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新機能物質・材料創製研究の最前線

2次元伝導面を持つ高温超伝導体の基本物質のMBE成長と原子分解能観察

銅酸化物超伝導体は、常圧下で最高の超伝導転移温度を有する物質群です。無限層構造と呼ばれる構造は、その銅酸化物超伝導体を構成する基本構造で、超伝導発現機構解明の鍵を握りますが、この構造単独ではバルクの単結晶を作製することができません。NTTでは、独自に培ってきた酸化物分子線エピタキシー技術を用いてこの物質の単結晶薄膜を作製するとともに、原子分解能顕微鏡など最先端の測定技術と組み合わせて、いまだ定説のない高温超伝導発現機構の解明に挑んでいます。

池田 愛(いけだ あい)/ Yoshiharu Krockenberger/ 谷保 芳孝(たにやす よしたか)/ 山本 秀樹(やまもと ひでき)

NTT物性科学基礎研究所

超伝導材料研究の進展

超伝導は、直流電流を電気抵抗による損失なし(ロスレス)に流すことができる夢の技術へつながる現象ですが、長らくマイナス140 ℃以下に冷やさなければ発現しない現象でした。現在では、ドライアイスの昇華点よりも高いマイナス70 ℃程度で超伝導転移するH3S(硫化水素)という物質が発見され(1) 、続いて、LaH10(水素化ランタン)が、室温近くで超伝導的な振る舞いを示したという報告も学術誌に掲載されています(2)。しかしながら、どちらの場合も物質自体の合成に加え、合成した物質を超伝導を発現する特定の結晶構造に保つために、地球深部での圧力に匹敵する超高圧(約200万気圧)が必要とされるため、室温近傍での超伝導性をロスレス配線や機能素子のかたちで活用するには茨の道が待っているといわざるを得ません。
これまでに発見されている超伝導物質の中で、常圧下で最高の超伝導転移温度を示す物質群に銅酸化物超伝導体と呼ばれるものがあります。この物質群には、液体窒素温度(マイナス196 ℃)以上で初めて超伝導性を示したYBa2Cu3O7-δや、さらに約20 ℃超伝導転移温度(Tc)が高いBi2Sr2Ca2Cu3O10+δ等の物質が含まれ、主に海外で超伝導ケーブルや、携帯電話の基地局用のバンドパスフィルタとして実用化されています。しかしながら、この銅酸化物超伝導体でなぜ、高い超伝導転移温度が実現するのかについて万人が納得するような理解は得られておらず、このことが、常圧下で安定で、より高い超伝導転移温度を持つ物質の探索指針の構築を妨げています。
超伝導の機構解明は道半ばですが、高いTcを持つ銅酸化物超伝導体に共通に含まれる結晶構造的な特徴は知られています。Bi2Sr2Ca2Cu3O10+δの結晶構造を図1(a)に示します。真ん中の平面型のCu(銅)とO(酸素)から構成される層(CuO2面)を、上下からCa(カルシウム)、OがCuにピラミッド型に配位した層、Sr(ストロンチウム)、そしてBi(ビスマス)とOの層が、順々に挟み込むような構造をしています。このうち、BiとOからなる層を除く構造は、超伝導転移温度が100 K(マイナス173 ℃)以上の銅酸化物が共通に持つ構造です。この構造の中で、CuO2面という二次元的な伝導面を電気が流れることによって超伝導が発現するのですが、Cuが2+の陽イオンに、Oが2-の陰イオンになりやすい性質を持つことから、CuO2全体では、電荷中性条件が保てず、CuO2面だけを単離した(すなわち、CuO2面だけからなる)物質をつくることはできません。しかし、図1(a)中のCuO2面の上下にあるCaとともに取り出したCaCuO2や、そのCaをSrに変えたSrCuO2という構造は取り出すことができ、無限層構造という名前が付いています(図1(b))。この無限層構造の銅酸化物の合成には、バルクでは5万気圧程度の高圧が必要で、多結晶試料しか合成できませんが、薄膜では、単結晶の形で作製することができます。また、いったん作製してしまえば、常圧下でも安定に存在できます。銅酸化物超伝導体のエッセンスともいえる構造だけを抜き出した無限層構造物質は、超伝導機構にもっとも直截的に迫ることができる研究対象と考えられるため、私たちはその薄膜成長と物性測定に精力的に取り組んでいます。

図1 銅酸化物高温超伝導体の結晶構造

最高品質薄膜を実現する酸化物分子線エピタキシー技術

NTTでは、半導体の分野では馴染みの深いMBE(Molecular Beam Epitaxy:分子線エピタキシー)法を、数種類の金属元素と酸素から成る複合酸化物薄膜の成長に応用したオリジナルな技術を確立してきました(3)。本特集記事の『最高の強磁性転移温度を持つ新絶縁物質Sr3OsO6の創製』は、この技術を用いて新物質を創製した例ですが、元々は、存在が知られている複合酸化物の高品質な薄膜をつくるために開発された技術です。
酸化物MBE装置の概略図と写真を図2に示します。薄膜成長は直径が約70 cm、高さが約150 cmの大きな真空チャンバ内で行われます。チャンバの底に金属原料をそれぞれ格納するポケットがあり、約10 kVに加速した電子線をそれぞれの原料金属に衝突させて加熱することで蒸発させ、対向位置に設置した基板上に供給します。供給量の精密制御にはEIES(Electron Impact Emission Spectroscopy:電子衝撃発光分光)法を用いています。この原理については本特集記事『NTTにおける新機能物質・材料創製研究の最前線』(4)に説明があります。酸化物MBEの特徴は、超高真空下でも金属を酸化できるように分子酸素(O2)よりも活性な(酸化力が強い)酸化源を備えていることで、無限層構造銅酸化物の薄膜成長には原子酸素(O)を使います。「酸化力が強い」とは、「より強く周りの電子を引き付ける」ことと言い換えられます。原子酸素は、不対電子を2個持っているため、近くにいる金属から電子を奪うことで電子対を形成し、安定化する傾向を強く持ちます。この性質を利用すると、10-9気圧という非常に低い圧力(高真空)下でも酸化反応(化学反応)を起こすことができます。加えて、無限層構造銅酸化物と格子定数の近い基板を用いると、エピタキシーの効果でバルク合成では実現できない無限層構造銅酸化物の単結晶薄膜を作製することができます。
この技術を用いて、私たちはまず、無限層構造を持つSr0.9La0.1CuO2の薄膜作製に取り組みました(5)。2価のSr(Sr2+)の一部を3価のLa(La3+)に置換しているのは、このほうが超伝導試料が得やすいためです。Sr0.9La0.1CuO2薄膜の抵抗率の温度依存性を図3に示します。抵抗率は、400 K(127 ℃)から温度の低下とともに低くなっていき、約40 K(マイナス 233 ℃)で突然ゼロになる(超伝導転移が起こる)ことが分かります。無限層構造を持つ超伝導薄膜の作製に関する報告は他機関からもあります(6)が、私たちの薄膜は、以下の点で、世界中のどの研究機関で作製された試料より優れた特性を示しています。

・シャープな超伝導転移(抵抗率の突然の減少からゼロになるまでの温度幅ΔTc <1K)
・常伝導状態での低い抵抗率(欠陥のない、理想的なCuO2面1枚あたりの抵抗率とほぼ一致)
・400 Kから超伝導転移温度に至るまで、終始金属的な振る舞い(温度が下がるほど抵抗が小さくなる)

本試料は、超伝導機構を議論するうえで礎となる、電気伝導特性などの物性データをもっとも信頼性の高いかたちで提供する、最高品質の試料といえます。

図2 酸化物分子線エピタキシー装置の概略図と装置外観の写真

図3 酸化物分子線エピタキシー法によって作製した無限層構造Sr0.9La0.1CuO2超伝導薄膜の電気抵抗率の温度依存性

原子分解能を持つ顕微鏡観察と格子定数エンジニアリング

次に、無限層構造CaCuO2の薄膜作製とその物性研究について説明します。図1で示したように、CaCuO2という物質は高い超伝導転移温度を持つ銅酸化物超伝導体の結晶構造からそのまま抜き出した組成と構造を持ちます。しかしながら、SrCuO2とは異なり、研究例は限定的でした。これは、主にバルク試料作製上の困難に起因しています。私たちは、前述のSr0.9La0.1CuO2にならい、CaCuO2に対しても、2価のCa(Ca2+)の一部を3価のNd(Nd3+)に置換したCa1-xNdxCuO2薄膜を作製し、超伝導化を試みましたが、Nd3+を約6%置換(x = 0.06に相当)しても超伝導は発現しませんでした(7)。そこで、超伝導膜と非超伝導膜で、二次元伝導面であるCuO2面の構造にどのような違いがあるのかを明らかにするために無限層構造銅酸化物薄膜のCuO2面の直接観察に挑みました。
原子1つひとつを可視化するために、最先端技術であるSTEM(Scanning Transmission Electron Microscopy:走査透過電子顕微鏡)法を用いました。STEMの模式図を図4(a)に示します(8)。この技術では、原子の大きさ〔~1Å (オングストローム)*1〕まで絞った電子線を試料上で走査させ、原子から散乱された電子をプローブすることで、原子の位置を高精度に知ることができます。原子1つひとつが並んでいる様子を観察する(原子分解能観察)ためには、試料に照射する電子線のビーム径を原子の大きさより小さくすることが重要であり、それを可能にする球面収差補正装置が付いたSTEM装置がNTT厚木研究開発センタにあります。
この技術を用いて断面を観察したCa0.96Nd0.04CuO2薄膜のSTEM像を図4(b)に示します。図中、明るいところが、原子が存在する位置に相当し、Ca/Nd、Cu、そしてO原子1つひとつが球状に見えています。これらの原子は規則正しく配列しており、MBE法で作製したCa0.96Nd0.04CuO2薄膜は単結晶性を有していることが分かります。この原子分解能観察により、超伝導の舞台であるCuO2面が二次元的につながっていることも分かりました。
図4(b)では原子の配列がグレースケールで表されていますが、さらにEELS(Electron Energy Loss Spectroscopy:電子エネルギー損失分光)*2という方法を用いると元素を識別することができます。元素ごとにEELS強度をマッピングしたものを図4(c)に示します。元素ごとに、原子1つひとつが明瞭に観測されており、その並びは無限層構造と完全に一致していることが分かりました。
図4で示されたCuとOの間隔を測定することで、Ca0.96Nd0.04CuO2の格子定数を評価することができます。非超伝導Ca0.96Nd0.04CuO2の面内格子定数(CuとOの結合長の2倍)は0.386 nmと見積もられ、Nd置換をすることで薄膜の格子定数が約0.001 nmだけ伸びていることが分かりました。La置換することで超伝導化するSr0.9La0.1CuO2は、Laを置換することで格子定数が約0.002 nm伸長することが分かっているので(9)、2価のCa、あるいはSrを、3価のNd、あるいはLaで置換することで面内格子定数が長くなる傾向は共通です。しかしながら、各構成元素のイオンの大きさが異なること、そして、置換量も異なることから、面内格子定数の変化量が異なります。このため、超伝導・非超伝導と物性を分ける面内格子定数のしきい値があるのではないかと推測されます。既述のとおり、面内格子定数は、 CuとOの結合長の2倍に相当します。図5(a)に模式的に示すように、Ca2+イオンはSr2+イオンより小さいので、CaCuO2の方がSrCuO2よりも元々のCuとOの結合長が短いという違いがあります(10)。さらに、Ca1-xNdxCuO2では、Nd置換量を6%よりも増やすと物質合成が難しくなってしまいSr0.9La0.1CuO2と同程度(> 10%)までは置換することができません。このことがCa1-xNdxCuO2の超伝導化を阻んでいると考えられます。銅酸化物高温超伝導体の基本構造である無限層構造銅酸化物の研究で得られたこの知見は、銅酸化物における超伝導発現に格子定数(CuO2面内のCuとOの結合長)エンジニアリングが重要であることを示唆しています。

*1 オングストローム:原子、分子の大きさや、可視光の波長などを表わす長さの単位。1 Å=10-10m
*2 EELS:ビーム径を原子の大きさまで絞った電子線(電子ビーム)を物質に入射した際、電子の持つエネルギーの一部が、電子ビームが当たった原子内で起こるさまざまな励起過程に消費されるため、電子ビームはその分のエネルギーを失って物質から出てきます。このエネルギー損失量は各元素に固有であるため、電子ビームを走査させてエネルギー損失量を測定することで、どこに何の元素があるのか知ることができます。

図4 原子分解能を持つ顕微鏡像

図5 超伝導発現へ向けた格子定数エンジニアリング

今後の展開

高温超伝導機構解明の鍵を握る無限層構造銅酸化物の研究は、高品質試料の作製に高い壁があります。私たちは、NTT独自の薄膜成長技術の強みを最大限活かしてこの壁を越え、発見から30年以上経過してなお、物性物理学の最大の謎であり続ける高温超伝導発現機構の神秘に迫りたいと考えています。さらに、二次元的であるというCaCuO2の構造上の特徴を利用し、CaCuO2と異種酸化物との人工超格子を作製するアプローチ(11)で、自然界には存在しない新規の層状超伝導材料の創製をめざします。

■参考文献
(1) A. P. Drozdov, M. I. Eremets, I. A. Troyan, V. Ksenofontov, and S. I. Shylin:“Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressures in the sulfur hydride system、”Nature, Vol. 525, No. 7567, pp. 73-76, 2015。
(2) M. Somayazulu, M. Ahart, A. K. Mishra, Z. M. Geballe, M. Baldini, Y. Meng, V. V. Struzhkin, and R. J. Hemley:“Evidence for Superconductivity above 260 K in Lanthanum Superhydride at Megabar Pressures、”Phys. Rev. Lett., Vol. 122, No. 2, 027001, 2019。
(3) H. Yamamoto, Y. Krockenberger, and M. Naito:“Multi-source MBE with high-precision rate control system as a synthesis method sui generis for multi-cation metal oxides、”Journal of Crystal Growth, Vol. 378, pp. 184-188, 2013。
(4) 山本・後藤:“NTTにおける新機能物質・材料創製研究の概要、”NTT技術ジャーナル, Vol. 31, No. 7, pp. 6-11, 2019。
(5) Y. Krockenberger, K. Sakuma, and H. Yamamoto:“Molecular Beam Epitaxy and Transport Properties of Infinite-Layer Sr0.90La0.10CuO2 Thin Films、”Appl. Phys. Express, Vol. 5, No. 4, 043101, 2012。
(6) L. Maritato, A. Galdi, P. Orgiani, J. W. Harter, J. Schubert, K. M. Shen, and D. G. Schlom:“Layer-by-layer shuttered molecular-beam epitaxial growth of superconducting Sr1-xLaxCuO2 thin films、”J. Appl. Phys., Vol. 113, No. 5, 053911, 2013。
(7) A. Ikeda, Y. Krockenberger, and H. Yamamoto:“Molecular beam epitaxy of electrondoped infinite-layer Ca1-XRXCuO2 thin films、”Phys. Rev. Mater., Vol. 3, 064803, 2019。
(8) 幾原:“原子分解能STEMと結晶界面・表面・転位の直接観察、”固体物理, Vol. 52, No. 12, pp. 761-770, 2017。
(9) N. Ikeda, Z. Hiroi, M. Azuma, M. Takano, Y. Bando, and Y. Takeda:“Synthesis and superconducting properties of the infinite-layer com-pounds Sr1-xLnxCuO2(Ln = La, Nd, Sm, Gd)、”Physica C: Superconductivity, Vol. 210, No. 3-4, pp. 367-372, 1993。
(10) Y. Krockenberger, A. Ikeda, K. Kumakura, and H. Yamamoto:“Infinite-layer phase formation in the Ca1-xSrxCuO2 system by reactive molecular beam epitaxy、”Journal of Applied Physics, Vol. 124, No. 7, 073905, 2018。
(11) D. D. Castro, M. Salvato, A. Tebano, D. Innocenti, C. Aruta, W. Prellier, O. I. Lebedev, I. Ottaviani, N. B. Brookes, M. Minola, M. M. Sala, C. Mazzoli, P. G. Medaglia, G. Ghiringhelli, L. Braicovich, M. Cirillo, and G.Balestrino:“Occurrence of a high-temperature superconducting phase in (CaCuO2)n/(SrTiO3)m superlattices、”Phys. Rev. B, Vol.86, No. 13, 134524, 2012。

(左から)谷保 芳孝/池田 愛/山本 秀樹/Yoshiharu Krockenberger

基礎研究と応用研究開発では、フェーズの違いはあれど、これまで存在しない新しいものを自らの手でつくり上げるときの興奮、情熱は変わらないと思っています。新しい機能を持った材料を創製することで未来の社会に新たな可能性を与えられるよう尽力します。

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