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将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術

将来の大容量通信インフラを支える超高速通信技術

引き続き増大する通信需要に対して通信ネットワークを大容量化していくには、それを支える無線通信システム・光ファイバ通信システムにおいて、個々の伝送路の特性を最大限に引き出すための最新のデジタル変復調技術や伝送路の特徴を活かした種々の超高速フロントエンド集積技術、並列化技術を駆使した構成・設計が必要になります。本稿では、将来の需要予測を考慮し、光ファイバ通信、無線通信それぞれにおいて、搬送波当り、現在の100倍以上の1Tbit/sを超える超高速通信の実現をめざした研究開発状況を紹介します。

宮本 裕(みやもと ゆたか)†1/ 吉野 修一(よしの しゅういち)†2/ 岡田 顕(おかだ あきら)†3

NTT未来ねっと研究所†1
NTT未来ねっと研究所 所長†2
NTT先端集積デバイス研究所 所長†3

大容量通信ネットワークの発展と超高速通信技術の適用領域

近年では、PCやスマートフォン等を通じた検索、動画視聴、電子決裁など日常生活になくてはならない通信サービスが世界中に普及し、それを支える大容量通信ネットワークは私たちの生活において欠くことのできない基盤になっています。モバイル通信では、第5世代移動通信システム(5G)の2019年度からの商用化開始に向けて、最大20 Gbit/sに至る広帯域の通信、自動運転や工場の自動化等をはじめとする低遅延の通信の実現に向けた精力的な取り組みが進んでいます。また、半導体・センサ技術の飛躍的な進歩によるIoT(Internet of Things)技術の普及により、さまざまな端末からの膨大なデータを蓄積し、機械学習やAI(人工知能)といった新技術により、従来では不可能であったきめ細かい気象予測や予防医療等の新しいアプリケーションも期待されています。これからの通信ネットワークは、そのような新たなアプリケーションの創造を支え、これまでよりさらに私たちの身近な社会基盤として、空気のようになくてはならないインフラとして、ますます重要性が高くなると考えられます。
通信ネットワークの大容量化・高度化を支える超高速通信技術の適用領域を図1に示します。無線通信を用いた超高速通信技術としては、コアネットワーク用の固定マイクロ波通信に利用するデジタル変復調技術が飛躍的な発展を遂げ、光ファイバ通信が本格的な実用化が始まる1980年代まで、長距離コアネットワークを支えていました(1)。これらの技術はさらなる発展を遂げ、有線ケーブルの敷設が難しい区間の経済的なリンクシステムとして現在でも発展を続けています。また、無線LANや携帯電話を中心とする無線・移動体通信の大容量化を支える基盤技術は、この四半世紀に飛躍的な発展を遂げ、現在では、PCやスマートフォン(4G)等によるモバイルブロードバンドサービスとして1Gbit/sを超えるスループットの無線アクセスが世界中で普及しています。さらには、次世代の5Gにおいては、ミリ波等の新しい搬送波周波帯の特徴を活かした無線アクセスの高速化に加えて、自動運転や工場の自動化等の実現を想定し、高い信頼性と低遅延性の両立も求められています。
一方、光ファイバ通信を用いた超高速通信技術は、1980年代から実用化が始まり、この四半世紀で飛躍的な発展を遂げました。現在では、1万km以上の大陸間横断中継システム、国内の長距離コアネットワーク、メトロネットワーク、アクセスネットワークに至るまで、広く普及しています。最近では、データセンタ(DC)間ネットワーク、DC内ネットワークや、携帯電話の基地局を結ぶバックホール等の大容量化にもなくてはならない技術となっています。これまで、光ファイバ通信システムでは、もっぱら1本の光ファイバに光の通り道(コア)が1つで、かつ導波モードが1つになるよう設計されたシングルモードファイバ(SMF)が、基本の伝送媒体として用いられてきました。現在ではチャネル(波長)当り100 Gbit/s容量の100チャネル相当の波長多重伝送により、ファイバ1本当り10 Tbit/sを超える長距離ネットワークが実用化されています(2)。また、DC間ネットワークにおいても、近年では200 Gbit/s級のチャネル容量を持つ低電力かつ小型な超高速光通信の実用化が進んでいます(3)。

図1  超高速通信技術の適用領域

超高速通信技術のアプローチと技術課題

次に、無線通信、光ファイバ通信に共通した超高速通信技術のアプローチと技術課題について紹介します。システムの通信容量Cは、よく知られたシャノンの定理によって以下の式によって与えられます。
C=N・B・log(1+SNR)
ここでNはチャネル多重数、Bは信号帯域、SNRは信号対雑音比を表しています。通信システムの通信容量Cを向上させるには、式に示すとおり、大別して3つのアプローチがあります。
① アプローチ1は、チャネル当りの信号帯域Bを拡大しシンボルレートの高速化を図ることです。
② アプローチ2はSNRを向上させるためにシステム低雑音化と信号パワーの向上を図り、2値変調に比較して多値振幅位相(QAM)*信号等をはじめとする効率的デジタル変復調技術を採用することです。
③ アプローチ3は周波数あるいは空間の自由度を用いた多重化(Nを増加)を行うことでチャネル容量を向上できます。

無線通信も光ファイバ通信も、適用領域とその時々の実用化可能の要素技術を用いて上述したいくつかのアプローチを組み合わせることでチャネル速度の高速化を進めています。
主として見通し内ミリ波無線通信と光ファイバ通信において上述した3つのアプローチ軸を組み合わせた研究開発状況と今後の技術トレンドを図2に示します。ミリ波無線通信ならびに光ファイバ通信で同じ偏波多重4値位相変調(QPSK)符号により、1Tbit/sを超える通信容量を実現するには、例えばアプローチ1のシンボルレートの高速化のみではシンボル速度を300 Gbaud以上にする必要があり、フロントエンドデバイス実装や既存のDSP(Digital Signal Processing)回路のアナログ・デジタル変換回路(ADC)、デジタル・アナログ変換回路(DAC)のインタフェース速度の観点から現状の技術レベルの延長では実現が難しいことが分かります。そこで同じ帯域でより高効率な伝送を実現可能な多値QAM変復調信号等を用いるアプローチ2や、周波数軸や空間軸におけるサブキャリア多重により、シンボル速度を実用的な範囲に抑えつつ、所望のデジタル変復調性能を実現するためのデジタル信号処理技術を実現することが求められます。
最近の超高速デジタル変復調技術を用いた通信システムの具体例として、光ファイバ通信システムにおけるデジタルコヒーレント光送受信回路構成例を図3に示します(2)、(3)。本システムでは、約100チャネルの100 Gbit/s信号が波長多重伝送され、光増幅中継器により一括増幅されながら1000 km級の長距離伝送を実現します。個々の波長多重チャネルの光送受信機器では、100 Gbit/sの情報ビット列を、光ファイバでの長距離伝送に適した偏波多重QPSK光信号を変復調することで長距離伝送を実現しています。
ここで光送信器は、送信側DSP回路部と光送信フロントエンド回路部から構成され、主信号半導体レーザ(LD)から発生した同じ波長の個々の直交する偏波軸の光搬送波信号をシンボル速度32 Gbaud級のQPSK符号で変調することで1偏波当り50 Gbit/s(符号化率R=5/6の誤り訂正符号化を適用しグロス容量で約64 Gbit/s)、両偏波で100 Gbit/sの超高速光信号チャネルを生成しています。現在では、変調方式を16QAMに変更することで、同じシンボル速度でチャネル容量を2倍の200 Gbit/s容量まで拡大できる技術が実用化されています。
光受信器では同様に受信側DSP回路部と光受信フロントエンド回路部から構成され、ほぼ数GHz内の周波数オフセット量を持つ局発可変波長LDを用いてイントラダイン受信を行い、光ファイバ伝送中に生じた線形な波形歪の除去、偏波多重信号の分離、QPSK(16QAM)信号の復調、誤り訂正復号化を経て元の情報ビット列を受信します。この時、DSP内のデジタル信号処理回路部とDAC/ADC部のインタフェースでは、8bit量子化、サンプリング速度2サンプル/シンボル、誤り訂正符号の符号化率R=5/6を考慮するとチャネル容量100 Gbit/sの場合は、DSP回路内のスループットが2 Tbit/s(~8×2×(6/5)×100 Gbit/s)となり、膨大な並列デジタルデータ信号のリアルタイムデジタル信号処理が実現されています。
このことから、経済化・小型化に適した実用的なDSP回路を実現するためには、DAC/ADC部とデジタル信号処理回路部を大規模集積回路1チップに集積化することが望ましいことが分かります。さらに、DSP回路部とフロントエンド回路部間では、4並列の広帯域なアナログ電気信号〔各偏波軸(X,Y)につき直交信号成分と同相信号成分〕のお互いのスキューを抑えつつ線形な電気信号のインターコネクションを実現することが、高品質な超高速デジタル変復調に必須となります。

* QAM:信号電界の振幅と位相を複数の信号レベルで変調することで多値符号を伝送する高効率デジタル変調方式。

図2  超高速通信を支える3つのアプローチ

図3  デジタルコヒーレント光通信システムにおける光送受信回路の構成例

超高速通信基盤技術の要素技術

本特集では、1Tbit/s容量を実現する超高速通信基盤技術の4つの要素技術(図4)に着目し、それぞれの視点から現状の研究開発の状況を概観し、今後の展望を紹介します。

図4  将来のミリ波無線通信、光ファイバ通信における超高速通信技術を支える要素技術

デジタル変復調回路の超高速技術

デジタル変復調回路の超高速技術については、光ファイバ通信システムと無線通信システムに共通の普遍的な技術課題です。本特集記事『デジタル信号処理と回路技術を融合した超高速光通信技術』では、高速化の要求が特に厳しい光ファイバ通信システムを例に、1波長当り1Tbit/s容量を超える超高速デジタル変復調回路の必要な機能とその実現性について最新の成果を解説します。一般に、多値QAMデジタル変復調は多値度の増加とともに高いSNRを必要とし、送受信回路全体での精緻な構成技術が必要となってきます。ここでは、多値QAMデジタル変調の特徴を活かした新しい符号化変調技術の有効性について解説します。

低雑音高出力パラメトリック増幅中継技術

低雑音高出力パラメトリック増幅中継技術は、光ファイバ通信システムならでは光の波の性質を活用した新しい光増幅中継技術であり、多値QAM信号伝送に必要な光増幅中継システムの低雑音化や、高速化に伴って増大する伝送中の波形歪を光信号処理により補償することで必要なデジタル信号処理量を大幅に低減できる技術として期待されています。
CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)のFET(Field Effect Transistor)のゲート長数nmサイズの微細化領域(シリコン原子数10個程度)では、これまでのようなトランジスタ性能の高速化や低電力化の技術トレンドが飽和するといった技術予測もあり、チャネル速度の高速化とともにDSPの信号処理量を抑えるための新たなシステムアーキテクチャや要素技術が必要とされています。光増幅中継ノードで光信号のまま多チャネルのコヒーレントな光信号処理を行うパラメトリック増幅中継は、光増幅時の低雑音化を実現するとともに波形歪補償を行い、光送受信回路内で必要なデジタル変復調時の信号処理量を大幅に低減し、システム全体の消費電力を下げることが可能となる基盤技術として期待されています。本特集記事『低雑音高出力パラメトリック増幅中継技術』ではNTT研究所で開発を進めてきた分極反転ニオブ酸リチウム結晶(PPLN)を用いた低雑音高効率パラメトリック光増幅中継技術、および最近の成果を紹介します。

超高速光フロントエンド集積技術

本特集記事『超100 Gbaud光伝送を可能とする超高速光フロントエンドデバイス技術』では、主に光送受信装置の高性能化・小型集積化の実現に向け、搬送波とベースバンド信号帯域の光・電気変換を効率的に行うためのフロントエンド回路とデジタル信号処理回路との間の超高速デバイス・インターコネクション実装技術を紹介します。フロントエンド回路とデジタル信号処理回路間の安定な超高速インターコネクションの実現をするために、フロントエンド回路内にアナログ多重化機能を具備した集積化フロントエンド回路・実装技術の有効性を解説します。シンボル速度が100 Gbaudを超える超高速領域においても、同軸ケーブルコネクタ等の帯域限界を超えて、波形整形ならびにスペクトル整形された多値超広帯域アナログ電気信号と光信号間を歪なく安定に変換するための光ファイバ通信用光フロントエンド集積技術についての最新の成果を紹介します。

軌道角運動量モード多重による超高速化技術

本特集記事『テラビット級無線伝送をめざす大容量OAM多重伝送技術』では、無線通信における新たなモード多重MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術により、ミリ波搬送波帯において1Tbit/s級の見通し内無線通信を実現するための空間多重要素技術について紹介します。光ファイバ伝送においては、既存のSMFの物理限界を超えた大容量化に向けて、アプローチ3の空間多重光通信技術の検討、および近年、直交する複数の導波モードを用いたモード多重光通信技術の検討が進んでいます。最近では、MIMO-DSP技術の適用により6000 kmを超える長距離伝送の可能性も示されつつあり、アプローチ3のさらなるスケーラビリティが注目されています(4)。
一方、伝送路が自由空間である無線通信では、一般には光ファイバのような直交導波モードが定義できませんが、最近、新たな電磁波の空間的な直交性として軌道角運動量(OAM: Orbital Angular Momentum)を用いた空間多重無線通信が提案され、5G・ポスト5G等のミリ波を用いたバックホール無線回線の高速化技術の候補として注目されています(5)。従来の経路差を用いたMIMO空間多重技術に加え、さらに電磁波の持つ軌道角運動量の直交性を利用して空間多重度のさらなる向上を実現する最新技術について紹介します。これらのモード多重空間多重通信の実現には、各モードを分離するための大規模信号処理を有限な集積回路規模で実現するデジタル信号処理技術とともに、各伝送路(自由空間、光ファイバ等)の高速チャネル変動に安定に追随する信頼性を両立するDSPアーキテクチャ技術が重要となり、今後の進展が期待されます。

今後の展開

本稿では、将来の通信ネットワークの大容量化を支える超高速通信技術の現状の課題と今後の動向について紹介しました。時々の実用化時点で利用可能な大規模集積回路1チップ内に経済的に収容可能なデジタル信号処理量の制限の下で、高効率なデジタル信号処理の高度化は今後もさらなる発展が期待されます。ミリ波無線通信では、自由空間における電磁波の持つ軌道角運動量の自由度を導入した空間多重技術により、1Tbit/s級のバックホール等に適用可能な超高速無線リンクの実現が期待されます。また、光ファイバ通信では、集積光フロントエンド技術や光パラメトリック増幅技術、さらには光ファイバ通信に適した空間多重技術を適切に組み合わせ、デジタル信号処理量の制限やSMFの物理限界を緩和することにより、1Tbit/s超える超高速チャネルの長距離伝送の実現が期待されます。これらの最新技術のタイムリーな研究開発・実用化により、Tbit/s超級の超高速信号を誰でも容易にハンドリングできるような時代の実現をめざします。

■参考文献
(1) 小檜山・小牧:“64/256QAMディジタルマイクロ波伝送方式、”信学誌、Vol.68, No.8, pp.889-895, 1985。
(2) 鈴木・宮本・富澤・坂野・村田・美野・柴山・渋谷・福知・尾中・星田・小牧・水落・久保・宮田・神尾:“光通信ネットワークの大容量化に向けたディジタルコヒーレント信号処理技術の研究開発、”信学誌、Vol.95, No.12, pp.1100-1116, 2012。
(3) 木坂・富澤・宮本:“Beyond 100 G光トランスポート用デジタル信号処理回路(DSP)、”NTT技術ジャーナル、Vol.28, No.7, pp.10-14, 2016。
(4) K. Shibahara, T. Mizuno, L. Doowhan, Y. Miya-moto, H. Ono, K. Nakajima, S. Saitoh, K. Takenaga, and K. Saitoh:“DMD-Unmanaged Long-Haul SDM Transmission Over 2500-km 12-core×3-mode MC-FMF and 6300-km 3-mode FMF Employing Intermodal Interference Cancelling Technique、”OFC 2018, Th4C.6, San Diego, U.S.A., March 2018。
(5) D. Lee, H. Sasaki, H. Fukumoto, Y. Yagi, T. Kaho, H. Shiba, and T. Shimizu:“An Experimental Demonstration of 28 GHz Band Wireless OAM-MIMO (Orbital Angular Momentum Multi-input and Multi-output) Multiplexing、”IEEE VTC 2018-Spring, Porto, Portugal, June 2018。

(左から)宮本 裕/吉野 修一/岡田 顕

ネットワークを駆使した将来の新サービスや産業創生を支える社会基盤を実現するべく、NTT研究所では超高速通信技術のタイムリーな研究開発・実用化を通して、今後の大容量通信ネットワークのさらなる発展を支えていきたいと考えています。

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