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2025年3月号

特集

超高速光物理研究の最前線

高強度光パルス―─固体電子系の実時間量子ダイナミクスシミュレーション

本研究は、光と物質の相互作用の物理限界を探求し、特に高強度光電場が引き起こす超高速電子ダイナミクスに注目しています。高強度光を念頭に、大振幅電場が半導体・絶縁体に印加された際のトンネル効果による電子の遷移率を量子ダイナミクスシミュレーションで評価しました。電子・正孔相互作用を含む理論モデルを用いることで、電子間相互作用がトンネル遷移率を増強すること、増強度が印加電場に応じて増大することを明らかにしました。

篠原 康(しのはら やすし)/眞田 治樹(さなだ はるき)
小栗 克弥(おぐり かつや)
NTT物性科学基礎研究所

高強度光電場が引き起こす超高速電子ダイナミクスとその理論

NTT物性科学基礎研究では、光と物質の相互作用の秘めたポテンシャルを明らかにする基礎研究に取り組んでいます。本研究では、光電相互変換の物理限界を探求しました。
半導体は典型的に0.1‒3eV程度のバンドギャップがあり、これをプランク定数h=4.136eV/PHzで変換すると、24‒730THzの周波数(周期に直すと42-1.4fs、fs=10−15秒)に相当します(図1)。光を半導体に照射すると、バンドギャップに相当する数fs周期を持つ励起電子の高速な振動が物質内に誘起されますが、この光による電子励起を検出しようとすると、大抵の場合は数100GHz以下(周期に直すと10ps以上、ps=10−12秒)に検出頻度が落ちてしまいます。その理由は、励起された電子を反応中心から検出部に移動させる必要があったり、用いるエレクトロニクスの動作周波数が律速されたりするからです。私たちは、光で生成された半導体・絶縁体中の励起電子の振動する様子をfsスケール(場合によってはasスケール)で観測・制御し、光電相互変換の物理限界の探求に取り組んでいます。換言すると、本研究は「光と物質はどれくらい高速に相互作用できるのか?」という基本的な問いに答えるための基礎研究といえます。
それでは、1eV(=h/(4.136241fs))の極めて速い光学応答を調べるにはどのようにすればよいでしょうか? もっともポピュラーな方法は、1eV以上の光子エネルギーを持つ光を数fs程度のパルス幅を持った超短パルスに圧縮して、そのパルスの包絡線の極大値を光学応答の時間原点とするポンプ・プローブ法です。ポンプ・プローブ法は2つのパルス対の遅延時間を調整して、1番目のパルスの影響を2番目のパルスへの応答から観測するテクニックです。このパルス幅は最短でも光のキャリア振動の周期程度です。本研究では、これとは異なる着眼点を持つ、大振幅光電場が引き起こすトンネル効果による超高速電子ダイナミクスに注目します。これは電場自身の振幅により支配される現象で、振動電場のゼロ点を時間原点とし、キャリア周波数(光子エネルギーに相当)よりも速い応答が現象を支配する点が大きな特徴です。こうした現象は光のサブサイクルダイナミクスとも呼ばれています。
エネルギーギャップのある半導体・絶縁体に高強度電場が印加されると、価電子帯にある電子は、トンネル効果により禁制帯を通過して伝導帯に遷移します。大きさEの電場を印加すると、電子はeEx(e>0)というポテンシャルを感じます。このポテンシャルにより、価電子帯および伝導帯は傾きeEのエネルギー勾配を持ちます(図2)。電場Eが大きくなると、間に挟まれた禁制帯がどんどん薄くなり、ある程度薄くなると、この薄い禁制帯をトンネル効果で電子が通過できるようになり、絶縁破壊が起きます。トンネル効果によって、単位時間当りに禁制帯を通過するトンネル遷移率Γは、格子定数a、有効換算質量μ、エネルギーギャップΔを使って

と近似的に表せます(1)(2)。この式は、状況を簡便化しているので、必ずしも正確ではありませんが、大雑把な値を評価するうえでは有用です。水晶を念頭に、μ=0.347、Δ=9.08eV、a=0.339nmのとき、実験室では達成可能な15.4V/nmの電場を印加すると、Γ=6.57THz=1/152fsになります。152fsという時定数は、一見遅いと思われるかもしれません。この時定数は、電子自体の運動の周波数ではなく、光電場によりキャリアドーピングの速さを決める定数である点に注意が必要です。つまり、15.4V/nmの電場をかけると、10fsの間に体積比6.57%の光キャリアが導入される計算です。これだけ大振幅の光電場を長時間照射すると、あまりに多量の電子が励起され、物質に不可逆なダメージが入ってしまうため、実験的には数fs程度の極めて短い光パルスが用いられています。肝心の電子の振動の時定数は、バンドギャップと同じなので、水晶のケースでは9.08eVの電荷振動が物質に誘起されます。
実際の高強度光による現象では、トンネル効果以外の過程も起きますが、いずれにしてもかけた電場に対して著しく非線形な応答が起き、光のキャリア周波数よりも短い電子の振動が現れるため、その時定数はfsを切ってasの領域に達することもあります(3)。こうした大振幅光電場を物質に照射して、極めて速い光学応答を調べる分野を極端非線形光学と呼びます。
超高速かつ原子スケールの現象を理解するうえでは、理論的研究が必要不可欠で量子力学的なシミュレーションが有効です。極端非線形光学で調べる現象は、V/nm級の電場を数fsだけ物質に印加する実験で、典型的な物質は半導体や絶縁体です。こうした極限的な実験では、実験的に直接観測できる対象はマイクロメートル程度にわたって平均化された光学応答、数ns秒積算された時間分解電流、時間で分解した光電子スペクトル等がありますが、どれも現象の一端を切り取ったデータを示してくれるのみで、実験結果の解釈には困難を極めることもしばしばです。そこで、現在の実験技術では直接観察できないような、原子スケールかつフェムト秒(fs)・アト秒(as)の光と物質の相互作用の様子をあらわにする理論的研究が必要となるわけです。
極端非線形光学を明らかにする理論的アプローチにはさまざまなものがありますが、量子ダイナミクスの実時間シミュレーションは直接的に現象を模擬しやすく強力なアプローチです。例えばトンネル遷移率を評価する際、量子ダイナミクスが従う運動方程式の定常解を近似的に求めるアプローチがよくとられますが、仮定する定常解のかたちに依存してトンネル遷移率の値が異なることがよく知られています(2)。このとき、運動方程式を時間領域で解き、その数値解が定常的であることを確認のうえ、トンネル遷移率を評価する方法が、解いている運動方程式の解をもっとも正確に評価する方法です。本研究では多体効果を平均場のレベルで取り込んだ電子の従う運動方程式を時間領域で解いて、トンネル遷移率を評価しました。

超高速電子ダイナミクスにおける電子間相互作用

ここでは、本研究における最大の技術的課題である、電子間相互作用の理論的記述法についての概略を説明します。
固体中の電子間相互作用を取り扱う、理論的枠組みは、静的な物性についてはかなり成熟していますが、時間依存するダイナミクスについての検証は十分ではありません。この四半世紀の計算機技術の進展により、かなりの物質の静的性質(最安定原子構造、弾性係数、バンドギャップの値、光学定数等)は原子スケールの理論計算で精度良く再現できるようになってきました。こうした原子スケールの理論計算の多くは、近似こそ含むものの、素電荷やプランク定数等の基本的な物理定数、電荷の間に働くクーロン力、量子力学といった基本的な物理法則のみを前提にしており、第一原理計算*とも呼ばれています。対象物質固有の物性値などは頼りにせず物質を模擬するため、非経験的理論計算、ab initio計算などとも呼ばれています。一方で、光等の外場に伴って時間依存する量子多体系に対しては、定量的妥当性は静的な性質ほど十分に検証されていません。この要因として、動的な性質は理論と実験の比較が難しいケースが多いことと、理論シミュレーションの計算コストが大きく解ききることが困難なことが挙げられます。「解ききることが困難」とは、例えばシミュレーションのサイズを順次大きくしていったときに、計算コストが大きすぎるために、注目している物理量が解く系の大きさに対して十分収束したことが確認できない状況です。解ききれていないシミュレーションは、たとえ同じ方程式を出発点に選んで計算しているときでさえ、数値計算の実装方法によって答えが変わるため、シミュレーションどうしの一致はもちろん、実験との一致も確認することが困難になります。
本研究では、半導体等の光学応答でもっとも重要な相互作用である、電子・正孔相互作用を含んでいる平均場近似を採用し、定常電場下で電子の量子ダイナミクスを解くコードを開発しました。本研究で採用した平均場近似とは、電子どうしの二体相互作用をうまくならして、注目している電子以外の分布が構成するポテンシャルにまとめてしまう近似です。このポテンシャル形状は、各々の電子が従う運動方程式の解から決まる電子の分布と整合するよう、自己無撞着に解かれます。特にフェルミオンにおいては、時間依存Hartree-Fock(TD−HF)法として知られているものです。TD−HF法は半導体の光学応答において極めて重要な役目を演じる電子・正孔相互作用を含んだ理論です。価電子が完全に占有した状態に光などの外場が加わると、伝導帯に電子が持ち上がり、価電子には電子の抜けた正孔が発生し、それぞれ電荷−e、e(>0)の粒子としてふるまいます。この電子と正孔の間に働く相互作用が電子・正孔相互作用(図1)で、この相互作用によって電子と正孔が束縛状態をつくった励起子の存在が多くの半導体の光吸収に色濃く表れています。
本研究では、既知の条件で実験値を再現できる平均場模型を採用し、多体効果を調べました。TD-HF法を解く際、計算コストの主要部分は電子間の相互作用の計算で、そのコストは系の大きさの二乗に比例して増大します。そのため、第一原理計算に倣った三次元空間のクーロン相互作用をそのまま解くと極めて大きな計算コストを要してしまいます。本研究では一次元空間の有効模型を採用しました。また、第一原理的に解くTD-HF法は電子・正孔相互作用を過剰に評価することが知られています。そこで、本研究では実験や高精度な理論計算で得られている励起子の束縛エネルギーを再現するように電子・正孔相互作用の強さを調節できるようにTD-HF法を改造した、時間依存quasi Hartree-Fock(TD-qHF)法を開発しました。第一原理的な記述を諦めた代わりに、バンドギャップや換算有効質量を、実験値や高精度理論計算の値に調整することができ、電子・正孔相互作用の有無を切り替えて、電子ダイナミクスの様子をシミュレートすることができます。また、模型化により計算コストが抑えられたため、系の大きさに対して十分収束した結果を求めることができます。

* 第一原理計算:物質科学の分野では、クーロン力で相互作用する電子と原子の多体系のシュレーディンガー方程式を指導原理に、物質ごとの実験的物性値などを頼りにすることなく物質の状態を求める計算を第一原理計算と呼びます。入力されるパラメータは、素電荷の大きさや原子番号、原子核の質量、プランク定数といった普遍的な物理定数のみです。実物質の情報をよりどころにしない非経験的計算手法で、未知物質(例えば惑星内部の高温高圧下の物質等、実測が困難なものを含む)の原子構造や電子状態、光学特性について一定の信頼性をもって予言することができるのが大きな特徴です。ボルン-オッペンハイマー近似をはじめとしてさまざまな近似(ただし物質に応じて導入する近似を変えたりはしない)を施してシミュレーションが行われることが通常で、したがって得られる結果は導入された近似の程度に依存しています。本文にも記載したとおり、電子系が基底状態であれば、数原子程度の周期の結晶であれば、安定構造や物性値については精度良く実験値を説明できるところまで進化しています。一方で、任意の外場に対する量子ダイナミクスのシミュレーションについては、電子基底状態における状況ほどは成熟していないのが現状です。

電子間相互作用によるトンネル遷移率の増大

本研究では、高強度電場を結晶に印加した際に、価電子が単位時間当りに伝導帯にトンネル効果で逃げ出していくトンネル遷移率を調べました(4)。電子間相互作用の有無を切り替え、トンネル遷移率にどのように影響が現れるのかを評価した結果を紹介します。
水晶を例に、10.3V/nm、15.4V/nmの定常電場を印加した際に、伝導帯に遷移した電子数の時間発展を図3に示しました。伝導帯にいる電子数は時間に比例して増加していることが確認できます。この傾きからトンネル遷移率Γが算出されます。電場振幅を10.3V/nmから1.5倍した15.4V/nmに増加させることで、Γは60倍程度増大し、極めて非線形性が強いことが分かります。TD−qHFの結果と電子・正孔相互作用を含まない独立電子系(IES:Independent Electron System)を比較すると、どちらも前者のほうがトンネル遷移率が大きくなっています。この電子・正孔対相互作用に起因するトンネル遷移率の増大係数は10.3V/nmと15.4V/nmでそれぞれ1.33、1.50です。ほかの物質を模擬したシミュレーションを行うと、いくつかの例外を除いて、基本的にはこの増大係数は電場の大きさに対して単調に増大する傾向が見て取れました(4)。電場が大きくなると電子ダイナミクスは運動エネルギーが支配的になり、相対的に電子・正孔相互作用の影響は小さくなるだろう(3)という予想もありましたが、私たちの研究は必ずしもそうなっていないことを示しています。
電子・正孔相互作用がトンネル遷移率を増強しているという点が分かると、そのメカニズムが気になるところです。メカニズムを明らかにするため、極端に電子・正孔相互作用が強い系のシミュレーションを行い、時々刻々のバンドギャップの変化を図4に示しました。両方の電場振幅に対して、TD-qHFではバンドギャップが独立電子近似に比較して小さくなっていることが分かります。さらに、10.3V/nmのケースでは、バンドギャップが時間に依存して減少していることが分かりました。このケースでは、時間に依存して電子・正孔対の数がトンネル遷移で増大していき、その結果バンドギャップが減少しています。このバンドギャップの変化自体も光電子分光により、実験的に検証可能な興味深い現象です。このバンドギャップの変化に加えて、換算有効質量の変化を考慮して、式(1)を用いてトンネル遷移率の増大係数を評価すると、2つの電場振幅に対して49%、75%は説明できるものの、完全には説明できないことが分かりました。このことは、静的な電子状態変化以外に時間的に変化する電子・正孔対の分極振動がトンネル遷移率増大に寄与していることを示唆しています(5)
本研究の結果は、定常電場に対してのレートを評価したもので、直接に「光と物質はどれくらい高速に相互作用できるか」に答えていません。以下で、この問いへの本研究からいえる範囲の回答をしようと思います。光には振動周期という時定数があるため、素朴にはこの時定数が光と物質の相互作用の物理限界を与えると考えられます。しかし、極端非線形光学として調べる領域では、非線形性を通じて電場振幅が時定数を決めるパラメータになります。V/nm級の電場を用いれば、数fs程度で物質のバンドギャップに相当する周波数を持った電子の振動が誘起されることをみました。したがって、本研究から「光子エネルギーがバンドギャップよりも低くとも、強い光電場を物質に印加することで物質のバンドギャップに相当する時定数で光と物質は相互作用できる」ということがいえます。

今後の展開

本研究では、電子間の相互作用により、電子が電場に応じて応答する時定数が変化することを示しました。本研究の主役であったトンネル遷移率は、原理的には観測可能な量といえますが、実験的に直接測定するのは極めて困難であり、現時点では絵に描いた餅に過ぎません。実験的なトンネル遷移率の実測に向けて、振動電場の振動周期というもう1つの時定数を導入し、電場の時間波形に応じた変化を調べるなどのアプローチを現在検討しています。いずれにしても、実測できる物理量を理論と実験で突き合わせることで、超高速電子ダイナミクスのメカニズム解明とそのダイナミクスの制御の研究に取り組んでいく考えです。
本研究の主題は電子間相互作用によるトンネル遷移率の変化ですが、実験対象の物質には電子間相互作用が働いており、これを人為的に取り除くことはできない点が本研究の価値を評価するうえでのアキレス腱です。本研究の価値を、電場印加時の過渡的な物性制御という観点でとらえ、多体効果を通じた異方的な物性の超高速制御の可能性を理論的に探求していく方向性を検討しています。例えば、ある方向に直線偏光の光電場をかけた際、光電場の向きと並行および垂直な方向で電子・正孔の分布は異方的になります。物質がそもそも等方的なものであれば、電子・正孔分布に由来する異方性が物性に反映されるはずです。この異方性は多体効果に起因するため、実験的に測定できる量から多体効果に由来する現象をうまく評価できることが期待されます。このような物性の異方性を超高速で制御できる技術が確立すれば、新たな超高速光デバイスの動作原理の1つとなるかもしれません。

■参考文献
(1) C. Zener:“A theory of the electrical breakdown of solid dielectrics,” Proc. R. Soc. London, Ser. A, Vol.145, No. 855, pp.523-529, 1934.
(2) M. Holthaus:“Bloch oscillations and Zener breakdown in an optical lattice,” J. Opt. B: Quantum Semiclass. Opt., Vol.2, p.589, 2000.
(3) S. Y. Kruchinin, F. Krausz, and V. S. Yakovlev:“Colloquium: Strong-field phenomena in periodic systems,” Rev. Mod. Phys., Vol.90, No.021002, 2018.
(4) Y. Shinohara, H. Sanada, and K. Oguri:“Enhancement of Zener tunneling rate via electron-hole attraction within a time-dependent quasi-Hartree-Fock method,” Phys. Rev. B, Vol.108, No.134309, 2023.
(5) T. Ikemachi, Y. Shinohara, T. Sato, J. Yumoto, M. Kuwata-Gonokami, and K. L. Ishikawa:“Time-dependent Hartree-Fock study of electron-hole interaction effects on high-order harmonic generation from periodic crystals,” Phys. Rev. A, Vol.98, No.023415, 2018.

(左から)篠原 康/眞田 治樹/小栗 克弥

本研究は、光と物質の相互作用の限界を探る基礎研究です。高強度光電場による超高速電子ダイナミクスの解明を通じて、超高速光デバイスの新原理発見に貢献します。

問い合わせ先

NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部
量子光デバイス研究グループ
TEL 046-240-3838
E-mail yasushi.shinohara@ntt.com

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