2025年2月号
特集1
Unlimited Innovation for a Global Sustainable Society by IOWN
本記事は、2024年11月25~29日に開催された「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」における、川添雄彦 NTT代表取締役副社長のKEYNOTE SPEECHを基に構成したもので、持続可能な社会を実現に向けたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の世界規模の取り組みについて紹介します。
NTT代表取締役副社長
川添雄彦
はじめに
本稿では、地球規模で持続可能な社会の実現に向けたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)による新しい価値の創造について紹介します。
NTTグループは現在、全世界で900社以上、また30万人の従業員を擁するグローバルなICT企業で、45%の従業員が日本国外で仕事をしています。グループ本社である持株会社には大規模な研究開発部門があり、日本と米国に計17の研究所、そして2300人の研究者がいます。
NTTはさまざまな分野のグローバル研究開発をリードしており、特に光エレクトロニクス、セキュリティシステム、脳神経解析技術などは世界一を誇っています。また、音声認識や量子力学はIBMに次ぐ存在となっています。
IOWNについて
現在、社会は、新型コロナウイルスの蔓延や気候変動、自然災害や世界の分断など、さまざまな危機的状況に直面しています。このような状況に対応するためには、ICT環境をますます強化しなければいけません。しかし、近年、多くのコンピュータを用いて大量のデータを処理していることからインターネットのトラフィックが爆発的に増えており、その結果、エネルギー消費が急増しています。
一方、脱炭素社会(カーボンニュートラル)の実現は国際的な目標であることから、経済成長とカーボンニュートラルの両方が強く求められています。
次にデータセンターの電力消費量の増加についてみてみましょう。
NTTは世界第3位の規模のデータセンター事業者です。2018年のデータセンターの電力消費量は世界全体で190TWhでした。これは2030年までに13倍になると予想されており、増加傾向も顕著なものになると考えられています(図1)。その限界を突破するためのイノベーションが、「IOWN構想」です。問題解決のためにはインターネットをはじめとする現在のネットワークを超えるものが必要だといえます。その基本要素となるのが、光の技術です。光は電気と比べて回路基板の配線長が伸びても、信号の周波数が高くなったとしても、電力消費はほとんど増加しないという利点があります。
現在、NTTは光ファイバを用いて長距離データ伝送を行っていますが、光技術をデータ処理にも用いることをめざして研究を続けています。当初は、情報処理への光技術の適用は、光伝送技術と比較し困難を極めました。しかし、2019年に世界初となる光トランジスタの開発に成功し、この発明がIOWNの起源となりました(図2)。
NTTの強みは光トランジスタの製造方法にあり、世界で50以上の特許を取得しています。従来の光トランジスタは縦方向に積層されていますが、NTTは横方向に積層します。強い光を薄い活性層に閉じ込めることによって高性能を実現し、電力消費99%削減に向けたキー技術であるメンブレンフォトニクス技術の開発に成功しました(図3)。
IOWNの達成目標はエネルギー効率100倍、伝送容量125倍、エンド・ツー・エンドの遅延が200分の1となることです。IOWN構想を発表したとき、非常に大きなイノベーションでもあり、最初のIOWNサービス開始を2030年と予定していました。しかし、ご期待の声が多かったことから、2023年にはIOWN1.0としてAPN(All-Photonics Network) のサービス提供を開始しました。
次に、APNのユースケースの一例を紹介します。
■クラシックコンサートでのユースケース
東京だけでなく、大阪や全国各地に散らばった奏者が、東京にいる1人の指揮者の指揮により遠隔で演奏を行う「未来の音楽会」というクラシックコンサートを実施しました。東京と大阪の間のファイバの距離は700kmもありますが、APNを利用することで音の遅延はわずか20msになります。これは同じステージ上にいる奏者の間が3 m離れているのと同じ状態です。
AI × IOWN
AI(人工知能)の活用はサイバーセキュリティの面では大きな意味合いを持ちますが、これは守る側だけでなく、攻撃する側にも当てはまってしまいます。ボットネットによるサイバー攻撃をいかに撃退するか、このサイバー攻撃対サイバーセキュリティ対策の戦いが続いています。
ボットネットが人間の能力を超えた高度なAIと組み合わさると、AIは簡単にボットネットをより悪質なものに変えることができてしまいます。そのため、サイバーセキュリティ上これまでにない脅威となります。しかしIOWNがあれば、ディフェンシブAIがAPN上で連携しながら速やかに情報共有することでボットネットを撃退し、この脅威を回避できます。
NTTでは、このようなAIの連携を星座に例えて「AIコンステレーション」と名付け、研究開発を推進しています(図4)。AIコンステレーションは、AIを用いてより高度な集合知を実現するためのキー技術です。
さて、現在の生成AIが唯一できないことがあります。それは、「自らの答えを確かめること」です。現在の生成AIのほとんどは単一の巨大AIです。そのため、その答えを自ら否定することはできないのです。AIがより良い答えを見つけるためには、複数のAIが互いにコミュニケーションを取り合い、それぞれの専門性を発揮するべきだと思っています。しかし、インターネットにはAIどうしが同期するために必要なクロックがないためこれができません。しかし、IOWNの光技術を使うことで同期が可能となり、人間が当たり前に行っているようなことをAIコンステレーションによって実現できると考えています。
もう一点、重要なポイントがあります。生成AIは大規模言語モデル(LLM)を使用し、人間が作成したデータから答えを見つけます。人間の知識から学習し、人間を支援してくれますが、「人間の知識を超えた課題に対しても人間を支援できるでしょうか」。答えはNOです。例えばコロナウイルスの変異の仕組みを解明できるでしょうか。現在の生成AIではすべての情報を知覚することはできません。生成AIが人知を超えた答えを導き出し、人間の限界を超えることはできません。生成AIが人間のつくったデータに加え、地球や宇宙のさまざまなデータを広く理解していくことで、人知を超えた答えを導き出す新たな生成AIへと進化していくのです。そして、そのような未来の生成AIを実現させるための基盤となるのがIOWNなのです。
Mobility × IOWN
IOWNにより世界中のデータセンター間に大容量かつ低遅延のネットワークを提供できます。このIOWNによるグローバルデータセンターコネクティビティにより、モビリティはよりスマートに、より安全に進化します。この進化のために必要な、3つのコア技術を紹介します。
1番目はインテリジェントコミュニケーション基盤です。これは人やモビリティ、そしてインフラからリアルタイムにデータを集め、AIを使って最適な情報を選択し、シームレスなコミュニケーション基盤を提供するものです。
2番目は分散型コンピューティング基盤です。未来のコネクティッドカーは、データセンターと常時接続されます。これにより、時間と空間を超えて安全運転実現のための情報をダウンロードすることで、交通事故ゼロの社会が可能になります。NTTは分散型コンピューティング基盤をまず日本国内で構築します。それからNTTのグローバルデータセンターの能力を活用して、この基盤を世界中に拡大していきます(図5)。
3番目はモビリティAI基盤です。モビリティAIには、ヒト・モビリティ・インフラから多種多様なデータを学習させます。これをLMM(Large Mobility Data Model)と呼んでいます。これは先に述べた未来の生成AIの一例でもあります。
この技術を実現するために、トヨタ自動車と連携を開始しました。2028年にはさまざまなパートナーとともに社会実装を行い、広く普及をめざします。トヨタ自動車 中嶋裕樹副社長からは「交通事故ゼロの社会を実現するためには、ヒト・モビリティ・インフラを三位一体として扱うアプローチが必要だ。そのためにシームレスなコミュニケーション基盤と多様なデータから学習するAI基盤を組み合わせたモビリティAI基盤の構築が不可欠だ。NTTとトヨタが協働することで新しい未来をつくっていくことができるだろう。」という熱いメッセージをいただきました。
Aerospace × IOWN
IOWNは地球を超え、宇宙へと拡大していきます。
NTTは地上で培った技術力と最新のIOWN技術を本格的に宇宙へと拡張させることで、豊かな未来の実現をめざします。この新たな価値への挑戦を「宇宙統合コンピューティングネットワーク」とよび、地球系エネルギーから脱却した究極にエコなインフラの構築をめざしています(図6)。
NTTのIOWN技術とSKY Perfect JSATの宇宙アセット事業を統合することで、観測衛星が得たデータの収集、計算処理を宇宙空間で実現します。現在、観測衛星が地上局にデータを送信できるタイミングは限られています。また、電波による通信では速度が遅いため、データを取得するまでに数時間、遅いと1~2日かかり、衛星の観測機能も十分に活用できていませんでした。こうした課題を克服するのが、IOWNによる光技術と電子技術を融合した光電融合デバイスの活用です。
成層圏を飛ぶHAPS(High Altitude Platform Station)や、宇宙空間の低軌道衛星および静止軌道衛星を統合してコンピューティングネットワークを構築し、それらと地上を光無線通信で接続します。観測衛星が取得したデータは即座にコンピューティングネットワークを構成する各衛星に送られ、分散処理されます。宇宙空間上で処理された膨大なデータは、静止軌道上にある衛星から必要な情報のみを地上へ送信することで、重要なデータを地上へ送るのに要する時間が大幅に短縮されます。これが宇宙統合コンピューティングネットワークです。
地球とは別に、宇宙空間に独立したICTシステムを構築するというのがコンセプトです。これは災害大国である日本において非常に有効であり、ぜひ実現したいと思っています。
Human × IOWN
テクノロジは進化していきます。AIも進化します。では、人間はどうでしょうか。私は人間も進化すべきだと考えます。最後に「IOWNによる人間の新しい進化」について紹介します。
■Project Humanity
DJ MASAは2013年にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、体が動かせなくなりました。しかし、発症後も目線を使うことによって精力的に音楽活動を続けてきました。そんな彼の挑戦は願いとともに次のステージへ向かいます。
「もう一度、体が動かせるのであれば、DJをしているときにハンズアップをしたい(盛り上がりたい)」。その願いをかなえるために、私たちは、わずかに動くMASAの筋肉が動いたときに発生する微細な電流から電位情報を検出し、デジタル上のアバターを動かす技術を開発しました。実世界では手足が動かなくても、デジタルツイン上ではもう一度、体を動かせるかもしれないという可能性を抱きながらMASAは挑戦の舞台を世界最高峰のメディアアートの祭典、「Ars Electronica」へ移します。MASAのパフォーマンスでは、過去の録画から音声を再現して多言語表現も可能になるNTTのクロスリンガル音声合成技術を活用し、MASAが自分の声で英語のコミュニケーションを行いました。観客はMASAと一体となって盛り上がり、パフォーマンスは大成功でした。MASAは、「観客との一体感を感じました。これからも不可能に挑戦していきたい」と最後に語りました。
おわりに
人間の可能性はIOWNにより無限に広がります。持続可能な社会に向け、引き続き頑張っていきます。