2026年10月号
特集
AIとともに、よりよい未来を創る AIが人の可能性を広げる、人と人をつなぐ時代のウェルビーイング研究
- ウェルビーイング
- Well-being
- 教育
人は、自ら考え行動する主体として、身体性を通した他者とのかかわりの中で社会を築き、知識や価値観を育んできました。AI(人工知能)は、人の能力を補い、新たな知識や出会いを生み、人・AI・コミュニティを多様につなぎます。本稿では、NTTのウェルビーイング研究で積み重ねてきた、自律性を支えるAIの研究や、I/We/Society/Universeの観点から関係性をとらえる考え方を手掛かりに、人とAIが対話と合意形成を重ねながら、「よい社会とは」「何を大切な価値とするか」を問い、未来の価値を共創、更新し続ける研究の方向性を紹介します。
戸嶋 巌樹(としま いわき)/石井 方邦(いしい まさくに)
渡邊 淳司(わたなべ じゅんじ)
NTT社会情報研究所
人の主体性と関係性が社会を育む
人は、自ら考え、選び、行動する主体として社会をつくってきました。何に取り組み、誰とかかわり、どのような生き方を選ぶのか。私たちは日々の小さな判断を積み重ねながら、自分の人生をかたちづくっています。
自ら考え行動する力を「主体性」と呼ぶことができます。主体性は、周囲から切り離されて1人で何でも行うことではありません。むしろ、自分に必要な支えを知り、複数の選択肢の中から自分に合うものを選べることが、主体性を発揮して生きるための土台になります。
同時に、人は1人だけで成長することはできません。家族や友人、職場の人、地域の人と、顔を合わせ、声を聞き、表情や身ぶりを感じながら相手を理解してきました。話す内容だけでなく、その速さ、沈黙、距離感、その場の雰囲気も、相手を理解する大切な手掛かりです。このような身体性を通したかかわりから、信頼、協力、助け合いが生まれます。知識や価値観も、誰か1人が完成させたものではなく、人と人が経験を持ち寄り、対話を重ねる関係性の中で育まれてきました。
NTTのウェルビーイング研究でも、1人ひとりが自分らしく選択できることと、他者とのつながりを持てることの両方が重視されてきました。関係性については、I(自分個人のこと)/We(近しい特定の人とのかかわり)/Society(より広い不特定多数の他者を含む社会とのかかわり)/Universe(より大きな存在とのかかわり)という4つのカテゴリーから、人と人のつながりをとらえる取り組みが行われています。ここで大切なのは、関係の数を単純に増やすことではなく、その人にとって意味のある多様な関係を持てることです。頼れる相手や参加できる場が1つしかなければ、その関係が失われたときに選択肢も狭まります。複数の支えやつながりを持つことは、1人ひとりの自由を支えることにもつながります。
人は、暮らしや仕事、地域で、異なる経験や専門性を持つ人とかかわりながら、さまざまな課題に向き合ってきました。互いに試し、失敗し、意見を交わすことで理解を深め、1人では生み出せない知識や成果、仕組みをかたちにしてきました。このように、社会は個人の力だけでなく、関係の中で1人ひとりの力が引き出されることによって発展してきたのです。
これまでの社会は、人の主体性と、人と人の関係性によって築かれてきました。個人の自律だけを重視すると孤立が生まれ、集団の調和だけを求めると個人の声が失われることがあります。重要なのは、個人が自分の考えを持ちながら、他者とかかわり、互いの違いを社会の力に変えていくことです。不確実性の増加や、AIが発展し社会に深くかかわるこれからの時代においては、この主体性を発揮し、関係性を築くための資質・能力の重要性が増していくと考えています。
このような社会の変化を受け、教育に求められるものも変わりつつあります。知識や技能を身につけるだけでなく、自ら考え、他者と協働しながら、よりよい人生や社会をつくっていく力をどのように育むかが重要になっています。こうした方向性は、国の教育政策にも表れています。第4期教育振興基本計画では、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が教育政策の大きな方向性の1つとして掲げられています。そして、現在議論が進められている次期学習指導要領の改訂においても、ウェルビーイングは教育課程の具体的な目標として位置付けられつつあります。さらに、AI時代を見据えた教育のあり方とウェルビーイングの向上は、策定に向けた検討が始まった第5期教育振興基本計画(令和10年~令和14年予定)においても、明確な論点として引き継がれています。こうした人の主体性や、他者とともによりよく生きる力が重視される中で、AIを人の学びや選択を支えるためにどのように活用するかが、重要な問いになります。
AIが人の可能性を広げ、新たなつながりを生む
AIはすでに、文章の作成、情報検索、翻訳、スケジュールの管理、アイデアの検討など、私たちの日常をさまざまなかたちで支えています。これまでAIは、作業を速くする、間違いを減らす、最適な答えを見つけるといった、効率化や自動化のために使われることが中心でした。これは、答えのある課題に対して大きな力を発揮する役割であると考えられます。
しかし、AIの役割はそれだけではありません。人が気付いていなかった情報を示したり、自分だけでは思いつかなかった考え方を提案したりすることで、新しい選択肢を生み出すこともできます。NTTのウェルビーイング研究では、1人ひとりの主体的な行動や選択を支えるAIを実現する取り組みが行われてきました。ここでめざすのは、AIが正解を決めて人を従わせることではありません。複数の可能性を示し、その中から本人が考え、選択できるようにすることです。AIは、人の判断を代替するのではなく、主体的な判断を支える伴走者になります。
さらにAIは、人と人、人と知識、人と地域やコミュニティの間に入り、新しいつながりを生み出すことができます。言葉や専門分野の違いを越えて意見を整理し、互いの立場を理解する手掛かりを示すこともできます。これまで接点のなかった世代、地域、分野を結びつければ、新しい学びや協働の機会が生まれます。このときAIは、条件に合う相手を1人選ぶだけのマッチング装置ではありません。人が新しい知や価値観に出会い、多様な関係を試せる環境をつくる「関係を育む存在」として働きます。
この役割は、NTTがI/We/Society/Universeの観点から蓄積してきた関係性の研究や、「多様な人々とともに、ウェルビーイングに生きるための実践的資質・能力」である「ウェルビーイング・コンピテンシー」の研究ともつながります(図1)。AIが1人ひとりの状況に応じて、異なるつながり方や参加の仕方を提示できれば、関係の選択肢はより豊かになります。直接会って話す関係だけでなく、遠隔地との交流、学びの場、地域活動、専門家との相談など、時間や場所を越えた関係も持ちやすくなります。1つの関係に過度に依存するのではなく、多様な関係の中から必要な支えを選択し、つながりの実感を得ることは、人の自由と安心の両方を支えます。
例えば、教育では、1人ひとりの関心や理解に応じた学び方を提案しながら、同じ問いを持つ仲間との学び合いにつなげられます。ここで大切になるのが、知識を覚える力だけではなく、自分と周囲のウェルビーイングを育むために学び、選び、他者と協働する資質・能力であるウェルビーイング・コンピテンシーです。職場では、本人の強みを活かせる仕事の進め方を支援しつつ、異なる部署や専門家との協働を促せます。地域やケアの場では、困りごとを抱える人を適切な制度、専門家、住民活動へつなぎ、本人が複数の支え方から選べる環境を整えられます。重要なのは、AIだけを新たな依存先にするのではなく、AIを通じて関係性を広げることや人が利用できる資源の選択肢を増やすことです。
AIが可能性とつながりを広げることで、個人の自律と集団の調和は対立するものではなくなります。自分らしい選択ができる人が対話に参加し、多様な声が尊重されることで、集団も豊かになります。逆に、信頼できる集団やコミュニティがあれば、個人は安心して新しい挑戦ができます。AIの新しさは、答えを出すことだけでなく、この相互作用が生まれやすい環境を整え、その働きを促すことにあると私たちは考えます。

■実例:ウェルビーイング・コンピテンシー教育の現場実践
ウェルビーイング教育は、新たな考え方を導入してウェルビーイングについて学ぶことを意味するものではありません。既存の教科や学校生活の中にも、自分自身を理解したり、他者の立場を考えたり、社会とのかかわりについて考えたりする機会があります。こうした既存の学びをウェルビーイング・コンピテンシーの観点から捉え直すことで、日々のさまざまな授業そのものをウェルビーイングに生きるための資質・能力を育む機会にすることができます(図2)。
例えば、社会科における地域社会の課題について考える授業では、地域の人口減少や高齢化について調べ、原因や行政の取組を学ぶだけでなく、「この地域で暮らす人にとって、よりよい暮らしとは何だろう」「立場によって大切にするものは違わないだろうか」「自分たちにできることは何だろう」と問いを広げます。子どもたちは、自分の考えを持つだけでなく、地域住民や友人など異なる立場の価値観に触れ、対話しながら、地域をよりよくする方法を考えます。こうした学びを通して、子どもたちは、自分自身や他者、社会とのかかわりを考えながら、ウェルビーイング・コンピテンシーを育んでいきます。
こうしたウェルビーイング・コンピテンシーの考え方を基盤とする教育は、現在、複数の自治体で取り入れられ、実践が進められています。私たちも自治体と連携し、ウェルビーイング・コンピテンシーの考え方を教育現場で活用する取り組みを進めています。中でも東京都品川区では、自治体全体で取り組みが進められています(1)。さまざまな教科において、子どもたちは、自分の価値観を振り返り、見つめ直します。次に、友人や教員との対話を通して、1人ひとりの感じ方や価値観が異なることを理解し、多様な意見を尊重しながら改善策を考えます。そして、実際に学級で試し、その結果を振り返りながら、さらによりよい方法へと見直していきます。
このような実践を通して、自己理解、主体的な選択、他者理解、協働、社会への働きかけといったウェルビーイング・コンピテンシーが育まれます。今後は、AIが1人ひとりに応じた情報や選択肢を提示したり、多様な意見を整理したりすることで、子どもたちの自律的な学びや対話を支える役割を果たすことが期待されます。その際、AIに答えを委ねるのではなく、子どもたちが自ら問いを深め、多様な価値観に触れながら対話し、よりよいあり方を考えていくことが重要です。そのための力を育むウェルビーイング教育は、AI時代においてますます重要になると考えられます。

人とAIが対話し、未来の価値を創る
AIが人の可能性を広げ、多様な関係を育むようになると、次に問われるのは「その可能性を何のために使うのか」です。処理時間を短くする、費用を減らす、精度を上げるといった課題には、分かりやすい目標があります。一方、「どのような社会がよいのか」「何を幸せと感じるのか」「誰の声を大切にするのか」というウェルビーイングの問いには、すべての人に共通する正解がありません。人や地域、文化、時代によって、望ましい未来は異なるからです。
そのため、AIが豊富な情報を持っていても、1つの答えを決める役割を任せることはできません。必要なのは、人とAIがともに問いを立てることです。何が問題なのか、見落とされている人はいないか、他にどのような未来があり得るかを考えます。AIは、多様な意見を整理し、対立点や共通点を見えるようにし、これまで表に出にくかった声を対話へつなぐことができます。これは、AIが多様な応答や選択肢を生成する力を、人々の問いや対話を豊かにするために使うという考え方です。問いから生まれた考えは、サービス、制度、地域活動、教育、働き方などのかたちにして試します。しかし、かたちにした時点で終わりではありません。実際に使った人がどう感じたか、誰に恩恵があり、誰が参加しにくかったかを確かめる必要があります。結果を対話の場へ戻し、価値や仕組みを見直します。この「問いを立てる」「かたちにする」「社会で試す」「学び、更新する」という循環が、人とAIが未来の価値を共創する基本的なサイクルとなります(図3)。
価値を更新する循環は、研究の場だけでは完成しません。教育、仕事、地域づくり、文化や観光、移動、医療・ケアなど、実際の生活の場で試し、検証する必要があります。現場によって大切にされる価値は異なり、同じ仕組みでも受け止め方は変わります。だからこそ、利用する人を単なる評価者ではなく、問いをつくり、試し、改善する参加者として迎えることが重要です。研究者、技術者、住民、企業の人、行政の人などが継続的にかかわることで、技術と社会の双方を少しずつ変えていけます。
この過程では、合意形成も重要になります。合意形成とは、全員を同じ意見にすることではありません。異なる考えや事情があることを認めたうえで、何を共通の土台とし、どこに選択の余地を残すのかを話し合うことです。AIは、議論を整理し、複数の案がそれぞれ誰にどのような影響を与えるかを示すことで、対話を支援できます。ただし、最終的な判断と責任は人と社会が担います。AIによる推奨も、本人の自律性を支え、判断の理由を整理することで理解を促進し、別の選択を行えるかたちで設計する必要があります。
本研究がめざすのは、AIが人に代わって「よい社会」を決める未来ではありません。NTTが取り組んできた自律性と関係性の研究を基盤に、AIが1人ひとりの選択肢を広げ、人と人の対話を支え、多様な主体が価値を問い直し続けられる仕組みを探究します。人・AI・コミュニティがかかわり合い、個人の自律と社会の調和が互いを高めながら、価値をつくり、試し、更新し続けること。その循環の先に、誰もが自分らしく生き、よりよい未来づくりに参加できる、個人と社会のウェルビーイングが実現する未来があると考えています。
なお、本稿で示した研究の方向性については、NTTグループのAI関連施策や事業部門とも連携し、人とAIの適切な分担、安全性、社会受容性等を考慮しながら、事業・サービスへの適用可能性を検討していきます。

■参考文献
(1)https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kukyoi/kukyoi-shinagawaku/index.html

(左から)戸嶋 巌樹/石井 方邦/渡邊 淳司

AIが私たちの可能性を広げる時代に、何を大切にし、どんな未来をつくりたいでしょうか。AIに答えをゆだねるのではなく、人とAIが共に問い、対話し、一緒に未来の価値を考えるきっかけになれば幸いです。