2026年10月号
挑戦する研究者たち
量子コンピュータへの道を拓く「界面」の研究――「量子ホール効果」と「超伝導」をつなぐ

物質の端や異なる物質が接する界面では、通常の電子とは異なる性質を持つ「準粒子」が現れることがあります。その一部は、量子ビットの担い手として期待されています。村木康二上席特別研究員は、半導体、超伝導体、トポロジカル絶縁体を原子レベルで積み重ね、組み合わせることで、界面の現象解明に挑んでいます。目標は、準粒子を使ったノイズに強いトポロジカル量子計算の実現。それには、理想的な界面をつくり込む緻密な材料研究が不可欠だと言います。
村木康二
上席特別研究員
NTT物性科学基礎研究所
量子ホール効果と超伝導の界面で生まれる準粒子を追って
どのようなご研究をされているのでしょうか。
「量子ホール効果」や「超伝導」といった、異なる量子状態の界面で起こる、未知の現象を実験から解き明かすことで、次世代の量子計算につながるような基礎的な研究を行っています。将来的には、界面で生み出される「準粒子」*1を使って、これまでの電子デバイスでは実現できなかった新しい機能をもたらしたいと考えています。
量子ホール効果とは、不純物の少ない半導体の薄膜を極低温に冷やし、強い磁場を加えると、電子がローレンツ力を受けて曲がり、端に寄せられて、試料の端(側面)だけに電流が流れる現象のことです。驚くべきことに、このときのホール抵抗*2は、物質の種類や試料の形状によらず普遍的な値を示します。すなわちプランク定数*3と電子1つが持つ電気の量=電気素量という、それぞれ独立した極小の値だけから導出される、とびとびの値を示すのです(量子化された値)。その基準となる値は約25.8kΩで、世界中どこで測っても同じ値になることから、電子機器に使われる抵抗の国際標準に採用されています。
私たちは、この量子ホール効果と超伝導体を接合すると何が起こるのかを調べています。ここでのキーワードは、「アンドレーエフ反射」です(図1、2)。通常の金属では、電流の担い手は電子1つひとつですが、超伝導体では2個の電子が「クーパー対」を形成して電流を運びます。そして金属と超伝導体を接合させると、金属側から超伝導体側に1個の電子が入ろうとした際、超伝導体側でもう1つの電子と対になることから、電荷の帳尻を合わせるため、金属側に電子の抜けた穴=ホールが1つ分返ってくるのです。1964年にソ連(現・ロシア)の理論物理学者アレクサンドル・アンドレーエフが予測し、その後、実験で明らかになった現象です。
前回(2023年12月号)のインタビューでは、私たちが2021年にアンドレーエフ反射に類似する現象を、超伝導体以外の物質——「分数量子ホール効果」という特殊な状態において世界で初めて観測した話をしましたが、今回は超伝導体を使った本来のアンドレーエフ反射の研究です。ただし、接合するのは通常の金属ではなく、量子ホール効果の状態にある半導体になります。
さて、電流が試料の端に沿って流れる量子ホール効果を示す半導体と超伝導体を接触させると、その界面ではアンドレーエフ反射によって半導体側にホールが返ってくることが予想されます。しかし実際にはその振る舞いはまだよく分かっていません。理論上は、そのような接合を組み合わせることでエニオン*4と呼ばれる準粒子が現れるとされています。これを実験で確かめるのが、私たちのねらいです。
ちなみに、非可換エニオンと呼ばれる準粒子は、量子情報を複数の準粒子間の関係性において保持できるため、外部のノイズの影響を受けにくく、量子ビットに活用できるのではないかと考えられています。通常の量子ビットは外部ノイズの影響を受けやすいことから、将来的には、このエニオンを利用して情報を分散して保持することで、エラーに強いトポロジカル量子計算に応用できるのではないかと期待されているのです。
そして実験の結果、量子ホール状態でも電子がホールへと変換されて返ってくることを示す抵抗の減少を観測し、アンドレーエフ反射が起きていることを確認しました。ただし、磁場やゲート電圧に対する振動を示さず、常にホールが返ってくることなど、結果は理論の予測とは異なるものでした。未解明な部分が残されていることから、今後、さらに試料の精度を高めるなどして、詳しく調べていきたいと思っています。もっとも、従来よりも清浄な界面を用いて実験したことにより、これまで複数の要因に隠れていた量子現象を切り分けて調べる道を拓いたという点では、大きく前進したといえます。
*1 準粒子:多数の電子などが協調して動くことで、あたかも「別の性質を持った1つの粒子のような振る舞い」をする存在のこと。
*2 ホール抵抗:磁場によって電子やホールが横方向へ押しやられることで生じる電圧を電流で割った値。電流を担うキャリアのタイプ(電子・ホール)やその密度を示す重要な指標となります。量子ホール効果では、プランク定数を電気素量の2乗で割った値(h/e2)=約25.8kΩを基準としたとびとびの値をとります。
*3 プランク定数:プランク定数hは量子論においてエネルギーと振動数(周波数)を関係付ける比例係数であり、量子論を特徴付ける基本定数です。物理量がとびとびの値をとる(量子化される)際、その間隔を測るものさしの役割を果たします。
*4 エニオン:自然界に存在する基本粒子は、電子や陽子などのフェルミオンか、光子などのボゾンの2つに分類されます。このことは、三次元では2つの粒子を入れ換えた際の波動関数の位相の変化がπか0に限定されることに由来します。二次元では0とπ以外の値も理論上は可能であり、そのような性質を持つ準粒子がエニオンです。


工夫を重ねてきれいな界面をつくり、未知の現象に挑む
どのようなご苦労があったのでしょうか。
そもそも、量子ホール効果状態の半導体と超伝導では、成立する条件が異なるという根本的な難しさがあります。極低温という条件は共通していますが、多くの超伝導体は量子ホール効果の成立に不可欠な磁場に弱く、強い磁場を加えると壊れてしまうのです。また半導体を削って、そこに超伝導体を蒸着する従来法では、肝心の界面に損傷や不純物が入りやすくなり、原子レベルできれいに接合することが難しくなります。そうしたことから、これまで他の研究グループで試されてきた試料では、理想的な結果が得られていませんでした。
そこでまず、不純物の少ないきれいな物質をつくろうと、2019年にマルチチャンバー分子線エピタキシー(MBE)装置を導入しました(図3)。これは、真空チャンバー内で材料を蒸発させ、基板上に原子レベルで材料を積層させる装置です。通常、結晶成長用のチャンバーは1つですが、私たちは半導体用と超伝導体用、トポロジカル絶縁体用と3つのチャンバーを連結させ、成長した試料を真空中で搬送できるようにしました。つまり、性質の異なる物質を超高真空環境で接合できるよう、複数のチャンバーを連結させたのです。
また、室温で金属を蒸着すると均一な膜にならずダマ(島状の粒)になってしまうことがあるため、基板を冷却できるようにするなどの工夫を凝らしました。装置メーカーと相談しながら仕様を一から決め、導入に至るまでには、かなりの時間と労力を要しました。なお、今回紹介する2つの研究では3つのチャンバーをすべて使用しています。
さらに、前述の2つの障壁——磁場の問題ときれいな接合面の実現のために採用したのが、「Cleaved-Edge Overgrowth(へき開面再成長法)」という手法です(図4)。30年以上前に半導体低次元構造の作製法として考案されたものですが、私がそれを知っていたのは長い間半導体の研究に携わってきたおかげともいえます。具体的には、研磨して薄くした状態のヒ化インジウム(InAs)層を含む多層の半導体ウエハを、超高真空中で原子の並びに沿って垂直方向に割ります。その清浄なへき開面(側面)に、超伝導体であるアルミニウム(Al)と、プラチナ(Pt)による数nmほどの多層の薄膜を蒸着しました。なぜ試料の側面に超伝導体をつけるのかというと、超伝導は膜に垂直方向の磁場には弱いのですが、膜に平行な磁場には比較的強いためです。つまり、超伝導体を蒸着させる向きを変えるという発想の転換で、量子ホール効果を生じさせる強磁場と超伝導を両立させたというわけです。Alの層厚を調整することで、5T(テスラ)という強磁場でも超伝導を保つことを確認しました。
その上で、界面の現象を調べるためには、試料の上面に素子をつくり、超伝導と接する端だけに電流を流し、その電圧を測る必要があります。本来の半導体プロセスでは素子がうまく形成できないため、捨てられてしまうウエハ端に電極パターンを描く必要があったことから、試料と同じ高さのダミー基板を添えて一体的に加工するなど、力技ともいえる泥臭い工夫を重ねました。これにより、超伝導体が接している側面には全くダメージのない、きれいな接合面が実現できました。実際に、磁場をかけない状態で調べたところ、明瞭なアンドレーエフ反射が確認され、障壁のない、非常に良い状態の界面であることが分かりました。
実験自体は予想したとおりの結果ではありませんでしたが、量子ホール効果と超伝導の単一界面において、明瞭な超伝導ギャップを示すアンドレーエフ反射を観測できたのは初めてのことであり、今後はさらに改善を重ねることで、界面で生じるさまざまな準粒子の解明に迫りたいと思っています。


半導体研究者としての長いキャリアを新しい分野で活かす
最近の取り組みについて教えてください。
もう1つ私たちが最近取り組んだのが、ビスマス(Bi)・アンチモン(Sb)・テルル(Te)系の化合物にバナジウム(V)を添加したトポロジカル絶縁体(Vy(BixSb1-x)2-yTe3)の作製です。トポロジカル絶縁体とは、中身は絶縁体で表面(表・裏・側面)にだけ電気を通す物質ですが、磁性を持つバナジウムを添加すると側面にだけ電気が流れるようになります。すなわち、強い磁場をかけることなく量子ホール効果と同じ現象が起こるのです。これを、「量子異常ホール効果」と言います。強磁場が不要であることから、将来的には超伝導と組み合わせた活用に期待がもてます。そこでまず私たちは、この物質の結晶性をもっと良くすることはできないかと考えました。
というのも、私自身は半導体研究が長く、トポロジカル絶縁体に関しては新参者ですが、他の研究グループの取り組みを見ていて気になることがあったためです。多くのグループは、基板上に直接、この物質を成長させていたのですが、通常、半導体では、基板表面に付着した不純物や結晶の乱れの影響を極力抑えるために、「バッファ層」を積層したうえで、肝心の物質を成長させて結晶性を高めます。つまり、バッファ層を挟むことで、よりきれいな試料がつくれるのではないかと考えました。
そこで、基板上にヒ化ガリウム (GaAs(111)A面)の良質なバッファ層をつけて試料を成長させることにしました。この試料をX線回折や電子顕微鏡で観察したところ、やはり予想どおり、基板上に直接成長させた試料よりも結晶性だけでなく界面の品質も向上することを確かめました。なお、この試料の作製を可能にしたのも、先ほど紹介したマルチチャンバー分子線エピタキシー装置です。
一方で、きれいな結晶と界面をつくれば、量子異常ホール効果の条件である極低温の温度を高めることができるのではないかと見込んでいたのですが、残念ながらその予想は外れました。ただし、予想外なことに保磁力が2倍と著しく大きくなり、磁石として安定することが分かりました。きれいな結晶や界面により磁気的特性が向上するという新たな知見を見出したというわけです。今後は、この純良な材料を使って、より複雑な構造の作製に挑みたいと思っています。
後進へのアドバイスをお願いします。
材料研究では、論文に書かれている条件どおりに実験したとしても、同じ結果が得られるとは限りません。装置ごとの特性や、わずかな温度の違い、基板の表面処理など、論文に書かれていない要因が結果を左右することがあるからです。その際に、試行錯誤を重ねる中で、自分たちが今どこでつまずいているのか、その小さな違いに気付く感性が必要だと思います。その気付きこそが、新たな発見への緒になるからです。わずかな違いに気付くためにも、良い結晶、良い界面をつくるという地道な取り組みが欠かせません。不完全なものをいくら積み重ねても、めざす結果は得られないと思っています。
研究者人生は思っているよりも長い。苦しいときも諦めずに、さまざまな人と協力しながら研究を続けることで、見える景色は必ずや変わってきます。私自身、そう信じて研究を続けています。実際、今回紹介した研究はどちらも、若手研究者たちと、私を含むベテラン研究者たちがアイデアを出し合い、技術を持ち寄って初めてできたものです。





