWNを支える2つの柱であるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)と光電融合デバイス、IOWNを活用した価値創造として実装が進んでいるDTC(Digital Twin Computing)の今を取り上げ、最後に、これらの技術が発展しIOWNがさらに普及した2030年に、どんなサービスやソリューションが実現し、私たちの生活がどう変わるのかを、各分野の有識者の対談により構想します。
IOWN躍動
■データ量と消費電力量の破壊的増加とIOWNが描き出す夢
現在この社会が直面しているさまざまな課題を解決するために、私たちは情報処理の考え方を変えていかなければなりません。デジタルテクノロジーによって多くの課題を解決できるとしても、すでに現代の情報処理環境は限界を迎えつつあるからです。例えば、人々が扱うデータ量は年々爆発的に増加しています。データ量が増加すればデータセンタの消費電力も増えていきます。デジタル化が進むにつれてデータの生成と利用が増え、それに伴いデータを処理・保存するためのエネルギーも必要となるのです。この問題を解決することなしに、社会のデジタル化もAIの活用もあり得ないでしょう。
そこで私たちが注目したのが「光」技術でした。大容量データの処理において、電気回路は伝送距離によって消費電力が極端に増えてしまうのに比べ、光ならば伝送距離が伸びても動作周波数が増えてもほとんど電力が増えないため、私たちも数10年前から光による情報処理に取り組んできました。私たちは情報を伝送する光ファイバを世界で初めて実用化・商用化していたため、「伝送」における光技術の導入はすでに進んでいましたが、データ処理の領域においても光技術を使えないか検討を進めてきたのです。
こうして生まれたのが「IOWN構想」です。次世代の通信ネットワークの概念となるIOWNは、情報伝送から情報処理に至るすべてを光で行うことをめざしています。光デバイスを活用してネットワークから端末の処理に至るまですべてに光の技術を導入することで、IOWNは大容量・低遅延・低消費電力という3つのインパクトを引き起こします。大容量という点では伝送容量が125倍まで増え、低遅延においてはエンド・エンドの遅延が200分の1まで縮まると考えられています。また、消費電力においては光ファイバケーブルだけでなく伝送装置に光(波長)スルーを、情報処理基盤に光電融合素子を使う等、いろいろな非効率さを全体として見直すことで電力効率は100倍になることが予想されています。2019年に発表したIOWN構想の下で私たちは研究開発を進めていき、2023年3月、ついにAPN IOWN1.0のサービス提供を開始しました。IOWNは構想から実現のフェーズへと移りつつあるのです。
現在は個別の産業やシーンでのサービス提供が中心となっていますが、今後さらにAIやロボットの活用が増えていくにつれ、IOWNを介した業界の連携も加速していくでしょう。例えば国内産業を見ても、製造業や街づくり、医療、金融は言わずもがな、行政サービスや教育など多くの産業を巻き込みながらIOWNは社会・産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)やデータ利活用を強化していくと考えられます。
■AIの普及にはIOWNが必要不可欠
私たちは、これからIOWNを通じてネットワークとコンピューティングを融合した新たな基盤をつくり、Well-beingに満ちた持続可能な社会・世界をつくっていきたいと考えています。人々のWell-beingを実現するためには、より多くの人々の多様な価値観について知らなければいけませんし、複雑に絡み合いながら深刻化する社会課題を解決するには、これまでとは異なるスケールで情報を吸い上げて分析し、未来の変化を予測していく必要があるでしょう。そのために、私たちはAIの活用にも取り組んでいきます。近年世界的に注目と期待が高まっているAIの活用もまた、IOWNと強く関係しています。モビリティや工場はもちろんのこと、人間や自然環境など無数の対象から得られた情報を1カ所に集めていくことは現実的ではないため、今後は各領域のAIが協調しながら知識を分け合っていく非同期分散学習が進んでいくと考えられます。膨大な情報を処理するAIが相互にコミュニケーションを深めていくうえでも、IOWNはコミュニケーションインフラとなっていきます。
私たちは以前より人間が日常的に用いる言葉をAIが理解・生成するための自然言語処理技術について研究開発に取り組んできましたが、今後さらにAIが社会へ広がっていくことを見据えて、これまでの研究開発で得られた知見を活かし、独自の大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)の研究開発を加速しています。LLMとは自然言語処理(NLP)の分野で急速に進化している技術で、中でもOpenAI社が開発したGPT-4のようなLLMは現在日本でも多くの人々が利用しているほか、ビジネスへのインパクトも大きいものと考えられています。確かにGPT-4のようなLLMは驚くべき性能を誇っていますが、まだ「コラボレーター」として人間と協働したり人生の「パートナー」として人と一緒に成長したりすることは難しいと考えます。私たちはあらゆる環境で人と自然に協調可能なAIの思考エンジンをつくることで、人々のWell-beingを実現できるのではないかと考えています。私たちはこれらのモデルを活用することで、人と対話的に協働できる汎用ソフトウェアロボットをつくっていきたいと考えています。
IOWNを支える2つの柱
■ネットワーク:APN
私たちが現在社会実装を進めているIOWNは、ネットワークとコンピューティングの2つの柱から支えられています。まずネットワークにおいては、APNと呼ばれる新たなネットワークの展開を進めています。APNは、光通信技術を活用した新たなネットワーク基盤です。光通信技術は、情報を光のかたちで伝送する技術であり、電気信号に比べてより多くの情報を短時間に送信可能です。すべての接続を光のダイレクトパスへ変換することで、従来よりも圧倒的に大容量で低遅延、かつセキュアなネットワークを形成できるでしょう。さらに光は波長を変えることで1本のファイバの中に異なるネットワークをつくれることも特徴の1つです。あるネットワークは従来的なインターネットプロトコル、また別のネットワークは医療専用プロトコルといったように、APNは役割別のネットワークもつくることが可能です。現時点では100Gbit/s専用線を提供し、ユーザはエンド・エンドで光波長を専有します。これだけでも遅延は200分の1に縮まるうえ、遅延の可視化と調整も可能となります。APN端末装置、APN-G(ゲートウェイ)、APN-T(トランシーバ)と3種のネットワーク装置が展開されており、実際にその販売も始まっています。
遠隔医療や自動運転車、リアルタイムの金融取引など、遅延が許されない多くのアプリケーションが、APNの低遅延通信によって実現可能になります。これらのアプリケーションは、今日のデジタル社会において、ますます重要性を増しています。また、低遅延通信は、新たなアプリケーションの開発を促進する可能性もあります。例えば、リアルタイムのVR(Virtual Reality)・AR(Augmented Reality)、リアルタイムのAI、リアルタイムのロボット制御など、これらのアプリケーションは、低遅延通信が可能なネットワークを必要としています。現在私たちはAPNを通じて、さまざまな分野でのパートナー企業と共創を進めています。また、APNは、データセンタ事業にも大きな影響を与えています。APNの高速で大容量の通信能力を活用することで、データセンタの運用効率を大幅に向上させることができます。これにより、データセンタのサービス品質の向上やコスト削減が実現可能になります。また、データセンタは、クラウドサービスの提供者や大規模なIT企業など、多くの企業にとって重要なインフラとなっています。これらの企業は、APNにより強化されたデータセンタを活用することで、自社のサービスの品質を向上させることができます。
■コンピューティング:光電融合デバイス
IOWNのコンピューティングにおける柱は「光電融合デバイス」の開発です。光電融合は、光と電気を統合する技術を指し、光電融合デバイスは電子デバイスと光デバイスを1つのシステムに統合することで、データ転送の速度を向上させ、エネルギー効率を改善するものです。APNのネットワーク構成装置の内部にも光電融合デバイスが導入されることで、APNのさらなる低消費電力化や超大容量化が進んでいくと考えられています。
一方、光電融合デバイスの実現と広がりを考えるうえで、ディスアグリゲーテッドコンピューティングを無視することはできません。それは、コンピューティングリソース(CPU、メモリ、ストレージなど)を物理的なサーバから分離し、ネットワーク上で自由に組み合わせて利用することができるコンピューティングモデルです。これにより、リソースの利用効率を向上させ、システムのスケーラビリティと柔軟性を大幅に向上させることでパフォーマンスを最適化し、コストを削減することが可能となります。ディスアグリゲーテッドコンピューティングは、特に大規模なデータセンタやクラウド環境での利用が見込まれています。これらの環境では、多数のユーザが同時にさまざまなタスクを実行するため、リソースの需要が非常に動的であり、ディスアグリゲーテッドコンピューティングによりその需要に柔軟に対応することができます。
また、私たちはディスアグリゲーテッドコンピューティングアーキテクチャを採用した新たなサーバ「超強力汎用ホワイトボックス」の開発にも取り組んでいます。2025年の商用化をめざしています。超強力汎用ホワイトボックス上で動作するOS、コントローラ、アプリケーションを開発していき、IOWN構想を実現するインフラとして活用していきます。
私たちは光電融合デバイスの構想から実現への移行を加速させるべく、2023年6月に光電融合デバイスの製造会社として「NTTイノベーティブデバイス株式会社」を設立しました。また、6G(第6世代移動通信システム)なども含むIOWN関連技術の研究開発や実用化をさらに進めていくべく、2023年度はIOWN研究開発全体で約1000億円の資金を投じています。今後も継続的に注力し、前述の超強力汎用ホワイトボックスのようなサーバやデジタルツインのようなサービス化も加速させていく予定です。
DTCが提供する豊かな都市生活のインフラ
IOWNを活用した価値創出として現在実装が進んでいるのが、DTCです。これは、複数のデジタルツインを自在に掛け合わせることで都市におけるヒトと自動車など、これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、精緻な未来予測や個々人に合わせたきめ細やかなサービスを実現するものです。これまでも、自動車や工場の機械など現実空間のモノをデジタル空間上に再現することでリアルタイムな状況把握や異常検知を行うことはありましたが、DTCはこれらを無数に組み合わせることで、大規模かつ高精度な実世界の再現、さらには実世界の物理的な再現を超えた人間の内面をも含む相互作用をサイバー空間上で実現していきます。
DTCにはさまざまなユースケースが考えられますが、現在はオフィスや商業施設を中心としたサービス化や実証実験が進んでいます。中でもAPN IOWN1.0の実装が進んでいるのが、東急不動産が渋谷で進めている大規模開発です。これは東急不動産とNTT、NTTドコモ、NTT東日本の4社による協業プロジェクトであり、環境問題をはじめとする社会課題の解決に向け、先端的な利便性とサステナブルを両立した街づくりを進めようとしているものです。今後オフィス空間のみならず商業施設にもDTCが広がっていけば、リモートコンシェルジュの対応やXR(Extended Reality)技術を使ったショッピングにより、1人ひとりの趣味嗜好に応じた満足度の高い購買体験も実現できます。
IOWNから見えてくる2030年の世界
IOWN1.0の始動によって、今後ますますIOWNを活用したサービスやアプリケーションの実装が進んでいきます。その先にはいったいどんな世界が広がっているのか、そしてIOWNは既存の産業やビジネスにどんな変革をもたらすのか、それらを皆様に実感していただくためにNTT Technology Report for Smart World 2023では、有識者の方々との対話を通じて2030年の社会を構想する新たな取り組みを実施しました。具体的には2030年の近未来をターゲットとして、さまざまビジネスを支えるプラットフォーマ、テクノロジーによって医療を変革するベンチャー企業、AIと人間の関係を問い直す研究者の3つの領域の有識者の皆様との対談を実施し、そこから描かれた2030年の社会の姿をご案内します(図)。対談の詳しい内容は、ぜひWeb資料からご覧ください(1)。
おわりに
NTT研究企画部門では今後もテクノロジーの動向とNTT R&Dの取り組みについて発表していきます。今回発表した資料はNTT持株会社ホームページ(1)よりダウンロードしていただくことが可能ですのでぜひご覧ください。
■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/download/
(左から)兼清 知之/白井 大介/井上 鈴代
問い合わせ先
NTT研究企画部門
R&D戦略担当
E-mail technology_report-ml@ntt.com
テクノロジーとNTT R&Dの動向をまとめた 「Technology Report for Smart World 2023」のオンラインPDFを発行しています。お客さまとのコミュニケーションへご活用いただければと思います。