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2026年5月号

from NTTドコモビジネス

テクノロジの力でスポーツの競技力向上に関する環境格差解消を目めざす取り組み

NTTドコモビジネス イノベーションセンターではドコモグループとして注力領域に掲げる「スポーツファンダムマーケティング」の高度化をめざす取り組みとして、スポーツテック関連の新規事業開発を進めています。スポーツ産業市場を構成する「する」「みる」「ささえる」の3領域のうち、「する」「ささえる」領域に着目し、保有するスポーツ競技映像解析技術を基に、スポーツの競技力向上における環境格差解消を実現するデジタルコーチングプラットフォームを企画・開発しています。

取り組みの背景(スポーツ産業の成長と「する」領域に残る構造課題)

近年、AI(人工知能)、IoT(Internet of Things)、データ分析技術の進展により、社会全体でデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進んでいます。教育分野ではオンライン授業が普及し、居住地に左右されずに質の高い教育を受けることが可能となりました。ビジネス分野においても、Web会議ツールやクラウドサービスの活用により、時間や場所に縛られずに効率的に成果をあげる働き方が定着しています。
一方で、スポーツ分野、特に競技者自身が実際にプレーを行う「する」と定義される領域においては、依然としてアナログな構造が多く残されています。世界のスポーツ産業市場は今後も継続的な成長が見込まれており、日本国内においてもスポーツを成長産業と位置付けた政策が進められていますが、競技力向上のプロセスそのものは、長年にわたり大きく変化していません。
練習や試合の振り返りは、指導者や選手の記憶や感覚に依存するケースが多く、データとして体系的に蓄積・活用されている事例は限定的です。このような状況では、競技者1人ひとりが本来持つ可能性を最大限に引き出すことは難しいと考えられます。
また、競技力向上は、選手本人の努力だけで完結するものではありません。身近に質の高い指導者が存在するか、適切なノウハウにアクセスできるか、試合経験を十分に積める環境があるかといった外部要因が、競技成績に大きく影響します。しかし、これらの要素は選手自身が自由に選択できるものではなく、居住地、所属コミュニティ、経済状況などに強く依存しています。
特に居住地においては、この環境格差が顕著に表れます。都市部には実績のある指導者やスクールが集中する一方で、地方では選択肢が限られ、十分な指導を受けられないケースが多く存在します。また、時間的制約や経済的な理由から、質の高い指導を継続的に受けることが難しい競技者も少なくありません。
教育分野ではオンライン学習によって地域格差が縮小され、ビジネス分野ではリモートワークによって居住地の制約が緩和されてきました。
こうした社会全体の変化を踏まえると、スポーツ分野においても今後DXにより、競技力向上における環境格差を解消することが求められると考えています。

競技者インタビューから見えた実態

競技力向上の環境格差解消の実現方法検討にあたって、さまざまな競技において全国大会出場以上の実績を持つ上位競技者から一般競技者まで合計400名以上を対象に「競技力向上にもっとも重要な要素」についてインタビューを実施しました。その結果、8割近い競技者が「良い指導者の存在」を挙げました。
また、「競技において環境格差を感じる要素」としては、「指導者・ノウハウ」がもっとも多く挙げられ、「良い指導者に巡り合いたかった」という声が多数確認されました。
このインタビューの中で、特に対戦型競技の競技者からは、「フォームは改善してきたが、試合では勝てない」「YouTube等の動画を見て練習しているが、実戦で成果が出ない」といった声が多く聞こえてきました。
自己記録挑戦型や採点型の競技と比較して、対戦型競技では相手の特徴や試合展開に応じた判断が強く求められます。そのため、「どの場面で、どの戦術を選択すべきか」「なぜそのポイントを失ったのか」といった試合に直結するコーチングへのニーズが非常に高いことが分かりました。
一方で、コーチ側からも多くの課題が挙げられました。コーチは「選手の試合を見たうえで指導したい」という意欲を持っているものの、物理的・時間的制約から実現できないケースがほとんどです。また、過去のコーチング内容が個人の記憶やノートにとどまり、データとして活用できていない点も課題として挙げられました。
以上のインタビューを踏まえて、本取り組みでは、数あるスポーツ競技の中から、ビジネス性の観点も踏まえて、「テニス」を最初の対象競技として選定し、検討を進めています。
テニスは個人競技かつ対戦型競技であり、対戦相手や試合状況に応じて戦略・戦術が大きく変化する競技です。そのため、フォームなどの技術指導に加えて、「試合の中でどのように考え、どのような判断を行うか」という戦略的なコーチングが極めて重要となります。
しかし現実には、コーチ1人に対して多数の選手が存在し、選手の数だけ試合の数が存在する個人競技の特性上、コーチがすべての試合を直接観戦し、適切なフィードバックを行うことは困難です。特に年代を問わず試合は週末に集中することが多く、スクールコーチや部活動顧問が帯同できないケースがほとんどです。また、競技力が向上し、選手が遠征に出る際にはコーチの交通費、帯同費用を支払う必要があり、コーチに帯同を依頼することも簡単ではありません。
これらの事情から、コーチから常時マンツーマンのコーチングを受けることが可能なごく一部の恵まれた環境にいる競技者を除いて多くの競技者に「試合に対するコーチング不足」が発生しており、この課題を解決することで競技力向上の環境格差解消を実現可能と考えました。

環境格差解消を実現するデジタルコーチング

その課題解決手段として現在私たちは、スポーツのデジタルコーチングプラットフォームの企画・開発に取り組んでいます。
本取り組みでは、環境格差発生の背景として存在する「時間」や「場所」の制約を超えて「試合」に対する的確なコーチングをサポートし、競技力向上を実現することを目的としています。
ユーザが撮影した競技映像を起点に、AIによる映像解析とオンライン上での人によるコーチングを組み合わせることで、これまで一部の限られた競技者だけしか享受することができていなかった「試合を観戦したうえでの適切なコーチング」をより多くの競技者に提供します(図1)。
この取り組みの中核となるのが、競技映像の解析技術です。ユーザとなる競技者が撮影した自身の競技映像をクラウド上にアップロードすると、AIが映像を解析し、プレー内容をスタッツと呼ばれる構造化された競技データとして自動生成します。
この技術では、NTTドコモビジネスのイノベーションセンターにて保有する高精度なボールトラッキングを中心とした映像解析AI技術(図2)を活用し、非構造データである動画を構造化データへ変換します。これにより「テニス」という競技であれば、サーブやリターンの成功率、ラリーの傾向、ミスの発生状況などを客観的に把握できます(図3)。
従来は、トップアスリート層の競技者に対して、マンツーマンで指導を行うコーチが手作業で行っていた分析作業を自動化することができますし、手作業では取得不可能ともいえるボールの全落下点や映像中の競技者の動きの軌跡といったアナログデータを取得することが可能となります。
これにより、コーチの負担を大幅に軽減でき、マンツーマンで指導が可能なコーチが存在しない競技者も同様な体験を得ることができます。
また、すべての競技者、コーチに対して試合に対する深い分析と改善点の発見の体験を提供することができます。
そして、スタッツに加えて、ユーザ自身が入力し映像とセットでアップロードしていただくことを想定する「コート環境」「天候」といった外部環境に関する情報や、「自身のコンディション」といった主観的な情報を掛け合わせることで、後から検索性良く振り返ることが可能で、これにより「どのような条件下で、どのようなプレー傾向が出ているのか」を多面的に相関分析することができます。
この多面的分析に基づく指導・競技力向上の仕組みは現在特許出願中でもあり、本取り組みが生み出す新たな価値だと考えています。
さらに、デジタルコーチングプラットフォーム上にアップロードされたユーザの競技映像と、生成されたスタッツ・競技者が入力したそのほかの情報を基に、コーチが同一プラットフォーム上でオンラインコーチングを行うことも可能です。
チャットなど現在多くの世代に浸透しているデジタルコミュニケーションインタフェースを通じて、改善点に対するコーチングはもちろんのこと、次の試合に向けた考え方や練習方法・戦略まで踏み込んで指導できます。
また、スタッツやコーチング内容が蓄積されることで、選手自身が過去の試合を振り返り、自ら考え改善する力を養うことができます。これは短期的な勝敗だけでなく、中長期的な競技力向上においても重要な価値を持ちます。
データが取得できている範囲内の任意の期間において、「自身がどれだけ成長したか」「発見した改善点を克服することができているか」等の確認を、データを基に実現し、適切なPDCAサイクルを回していくことが可能となります(図4)。
なお、本競技映像解析技術は専用のAIカメラや、競技施設に備付け型の専用機材を必要とせず、スマートフォンやタブレット端末といったモバイル端末で撮影した映像(画質:HD〜4K、フレームレート:30〜60 FPS)で解析が可能な仕様としており、ユーザインタフェースもiOS/Androidスマートフォンのネイティブアプリを予定しています。高価な専用機材を購入することが難しい競技者、コーチでも手軽にご利用いただくとともに、特定の機材・設備が備わっている競技場でなくとも価値を享受することができるかたちを予定しており、「競技力向上」にとって必要となる要素を多くの競技者に提供することをめざし、開発を進めています。

さらなる機能拡張の検討について

本取り組みでは、現在「テニス」を対象としたAI映像解析機能を搭載したコーチングプラットフォームとして、企画・開発等を進めていますが、将来的な機能として、「動画コンテンツ配信機能」や、競技者とコーチの「マッチング機能」等の実装も検討しています。
「動画コンテンツ配信機能」については、技術、戦術、フィジカル、メンタルといったテーマごとに整理された動画コンテンツを提供することを想定しています。
より多くの視聴者に再生されることを目的に、汎用的なコンテンツが整理されることなく投稿・リコメンドされる傾向のある一般的な動画投稿・閲覧サービスとは異なり、競技力向上に特化した専門的なコンテンツを構造化して提供することで、「今の自分に必要な情報」を効率的に見つけられる学習体験をめざします。
また、その延長線上には、ユーザとなる競技者のスタッツや成長状況に応じてAIが「今取り組むべきトレーニング」「今学ぶべき戦術」等のコンテンツをリコメンドする「AIコーチング」も実現可能になると考えています。
「マッチング機能」については、自身の競技レベルやプレースタイル等に適したコーチングを受けたい競技者に対して、オンライン上でのコーチとのマッチングからコーチングまで一気通貫した体験の提供を想定しています。
前述のとおり、当該競技者のスタッツや成長状況等がデータとして存在することで、動画コンテンツ同様に最適なコーチのリコメンドを行うことも可能になります。
現状、スポーツにおけるコーチングは、「対面」が当たり前の世の中であるからこそ、コーチも自身が移動可能な範囲内や、競技者がプレー可能な時間帯だけでコーチングできるようになっています。
一方で、デジタル・通信の力で「オンラインコーチング」という概念を取り入れることでコーチ側にも距離や時間を超えたコーチングの機会を創出し、ビジネスの幅を拡大いただくことができ、私たちのプラットフォームをご利用いただくことでモチベーションが生まれます。

今後の方向性と事業展開について

今後については、「テニス」での機能拡張と並行して他競技への展開も想定してユーザインタビュー、市場調査等を進めています。
現状、個人競技や対戦型競技という観点だけではなく、競技性も「テニス」に近しい「バドミントン」や「卓球」については、競技者側に「テニス」同様の課題が発生していることが確認できており、保有する映像解析技術的にも一定の適応の可能性が見えているため、次なる対象競技として検討を行っています。
さらに、NTTグループ全体を見渡せば、数多くの競技において日本トップクラスのシンボルチームを保有していることに加え、さまざまな競技の協会や団体と強いリレーションも保有しているため、それらのアセットも活用してプラットフォーム開発を行い、市場に対して優位な立ち位置で参入していくこともできると考えています。
また、これらのデジタルコーチングプラットフォームによって取得可能なデータは、今後スポーツ業界にとどまらず価値が高いものになると考えられます。デジタルコーチングプラットフォームを入口として、映像解析技術や収集可能なデータを活用して、さまざまなビジネスへ展開していくことを検討しています。

おわりに

今後、AIの進化によりさまざまな分野で省人化、省力化が進み「人間がやらなければならないこと」は少なくなっていくと世界的に予想されています。「人間がやるからこそ意味がある」と考えられることが多いスポーツは、今後より一層ビジネスとしても注目度が増すと予想しています。
また、特に日本国内においては、「部活動改革」の流れからスポーツに取り組む環境は大きく変わっていくことも予想されています。
その中で、環境格差を解消し、「誰でも」「どこにいても」自身が望むように好きなスポーツで競技力向上に取り組むことを実現できれば、ビジネスとしてはもちろんのこと、社会に対しても価値の高い取り組みになっていくと考えています。
NTTドコモビジネスでは、徹底した市場・ユーザの理解と、保有する技術力を基に、企業と地域が持続的に成長できる「自律・分散・協調型社会」の実現をめざしています。本取り組みは「スポーツ」の観点からそこにつながる位置付けとして推進していければと考えています。

NTTドコモビジネス
イノベーションセンター プロデュース部門 スポーツDX PJ

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