2025年3月号
特集
高輝度アト秒分光に向けた1.7サイクル高強度光パルスのMHz繰返し発生
- 超短パルスレーザ
- 高強度レーザ
- アト秒光パルス
アト秒光パルスは現状人類が持つ最短の光パルスであり、極限的な超高速現象を露わにするための重要な要素技術です。しかし、現在のアト秒光パルスは光量が乏しく、多様な分光技術への応用において深刻な制約となっています。本稿では、次世代の高輝度アト秒分光技術実現に向けた、高輝度アト秒ドライバ光源の開発について紹介します。
岡本 拓也(おかもと たくや)/永井 恒平(ながい こうへい)
眞田 治樹(さなだ はるき)/小栗 克弥(おぐり かつや)
NTT物性科学基礎研究所
高輝度アト秒分光に向けて
アト秒光パルスの発生に2023年にノーベル物理学賞が与えられたことは記憶に新しいでしょう(1)。アト秒光パルスとは、パルス幅がアト秒域(100京分の1秒、10−18秒)のパルス光であり、典型的には波長が100nm以下の極端紫外光領域や軟X線領域の光です。このアト秒光パルスを用いてストロボ撮影することで、アト秒の時間スケールの超高速物理現象を時間分解して観察できることから、物質中の電子ダイナミクス(2)(3)や化学反応過程を研究するうえで重要な要素技術となっています。
このアト秒光パルスの発生原理は、高強度レーザ光(ドライバ光源)を原子に照射することで引き起こされる高次高調波発生というものです。原子内の電子は原子核によるクーロンポテンシャルによって束縛されていますが、そこに高強度光電場が印加されるとクーロンポテンシャルが歪められ、電子がトンネルイオン化します。光電場は交流電場であるため、光電場の半周期後には電子がUターンして元の原子核に戻り、再結合します。この衝突の際にドライバ光源の整数倍の周波数を持つ光(高調波)が放射されます。これが高次高調波発生であり、アト秒パルス発生の原理です。このアト秒光パルスはドライバ光源の半周期ごとに発生するため、1つひとつのアト秒光パルスがアト秒時間精度を持っていても、最終的には基本波のパルス幅に近いアト秒パルスの“束”(アト秒パルス列)が発生してしまい、アト秒の時間精度が得られません。そのため、アト秒時間分解分光を行うには、アト秒光パルスを単一化する必要があります。その代表的な方法が、ドライバ光源を数サイクル化(典型的には2サイクル以下)し、かつ光電場そのものの形(CEP:Carrier Envelope Phase)をコサイン型に固定することで、アト秒パルスの発生を1回に限定する手法です。これは商用レーザで発生することができず、非常に高い技術が要求されますが、これまでNTT物性科学基礎研究所は単一アト秒パルス発生の先駆的な研究(4)(5)を行い、世界で初めて固体中でのPHzスケール(数百アト秒)時間振動の観測(2)(3)等の計測応用まで達成してきました(6)。
一方で、アト秒分光においては長らく悩ましい問題があります。それはアト秒光パルスの光量の少なさです。これは、高次高調波発生の変換効率が10−6〜10−8程度であることに由来します。アト秒光パルスの光量の主な決定要因はドライバ光源であり、これまでkHz繰返し・数W程度の平均出力しかできないチタンサファイア増幅器が用いられてきました。しかしながら近年、イッテルビウム(Yb)増幅器が、半導体レーザ直接励起が可能かつ高い励起量子効率を持つことから、MHz繰返しで100W級の高平均出力動作が可能な次世代ドライバ光源として注目されています。よって、これまでkHz繰返しであったアト秒光が今後はMHz繰返しで発生可能であると期待でき、アト秒分光技術が劇的に高輝度化できると期待され世界で研究が加速しています。私たちはこの高輝度化によって次世代の新規アト秒分光技術の開発、ならびに新規アト秒現象の観測をめざしています。
MHz繰返しパルス圧縮
Yb増幅器は高平均出力が可能である一方で、発振遷移帯域幅に起因してパルス幅が数psから数100fs程度と長く、これを単一アト秒発生に直接応用することはできません。そこで、パルス圧縮技術を適用し数サイクル化を行いました。時間領域で短い光パルスは、周波数領域でのスペクトル成分を同位相に重ね合わせることにより得られます。ここで重要なのは、時間−周波数の不確定性関係により、特定のスペクトル帯域においてすべてのスペクトル位相をそろえた場合でも、それ以上パルス幅を短縮することができない限界が存在する点です(フーリエ限界パルス)。したがって、数サイクル程度の超短パルスレーザ光を得るには、もともとのレーザ光を広帯域化する必要があります。
パルス圧縮における広帯域化には一般的には自己位相変調効果が利用されます。自己位相変調効果とは、光パルス自身が引き起こす非線形屈折率によって光の強度に依存して屈折率が変化し、光パルスの前半部分で周波数が低く、後半部分で周波数が高くなる現象です(図1中央)。これにより“新たな周波数成分”が生じ、スペクトルが広帯域化します。この広帯域化された光パルスのスペクトル位相を周波数ごとに同位相に整えることで、短いパルス化されます(図1右)。この操作をパルス圧縮と呼びます。
本研究では、80Wの高平均出力で動作するYb:KGW増幅器(エネルギー: 80μJ、中心波長: 1035nm、パルス幅: 184fs)のレーザ光を1MHzの繰り返し動作下で数サイクルパルスへと圧縮しました(7)。パルス圧縮器における自己位相変調効果を引き起こす媒質として、非線形効果の強い固体材料を選定しました。具体的には、薄い溶融石英プレートを複数枚重ねて配置し、多段階でスペクトルを広帯域化する手法を採用しました。この圧縮器を2段階で適用することにより、数サイクル化をめざしました(図2)。1段目の圧縮器を用いて10−3レベルで960〜1100nmにスペクトルを広帯域化し(図3(a))、広帯域化されていない高次モードをアイリスで除去しました。得られたスペクトルは、中心波長1035nmの成分が減少し、ほぼ左右対称に広帯域化しており、自己位相変調効果の典型的な挙動を示しています。これにより、位相補償は単調な群遅延分散の補償のみで十分であると予測され、−1600fs−2の位相補償をチャープミラーで行った結果、49fsまで圧縮することができました。
圧縮したパルスをさらに再度圧縮し、数サイクルパルスを得ました。最初の圧縮器と同様に、溶融石英プレートを8枚使用し、10−3レベルで700〜1400nmのオクターブ帯域までスペクトルを広帯域化しました(図3(a))。高次モードを空間フィルタリングで除去したあと、−300fs2のチャープミラーと厚さ2mmのガラスで位相補償を行い、パルスを圧縮しました。圧縮後のパルスはフリンジ分解自己相関干渉計で計測し、半値全幅(FWHM)で11fsを達成しました(図3(b))。波形がsech2の形状であると仮定した場合、このパルス幅は5.8fsと算出され、元のレーザ光源の中心波長1035nmに換算すると、1.7サイクルパルスに相当します。これは、MHz繰り返し動作下で世界最短サイクルの高強度パルス光源に位置付けられます。この1.7サイクルパルスをアト秒光パルス発生に応用可能かを評価しました。アト秒光パルスの発生には、貴ガスをイオン化させるための必要条件として、高強度光を単位面積当りでどれだけ集光できるかが重要な要素となります。したがって、光の空間品質を評価し、その集光性能を計測しました。具体的には光の空間品質を示すM2パラメータを、ISO 11670規格に基づくD4σというビーム径で評価しました。収差の少ない集光素子を用いて、光を集光した際のD4σの位置依存性を計測したところ、波長が1035nmという仮定においてM2は縦横それぞれ1.46および1.48であることが分かりました(図4(a))。これは数サイクルパルス光源として標準的な性能であり、単一アト秒パルス発生に応用可能であると期待できます。そこで実際に、焦点距離10cmの放物面鏡を用いて1.7サイクルパルスを強く集光したところ、空気中でのプラズマ発光が観測されました(図4(b))。この発光は空気中の主成分である窒素によるもので、アト秒光パルス発生によく使用されるアルゴンと近いイオン化エネルギーを有しています。したがって、アルゴンを用いた単一アト秒パルス発生の可能性を示しています。より定量的に議論するため、ビーム径を計測したところ、7.1×1014W/cm2まで集光強度があることが分かりました。アルゴンをイオン化するためには1014W/cm2以上の集光強度が必要であることが知られていることから、アト秒光パルス発生への応用が可能であると結論されます。
まとめと今後の展望
本稿では、単一アト秒光パルスの高輝度化をめざし、Yb増幅器とパルス圧縮技術を組み合わせたMHz繰り返し1.7サイクルドライバ光源の開発に関する成果を紹介しました。今後は、CEPの安定化を進め、前例のない高輝度なMHz繰り返し単一アト秒パルスの発生をめざします。これにより、アト秒時間分解偏光計測やアト秒時間分解顕微鏡といった新たな極限超高速分光技術の創出をめざしていきます。
有益なご意見、ご助言をいただいきましたNational Tsing Hua UniversityのProf. Ming-Chang Chenに感謝いたします。本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成金(20H05670)の支援を受けました。
■参考文献
(1) https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2023/summary/
(2) H. Mashiko, K. Oguri, T. Yamaguchi, A. Suda, and H Gotoh:“Petahertz optical drive with wide-bandgap semiconductor,”Nat. Phys., Vol.12, pp.741-745, 2016.
(3) H. Mashiko, Y. Chisuga, I. Katayama, K. Oguri, H. Masuda, J. Takeda, and H. Gotoh:“Multi-petahertz electron interference in Cr:Al2O3 solid-state material,”Nat. commun., Vol.9, No.1468, 2018.
(4) K. Oguri, H. Mashiko, T. Ogawa, Y. Hanada, H. Nakano, and H. Gotoh: “Sub-50-as isolated extreme ultraviolet continua generated by 1.6-cycle near-infrared pulse combined with double optical gating scheme,” Appl. Phys. Lett., Vol.112, No.18, 181105, 2018.
(5) H. Mashiko, K. Oguri, and T. Sogawa: “Attosecond pulse generation in carbon K-edge region (284 eV) with sub-250 μJ driving laser using generalized double optical gating method,”Appl. Phys. Lett., Vol.102, No.17, 171111, 2013.
(6) 小栗:“超高速光物理研究の最前線への期待と展望─ペタヘルツ波をエンジニアリングする”NTT技術ジャーナル, Vol.37, No.3, pp.10-13,2025.
(7) T. Okamoto, Y. Kunihashi, Y. Shinohara, H. Sanada, M.C. Chen, and K. Oguri:“Operation at 1 MHz of 1.7-cycle multiple plate compression at 35-W average output power,”Opt. Lett., Vol.48, No.10, pp.2579-2582, 2023.
(左から)岡本 拓也/永井 恒平/眞田 治樹/小栗 克弥
問い合わせ先
NTT物性科学基礎研究所
フロンティア機能物性研究部
量子光デバイス研究グループ
TEL 046-240-3266
E-mail tky.okamoto@ntt.com

光が持つ振幅、時間、位相、周波数といった極限の特性に魅了されながら研究しています。アト秒分光のような極限計測技術は、性能限界がなく常に新たな技術革新が生まれ、未踏の領域に挑戦し続けられる点が何よりの魅力です。皆様が心躍るような極限科学・技術を創出すべく、邁進していきます。