2026年7月号
特集
リモートプロダクションの社会実装に向けた事業化検討
- リモートプロダクション
- Media over IP
- 映像プロダクションDX
リモートプロダクションは、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)等の進展により技術実証段階から事業化段階へ移行しつつあります。背景には制作費の上昇、人材不足、視聴体験ニーズの多様化があり、遠隔制作による効率化・コスト削減・体験価値向上が期待されます。NTTグループは回線提供にとどまらず、リモートプロダクションのオペレーションや映像データ活用まで含む基盤サービスを提供し、スポーツ分野から段階的に展開しながら、放送・配信業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)と新たな価値創出をめざします。
藤本 健太(ふじもと けんた)/萬國谷 忠(まくにや ただし)
東 宙成(あずま みちあき)
NTTドコモビジネス
技術検討フェーズから事業化への転換
これまでの実証等をとおしての技術的な検証を経て、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)をはじめとする大容量・低遅延ネットワークの進展により、映像制作機能の一部を現地から遠隔側へ移し、高品質な中継制作を実現するための技術的条件は整いつつあります。今後は実証にとどめず、継続的な事業としての実現可能性を高めていくことが重要となります。そのために、技術以外の市場性、顧客課題、提供範囲、運用体制、収益モデルを検討し、利用者が持続的に使える仕組みにする必要があります。
NTTグループでは、リモートプロダクションの事業化可能性について、市場分析、競合分析、ニーズ分析、事業概要、提供機能・構成、事業性評価、展開フェーズ・シナリオと検討を進めてきました。事業範囲は狭義の遠隔制作にとどまらず、映像伝送と制作機能の遠隔化を起点としながら、その先にある映像データの蓄積・加工・再利用、さらに視聴体験の高度化やファンとの接点拡張までを含め、映像制作を核とした新たな価値創出の可能性を見据えています。本稿では、その検討の背景、想定する提供価値、ねらう市場 、提供モデル、NTTグループが担う役割について述べます(図1)。

事業化検討の背景と市場環境
本検討の背景には放送・配信業界を取り巻く経営環境の変化があります。配信プラットフォームの拡大や収益構造の変化により、従来と同じ制作体制を、従来と同じコスト水準で維持し続けることが難しくなりつつある一方で、視聴者や主催者が求める価値は急速に高度化し、かつ多様化しています。高品質な映像・音声はもはや前提となりつつあり、加えて、没入感、多様な視点、リアルタイム性、データに基づく演出など、より豊かな視聴体験への期待が高まっています。すなわち、放送・配信事業者には低コストでの運営と品質向上を両立させる新たな仕組みが求められていると思われます。
こうした経営環境の変化は映像制作業界に複数の課題として表れています。
第一に制作費の上昇です。人件費、交通費、宿泊費、機材費、回線費などライブ中継制作を成立させるための費用項目は多岐にわたり、各々のコストが上昇する中で各興行における制作費の削減が求められています。現地に多くの機材と人員を配置する従来型の体制はイベントの品質を確保する上で有効である一方、イベント主催・運営側にとって大きな負担となっています。また、中継車や編集設備などの設備は非常に高価であり、更新のコスト負担も大きく、またイベント毎に現地へ機材を持ち込み、設営・撤収を行う運用は機器寿命の短縮、故障リスクの増大につながります。
第二に人材面の課題です。映像制作に必要な技術人材は専門性が高く、確保・育成には多大な時間を要します。近年は放送に加え、OTT(Over-The-Top)映像配信のメディア事業者数の増加に伴い、関連市場の雇用が拡大し、映像人材の流動化が進んでいます。こうした状況は従来型の制作現場における運営を困難にしており、業界の大きな課題となっているようです。
第三に映像視聴体験に関する多様なニーズへの対応です。視聴者の価値観やライフスタイルは多様化しており、
・特定の選手や出演者に注目したい
・複数のアングルを切り替えながら観戦・視聴したい
・短時間で見どころを把握したい
・現地に行けなくても臨場感を味わいたい
など、求める視聴体験は細分化・多様化しています。こうしたニーズに対応するには、制作プロセスの変革と、それを支える堅牢・受難な映像伝送基盤が必要になると考えています。
前述のような制作体制の変革によるリモート化・集約は単なる効率化施策ではなく、制作リソースの有効活用、柔軟な働き方の実現、設備や移動の最適化によるサステナブルな制作体制の構築にも資するものであり、映像流通や地域会場の活用、スポーツ・エンタテインメント興行の価値向上までを見据えると、放送・配信業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)は社会的意義を持つ取り組みであると考えます。NTTグループはこうした産業変革に対し、「産業・地域DXのプラットフォーマー」として、放送・配信業界の制作プロセスと顧客体験の双方に変革をもたらすプレイヤーになることをめざしています。
想定する提供価値
NTTグループでは、リモートプロダクションを単なる遠隔制作の方式ではなく、映像伝送、監視運用、利用支援、映像データ活用を組み合わせたIaaSとしてとらえたいと考えています。想定する提供価値は、「制作業務効率化」「コスト削減」「体験価値向上」の3つです。
第一の業務効率化は、制作機能を遠隔拠点へ集約することにより人員・設備・機材の稼働率を高めることです。現地(べニュー)ごとに制作体制を都度構築するのではなく、遠隔側に中核機能を集約することで、同一拠点から複数案件に対応しやすくなり、限られた技術人材をより効率的に活用し、稼働率を高めることができるようになります。また、制作フローの標準化や運用ノウハウの蓄積も進めやすくなり、属人的なオペレーションに依存しにくい体制構築は継続的な事業運営の観点からも重要となります。
第二のコスト削減は、イベント単位で必要な設備や作業をシェアリングすることにより、中継車等の投資を含む機材費や移動・宿泊を含めた人件費等が抑えられる点です。さらに、この制作コスト削減によって生まれた余力を、興行主側でより高品質な制作や新たな表現へ再投資することで、より価値の高い興行を実現することができると考えています。
第三の体験価値向上は本構想の中でも特に重要な要素です。リモートプロダクションによって、カメラ映像や音声を放送・配信用映像にする前段階の素材を一括集約することが可能となります。
従来の制作では、最終的に1つの完成映像としてまとめます(完パケ)。個別の映像素材を横断的に活用する余地には限界がありました。これに対し、リモートプロダクションでは、すべてのカメラ映像や関連データの全量をIOWN APNで遠隔側に集約することで、加工・分配・保存の自由度が高まります。配信・放送後の映像データを「完成品」から、「用途やシーンに応じて活用できる柔軟なデータ」へと変換することで、多様な視聴体験の提供が可能となります。例えば、視聴者が見たい角度を自身で選択できるマルチアングル配信、視聴者層別の関心に応じたサブチャンネル、見どころを短時間で把握できるショート動画、多言語による実況・解説、競技やパフォーマンスの理解を深めるスタッツ高度化などは、ファン層や利用シーンに応じて映像や情報提供の方法をフレキシブルにすることで、興行価値を向上させ、ファンの拡大・定着・LTV向上につながります。
また、リモートプロダクション環境は、複数拠点の映像・音声・演出要素を統合的に扱ううえでも有効です。複数会場を接続したライブビューイングや同時開催型の興行、照明・歓声を含めた臨場感の再構成、バーチャル表現との融合など、従来の完パケ中心の制作では実現が難しい演出がより現実的なものになります。ベニュー自体の魅力向上や興行価値の拡張と、来場しない視聴者に対し、参加の動機付けができます。
さらに重要なのが映像データの蓄積と利活用です。映像にメタデータを付与し、検索・再利用しやすいかたちで蓄積することで、ハイライト生成、スポーツにおける戦術分析、映像資産の再活用など新たな価値創出が可能となります。視聴、来場、購買などの行動データと統合して活用できればマーケティングに有効となります。
ねらう市場と段階的な展開方針
事業化に際しては、シェア型リモートプロダクションセンタを中核に、複数の提供形態を想定しています。「制作環境のみを提供する形態」と「制作環境に加え、運用・制作支援までを含めて提供する形態」です。利用者の要件に応じて必要な機能を段階的に選択することが可能となります。また、サービスメニューとして、映像伝送回線、監視運用、現地接続支援、サポートデスク、状況可視化、全体監視・管理などを組み合わせることで、設備提供ではなく、運用基盤としての価値を高めることをめざしています。
収益項目は、回線・インフラ利用料、制作環境利用料、運用支援費用をベースとしながら、将来的には映像コンテンツ、配信コンテンツ、場内演出、ファンダムサービスなどの付加価値領域へ拡張していくことを想定しており、リモートプロダクションセンタを制作効率化サービスとして閉じるのではなく、映像制作を起点とした視聴体験高度化や映像データ利活用へと広げていきたいと考えています。
また、スポットでのニーズが多いイベント事業者向けに日、週、月単位での利用メニューを設定することで、初期投資、固定費を抑制します。
ねらう市場は、効果が発揮されやすい条件として以下3点を重視しています。
・同一会場での継続利用が見込める
・開催頻度が高いこと
・高品質な映像制作ニーズが存在する
これらの条件を満たす領域では回線や接続環境の整備効果を最大化しやすく、制作拠点の集約や運用標準化につながりやすいと考えています。初期段階では前述の3条件と合致しており、導入成果を可視化しやすい「スポーツ分野」から着手し、その後「エンタメ領域」等へと段階的に拡大する方針です。
また、ライブビューイング施設やスタジアム・アリーナ等のベニューも映像の出口として重要な役割を担います。事業展開は一足飛びではなく、以下の順序で段階的に設計する予定です。
・リモートプロダクションそのものによる制作最適化・コスト削減
・蓄積された映像データを活用した高度な制作や映像の二次利用
・ファン体験高度化やマーケティング支援
段階的なアプローチにより、導入効果の可視化と事業リスクの低減の両面を実現し得ると考えています。
NTTグループが担う役割
NTTグループの役割は高性能ネットワークをベースとした「顧客が安心して利用できるインフラサービスを一気通貫で設計・提供できる点にあります。
映像制作の現場では、信頼性(品質)、可用性(止まらない運用)、堅牢性(高セキュリティ)、運用性(迅速なサポート体制)が重要になりますので、回線、監視運用、顧客管理、会場の接続支援といった機能を一元的に準備します。グループ各事業会社の持つアセットを活用し、映像制作DX、視聴体験高度化、ファンダム形成を支え、放送・配信事業者、興行主、ベニュー、スポンサー、ファンをつなぐ新たな価値創造基盤を構築します。映像流通・制作基盤の高度化に向けて、グループ間で連携した広域サービスとして展開予定です。
NTTドコモビジネスのリモートプロダクションセンタ、NTT西日本のメディアハブ構想*で、相互に補完しながら、NTT東日本・西日本のIOWN APNとも接続することで、全国のべニューを接続先として取り込みながら、NTTグループ全体で新たな映像制作基盤の実現に取り組み、リモートプロダクションをベースにした映像制作基盤を高度化し、放送・配信業界のDXに貢献します(図2)。
* メディアハブ構想:NTT西日本のデータセンターをハブ(中継拠点)とし、複数のイベント会場と制作拠点をAll-Photonics Connectで接続し、リモートプロダクション機能を共同利用型で提供する構想。

おわりに
リモートプロダクションは、制作費の最適化や人材不足への対応に資するだけでなく、映像制作プロセスそのものを変革し、新たな視聴体験とデータ活用を生み出す可能性を持っています。遠隔制作を可能にする技術的条件が整いつつある現在、求められているのは持続可能なサービスとして具体化することです。
NTTグループは、IOWN APN等の最新技術を活用した映像伝送、監視運用、利用支援、映像データ活用を一体で支える基盤を構築・提供し、放送・配信業界の制作DX、体験価値向上、ファンダム形成を支える役割を担っていきます。
また、今後NTTグループ以外の企業とも協力し、放送業界ソリューションを機能として取り込み、市場ニーズにマッチした「産業・地域DXのプラットフォーム」として、リモートプロダクションの社会実装と映像制作分野における新たな価値創出に取り組みます。

(左から)藤本 健太/萬國谷 忠/東 宙成

IOWN APNを使った遠隔制作は実証から事業段階へ。NTTグループはコスト削減と高付加価値体験を両立し、映像データ活用まで拡張。放送業界のDXと新たな価値創出を本気で実現します。