特集1
IOWN INTEGRAL
本記事は、2024年11月25~29日に開催された「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」における、木下真吾NTT研究開発部門長の基調講演を基に構成したもので、NTT版LLM(Large Language Model)「tsuzumi」とIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の実用化に向けた取り組みや実用例、今後の展開について紹介します。
NTT執行役員
研究企画部門長
木下真吾
NTT R&D FORUM 2024の概要
今回のタイトル「IOWN INTEGRAL」のINTEGRALには「積分」と「不可欠」という2つの意味があります。積分には、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)がさまざまな分野に適用されて積み上がっていくように、不可欠には、IOWNが地球と人類にとって不可欠になっていくように、という想いを込めています。
今回、展示エリアは「RESERCH(研究)」「DEVELOPMENT(開発)」「BUSINESS(ビジネス)」の3つで構成されています。
・RESERCH(研究):NTT R&Dで取り組むネットワーク、サステナビリティ、セキュリティ、バイオ、メディカル、量子などについて約50の展示をしています。
・DEVELOPMENT(開発):NTT R&DおよびNTTグループ会社で取り組んでいるIOWN、生成AI(人工知能)「tsuzumi」、そして宇宙にかかわる最先端の研究から実用化事例を展示しています。
・BUSINESS(ビジネス):NTT R&DおよびNTTグループ会社技術の実用化事例を展示しています。
■RESEARCH(研究)エリア おすすめ展示
(1) Personal Sound Zone、非侵襲グルコースセンサ
まずパーソナルサウンドゾーンのアクティブノイズキャンセリング技術の紹介です。
オープンイヤー型のイヤホンという、音漏れせず、耳を塞ぐことのないイヤホンを作成してきましたが、電車などの場所では周囲の騒音が聴こえてしまうことが課題でした。しかし今回の展示では、この騒音を消し、聴きたい音楽は聴こえるという「アクティブノイズキャンセリング技術」を紹介しています。
さらに、ドーム型の空間に入ると、周りの雑音を遮断するという技術も紹介しています(図1左)。
ほかにも、非侵襲グルコースセンサと呼ばれる、人体に注射針を刺さすことなく血糖値を測定する技術も紹介しており、昨年発表したものよりもさらに小型化し、かなり実用化に近づいてきています(図1右)。
(2) 有効成分の浸透技術、手足の「器用さ」の見える化
NTTが持つ低環境負荷電池の技術を応用し、例えば美容マスクの有効成分をイオン化することで浸透しやすくするような、有効成分の浸透促進技術や、スマートフォンを用いた手足の「器用さ」を見える化する技術も紹介しています。
(3) 量子コンピュータ
NTTは量子コンピュータの実現にも取り組んでいます。現在の量子コンピュータの主流は超伝導方式、あるいは中性原子方式ですが、極低温で動作させる必要があり常に冷却しなければいけないため装置が大型化してしまいます。一方で、NTTがめざす量子コンピュータは、「量子ビット」と呼ばれる計算の基になる量子状態を光通信と同じ光パルスで実現します。私たちの方式は、光パルスを生成する装置があれば大規模な計算が可能となり、また、ほかの方式のように極低温に冷却することも不要であるため、装置規模を大きくすることもありません。この方式に、NTTが培った光通信の技術を用いて、実用的な汎用計算を可能にする大規模な量子コンピュータの実現に向けて、これまでの量子コンピュータのトレンドを加速していきたいと考えています。
■DEVELOPMENT(開発)エリア おすすめ展示
(1) 宇宙ビジネスブランドC89、ワイヤレスエネルギー伝送技術
2024年6月13日、宇宙ビジネス分野におけるブランド「NTT C89」が本格始動しました。
NTTグループ各社の宇宙分野における事業・サービス・研究開発などの取り組みを「星」と定義し、それぞれを有機的につなげていくことで「新たに89個目の星座をつくっていく」という想いを表しています*。
NTTグループ各社が宇宙分野における事業・サービスを有機的につなぎ、お客さまのニーズに合ったソリューションを提案することで、NTTグループ各社の宇宙領域におけるビジネス強化、およびシナジー効果創出と宇宙分野の新たな市場開拓をめざします。
ワイヤレスエネルギー伝送技術では、例えば、月の表面においてミニカー(ローバー)を走らせるとき、太陽電池を持ってバッテリーを内蔵していれば長距離の走行が可能です。しかし、月の環境は温度差が激しく、バッテリーがうまく動作しない、あるいは影に入ると太陽電池が使えないという問題があり、月の環境下においていかにエネルギー供給をするかという課題があります。
この課題に対して、私たちは「電界表面波」を使い月面の砂の上に電磁波を通すことによって、リモート給電を行う技術を開発しました。また、観測衛星から地上までの通信形態を、従来のRF通信から光通信に変更することで、年間数100億円の収入規模のビジネスを創出します。
* 現在、88の星座が国際天文学連合(IAU)によって決められています。
IOWN
■IOWNのロードマップ
まずIOWN1.0から4.0のロードマップを紹介します。
IOWN1.0はネットワーキング、すなわちデータセンタ間を完全に光化する技術です。IOWN2.0は、データセンタ内のラックに収容された機器のボード間配線の光化、IOWN3.0はチップ間配線の光化、そしてIOWN4.0はチップ内配線の光化となり、IOWNは進化していきます。
また、それぞれを実現するための構成要素技術として、APN(All-Photonics Network)はIOWN1.0の中で広帯域化、低消費電力化を進めていきます。
光電融合技術PEC(Photonics-Electronics Convergence)は、PEC-2、PEC-3、PEC-4とIOWNの世代とともに進化していきます。次世代コンピューティング基盤であるDCI(Data Centric Infrastructure)も、光電融合技術の進化に合わせて進化します(図2)。
■All-Photonic Connect powered by IOWN
NTT東日本・西日本が2023年3月にAPN IOWN1.0サービスを提供開始しました。加えて、帯域、エリア、インタフェースの種類の拡大・拡充を行った新しいサービスを2024年12月1日から順次提供しています。
新サービスの特徴は 3つあります。
① 世界最高水準の最大800Gbit/s帯域保証
② 主要都市間の接続を実現する広域エリアでの提供
③ 提供構成・インタフェースの拡充と低消費電力化の実現
従来はOTU4という光のインタフェースのみを提供していましたが、企業側からの「イーサネットのインタフェースのほうが使いやすい」という意見を受け、イーサネットのインタフェースも提供します。また、お客さま拠点の終端装置を不要にすることで省スペース化し、低消費電力化(両拠点で最大940W削減)に貢献できるようになりました。
■IOWN APN step1, 2 for Enterprise
2024年8月29日に世界初となる日本と台湾の間をAPNで接続しました。実際に台湾と日本の間で映像をベースとしたいろいろなデモンストレーションをさせていただきました。日本と台湾は約3000km離れていますが、遅延時間は約17msでした。光ファイバの伝送遅延が15msといわれる中で、低遅延かつ揺らぎのない安定した通信を実現しました(図3)。さらに、日本-台湾間のAPNを使い、いくつかの実験を行っています。
(1) APNによる超高速データバックアップ
例えば、大きな災害が発生したとき、日本のデータセンタにデータをバックアップするだけではなく、台湾側のデータセンタにも同時にバックアップをします。しかし、これだけ距離が離れていると転送速度が遅くなり、バックアップの時間が非常にかかります。しかし、APNを使うことによって非常に高速にできるようになり、災害発生時のシステム復旧の時間を最小化することができます。
一例ですが、同じ10Gbit/sであっても遅延時間よって実効的な転送速度は異なってきます。例えば、同じ専用線に近いInterconnected WANが2.81Gbit/sしか出ないところ、APNに使うことで倍の5Gbit/s近くの転送速度が出ます。これによりバックアップの時間も3分から1分に減り、非常に効率の良いバックアップが可能になります。
(2) APNによる高効率リモートプロダクション
また、現在、サッカーや野球などの番組の生放送では、大きな放送中継車の準備が必要となり、また放送中継車、試合の都度50人を超えるスタッフが長時間にわたり現地対応をしており、放送局にとって多大なリソースが必要なことから番組制作の効率化が喫緊の課題となっています。
それに対して、スタジオ・スタジアム等の現場をAPNにつないですべてのデータをクラウド上に送ります。また、クラウド上では編集のためのソフトウェアを置くことで制作拠点からリモートで編集可能とし、高品質な番組制作を従来の3分の1程度の人員リソースで制作できるようになります。
■IOWN APN step1,2 for DCX(Digital Customer Experience)
(1) APNによる海外データセンタ間接続
海外においてもデータセンタ間のAPN接続に取り組んでいます。インドでは、2024年9月にムンバイの3カ所のデータセンタの接続を行いました。また、昨年米国、英国のデータセンタ間のAPN接続の実証実験も行っています。海外においてもAPNによる分散データセンタユースケースを実現可能とし、グローバルビジネスを支援します。
(2) APNによるワット・ビット連携
政府が電力系統と通信基盤を一体的に整備する構想である、ワット・ビット連携にAPNの使用も期待しています。DCXで地域に分散したデータセンタ間をつなぎ、グリーンエネルギーの需給が大きいロケーションのDCにてコンピューティング処理を行います。これにより、グリーンエネルギーの地産地消を促進し、再生可能エネルギーの需給状況に基づくワークロード配置をダイナミックに実施することにより再生可能エネルギー利用効率の向上をめざします。
(3) APNによる分散GPU(Graphics Processing Unit)クラウド
さらに、近年話題のAI機械学習にもAPNを使うことによって、より効率化できないかと考えています。例えば、現在都心部に集中しているデータセンタの満床化に伴い、GPUクラスタ拡張が困難となっています。GPU増設したいが場所がない場合、別のデータセンタのGPUをあたかも1つのGPUクラウドのように扱えるような、実験をしています。
今回、単一のデータセンタで行った場合と分散した場合で、どの程度性能が落ちるか実験したところ、インターネットを使用すると29倍程遅くなるのに比べ、APNを使うとわずか1.006倍しか遅くならなかったという結果が出ました。ほぼ同じデータセンタにあるかのように、データセンタを使うことができました。
■IOWN APN vs ダークファイバ
ここで、ダークファイバでも良いのではないかという疑問も出てきたため、ダークファイバと比較しAPNの優位性を解説します。APNもすでにネットワークサービスを提供しているので、アクセス部分のみの設定となることから開通期間は短く、そして接続先の変更自由度も変えたいときにオンデマンドで変えられます。
また、管理コストも非常に低く、長距離伝送に関しても、中継機を自前で用意しなくてもAPNが補ってくれるため優れています。さらには信頼性・冗長性も高く、1つのファイバをシェアリングできるという面で経済性に関しましてもAPNのほうが高いと考えます(図4)。
■APN step3
APN step3では伝送容量をIOWN構想発表時点より125倍と、step2から劇的に高めていきます。そして、オール光化をさらに進めることで電力効率もさらに高め、APNのさらなるエリア拡大を経済的に実現できることをめざします。
また、step3ではAPNの高度化も進め、さらなる利用拡大を図っていきます。その1つが「オンデマンドで切り替える」という機能の追加です。これを実現させるためには、波長の衝突や波長の経路の制御などを行う必要があり、そこに寄与するのが「光パス設計技術」と「波長変換・波長帯変換」の技術です。
APNで2地点を光パスでエンド・エンドに接続して低遅延、大容量なオンデマンドサービスを実現するには別の課題もあります。光ファイバによっては通すことができる光の波長帯が決まっているなどの制約があり、大容量の光パスを柔軟に制御する仕組みが必要となりますが、これを実現するシステムが「Photonic Exchange(Ph-EX)」です(図5)。
既存ネットワークに敷設されている光ファイバをそのまま使い、その光ファイバにより伝送するのに最適な波長帯に光を変換してエンド・エンド光接続を実現できるのが「波長帯変換機能」です。NTTは波長をまとめてデバイスで変換する技術を持っており、効率良く遅延なく行うことができます。さらに、波長単位で遅延なく変換できる「波長変換機能」も持っており、遅延時間がトータルで少なくすることができます。
■PEC-3/PEC-4
光電融合デバイスの第3世代・第4世代についてです。2025年度はPEC-2としてボード接続に光エンジンを適用し、2028年にはPEC-3としてチップ間の接続部分を光化、2032年以降にはチップ内の光化をめざしています。
このPEC-3/PEC-4に関して、NTTではシリコンフォトニクスを進化させるとともにメンブレン(薄膜)化も進化させます。IOWN PECでは、超小型の光トランシーバをパッケージ内に実装していきたいと考えており、私たちが試作したものは16チャネルのトランシーバで1.11mm×2.75mmととても小型になっています。特に接変調レーザの小型化・高速化には、いかにこのレーザを小さくつくり、光を閉じ込め、発熱を防ぐか、とういうことが非常に重要になります。
しかし、従来の製法では縦積みのため活性層が厚くなり、高さが出ることで非常に発熱しやすくなります。活性層を薄くするためにNTTでは、従来の光デバイスの構造を抜本的に変え、横につくる方法を編み出し、炭化ケイ素(SiC)基板上にインジウムリン(InP)系をメンブレン化する技術でNTTの研究所は世界的にトップクラスとなっています。
■DCI-2
最後にIOWN2.0 において、2026年ごろの商用化をめざして開発を進めているDCI-2を紹介します。DCI-2は、計算機リソースをボード単位に細分化したCDIサーバを、光電融合デバイスを用いた光スイッチで接続し、DCIコントローラによって最適に制御することで、電力効率8倍の実現をめざしています。
■IOWN Global Forumメンバー加入状況
IOWN Global Forumを2019年立ち上げ、その後順調に会員数を増やしています。現在は154団体が加入しており、最近ではGoogleにも加入いただき議論をしています。
生成AI/tsuzumi
■tsuzumiの進化
2023年11月のtsuzumi発表以来、多数の導入の相談をいただき、1年経過してその数は900社を超えています。
またMicrosoftのModel as a Serviceのラインアップに日本のLLMと初めてtsuzumiが採用され、米国・シカゴで開催されたMicrosoft社のIgniteで発表されました。加えてSalesforceのLLMオープンコネクタにも採用され、今後実際に提供される予定です。
(1) LLMの大規模化の課題
LLMは多様なサイズのモデルが登場していますが、大規模化の方向性もみられており、学習コストが膨大となっています。例えばChatGPTが出始めたころのGPT-3の学習コストは1回5億円でしたが、GPT-4やGeminiにもなると1回の学習コストは150億円から200億円になります。
加えて、消費電力も膨大であり、GPT-3規模の1回の学習に1300MWh、原発1基分の電力がかかります。今後、GPUの買い替えなどが非常に激しくなっていくことが予想され、SDGs(持続可能な開発目標)の実現に向けて環境問題について考えていく必要があります。
(2) tsuzumiの特徴
それに対して私たちは「小さく賢いLLMをつくる」ことをめざして「tsuzumi」を研究開発してきました。主な特徴は以下の5つになります。
① 軽量:1GPU/1CPUで動作可能
② カスタマイズ可能:業界・組織の専門知識を保有させやすい
③ マルチモーダル:言語だけではなくグラフや表の読解にも対応
④ 日本語に強い:性能世界トップクラス・特に日本語は強い
⑤ スクラッチ開発:基盤モデルを一から開発
スクラッチ開発を行う理由としては、著作権の問題、開発の自由度、経済安全保障などがあり、日本で細部まで行き届いたモデルの実現をめざして研究開発を行っています。
2023年、パラメータ数7B(Billion)のバージョン1.0を商用化に展開しましたが、現在はバージョン1.1/1.2と対応言語の増加やマルチモーダルで多言語が扱えるなどの進化をしています。さらに、ベータ版ではありますが、7Bから13Bに精度を向上させ、同規模世界トップクラスLLM(Llama2/3)と遜色ない精度を実現しており、要約とかQ&Aの部分では、Llamaを凌ぐ性能を出しています(図6)。
■tsuzumiの拡張
(1) AIエージェント:ユーザの代わりにPCを操作
AIエージェントがユーザの代わりにPCを操作し、目的となるタスクを実行します。例えばユーザが、「このカタログに載っている商品Aを購入して」と指示をすると、言語モデルが商品の購入サイトを訪問し、あるいは社内の購買システムをつくって、実際の購入手続きまでを自動化する、というものです。
仕事上1つの業務が1つのページ内で完結することは稀ですが、tsuzumiを使えばチャットをするだけで必要なページが立ち上がり、投入も自動で行うことができます。さらに多数の入力フィールドに関しては、社内のマニュアルを参考にしながら、どこに何の情報を入れたら良いのか言語理解をして、実際に情報を入れていくことができます。この一連の流れを完全自動化することもできますが、途中で人間が確認することによってミスを防ぐというようなつくりにしています。
(2) AIエージェント:人らしく自然に振る舞うデジタルヒューマン
私たちは、従来の機械的な応答をするデジタルヒューマンだけではなく、1つの発話を必ずしも一人の話し手が完結させるのでなく、話し手と聞き手で共につくっていくという考え方に基づいた「共話」と呼ばれる、より人らしい柔らかいやり取りが可能なデジタルヒューマンの開発をめざしています。
そのために処理速度や専門性が異なる複数のLLMどうしが協力しながら、一連の会話をつくっていく新しい対話アーキテクチャの研究開発に取り組んでいます。これにより、自然なタイミングで相槌をうったり、わざと言い淀むことで発話を生成する時間をつくったり、話し途中に割り込まれたら相手の会話を促すなど、より自然な会話のかけ合いが可能な、話しやすい・話しかけやすいデジタルヒューマンを実現します。
デジタルヒューマンにはNTTの技術をふんだんに使っており、映像認識、状況認識、音声認識の技術もすべてNTTのものです。一部、テンポの遅い思考・話題選択の部分はChatGPTを使用しています。
(3) マルチモーダル:声の特徴や内容を理解し、自然な言葉で回答
言語だけでなく、音声の内容理解、声の抑揚などの音声ならではの情報を理解・分析し、LLMの能力を拡張することが可能です。
声の高さや音の抑揚から年代、性別などを予測することから、話し手の要件の内容や緊急性の分析まで可能となっており、直接的な応用としてはコールセンタにおける通話自動振分けに利用することで、顧客の通話待ち時間を減らすなどが考えられます。将来的には入力だけでなく出力でも音声を扱えるようにし、コールセンタや実店舗でのAIオペレータ・AI自動応対の実現をめざしています。
(4) 発話単位音声要約
私たちは音声認識のリアルタイム性を維持しながら、全文要約のような読みやすさを実現する技術も開発しています。この技術により、長い会議やプレゼンテーションの内容をリアルタイムに要約することができ、会議に途中参加した場合であっても要点を素早く把握できるようになります。また、従来の音声認識や全文要約では得られなかった情報の迅速でリアルタイムな把握を可能にし、業務の効率化や意思決定のスピードアップに貢献します。
(5) マルチモーダル:スポーツトレーナーの代わりに走り方を指導
マルチモーダルのさらなる活用として、スポーツトレーナー固有の視点や判断を、生成AIを用いて再現します。例えばランニングの場合、ただ走っているだけでスポーツトレーナーと同じ視点で走り方の重要なポイントや、お手本と自分の動きの違いを分析します。そして、スポーツトレーナーが判断するように、伝わりやすいコーチングを考え、お手本に近づくための走り方を指導してくれます。
■tsuzumiの応用
(1) ネットワークオペレーション×生成AI
現在、ネットワークサービスの故障・品質低下によるお客さまへの影響を予防・最小化するため、自己進化型のゼロタッチオペレーション、すなわち何か故障が起きても、人が触ることなく自動で検出し、それらを分析して、措置を行う、といったものをめざしています。具体的には、オペレーション業務を構成するAI・ネットワーク技術群やその学習基盤の研究開発に生成AIを適用し、多様かつ未経験の故障も学習できるようAI・ネットワークデジタルツインによる疑似故障のシミュレーションを行います。
(2) セキュリティオペレーション×生成AI
ネットワークオペレーションだけではなく、セキュリティオペレーションにも非常に有効です。例えば社内向けにセキュリティレポートをつくるという仕事があったとき、新人が作成したレポートは、ベテランの上司が手直しすることで良いレポートに仕上げていました。これらのノウハウはこれまでの経験によって培われた暗黙知であり、容易に習得・継承できるものでなく、レポートの品質は属人化しているという課題があります。
しかし、NTTは今までこれらの作業を積み重ねてきたことから、大量の新人が作成したレポートと上司が手直ししたレポートがあります。これらのデータをLLMに学習させることで、暗黙知を形式化させ、情報を与えただけで完璧なセキュリティレポートをつくることができます。また、データベースと連携させることによって、より社内にとって貴重なセキュリティレポートをつくることも可能になります。
■AIコンステレーション
AIコンステレーションでは、大きくモノリシックなLLMもつくるよりも、私たちは小さい、あるいは専門性や多様性を持ったLLMを自律分散的、あるいは連携させることによって、社会課題の解決ができないかと考えています。今回AIコンステレーションのユースケースとして、地域の社会問題についてAIどうしが議論するワークショップを福岡県大牟田市で実施しました。AIが地域の事情をくみ取り、多様な視点からアイデアを出して互いに議論することで、人間のアイデアや意見が創発され、議論の活性化につながることを実証しました。
■AIの基礎研究
生成AIが、なぜこのような動きをしているのか、不明な部分が実は多いです。例えば「英語ばかり学習しているのになぜ日本語ができるのか」など、中身を理解していかなければ生成AIの発展、コントロールが難しくなるといわれています。そこでNTT Researchでは、ハーバード大学脳科学センター(CBS)と共同で「Physics of Intelligence(知性の物理学)」という研究分野を立ち上げ、AIの内部理解の研究を始めました。
1つ代表的な研究事例として、例えば「指定の色のトカゲ(または金魚)を描いて」とプロンプトを出したとき、比較的に精度の良い画像が出来上がります。しかし、指定する動物をパンダにすると、精度の良くないものが出来上がるということがあります。これらの実験はAI、画像生成AIの想像力の正体について、「トカゲは想像ができてパンダは想像ができない」というこの違いを数学的に証明し、研究・発表をしています。
COEをめざして
「知の泉を汲んで研究し、実用化により世に恵みを具体的に提供しよう」。この言葉は、NTT研究所の初代所長 吉田五郎が研究所の設立にあたって掲げた言葉です。この言葉は私たちのDNAとして残っている言葉であり、NTTでは研究・開発・社会実装といった一連の流れを重要視しています。NTTは「研究・開発・社会実装」すべてに責任を持つ研究機関COE(Center Of Excellence)をめざし、3つのサイクルを回すことでこれを実現します。
(1) 研究
論文数ランキングにて、2017~2021年集計時には世界11位でしたが、2019~2023年集計時には世界9位となりました。近い将来、世界順位を5位まで上げたいと考えています。
一方、分野を絞ると世界で1位、2位を獲得している分野は多くあります。例えばIOWNの根幹となる光通信分野、情報セキュリティ分野、神経機能解析分野、量子計算機分野では世界でも1位、2位を達成しています。私たちはさらにこのトップクラスの分野を広げたいと考えています。
また、生成AI分野における特許出願数は世界13位で、日本では1位です。しかし、米国や中国などの特許出願数は増えており、これからも増えていくことが予想されるため、NTTもさらにアクセルを踏めるように頑張っていきたいと思います。さらに、NTT Researchにおいても、2023年度110件の研究論文を発表しており、暗号分野においては世界最先端の論文の14%を占め、世界的な賞を受賞しています。
(2) 開発
開発は先ほど紹介しましたIOWNとtsuzumiをさらに加速していきます。
(3) 社会実装
2023年、研究企画部門、マーケティング部門、アライアンス部門、この3つが「研究開発マーケティング本部」のもとに連携し、単に技術オリエントだけではなく、マーケットからの視点で研究成果を世に出していくことを目的とした体制を組みました。
研究企画部門は、マーケティング部門、アライアンス部門と密に連携し、研究・開発成果を社会へ実装していきます。またスピンオフとして、1番最初に紹介しました、音漏れのないオープンイヤー型のヘッドホンを開発・販売するNTTソノリティ、さらには宇宙データセンタ構築をめざすスペースコンパス、そして陸上養殖に関するNTTグリーン&フードといった企業も立ち上げてきました。
加えて、NTTが進めているデータ・ドリブンによる新たな価値創造の中の、社会産業、DX推進、データ利活用の強化、国内でのAI事業とグローバルでのAI事業を相互展開していく中で、AIの高度化に寄与するNTT AI-CIXという会社を設立しました(図7)。
NTT AI-CIXは、もともとR&Dの立ち位置でAIモデル開発を行ってきましたが、お客さまの業界においてどのような課題があるのか、それをいかにして解くかを両輪で回し、コンサルティングからAIモデル開発、プラットフォームサービスまでを一気通貫で提供できるようにしていきます。
おわりに
研究・開発・社会実装のサイクルを回すことによって、皆様のお役に立てるような研究開発を行えればと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。